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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第15話 息抜き×報せ

 所狭しと行き交う人だかりに、通路の両脇に並ぶ屋台。市場特有の喧騒の中へ、興奮した様子のアルクと、興味深げに視線を彷徨わせる小夜ちゃんが向かっていく。


「キルトにぃ、行ってくるね。小夜行こー!」

「うん!」

「気を付けろよ」


 建物の壁に背を預けながら、走っていく二人の背中を見つめる。


「悪いな……」


 市場を漠然と眺めながら、隣に立つダイに声をかけた。


「気にするな」


 ダイは気にした素振りを見せず、軽く笑った。


 都市内は、子どもだけで出歩くのは危険と言われている。ケリヨトのヤツ等に攫われるからだ。小夜ちゃんなら難なく倒せるが、せっかくの散策が台無しになってしまう。そこで、ダイの天賜に頼った。


 ≪愛の値(シークレットスコア)≫。この天賜は、ダイへの親密度を色と五桁の数字で現すことができる。対象は、視界に映る者たち全員。面識のない者には効果はないが、ダイを意識している間は対象に含まれる。


 今回の場合は、攫われた人を家に送り届ける際、アルクと小夜ちゃんも一緒に行動した。これでケリヨトのヤツ等は、ダイを二人の関係者として意識する。


「いや、安全確認のこともそうだけど、アカリのことだ」


 ただ、俺の礼はそれだけではなかった。


 現在、攫われた人を無事家まで送り届けた後、息抜きがてら都市を散策していた。当然、エノは留守番になる。エノは「気にしなくていいから、楽しんで来て」と口にはしたが、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。その表情を見逃さなかったアカリが、屋敷に残ると言い出したのだ。


「確かに、あの時のアカリの迫力は凄かったな。あんな大声、初めて聞いた」


 エノは「ダイと楽しんできなよ!」と声を荒げ、アカリは「もう決めたから!」と頑なに譲らなかった。結局、交代でアカリも都市内を散策するということで二人は納得した。


「けど、気にしてない。アカリは、友達を想って残るって言ったんだ。なら、俺はそれを尊重するさ。それに、一緒に過ごせないってわけじゃないしな」


 微笑みを浮かべながら呟いたその声音には、アカリへの愛が込められていた。


 表面ではなく、深いところで繋がっている二人。 


「そっか。でも、お詫びはさせてくれ」


 俺は紙幣を取り出し、ダイへ差し出す。


 レオガルドの通貨は、太陽が刻まれた紙幣。重量がある硬貨よりも、軽量で済む紙幣は勇者の叡智として瞬く間に流通した。


 それなりの額を出したため、ダイは目を見開き、無言のまま見つめる。


「さすがに……」

「屋敷を綺麗に保ててたのは、アカリのおかげだ。アルクが元気になったのも。これは、その礼も兼ねてる。受け取ってくれ」


 手を差し出したまま、じっとダイを見つめる。すると、ダイは根負けしたように苦笑いを浮かべた。


「分かった。有難く使わせてもらうな」


 ダイはわざわざ姿勢を正し、賞状を受け取るかのように両手で紙幣を受け取った。


「そうだ。今のうちにデートコースの下調べでもしとけよ? あ、ただ、あんまり長いデートは止せよ? あんまり帰りが遅いと、二人とも置いてくからな?」


 ダイも人だかりへと消え、静かに市場を眺める。 


 市場内にケリヨトのヤツ等がいないことは判明したが、鼻が利く害獣のようにいつ湧いて出るかも分からない。今いる場所は市場を一望できるため、このまま監視をしようと考えたのだ。


「キルト様」


 そんな折、一夜さんが声をかけてきた。


 声音が穏やかだったため、緊急の報告ではないことを察する。


「どうしました?」


 俺の影に潜む一夜さんに返事を返すと、僅かな沈黙が訪れる。市場から聞こえる喧騒を背景音楽にして言葉を待っていると、一夜さんはおもむろに想いを吐露した。


「ありがとうございます」

「どうしたんですか? いきなり」

「小夜のことです」


 普段の事務的な声音ではなく、慈しむように一夜さんは小夜ちゃんについて語る。


「小夜は、ずっと焦がれていたのです。ああして友と呼べる者と一緒に、日の当たる場所で過ごすことを。キルト様。小夜の願いを叶えていただき、ありがとうございます」


 一夜さんと小夜ちゃんは元々、日の光に当たれない種族である。二人の影に関する天賜も、種族特有のモノらしい。


「俺は何もしてませんよ。全部、小夜ちゃんが頑張った結果です。俺にお礼を言うんじゃないて、小夜ちゃんを褒めてあげてください」


 小夜ちゃんのことを、常に気にかけている一夜さん。それは傍から見ても伝わるのだが、面と向かって褒めるところを一度も見たことがない。


 さすがに面と向かって褒めてあげるべきだと思い、それとなく促してみる。


「……私は、一度も小夜を褒めたことがありません」


 先ほどまでの声音が一変し、普段よりも硬い口調で一夜さんは告げた。


「どうしてですか?」

「小夜一人でも生きていける心構えを叩き込むためです」

「大事なことだとは思いますけど、褒めて伸びることもあるんじゃ?」

「甘さは、死に直結するのです」


 そう言った一夜さんは、一拍の間を置いた後、さらに言葉を続けた。


「父と母は、小夜が幼い頃に人族……おそらくはまつろわぬ民に殺されました」


 俺は、小さく息を呑む。 


「あれは、冬を越したことを祝うために父が狩りへ出かけた日のことでした。父の後を付けて来たまつろわぬ民たちが、洞窟に押し入って来たのです」


 襲撃を受けた理由は、安全な住処と食料を奪うためだったのではないかと一夜さんは自身の見解を述べた。


「父と母は、私に小夜を託して命を落とした。その時に、私は小夜を一人前に育てる責務を負ったのです。だから私は、一切の甘えを許さず、厳しく育ててきました」


 “悲しい”――それが、最初に浮かんだ言葉だった。愛情が無いわけではない。むしろ、深い愛を持っているからこその厳しさ。


 そんな人生を歩んできた一夜さんには、今の小夜ちゃんはどう映っているのか。


 市場にいるであろう二人を探すと、ちょうど屋台の前で立ち止まっている姿が見えた。表情豊かにするアルクの横、控えめではあるが楽しそうにしている小夜ちゃん。


 そのまま暫く見つめていると、視線に気付いた二人が笑いながら手を振ってきた。


 俺も手を振り返し、一夜さんに声をかける。


「小夜ちゃんは、とてもいい子だと思います。他者を想う優しさがあって、仕事に対しても責任感を持ってる。そんな小夜ちゃんだから、周りにいい人が集まってくる。これは全部、一夜さんから教わったから身に付いたんだと思います」 


 善人に悪人が寄って来ることはあるが、悪人に善人は寄って行かない。善人が寄ってくるということは、その人には惹かれる魅力があるということだ。


「俺も、これからホリィの面倒を見て行かなければなりません。子を育てた先輩として、助言が欲しいくらいです」


 そう言うと、影の中の一夜さんが黙った。


 表情は見えないが、少しでも俺の言葉が届いていればと思う。


「……差し出がましいかとは思いますが、私から一つあります」

「なんですか?」

「あまりに甘やかし過ぎるのは、如何かと思います」

「…………俺、そんなに甘いですかね?」


 こうして、穏やかな時間を過ごしていた。



 ――だがその時間は、エノの切迫した声によって破られる。



「キルト! 皇国が動いたッ!」






 ◇◇◇◇◇






 アルクと小夜ちゃん、ダイの三人と合流し、急いで屋敷へ戻る。


「エノ!」


 談話室へ向かうと、エノが俺の方へ飛んできた。


「キルト! 皇国の傍にある山の地下に、大勢の人が出入りしてる!」


 エノを肩に座らせた後、地図をテーブルに広げ、詳しい場所を尋ねる。


「ここ」


 指し示された場所を見た途端、ダイが反応した。


「そこは、俺たちが召喚された場所だ」


 ダイの言葉を聞き、薄暗く、何もない広大なあの空間がフラッシュバックする。


「間違いないのか?」

「正門の方角、陽千穂峰(ようせんほのみね)の位置、間違いない」  


 脱出するために蓄えた知識だ。間違いないだろう。だが、だからこそ疑問が浮かぶ。


()()、召喚しようとしてるのか?)


「エノさん、他に何か情報はありませんか?」


 俺が考えていると、ダイがエノに尋ねる。


「えっと、同じ服装をした人が大勢、何かの準備しているみたい。その中に、一人だけ格好が違う女の子がいる」

「女の子?」


 エノの話を聞いた瞬間、嫌な予感がした。それはダイも同じだったらしく、表情を強張らせていた。


 同じ服装というのは、皇国の者たちのことだろう。なら、違う格好をした女の子とは一体誰なのか。早計だとは思いつつも、召喚された場所が想起させる。


「クラスメイトの誰か、か」


 ダイが、重々しい口調で呟く。


「エノ、その女の子の名前は確認できないか?」


 俺が尋ねると、エノは「ちょっと待って」と言い、談話室に張り詰めた沈黙が流れる。そして――、


「分かったよ。“ことのは”って呼んでる」

「ッ!?」


 エノが言葉を口にした直後、「ガタン」と大きな物音が鳴った。


 物音がした方へ視線を向けると、顔面蒼白になっているアカリが立ち尽くしていた。


「織ちゃん……」


 女の子の正体は、アカリの親友である言ノ葉織雅美だった。

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