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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第18話 無能×二種類

 夕食後は、本来であれば自由時間だった。だが今日は、みんなが談話室に集まっている。


「一体、なんなのよ? 中村、何か聞いてる?」


 隣に座る鳴子が、僕の左隣に座る秋人に尋ねる。


「何も聞いてないな」


 秋人でも知らないとなると、もう本人の口から聞くしかない。 


 その考えはみんなも同じだったらしく、全員が口を結び、招集をかけた人物を見つめた。


 視線の先にいるのは、どこかやる気に満ち溢れた顔をした自念。


 自念はみんなの注目が集まったことを確認した後、おもむろに語り出した。


「みんな、まずは集まってくれてありがとう。突然だったけど、みんなが――」

「そういうのはいいから、とっとと本題に入れって」


 秋人が話の腰を折り、先を促す。


「そうか? まぁなら……みんな、魔物との実戦を止めないか?」

「はぁ?」


 自念の発言を受け、秋人は目を見開く。


「勝己、いきなりどうした? お前だってやる気だっただろ?」

「ああ、確かにそうだった。けど、考え直したんだ。俺たちは、あと四か月で日本へ帰る。なら、たとえ魔物でも殺しは良くないと思うんだ」


 自念の発言を受け、これまでのことが鮮明に蘇る。


 初めは何もかもが新鮮だった異世界での生活も、二か月が経つと慣れてしまった。この世界は娯楽が少ない。結局、異世界にいるのにスマホをいじる始末。しかし、スマホの充電が切れてしまい、暇を潰せなくなった。


 結果、戦闘訓練や魔術訓練を受けていなかった者も暇つぶしに訓練を受けるようになったのだ。


 だがそれが、良い方向に向かうことになった。


 競い合う相手ができたことで、まるで部活動のような一体感が生まれたのだ。そしてついに、魔物との実戦を許可してもらえるレベルにまで至った。


 だというのに、自念は鼻息荒く「止めよう」と言い出した。


 談話室に、どよめきが起こる。


「ヨウ君、なんか自念ウザくない? 水を差すようなこと言ってさ。それにあの顔も」


 嫌そうな顔をした鳴子が、僕の耳元で囁いた。


「鳴子の気持ちは分かるけど、自念の言ってることも間違ってはないよ」


 自念は真剣な表情で、「どうかな、みんな?」と言いながら賛同を得ようと見回す。そんな中――、


「フッ……フッハッハッハ!」


 突如、堰を切ったような高笑いが談話室に響き渡る。


 僕も秋人もみんなも、一斉に笑い声の方へ視線を向けた。


「深野……」


 自念が笑みを消し、深野を見つめる。


「いやぁ~、まさかここまでとはな」


 深野は指で涙を拭いながら、意味あり気な言葉を口にした。


 その言葉で我に返った自念が、不機嫌な表情を浮かべる。ただそれも一瞬で、すぐに笑みを浮かべ、深野に声をかけた。


「何が言いたいんだ? 俺は、正しいことを言ってるだろ?」


 自念は苛立っているのか、僅かに語気を強める。だが深野は笑みを浮かべたまま何も答えず、ゆっくりと談話室を見回し出す。


 深野の行動の意図が分からず、みんなは不審そうに深野と目を合わせる。


(ん? あの二人……)


 そんな中、深野が談話室の端に視線を向けた途端、二人の女子生徒が不自然に目を逸らした。


「やっぱりな。……それにしても、単純というか、滑稽なヤツだな」


 深野は視線を自念に戻した後、しみじみと呟く。


「お前、さっきから何言ってんだよ。……ああ、そうか、分かったぞ。お前は、魔物だったら殺してもいいって言いたいんだろ? お前、ヤバいぞ?」


 自念はハッとした表情を浮かべたかと思えば、みんなに聞かせるように声高らかに喋り出す。


「たとえ魔物だったとしても、生き物なんだぞ? それを訓練のためだけに殺すって……深野お前、命をなんだと思ってるんだ!」


 不穏さが漂う談話室に、自念の声が響く。すると、どこかから小声で「確かに」と共感する声が聞こえた。


 共感と侮蔑の視線が、自念と深野に注がれる。


 その視線を受け、自念は誇らしげな表情を浮かべながら深野を見下ろす。


 そして、みんなが深野の言葉を待つ。


「命ってなんだ?」


 沈黙を破る深野の問いかけ。


「は?」


 思わぬ切り返しに、自念は間の抜けた声を漏らす。


「だから、お前は命を何だと思ってるんだ?」


 もう一度深野が問いかけると、ようやく自念が我に返って口を開く。


「そ、そんなことも分からないのか。いいか、命は平等で、尊いものなんだ。だから、人の都合で奪って良いものじゃない。互いを尊重しながら共生していくことで、命は輝くんだ」


 自念は語っていく内に調子を取り戻し、胸を張りながら命についての見解を述べた。


 その表情は、決して間違ってないと確信を持っているように見える。だが――、


「それ、誰かの受け売りか?」


 深野は、自念の目を見て尋ねた。


「……どういう意味だ?」

「血が通ってないんだよ、その言葉。啓発本とか、意識高い系の動画で出てきそうな言葉だ。まさか、カッコいいって思って憶えたのか?」


 失笑しながら深野が指摘すると、自念の顔が徐々に赤く染まっていく。


「テメェ、舐めてんのか?」

「その反応。おいおい、マジか」

「うっせぇ! そういうテメェは、どう考えてんのか言ってみろッ!」


 自念は目を見開き、深野を指差して吠える。


 命について尋ねられたら、普通は簡単には答えられない。しかし、深野は間を置かずに答えた。


「価値だ」

「価値?」

「そうだ。命は不平等で当たり前。価値がないのなら、高めるしかない。言うならこれは、人間界の淘汰だ。滅びるかもしれないのに、誰かを当てにしたり、生き残る気概がないヤツは切り捨てるべきだ」


 毅然とした態度で述べた深野の価値観。


 その声の力強さには、揺らぐことのない確固たる信念があった。


 自念は圧倒されて言葉を失っている。


 深野は、そんな自念に淡々と声をかけた。


「お前、言うことが全部薄っぺらいんだよ。土雲が居なくなって、成世も落ちぶれた。『自分の時代が来た』そう思ってんだろ? 努力もしないで漫然と生きてるお前なんかに、来るわけないだろ。お前はただ、元優等生の連れ(アイツ等)に利用されてるだけなんだよ」


 深野は呆れた顔を浮かべ、深いため息を吐く。


 呆気に取られていた自念は、数秒の間を置いた後、眉間に深い皺を寄せて深野を睨み付けた。


「テメ――」


 自念がドスの利いた声を発する。しかし、深野は気にすることなく言葉を続けた。


「そもそも、魔物は人類に仇なす存在だって教わっただろ。むしろ、殺すことで大勢の命を救うことになる。それに、お前等から実戦をしたいって言ったのを忘れたか? その要望を叶えるために、皇国は色々と準備してる。なのに、『やっぱり止めます』って言うのか? しかもその理由が、魔物だって生きてるから? お前、正気か?」

「……」


 深野の冷静な指摘に、自念は顔を歪ませ、奥歯を噛みしめて黙り込む。


「はぁ、本当に無能……ああ、なるほど、こういうことか。偉人の言葉は、本当に教訓になるな。でも、言葉が足りない」


 深野は、おもむろに高野へ視線を向ける。


「やる気のある無能の“感情型”。漠然とした自信を持ってるが、それが張りぼてだと気付いてない。けど、自分で考えない分、うまく扱えば便利な捨て駒になるっていうメリットがある」


 そしてまた、深野は視線を自念に戻す。


「で、知的ぶって論理を口にするが、それが感情論の混ざった破綻してるものだと気付けない。おまけにプライドが高くて、自分の非を絶対に認めない“思考型”」


 深野は、小さく頭振るう。そして、自念の目を見つめながらハッキリと告げた。


「要するに、お前みたいなヤツが張り切ると組織が崩壊するってことだ。分かったら、隅で大人しくしてろ」


 深野が言い終えた直後、自念が怒声を上げる。


「根暗が調子に乗ってんじゃねぇぞ! 学校じゃあ、助けてもらわなきゃ何も出来ねぇ無能なビビり野郎がッ!」


 自念が声を荒げると、今まで笑みを崩さなかった深野が真顔になる。その表情の変化に、自念は厭らしい笑みを浮かべた。


「なんだ、またビビッてんのか? いいか、テメェはたまたま天賜を授かっただけで、この世界に来てなけりゃあ今もカーストの最底辺で這い蹲ってる存在なんだよ! 勘違いしてんじゃねぞ!」


 顔を醜く歪めながら吠える自念。その様子を、まるで氷のように真顔で見つめる深野。


「成世」


 秋人が、さすがに止めに入ろうと僕に声をかけてきた。 



 ――その時だった。



「〇〇建設株式会社」


 銅像のように動かなかった深野が、ふいに言葉を口にした。


「は?」


 自念が気の抜けた声を漏らす。


(何のことだ?)


 僕も意味が分からず、無意識に談話室を見回す。


みんなは目を丸くしてたり、隣にいる者と顔を見合わせている。


 そんな中、ほくそ笑む深野がゆっくりと視線を移す。


 深野の視線を追うと、そこには目を見開いて固まっている高野が座っていた。


「テメェ……なんで……?」


 深野と目が合った高野は、掠れた声で呟く。途端に、みんなの視線が一斉に高野へ向けられる。だが、誰も声を出せずにいた。


 談話室に置かれた時計の針が、張り詰めた空気に時間を刻む。


 深野はニタリと口角を吊り上げ、口を開く。


「馬鹿なお前でも、自分の就職先の会社は憶えてたか」

「うるせぇ! なんで知ってんのか言え!」


 高野が大声で怒鳴ると、深野は心底楽しそうに理由を話し出す。


「お前の会社の元請けに就職するためだ。単細胞なお前のことだ、立場が上の俺を前にすれば悔しくて震えるだろうなって思ってな」

「な……」


 絶句したまま固まる高野に、深野はさらに畳みかける。


「ああ、それから、お前が“遊び”って言って俺にした行為は全部録画してる」


 深野はポケットからスマホを取り出し、指で画面を叩く。


「どうする? 日本に帰ったら、SNSにアップしてやろうか? それとも、お前の親が勤めてる会社の取引先に送ってやろうか? 昨今は、SNSで炎上したら火消しのために過剰な処置を取る。きっと、お前の親はクビになるだろうな。せっかくまじめに働いてたのに、バカ息子のせいで全部パァだ」


 おだやかな口調とは裏腹に、声音は冷たく、まるで刃物のように鋭い。


「なんだ? お気に召さないか? それなら、そうだな……ああ、こんなのはどうだ? ミジンコサイズの脳みそが下半身に付いてるお前のことだ、どうせ無計画にガキを何人も作るだろ? 俺がそのガキ共と遊んでやるよ。どうだ?」


 僕は思わず息を呑む。


 生まれて初めて、心の底から怖いと思ったのだ。


 学校の記憶――高野が深野をいじめていた光景がフラッシュバックする。


 漠然と、学年が変わればいじめは止むと思ってた。


 最悪、学校を卒業すればそれで二人の関係は断たれると思ってた。


 でも、違った。


 深野は、赦す気など無かったのだ。


「殺す」


 高野は重々しく呟き、血走った目で深野を見据えながらゆっくりと歩き出す。


「殺す、か……。お前のその殺意は、一時の感情だろうが本気なんだろうな。けど、肝心の殺す術がないってところがお前の無能さを際立ててるな」


 余裕な態度を崩さない深野が、高野に見えるように盾を掲げてみせた。その瞬間、高野の足が止まる。


「ま、せいぜい、利用されないように気を付けてくれよ? なにせ、お前は俺の未来のサンドバッグ(おもちゃ)なんだからよ」


 深野は、座ったまま大きく背伸びをすると立ち上がる。


「もう少し面白い茶番になると思ってたけど、あんまり楽しめなかったな」


 つまらなそうにそう言うと、深野は談話室から出て行こうとした。


 みんなは黙ったまま、深野の背中を見つめる。 


「ああ、忘れてた」


 談話室と廊下の堺まで進んだ深野が、突然足を止めた。


「おい」


 深野は振り返り、呆然と立ち尽くしている自念に声をかけた。


「思考型の上位互換を目にした感想はどうだ。いい勉強になったか? まぁ、お前が勉強したところで無意味だけどな」


 そう言い残し、今度こそ深野は談話室を後にした。

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