第14話 アルクの冒険×オルガンさん
「フーちゃん、伊勢、稲荷。今度はこっちに行こー!」
ボクが声をかけると、足元にいる伊勢と稲荷が元気よく鳴いた。
「うわぁ~、すご~い」
まだ入ったことのない一階の部屋。この部屋にも、高そうな物が綺麗に並んでいた。「暴れちゃダメだよ」と伊勢と稲荷に注意したボクは、部屋の中を見て回る。
「ワン!」
「ん? 伊勢はもう飽きちゃったの?」
伊勢は、駆け回るのが好きな甘えん坊。だから、部屋の中を静かに眺めるのは退屈に感じちゃったみたいだった。
「ガウッ」
その場でくるくると回り出した伊勢に対し、稲荷が小さく唸った。
稲荷はお利口さんで、大人しい子。ただ甘えん坊なのは一緒で、ボクの傍から離れない。
「じゃあ、別の場所に行こっか」
ボクの言葉が通じたのか、伊勢は鞘に納められた尻尾をブンブンと振る。
部屋を出て、一端玄関ホールに向かうと、奥の廊下からアカリねぇがやって来た。
「アカリねぇ!」
走り寄ると、アカリねぇは優しい笑顔を浮かべる。
「今日も探検してるの?」
「うん! アカリねぇ、今日のお昼は何?」
あと一時間もすれば、お昼ご飯だ。アカリねぇのすっごくおいしいごはんを想像して、気持ちがソワソワする。
「オムライスだよ」
「ホントにッ!? ヤッター!」
嬉しさが花咲いて、ボクは両手を挙げて飛び跳ねる。
「もうちょっと探検して待っててね。けど、まだ病み上がりなんだからはしゃぎ過ぎたらダメだよ? それから、屋敷の中で走ってもダメ。いい?」
「は~い」
アカリねぇと別れ、ボクたちはまた冒険を続ける。
「今度は、どっちに行こうかな?」
悩んでいると、伊勢が前を歩き出す。
「ワン!」
「え? そっち?」
伊勢が提案してきたのは、行っちゃダメって言われている廊下だった。
「そっちはダメだよ」
口ではそう言ったが、実はボクも興味があった。
曲がり角になっていて、奥がどうなっているのか分からない。その何も分からないことが、ボクの探検心をくすぐってくる。
「ちょっとだけなら……」
どうしても気になったボクは、足音を鳴らさないように歩き、廊下の先を覗き込む。
「部屋?」
曲がり角の先には、大広間と同じくらいの大きな扉があった。
まるで見えない手に背中を押されるように、ワクワクしながら扉に近づく。
「音は……しない……」
扉にぴったり耳を付けるけど、部屋の中からは何も聞こえない。
「開いてる」
ドアノブを回してみると、鍵は掛かっていなかった。
少しだけ、扉を開いて中を覗く。
「真っ暗……。物置なのかな?」
部屋が暗いから、ボクは誰も居ないって思って大きく扉を開けた。だけど――、
「ここへは来ちゃダメだ」
暗い部屋の中から聞こえた声に、心臓がギュっとして、体が石像みたいに固まる。
「帰りなさい」
大人の声。
(あ……誰かの部屋だったんだ……勝手に入って……怒られる……怒られる……)
謝らなきゃって思ったけど、昔を思い出したボクは怖くなって口を閉じた。
心臓の音が大きくなっていく。
また、叩かれるかもしれない。
また、閉じ込められるかもしれない。
怖くて怖くて、涙が溢れ出る。すると――、
「こ~ら」
後ろから声が聞こえた。
安心できる大好きな声。
「キルトにぃ……」
振り向くと、そこにはキルトにぃが立ってた。
「アルク、ここは入っちゃダメだって……どうした? どっか痛いのか?」
キルトにぃはボクが泣いてることに気付いて、慌てた様子で近づいてくる。
ボクは、そんなキルトにぃに抱く付いた。
キルトにぃの匂いとあったかさが、嫌な記憶を消していく。
五分くらいそのまま抱き付いて落ち着いたボクは、キルトにぃから離れる。
「勝手に入ってごめんなさい……」
「反省されてるないいさ」
キルトにぃは、笑顔を浮かべた。
「ん?」
廊下の光に照らされたキルトにぃの顔。その顔は、いつもと違った。
「キルトにぃ、何かあったの?」
ボクの質問に、キルトにぃは一瞬だけ驚いた顔をした。ただすぐに、いつも通りの笑顔を浮かべながら口を開いた。
「ちょっとな。けど、アルクのおかげで元気になった。ありがとな」
キルトにぃはそう言うと、優しい手つきでボクの頭を撫でる。それが気持ちよくて、ボクは思わず目を細めた。
「ほんっと、キルトってアルクに甘いよね」
エノはキルトにぃの前ではいつもそんなこと言うけど、ボクたちだけの時はボク以上にはしゃぐことがよくある。
「キルト殿」
「騒がしちゃったみたいですいません、オルガンさん」
「オルガンさん?」
聞いたことのない名前に不思議がっていると、闇の中からさっきの聞こえた声が響いた。
「いや、私のせいだ。アルクだったね? 怖がらせてしまってすまないね」
「オルガンさん。誰もそんなこと思ってないですって」
「ありがとう。だが、事実だ。こんな醜い姿なら――」
「違うのッ!」
ボクは大声を出して、オルガンさんの言葉を遮った。
「ボク、昔のこと思い出しちゃって……オルガンさんのこと醜いとか、怖いとか思ってないです! 傷つけちゃったなら、ごめんなさい!」
暗闇の中にいるオルガンさんに向けて、頭を下げて謝る。
「アルクの言う通りですよ」
ボクがずっと頭を下げてると、キルトにぃが口を開いた。
「アルク」
キルトにぃに呼ばれ、ボクは頭を上げた。
「オルガンさんは、ちょっと引っ込み思案なんだ。ホントはもっと話しに来たいんだけど、俺はまだやらないといけないことがある。だから、オルガンさんの話し相手になってあげてくれないか?」
「ッ!? キルト殿、それは」
オルガンさんが慌てたような声を上げる。
「うん! 分かった!」
ボクは、笑顔を浮かべて頷く。
「キルト、伝言忘れてない?」
「ん? ああ、そうだった。アルク、昼飯出来たってよ」
「ホントッ!」
湯気立つオムライスが頭に浮かぶ。
「オルガンさん、ボク行くね。また明日!」
おいしいうちに食べたいと思ったボクは、オルガンさんに声をかけ、走ってアカリねぇの元へ向かう。
◇◇◇◇◇
「キルト殿」
走って出て行ったアルクの背中を微笑ましく見つめていると、オルガンさんが声をかけてきた。
オルガンさんに向き直り、先ほどの話を説明する。
「アルクは、特別な力を持ってるんです。そのせいで、周りから怖がられていた。それこそ、醜いだとか言われて恐れられてたらしいです」
「それは……辛かったでしょう」
オルガンさんの絞り出すような呟きに、俺は頷く。
「俺もそう思います。でも、アルクは今笑ってる。本当に強い子です。それにアルクと話してると、不思議とこっちも元気になるんです」
ゆっくりと扉に向かって歩き、ドアノブを握ると振り返った。
「本当にアルクと話すのが辛いのなら、遠慮なく俺に言ってください。でもまず、アルクと話してみてください。……それから、まだ手掛かりすら見つけられてないです。すいません」
「キルト殿、謝らないでください。むしろ、頭を下げるのは私の方だ。キルト殿、お手数をおかけして申し訳ないですが、引き続きよろしくお願いします」
オルガンさんは、深々と頭を下げてきた。
「分かりました」
俺は今度こそ、部屋を後にした。
「オルガンも気にしなければいいのに」
エノがボソッと呟く。
「まあ、しょうがないだろ。人それぞれ、コンプレックスはあるからな」
話をしながら玄関ホールへ向かうと、侍従服を着たマーレイさんと鉢合わせた。
現在は、攫われた人たちを都市国家へ送っている最中。だが、ホリィやマーレイさんを含めた数人は親族を失っており、戻ったところで下人になってしまう状況だった。下人になると分かっていて都市へ戻すわけにもいかず、話し合った結果、屋敷の侍従として働いてもらうことになった。
「キルト、顔」
表情を強張らせた俺に気付いたエノが、小声で注意してきた。
「わりぃ、サンキュ」
小声で礼を返し、視線を下――マーレイさんの手を握るホリィへ向ける。
「びゅーん!」
ホリィは俺に気付くと満面の笑みを浮かべ、両手を伸ばしながら走り寄ってくる。
「ただいま、ホリィ」
片膝を着き、ホリィを迎え入れるべく両手を広げた。笑顔を浮かべながら待つが、ホリィは真っ直ぐには近寄って来ず、ジグザクに走ってくる。
楽しそうに、それでいて真剣そうな表情で近づいてくるホリィ。そんなホリィが手の届く距離まで近づくと、立ち上がりながら一気に高く持ち上げた。
「いい子にしてたか、ホリィ?」
高い高いが楽しいのか、ホリィは手足をバタつかせて弾けたように笑う。
「とてもいい子でしたよ」
俺とホリィを見守っていたマーレイさんが、穏やかな口調で教えてくれた。
「マーレイさん。屋敷の仕事もあるのに、ホリィの面倒も見てもらってすいません」
高い高いに満足した顔をするホリィを肩車した後、マーレイさんに向き直る。
「いえ。帰る場所のない私を、キルトさんは屋敷に住まわせくれました。それに比べれば……それにホリィちゃんと遊ぶのは楽しいですので」
ホリィのことを愛おしそうに見つめながら、マーレイさんはそう言ってくれた。
「ん?」
ただその後、マーレイさんはじっと俺の顔を見つめてくる。
「俺の顔に、何か付いてますか?」
そう声をかけると、マーレイさんは慌てて目を伏せてしまう。
「気になることがあるなら、なんでも言ってください」
僅かな逡巡を経た後、彼女は俺と目を合わせて口を開く。
「キルトさん、何かありましたか?」
「え?」
「いつもよりも、雰囲気が暗かったので何かあったのかと……」
マーレイさんに言われ、俺は目を丸くする。
「俺、そんなに分かり易いですか?」
「うん」
間髪入れずに、エノが大きく頷く。
「マジか、ポーカーフェイスって思ってたのに」
「ないない」
「おい、言い方」
容赦のないエノに苦笑しつつ、マーレイさんに心配かけさせたことを詫びる。
「実は、ちょっとありまして……けど、屋敷に帰って来たら元気になりました」
本心からの言葉を聞いたからか、マーレイさんも納得したように「それなら、良かったです」と微笑んだ。
「びゅーん!」
話が一段落したところで、ホリィが元気よく叫ぶ。
「ホリィ、ごめんな。屋敷の中じゃ走れないんだ」
「やー」
ホリィが口にしている「びゅーん」は、平原でルナンさんの矢を避けていた際の動きのこと。あの時、ホリィは物音で起きたらしく、平原を駆け回っていた俺を見て、興奮していたと後にマーレイさんから教えて貰った。
「びゅーん! びゅーん!」
ホリィは諦めず、手足を暴れさせて駄々をこねる。
「明日、外でな。屋敷の中でやると、アカリがおっかないんだよ」
始めてホリィが迫ってきた時は、嬉しくなってしまい、屋敷中を走り回った。それをアカリに目撃され、懇々と説教された。
「やー、やってー!」
「ホリィ、分かってくれ。ホントに、勇者も逃げ出すほどおっかないんだって」
そうして玄関ホールで立ち話をしていると、ある人物がやって来た。
「ご飯だよ。何してるの、そんなところで?」
やって来たのは、アカリ。
その瞬間、悪戯っぽい笑みを浮かべたエノがアカリの方へ羽ばたく。
「アカリ~」
「ちょ、待て! エノ!」
すぐにエノが告げ口をしようとしているのだと察し、慌てて止めに走った。
俺が走ったことでホリィは喜び、肩の上ではしゃぐ。
結局エノを止められず、俺は小一時間ほどアカリの説教――もとい、有難いお言葉を賜ることになった。




