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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第14話 アルクの冒険×オルガンさん

「フーちゃん、伊勢、稲荷。今度はこっちに行こー!」


 ボクが声をかけると、足元にいる伊勢と稲荷が元気よく鳴いた。


「うわぁ~、すご~い」


 まだ入ったことのない一階の部屋。この部屋にも、高そうな物が綺麗に並んでいた。「暴れちゃダメだよ」と伊勢と稲荷に注意したボクは、部屋の中を見て回る。


「ワン!」

「ん? 伊勢はもう飽きちゃったの?」


 伊勢は、駆け回るのが好きな甘えん坊。だから、部屋の中を静かに眺めるのは退屈に感じちゃったみたいだった。


「ガウッ」


 その場でくるくると回り出した伊勢に対し、稲荷が小さく唸った。


 稲荷はお利口さんで、大人しい子。ただ甘えん坊なのは一緒で、ボクの傍から離れない。


「じゃあ、別の場所に行こっか」


 ボクの言葉が通じたのか、伊勢は鞘に納められた尻尾をブンブンと振る。


 部屋を出て、一端玄関ホールに向かうと、奥の廊下からアカリねぇがやって来た。


「アカリねぇ!」


 走り寄ると、アカリねぇは優しい笑顔を浮かべる。


「今日も探検してるの?」

「うん! アカリねぇ、今日のお昼は何?」


 あと一時間もすれば、お昼ご飯だ。アカリねぇのすっごくおいしいごはんを想像して、気持ちがソワソワする。


「オムライスだよ」

「ホントにッ!? ヤッター!」


 嬉しさが花咲いて、ボクは両手を挙げて飛び跳ねる。


「もうちょっと探検して待っててね。けど、まだ病み上がりなんだからはしゃぎ過ぎたらダメだよ? それから、屋敷の中で走ってもダメ。いい?」

「は~い」


 アカリねぇと別れ、ボクたちはまた冒険を続ける。


「今度は、どっちに行こうかな?」


 悩んでいると、伊勢が前を歩き出す。


「ワン!」

「え? そっち?」


 伊勢が提案してきたのは、行っちゃダメって言われている廊下だった。


「そっちはダメだよ」


 口ではそう言ったが、実はボクも興味があった。


 曲がり角になっていて、奥がどうなっているのか分からない。その何も分からないことが、ボクの探検心をくすぐってくる。


「ちょっとだけなら……」


 どうしても気になったボクは、足音を鳴らさないように歩き、廊下の先を覗き込む。


「部屋?」


 曲がり角の先には、大広間と同じくらいの大きな扉があった。


 まるで見えない手に背中を押されるように、ワクワクしながら扉に近づく。


「音は……しない……」


 扉にぴったり耳を付けるけど、部屋の中からは何も聞こえない。


「開いてる」


 ドアノブを回してみると、鍵は掛かっていなかった。


 少しだけ、扉を開いて中を覗く。


「真っ暗……。物置なのかな?」


 部屋が暗いから、ボクは誰も居ないって思って大きく扉を開けた。だけど――、


「ここへは来ちゃダメだ」


 暗い部屋の中から聞こえた声に、心臓がギュっとして、体が石像みたいに固まる。


「帰りなさい」


 大人の声。


(あ……誰かの部屋だったんだ……勝手に入って……怒られる……怒られる……)  


 謝らなきゃって思ったけど、昔を思い出したボクは怖くなって口を閉じた。


 心臓の音が大きくなっていく。


 また、叩かれるかもしれない。


 また、閉じ込められるかもしれない。


 怖くて怖くて、涙が溢れ出る。すると――、


「こ~ら」


 後ろから声が聞こえた。


 安心できる大好きな声。


「キルトにぃ……」


 振り向くと、そこにはキルトにぃが立ってた。


「アルク、ここは入っちゃダメだって……どうした? どっか痛いのか?」


 キルトにぃはボクが泣いてることに気付いて、慌てた様子で近づいてくる。


 ボクは、そんなキルトにぃに抱く付いた。


 キルトにぃの匂いとあったかさが、嫌な記憶を消していく。


 五分くらいそのまま抱き付いて落ち着いたボクは、キルトにぃから離れる。


「勝手に入ってごめんなさい……」

「反省されてるないいさ」


 キルトにぃは、笑顔を浮かべた。


「ん?」


 廊下の光に照らされたキルトにぃの顔。その顔は、いつもと違った。


「キルトにぃ、何かあったの?」


 ボクの質問に、キルトにぃは一瞬だけ驚いた顔をした。ただすぐに、いつも通りの笑顔を浮かべながら口を開いた。


「ちょっとな。けど、アルクのおかげで元気になった。ありがとな」


 キルトにぃはそう言うと、優しい手つきでボクの頭を撫でる。それが気持ちよくて、ボクは思わず目を細めた。


「ほんっと、キルトってアルクに甘いよね」


 エノはキルトにぃの前ではいつもそんなこと言うけど、ボクたちだけの時はボク以上にはしゃぐことがよくある。


「キルト殿」

「騒がしちゃったみたいですいません、オルガンさん」

「オルガンさん?」


 聞いたことのない名前に不思議がっていると、闇の中からさっきの聞こえた声が響いた。


「いや、私のせいだ。アルクだったね? 怖がらせてしまってすまないね」

「オルガンさん。誰もそんなこと思ってないですって」

「ありがとう。だが、事実だ。こんな()()姿()なら――」


「違うのッ!」 


 ボクは大声を出して、オルガンさんの言葉を遮った。


「ボク、昔のこと思い出しちゃって……オルガンさんのこと醜いとか、怖いとか思ってないです! 傷つけちゃったなら、ごめんなさい!」


 暗闇の中にいるオルガンさんに向けて、頭を下げて謝る。


「アルクの言う通りですよ」


 ボクがずっと頭を下げてると、キルトにぃが口を開いた。 


「アルク」


 キルトにぃに呼ばれ、ボクは頭を上げた。


「オルガンさんは、ちょっと引っ込み思案なんだ。ホントはもっと話しに来たいんだけど、俺はまだやらないといけないことがある。だから、オルガンさんの話し相手になってあげてくれないか?」

「ッ!? キルト殿、それは」


 オルガンさんが慌てたような声を上げる。


「うん! 分かった!」


 ボクは、笑顔を浮かべて頷く。


「キルト、伝言忘れてない?」

「ん? ああ、そうだった。アルク、昼飯出来たってよ」

「ホントッ!」


 湯気立つオムライスが頭に浮かぶ。


「オルガンさん、ボク行くね。また明日!」


 おいしいうちに食べたいと思ったボクは、オルガンさんに声をかけ、走ってアカリねぇの元へ向かう。






 ◇◇◇◇◇






「キルト殿」


 走って出て行ったアルクの背中を微笑ましく見つめていると、オルガンさんが声をかけてきた。


 オルガンさんに向き直り、先ほどの話を説明する。


「アルクは、特別な力を持ってるんです。そのせいで、周りから怖がられていた。それこそ、醜いだとか言われて恐れられてたらしいです」

「それは……辛かったでしょう」


 オルガンさんの絞り出すような呟きに、俺は頷く。


「俺もそう思います。でも、アルクは今笑ってる。本当に強い子です。それにアルクと話してると、不思議とこっちも元気になるんです」


 ゆっくりと扉に向かって歩き、ドアノブを握ると振り返った。


「本当にアルクと話すのが辛いのなら、遠慮なく俺に言ってください。でもまず、アルクと話してみてください。……それから、まだ手掛かりすら見つけられてないです。すいません」

「キルト殿、謝らないでください。むしろ、頭を下げるのは私の方だ。キルト殿、お手数をおかけして申し訳ないですが、引き続きよろしくお願いします」


 オルガンさんは、深々と頭を下げてきた。


「分かりました」


 俺は今度こそ、部屋を後にした。


「オルガンも気にしなければいいのに」


 エノがボソッと呟く。


「まあ、しょうがないだろ。人それぞれ、コンプレックスはあるからな」


 話をしながら玄関ホールへ向かうと、侍従服を着たマーレイさんと鉢合わせた。


 現在は、攫われた人たちを都市国家へ送っている最中。だが、ホリィやマーレイさんを含めた数人は親族を失っており、戻ったところで下人になってしまう状況だった。下人になると分かっていて都市へ戻すわけにもいかず、話し合った結果、屋敷の侍従として働いてもらうことになった。


「キルト、顔」


 表情を強張らせた俺に気付いたエノが、小声で注意してきた。


「わりぃ、サンキュ」


 小声で礼を返し、視線を下――マーレイさんの手を握るホリィへ向ける。


「びゅーん!」


 ホリィは俺に気付くと満面の笑みを浮かべ、両手を伸ばしながら走り寄ってくる。


「ただいま、ホリィ」


 片膝を着き、ホリィを迎え入れるべく両手を広げた。笑顔を浮かべながら待つが、ホリィは真っ直ぐには近寄って来ず、ジグザクに走ってくる。


 楽しそうに、それでいて真剣そうな表情で近づいてくるホリィ。そんなホリィが手の届く距離まで近づくと、立ち上がりながら一気に高く持ち上げた。


「いい子にしてたか、ホリィ?」


 高い高いが楽しいのか、ホリィは手足をバタつかせて弾けたように笑う。


「とてもいい子でしたよ」


 俺とホリィを見守っていたマーレイさんが、穏やかな口調で教えてくれた。


「マーレイさん。屋敷の仕事もあるのに、ホリィの面倒も見てもらってすいません」


 高い高いに満足した顔をするホリィを肩車した後、マーレイさんに向き直る。


「いえ。帰る場所のない私を、キルトさんは屋敷に住まわせくれました。それに比べれば……それにホリィちゃんと遊ぶのは楽しいですので」


 ホリィのことを愛おしそうに見つめながら、マーレイさんはそう言ってくれた。


「ん?」


 ただその後、マーレイさんはじっと俺の顔を見つめてくる。


「俺の顔に、何か付いてますか?」


 そう声をかけると、マーレイさんは慌てて目を伏せてしまう。


「気になることがあるなら、なんでも言ってください」


 僅かな逡巡を経た後、彼女は俺と目を合わせて口を開く。


「キルトさん、何かありましたか?」

「え?」

「いつもよりも、雰囲気が暗かったので何かあったのかと……」


 マーレイさんに言われ、俺は目を丸くする。


「俺、そんなに分かり易いですか?」

「うん」


 間髪入れずに、エノが大きく頷く。


「マジか、ポーカーフェイスって思ってたのに」

「ないない」

「おい、言い方」


 容赦のないエノに苦笑しつつ、マーレイさんに心配かけさせたことを詫びる。


「実は、ちょっとありまして……けど、屋敷に帰って来たら元気になりました」


 本心からの言葉を聞いたからか、マーレイさんも納得したように「それなら、良かったです」と微笑んだ。


「びゅーん!」


 話が一段落したところで、ホリィが元気よく叫ぶ。


「ホリィ、ごめんな。屋敷の中じゃ走れないんだ」

「やー」


 ホリィが口にしている「びゅーん」は、平原でルナンさんの矢を避けていた際の動きのこと。あの時、ホリィは物音で起きたらしく、平原を駆け回っていた俺を見て、興奮していたと後にマーレイさんから教えて貰った。


「びゅーん! びゅーん!」


 ホリィは諦めず、手足を暴れさせて駄々をこねる。


「明日、外でな。屋敷の中でやると、アカリがおっかないんだよ」


 始めてホリィが迫ってきた時は、嬉しくなってしまい、屋敷中を走り回った。それをアカリに目撃され、懇々と説教された。


「やー、やってー!」

「ホリィ、分かってくれ。ホントに、勇者も逃げ出すほどおっかないんだって」 


 そうして玄関ホールで立ち話をしていると、ある人物がやって来た。


「ご飯だよ。何してるの、そんなところで?」


 やって来たのは、アカリ。


 その瞬間、悪戯っぽい笑みを浮かべたエノがアカリの方へ羽ばたく。


「アカリ~」

「ちょ、待て! エノ!」


 すぐにエノが告げ口をしようとしているのだと察し、慌てて止めに走った。


 俺が走ったことでホリィは喜び、肩の上ではしゃぐ。


 結局エノを止められず、俺は小一時間ほどアカリの説教――もとい、有難いお言葉を賜ることになった。

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