第11話 集落×キバナシ
獣人の集落まで、馬車で約一週間。道中は、何も起こらず順調に進んだ。ただ相変わらず獣人の子どもとの溝は埋まらず、剣呑な空気が漂っていた。ダイは警戒していたが、俺がいるため襲われることはなかった。
「来たか。ほら、熱いから気を付けろ」
馬車の中から抜け出てくるグンの気配を察知した俺は、用意していたカップを差し出す。
「ありがとう」
焚火を囲むように座っている俺たちの輪に加わったグンは、嬉しそうにカップを受け取る。
「はぁ~、おいしい」
息を吹きかけて冷ました後、カップの中身を一口飲んでしみじみと呟く。
グンは、知的好奇心が旺盛な子どもだった。
握手をした日の夜、グンは馬車から抜け出て来て、俺たちの輪に加わってきたのだ。話をしている際、疑問に思ったことは些細なことでも聞き、理解すると素直に感心する。人の知識などという偏見がグンには存在していなかった。
ここ一週間は、四人で焚火を囲み、語り合うひと時を過ごすのが日課になっていた。
「明日で、お別れだな」
「うん」
ただ、それも今日で最後。明日の午前中には、集落に辿り着く。
「グン」
「ん? 何?」
名前を呼ばれたグンは、俺の方を向く。
俺は腰ポーチからある物を取り出し、グンへ手渡す。
「ほら、昨日言ってたヤツ」
グンに手渡したのは、木彫りの太陽のネックレス。獣人であるグンの集落にも、勇者の伝説は語り継がれているらしい。その話を聞き、屋敷にあったネックレスを思い出した。この手のネックレスは露店でよく売られている物で、仲良くなった記念としてグンにあげると約束していた。
「うわぁ~、ありがとう、キルト」
ネックレスを様々な角度で眺めた後、グンはネックレスを首に下げ、俺に向かって満面の笑みを浮かべながら礼を言ってきた。
「他のヤツ等に取られないように気を付けろよ」
俺も笑顔を浮かべ返し、グンの頭を撫でた。
そのやりとりを微笑ましく見守っていたダイとエノ。
「兄弟みたいだな」
「ね」
こうして、最後の夜は穏やかに過ぎた。
◇◇◇◇◇
次の日――。馬車に乗っていると突然、胸騒ぎがした。
「どうしたの?」
俺の異変に、肩に座っていたエノが気付く。
「嫌な感じがする……」
平原には、人影はおろか、生き物の気配もない。だが、勘違いとして片づけられないほどの不穏さが纏わりついて離れない。
「進むの止めるか?」
ダイも、真剣な表情を浮かべて尋ねてくる。
もうすぐ集落に辿り着こうかというタイミングでの予感。明らかに、何かが起こることを示唆している。
(アルシェに知恵を貸してもらうか? それとも、一夜さんに……いや、何も分かってないんだ。安全策なら、エノに頼んだ方がいい)
馬車が徐行しながら進む中、どう行動するのが最善か頭を悩ませる。しかし、そんな猶予がないことをすぐに理解させられた。
突然、荷台の方から走るような音が鳴り、馬車が揺れたのだ。
「なッ!?」
慌てて視線を荷台へ向けると、獣人の子どもたちがぞくぞくと荷台から降りて行っていた。荷台から飛び降りていく子どもの最後は、グンだった。
「グン! どうしたッ?」
俺が声をかけると、グンは振り返り、笑顔を浮かべながら口を開く。
「キルト、ありがとう! もう僕たちだけで帰れる!」
大きく手を振った後、グンは荷台から飛び降りてしまう。
「グン、待て!」
走って行ってしまうグンの後を追うため、立ち上がって馬車から降りようとした。直後、ダイに危険が及ぶかもしれないという考えが頭に過る。
「ダイ、屋敷に戻ってくれ」
「分かった」
ダイは何も言わずに頷き、馬車から降りる。
馬車は今後も利用価値があるため、屋敷とは別の黒穴に保管しておく。
「どうするの? グンの後を追う?」
ダイが屋敷へ戻ると、エノがこれからの行動を訊いてくる。
「止めとこう。俺と話しているところを、他の猪人に見られるかもしれない」
「そうだね」
「とりあえず、グンとの約束を果たすか」
方針を決め、グンたちが走って行った方向へ走っていく。
「ん?」
走っている最中、物静かな平原に異質な音が響いているのに気付いた。
「なんだ、この音?」
顔を左右へ向けるが、地形が丘陵になっているため視線が通らない。
「どうしたの?」
「金属音みたいな音が聞こえる」
「それって、ラルのおっちゃんの足音みたいな音?」
「違う。もっと重くて、地面を揺らす……震わすような音だ。何なんだ?」
音は気になるが、一先ずは集落へ向かう。
森の中を一キロほど進んだ地点で、切り開かれた道を見つけて足を止める。気配を探ってみると、道の先に複数人の火――集落を見つけた。
「集落の風下……この人か」
グンから聞いた通り、集落から数百メートル離れた風下に一人で行動している人物がいた。猪人に見つからないよう気を付けながら、その人物の元へ向かう。
先ほどの大雑把だが整えられた道とは違い、獣道を進むと、開けた場所に出る。
「ん?」
目に飛び込んできたのは、木を組み、大きな葉を複数枚重ねただけの簡易的な家だった。
(グンの話だと、高床式の家に住んでるって言ってたけど……)
話とは違う家の様式について考えていると、俺の気配を察知したのか家の中から人が出てきた。
「もう来たのか。話し合いはどう――」
俺のことを他の猪人と勘違いし、喋りながら出てきたのは体毛が白くなっている猪人の老人だった。
老人は俺の存在に気付くや否や、目を見開いて固まってしまう。
「初めまして。突然お邪魔してすいません」
俺は友好的な態度を示すように、笑顔を浮かべながら挨拶する。すると、見開かれていた老人の目が揺らぐ。
「ア、アナタは……一体……」
あんぐりと開けた口から、老人は掠れた声で尋ねてくる。
「グンから話を聞いて、お邪魔しました」
老人は驚いてはいるが、敵対や嫌悪するような感情は抱いていない。俺は、出来るだけ穏やかな声でグンとの出会いを説明した。
「なるほど、そうだったのですね。わざわざ子どもたちを送っていただき、ありがとうございます」
話を最後まで聞いた老人は、俺に向かって深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。そもそも人族があなたたちの子どもを攫ったんですから、こちらこそすいません」
攫ったのはケリヨトだ。だが、猪人族からすれば関係ない。多少思うところはあるが、俺はその思いを飲み込んで謝罪を口にする。
俺の言葉を聞いて頭を上げた老人は、なぜか嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。どうぞ、お座りください。本当なら家に上がっていただきたいのですが、見ての通り家は手狭でして。申し訳ございません」
申し訳なさそうに目線を落とす老人。確かに老人の言う通り、簡易的な家は大人一人が入るのでやっとな広さだった。
「いえ、気にしないでください」
「すみません。おぬしは、小鳥族じゃな? 椅子……と言っても丸太じゃが、用意するかい?」
老人は、肩に座るエノに話しかける。
「ありがと、おじいちゃん。でも、こっちの方が座り心地がいいから」
「俺の肩は、椅子じゃないぞ」
肩を叩きながらそう言うエノに、俺は即座にツッコミを入れた。
俺とエノのやりとりを、老人は微笑ましく眺める。
「重ね重ね申し訳ございません。実は、来客をもてなす果実酒がなく……はは、お恥ずかしい限りです」
俺が丸太に腰かけると、老人は不甲斐なく笑い、肩を落として体を小さくする。
「突然押し掛けたのは俺の方なので、気にしないください。それに、果実酒ですよね? だったら……」
俺は老人に見えないよう黒穴を出現させると、屋敷に保管されていた果実酒を一本取り出す。
「手ぶらで来訪するのは非常識でしたよね? すいません。どうぞ」
「よろしいので?」
「はい」
差し出した酒瓶を前に、老人は受け取るのを躊躇う。ただ、俺が酒瓶を引っ込める気が無いことを悟った老人は大事そうに受け取った。
「ありがとうございます。少々お待ちください」
老人は酒瓶を切り株のテーブルに置くと、家の中から嘘つ木をくり抜いて作ったコップを二つ持って来た。そして、零さぬよう丁寧に果実酒を注ぎ、俺にカップを手渡して来る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
老人もカップに果実酒を注ぎ、二人でカップを手に持つ。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。俺は、キルトって言います」
「親切にありがとうございます。私のことは、キバナシとお呼びください」
互いに名を名乗り、乾杯する。
老人はカップに注がれた果実酒の香りを楽しんだ後、少量を口に含んだ。
「美味い……」
果実酒を飲み込んだ老人は、穏やかな声で一言だけ呟く。その言葉や表情を見て、酒の味が分からない俺でも本当に美味いのだと察することができた。
「キルトさん、ありがとうございます。この果実酒は、記憶以上の品です」
「ん? 記憶以上?」
言葉に引っかかった俺に対し、老人は穏やかな表情を浮かべながら口を開く。
「ええ。もう数十年も昔、私は人族と旅をしたことがあるのです」




