第13話 兵器×魔血
魔血「まけつ」を、魔血「ブルーブラッド」に変更しました。
曇天の空。
辺りは静寂に包まれ、湿った風が吹く。
一方的だった。
戦いにすらなっていなかった。
蹂躙、虐殺、作業。
阿鼻叫喚が平原に木霊し、両軍が接触してからものの十分ほどで終わった。
血に染まった平原の中を歩く。
そこかしこに転がる猪人族の亡骸。
どの亡骸も、圧し潰された肉塊と化していた。
むせ返る様な濃い血の匂いに、口の中が鉄の味で満たされる。
ふと、足を止めた。
血の海に横たわる子どもの亡骸。
顔や手足は潰れていて判別できない――だが、首に木製の太陽のペンダントを下げていた。
「キルト」
エノが、心配げな声音で名前を呼ぶ。
「大丈夫だ」
グンの亡骸を見つめたまま呟く。
「家に帰してやるからな」
黒穴を拡げ、グンの亡骸を含めたすべての猪人族を回収した。
口を固く結び、グンが横たわっていた場所を見つめる。
喪失感とも、虚無感とも違う感覚。
時が凍ったような感覚。
どのくらいの時間そうしていたかは分からないが、ダイの声によって時間は再び流れ出す。
『キルト。これからグンたちを埋葬するんだろ? 俺も手伝わせてくれ』
今現在、屋敷から外の景色は見えないようにしている。この凄惨たる惨状を見せないためだ。
『……三十分後くらいに呼ぶから、準備して待っててくれ』
『分かった。その、キルト……』
会話を終えようとした時、ダイが不安そうな声で名前を呼んだ。
『なんだ?』
『その、平気か? あ、いや、平気じゃないのは分かってる。けど……』
どうやらダイは、落ち着いている俺を不審に思ったらしい。
『大丈夫だ。心配してくれて、ありがとな』
今度こそ会話を終え、集落へと向かう。
ダイに言ったことは嘘ではない。今の心境は、例えるなら災害を目にした時のよう。
抗いようのない自然の脅威に、為す術なく飲み込まれる光景。
怒りを覚えない訳ではない。
初めて外民の話を聞いた時に似ている。
漠然とした、やり場のない怒り。
だからかもしれない。
俺は、平静さを保てていた。
集落は、跡形も無く壊されていた。これはおそらく、根絶やしにするという意味合い意外に、空き家に他の生き物が住み付かないようにするためだろう。
「エノ、俺の後に居てくれ」
広場に立つと、静かな口調で声をかける。
「うん」
エノが安全な距離まで離れたのを確認した後、俺は左拳を天に掲げてイメージする。
黒紫色の筋繊維の源は、俺の魔力。つまり、性質は魔術と同じ。
思い描いたイメージに呼応するように、皮膚の下に収まっていた黒紫色の筋繊維が「グチュグチュ」と気味の悪い音を鳴らして脈動する。
瞬く間に張力の限界を超えた皮膚が破け、露わになった黒紫色の筋繊維が天に向かって肥大化していく。
周囲の木々ほどの背丈まで肥大化した左腕。もう十分だと思い、拳を固く握り締めた後、地面に向かって鉄槌を振り下ろす。
轟音と共に地面が砕ける。
昇った土煙は木々を越え、一瞬にして視界が土色に覆われた。直後、体が落下し、掘り起こされたような柔らかな地面に降り立つ。
土埃に包まれる中、用済みの筋繊維を切り離す。魔力の供給が途絶えた筋繊維は、見る見るうちに霧散していく。
筋繊維が跡形も無く消えた頃には視界も晴れ、埋葬する準備が整った。
俺は一人で、猪人族たちの亡骸を丁寧に埋めた。
◇◇◇◇◇
ダイを呼ぶとすぐに、目で「話が違うぞ?」と問うてきた。
俺はそれを無視し、獣道を歩み出す。
目的の場所は、牙無さんの居住。
「なあ? 墓標とか、墓石は置かないのか?」
後ろを付いてくるダイが、地面に埋めただけの彼らを憂いて尋ねてくる。
「あれでいい。俺らは、猪人族の弔い方は知らないからな。それにあの人たちも、俺らなんかに弔ってほしくないって思ってんだろ」
人族を嫌悪し、人族に滅亡させられた猪人族。そんな彼らを埋葬したのは、あのまま放置するのが忍びないという俺の気持ちを優先したためだ。
「やっぱり、ここは荒らされてないな」
集落から離れた牙無さんの住居は、荒らされた形跡はなかった。
「はは……敵わないな……」
住居の前に置かれた切り株のテーブルには、微かに水気が残るコップが三つ、逆向きで置かれていた。
俺は牙無さんの顔を浮かべつつ、丸太の椅子に座る。
「ダイも座れよ」
辺りを眺めているダイに座るよう促し、俺は黒穴から取り出した果実酒を三つのコップに注いでいく。
「俺もいいのか?」
「ああ。グンの話をしてた時に、ダイの話になったんだ。牙無さんは、『是非会って、感謝を告げたかった』って言ってたんだよ」
そう言うと、ダイは椅子に座り、コップを手に持つ。
テーブルに置かれた牙無さんの分のコップに献杯し、果実酒を一気に胃へ流し込む。
「助けた方が良かったのかな……」
空のコップをテーブルに置き、遠くを見つめながら呟く。
「猪人族の気持ちを尊重したんだから、間違ってないよ」
エノは、俺の選択を肯定してくれた。
「俺もそう思う。仮に助けたとして、同族がいないことを受け入れられるとは思えない」
ダイも、冷静に賛同してくれた。
「そっか……あれは、帝国か?」
静かに冥福を祈った後、隣に座るダイに尋ねる。
「そうだ。ラルフさんから聞いた話じゃ、あれは帝国の“鉄血隊”って言うらしい」
「鉄血隊? どういう意味だ? 古代ローマのチャリオットみたいだったけど……」
俺が平原に聞いた金属音の正体は、帝国の戦車だった。
日の光を反射する金属の装甲。屋根はなく、三人の人間が乗車できる大きさ。キャタピラのような車輪が地ならしを行うが如く、けたたましい金属音を鳴らしながら猪人族を圧し潰していた。
「俺も又聞きだから、詳しくは知らない。でもたぶん、現代の戦車は技術的に製造できなかったんだろう。だから、構造が単純なチャリオットを製造した」
「なるほどな。で、なんで鉄血って名前なんだ?」
名称について追及すると、ダイはその訳を話してくれた。
「あの戦車は魔石じゃなくて、“魔血”っていう新しいエネルギー源で動いてるらしい。鉄は兵器、血は魔血を表してる。それが合わさって鉄血だ。人工魔石を覚えてるか?」
ふと、ダイが訊いてくる。
「覚えてるよ。あの、ダイヤモンドみたいな透明な魔石でしょ?」
ダイの問いかけに、エノが答える。
「その魔石は、魔血を生成する過程で生まれる副産物らしいんです」
「へぇ~」
ダイの話を聞き、魔血の正体が分かった。
「その魔血ってのは、魔石を液体化した物なのか」
「ああ。さすがに製造方法は公表されてないらしいけど、何らかの技術で液体にしてるってのが共通認識だ」
「産業改革、か」
馬車での道中、ダイが口にした懸念を思い出す。
「なあ? あれがダイが危惧してたことなのか?」
戦車を操縦してたのは、国人だった。ただの一般人が、身体能力の優れた猪人族を一方的に殺せる殺戮兵器。そんな兵器を教国が認めるわけがなく、だからといって帝国も開発は止めないだろう。両国の行きつく先は人間同士の殺し合い――戦争だ。
俺の言葉を受け、ダイが己の考えを口にする。
「少し違う。確かに、兵器の製造は遅かれ早かれされるだろうとは思ってた。けど、この世界には魔術が存在してるし、人間の脅威になる存在も多い」
「だから、兵器は必要だと?」
ダイは俺の目を見つめながら、はっきりとした口調で告げる。
「俺は必要だと思う」
「あの戦車を操縦してた人は、一般人だぞ? ただの一般人が操縦できる兵器が、本当に必要か? 扱える人が限られてるからこそ、武力はその存在を許されるだろ?」
この世界に暮らす人々が豊かになるのならば、産業革命は行うべきだと思っていた。だが、戦争に発展する可能性があるのならばその思想は揺らいでしまう。それにだ。制限や法の監視が届きにくいこの世界では、非情な破壊を生みかねない。
「その考えは間違ってない。けどな、化学に道徳的な線引きを求めるのはおかしいことだ」
俺とは裏腹に、ダイは信念を持っているかのように強い目で語り続ける。
「なんでだ?」
「知的謙虚さは必要だし、地球でも求められてることは知ってる。けどそれは、ある程度文明が発展しているから言えることだ。俺らが日本で当たり前のように使っていた物のほとんどは、謙虚さを無視し、結果だけを追及した過程で得た副産物だ」
ダイの話を聞き、頭にいくつか雑学のような知識が浮かぶ。
「それって、ケータイとか、電子レンジとかは軍事目的でっていう話か?」
「そうだ。それに、負の面だけを見て踏み止まるのは短慮すぎる。もし魔血がレオガルドに普及したら、自動車に似た乗り物がきっと生まれるはず。鋼鉄製の自動車なら、防御性能は上がる。休憩する回数も少なくて済むし、一度に運べる物量も増える。各国間の行き来がより安全になれば、救われる人も増えるはずだ」
感情論ではなく、論理的に淡々と語るダイの話に俺は納得しそうになる。ところが、会話が途切れたタイミングでエノが口を開いた。
「でもさ、ダイ。その兵器で、グンも猪人族もみんな殺されちゃったよ? 未来の話は私にはよくわからないけど、人を殺せる兵器がたくさんできちゃったら安全になんか暮らせないんじゃない?」
人間社会を知らないエノだからこその純粋な疑問であり、殺された猪人族の無念を汲んだような問いかけ。
ダイは一瞬、押し黙る。だが、すぐに口を開いた。
「互いに力を持ってこそ、報復を恐れて無闇に力を振るわなくなる。理想論じゃ、多くの命は守れないんです。だから、どんなに非難されても血生臭い平和を維持するために化学の発展は必要なものだと思います」
二人の意見は、どちらも正しいと思った。
無数の兵器が存在する世界が、安全だとは思えない。しかし、武力が抑止力になるのも事実だ。それに途中で研究を止めれば、これまでのすべてが無駄になる。
答えが出せず、俺は空を仰いだ。
先ほどよりも暗雲は黒味を増しており、風も湿ってきていた。
「雨が降りそうだな。もう帰るか」
話し込み過ぎた。それに、この場で話す内容ではなくなってきている。
そう思った俺は、二人に声をかけた。
二人は口を閉じ、俺の方を見てくる。
「そうだね」
エノは雰囲気を霧散させ、普段通りの朗らかな笑顔を浮かべる。
「だな」
ダイも、賛成するように一度頷いた。
「っと、その前に」
黒穴から、木製の太陽のペンダントを取り出す。
「これは、グンのだからな」
牙無さんとも仲が良かったグン。人目に付きにくいこの場所なら、遺品を置くのに適している。
「じゃあな」
切り株のテーブルの上にペンダントを置き、俺はグンに別れを告げた。




