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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第20話 境遇×原点

 あの日は、曇天だった。


 窓を開けると雨の匂いが香り、吹き荒む風が山脈に木霊していた。


 そんな空模様を映したかのように、パトリシア様は深刻な面持ちで談話室にやってきた。


 パトリシア様たちが纏う物々しい空気に、僕はただごとではないことを悟り、身構えたのを覚えている。


 不穏な空気が談話室に包み込む中、固唾を呑んでパトリシア様の言葉を待った。


 そして、パトリシア様は重々しい口調で告げた。


「土雲様が、()()()言ノ葉様を連れ去った」と。


 その日を境に、僕の境遇は一変した――。






 ◇◇◇◇◇






 時間を掛けて行っていた朝の支度も終わってしまった。


「よし」


 覚悟を決め、僕は自室を後にする。


 談話室に辿り着くと、すでに秋人と春見が座っていた。


「おはよう」


 僕は笑顔を浮かべ、二人に挨拶する。


「おはよう」

「成世君、おはよう」


 そのまま三人で雑談をしていると、朝食の時間になろうかという頃に鳴子がやってきた。


「おはよう」


 ゆっくりとした足取りで近づいてくる鳴子に、僕は声をかけた。しかし――、


「……おはよう」


 鳴子は浮かない顔で、僕と目を合わさずに小さな声で挨拶を返してきた。一応傍に座ったが、春見にだけ喋り掛ける。


 春見は気まずそうに僕をチラチラと見ているが、鳴子は気にしない。


 そんな二人の様子を何も言わずに眺めていると、秋人が顔を近づけてきて「あんま、気にすんな」と囁いた。


「皆様、おはようございます。朝食の準備ができました」


 談話室にやってきたシレネさんの報せを受け、僕たちは食事室へ向かう。


 開放的な食事室の中央に置かれた長大なテーブル。ただ、数か月も経てば座る席は自ずと固定される。みんなが迷いない足取りで着席すると、各々が「いただきます」と言って朝食を食べ始めた。


 朝日が射し込む食事室に食器の音と談笑が響く中、隣から物音が聞こえないことに気が付く。


 それとなく鳴子の様子を確認すると、彼女は食事の手を止めており、空席になっている上座を、下唇を噛みながらじっと見つめていた。


(鳴子……)


 この仕草は、彼女が羨ましく思っている時に出る無意識の癖。


 ここ最近、深野たちは別室でパトリシア様と一緒に食事を取っている。


 朝食の後は、訓練。


 食べ終わった者は、訓練着に着替えるため自室へ戻っていく。


「ごちそうさまでした」


 食事室を出て行く前に、食べ終わった食器を片付けている侍従の女性に声をかけた。


「……し、失礼します」


 侍従の女性は僕の顔を一瞥した途端、僅かに目を見開き、そそくさと去ってしまう。


 食事室を出て廊下を歩いていても、侍従の女性たちは僕に気付くや蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 心の奥――柔らかい部分に、鈍い痛みが走った。


 侍従の女性の姿が見えなくなると、目を閉じて大きく深呼吸をする。そうやって心を落ち着かせた後、僕は訓練場へ向かった。






 ◇◇◇◇◇






「今日はここまでにしましょう。お疲れさまでした」


 空が茜空に染まり出した頃、この日の訓練は終わった。


 何も考えず全力で体を動かしたおかげで、胸中に渦巻いていた暗い気持ちは晴れ、心が軽くなった。


(頭を空っぽにすることも大事だな)


 衣服に付いた土埃を叩き落とし終えると、隣にいる秋人に顔を向けた。


「ん?」


 秋人は、険しい表情を浮かべながら一点を見つめている。気になって視線を辿ってみると、僕らが過ごしている住居エリアを凝視していた。


「どうした、秋人?」


 声をかけると、秋人は居住エリアを見据えたまま低い声で答える。


「勝己が来てない」

「……もしかしてッ!?」

「たぶんな。チッ、アイツ」


 苛立ったように、秋人が舌打ちをする。


 案の定、談話室へと向かっている最中、大声で騒いでいる自念と高野の声が廊下まで響き渡っていた。


「勝己」


 自念の声を聞いた途端、秋人が走り出す。


 僕の足は動かなかった。


 行ったところで、僕は力になれない。


 それどころか、嘲笑され、蔑まれるだろう。


 その場を想像するだけで、鼓動が早まり、胸が締め付けられる。


 次第に思考も弱気になっていき、秋人の揺れる()()()()を見つめながら「きっと秋人だけでも解決できる」などという考えが過る。



 だけど――、



 心の奥底にある()()を思い出す。


「傷つくことを恐れたら、心は悪に沈む……」


 小さな声で口ずさむ。


 幼き頃の憧憬。


 思考を止め、全身に力を込める。


 そうやって心を振るい立たせると、僕は秋人の後を追った。


「勝己、それに高野! お前ら、また酒を飲んでたな!」


 秋人の怒声が聞こえたと同時に談話室に入ると、お酒の匂いが部屋中に充満していた。


 僕は鼻を顰めながら窓を全開にして換気を行い、二人の前に立つ秋人のもとへ向かう。


「るせぇな」


 自念は完全に酔っぱらっているのか、顔を真っ赤にしている。


「また厨房から酒を盗んで来たのか? もう絶対にするなって言っただろ!」

「偉そうに、俺に指図すんじゃねよ。俺たちは朝の子様だぞ? なあ?」


 自念は、隣に座る高野へ賛同を求める。


「勝己の言う通りだ。ここの連中は勝己が酒を取っても、文句を言わねぇ。文句を言わねぇってことは、いいってことだろ?」

「馬鹿なこと言うな! 飲酒も窃盗も犯罪だ!」


 秋人が真剣な表情で怒鳴ると、自念は一瞬目を見開いた後、大口を開けて笑い出す。


「アッハッハ! だったら、お前らは銃刀法違反に傷害未遂じゃねぇか。重罪だ、重罪。言ってること無茶苦茶じゃねぇかよ、馬鹿か!」


 自念は膝を叩き、壊れたように笑い続ける。


「勝己……」


 そんな自念のことを、秋人は呆れを通り越して憐みの眼差しで見つめる。


「あ? 魔物は殺す存在だろ?」


 ふと高野が話に割り込んで来たかと思えば、自念に問いかけた。


 しかもその問いかけは、自念にとっての禁句。


「今、何て言った?」


 一人で笑い転げていた自念は静かに居直ると、笑みを消し、鋭い眼光で高野を睨み付ける。


「冗談だよ! んな、マジになるなっての」


 だが高野は、笑いながら自念の肩に腕を回す。


「オラ、むしゃくしゃする時は下を見るモンだ」


 高野は、僕を見ながら顎をしゃくる。


 一瞬呆気に取られた自念も理解したのか、蔑むような眼差しを僕に向けてきた。


「ああ確かに、ここに暴行魔予備軍がいたな」

「ちょっと、待ってくれ!」


 僕は自念の物言いに我慢できず、声を荒げながら一歩前に出る。


「んだよ、事実だろ?」

「僕はそんなこと――」

「なら、何で侍従に避けられてんだ?」


 刃のように鋭い言葉を喉元に突きつけられ、僕は思わず息を呑む。


 それでも必死に頭を回転させて弁明しようとするが、事実であるため、結局は奥歯を噛みしめることしかできなかった。


 侍従の女性が僕を避けるのは、恐れているからだ。土雲がパトリシア様を襲ったように、僕も襲うのではないかと。


 パトリシア様はあの一件以来、警護が厳重になった。となれば、次は自分が襲われるかもしれないと考える侍従の方たちを責められない。


 例えるなら、心の中に埋まった憂慮の種子。


 その種子は、自念と高野の振る舞いによって芽吹いた。


 傍若無人な振る舞いをし、自堕落な生活を送る二人。朝の子は、勇者と同郷であり、敬うべき存在。何があろうとも、疑念や不信を抱いてはならないなのだ。だが、二人の行いを目の当たりにして、敬逆な彼らも揺らいでしまった。


 それは、神への冒頭に等しい。


 皇国の人たちは恐怖を抱いた。神の怒りを買うのではないかという恐怖と、今まで信仰していたモノが無に帰すかもしれないという二つの恐怖を。


 その恐怖は、土雲が百夜さんと和平、そして言ノ葉さんを連れ去ったことで膨れ上がり、ついには花開いてしまった。


 自分たちの目の前にいる者たちは、本当に朝の子なのか。


 魔族が差し向けた手先なのではないか、と。


 むしろ、違う存在であって欲しいとさえ思ったかもしれない。


 そんな皇国の方たちの心の機微を察知した深野君。彼は、迷える皇国の方たちに救いの言葉を投げかけた。


『朝の子も、貴方たちと同じです。優秀な者もいれば、拙劣な者もいる。努力が当然と考える者がいれば、常に楽しようと考える者だっている。全員が凄いんじゃない、上に立とうという心意気を持ち、実際に立つことができた人間が凄いんです』


 深野君の言葉に感銘を受けた皇国は、僕らの扱いを区別するようになった。 


 僕ら扱いはそのままに、勇者の再来である深野君を特別扱いするようになったのだ。


 さらに皇国は、王族や突出した才能を持つ者だけに許される三つ編み――“組紐”を深野君や深野君が認めた者に施した。


「おい成世、てめぇはカスなんだよ」


 高野が僕を指差し、愉悦交じりに告げる。


「そうだ。お前は一番下。口の利き方に気を付けろ」


 自念も僕を見下しながら吐き捨てた。


「「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ――」」


 僕は拳を握り締めながら俯き、心に響く二人の嘲笑を必死に堪える。



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