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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第9話 狩人×交渉

 体に走る電流のような直感――危機察知能力。闘技場で牛の魔物と相対した時以来の感覚に、全身の産毛が逆立つ。


「なん……ッ!?」 


 反射的に周囲の気配を探ろうとした時、前方に“飛来する黒い残像”を捉えた。


 それが危機察知に反応した物だと瞬時に悟ると、荷台から体を乗り出している子どもの前に立った。そして、研ぐような鋭い風切り音を鳴らす黒い残像を掴む。


「骨の矢? それに、これは毒か?」


 飛来して来たのは、(やじり)が骨で出来た短矢(たんし)だった。おまけに、先端には粘性の高い濃い緑色をした毒らしきものが付着している。


 明らかに、命を狙って放たれた一矢。 


 短矢を捨てると、矢が飛来して来た方向に向かって走り出す。


「一夜さん、ホリィを最優先で守りつつ、馬車の人たちも守ってください。これは命令です!」


 走っている最中、俺の影に潜んでいる一夜さんに命令を出す。


 一夜さんは最優先で俺を守ろうするが、俺の出した命令には必ず従う。それが分かっているため、命令という形で指示を出した。


 僅かな逡巡の間の後、一夜さんが離れていく。


 これで、ホリィたちは安全。


 走りながら、敵の気配を探る。だが――、


「誰もいない?」


 敵の火を感知できず、思わず足を止めた。


 なだらかな平原の正面には、鬱蒼とした森が広がっている。矢はそこから飛来して来たため当然、襲撃者もその森に居ると思っていた。しかし、森を探っても火を感じ取ることは出来ない。


「魔術……いや、アカリと似た力で姿を消してるのか?」


 思考を巡らす中、再び全身に電流が走る。


 すぐに思考を止め、視野を広げながら視線を彷徨わせると、今度は左側の森から弧を描いて短矢が飛来して来る。


「ん?」 


 目で短矢を追っていると、風切り音が先ほどとは違うことに気付いた。まるで笛の音色のように、高音を奏でながら飛んでくる短矢。


 不審に思いつつも、短矢を掴んだ。その瞬間――、


「なッ!?」


 まったく同じタイミングで、背中に矢が刺さった。 


 予想外の出来事に衝撃を受けつつも、矢を引き抜く。


「これは」


 刺さっていた短矢は極細で、堅い透明な素材で作られていた。


「…………」


 力なく膝から崩れ落ち、四つん這いになって顔を伏せる。


 引き抜いた短矢の鏃にも、毒は塗られていた。それならば、毒が体に回って身動きが取れないふりをして相手を誘い出す。咄嗟に思いついた、毒を逆手に取っての行動だった。


(来い)


 身動ぎ一つせず、じっとその時を待つ。だが襲撃者は、動かなくなった俺を放置し、あろうことかマーレイさんたちを狙った。


「ざけんな!」


 即座に飛び跳ね、マーレイさんたちの前に移動すると矢を防ぐ。


「クソがッ」


 平原に落ちる無数の影に気付き空を仰げば、全員の命を血で濡らそうと矢の雨が降り注ぐ。


 襲撃者たちは、国人に対して容赦しないことを悟る。姿を見せず、徹底して命を狙う姿勢は、熟練の狩人(ハンター)そのもの。


 小夜ちゃん諸共、何も言わずに黒穴の中(屋敷)へ非難させる。


『エノ!』


 呼びかけた直後、エノの返事が頭に響く。


『もうやってる!』 


 その頼もしい返事を受け、俺は口角を上げた。


『さすが!』

『へへん! でも、二、三分はかかるから油断しないで』

『了解』


 俺は両腕を垂らし、筋繊維一本一本から力を抜く。凪を思い浮かべながら立ち尽くし、矢の雨を見つめる。そして体中に穴が空こうかという時、棒立ちの状態から一気に駆け出した。


 平原を、縦横無尽に駆け回る。


 襲撃者たちの腕は確かだ。それに加え、俺の戦闘経験不足が仇となり、翻弄されている。だが、矢は標的を射るもの。つまり、俺の知らない技術をいくら使おうが、結局は()を撃ち抜くために放たれているということ。


「なら、こっちでタイミングを作ってやる」


 直進と右へ曲がる時には速度を維持し、左に曲がる時にだけ一瞬減速する。そうやってワザと狙えるタイミングを作り、エノの報告を待つ。


 襲撃者たちが皇国の間者、もしくは暗殺者だった場合、逃がすわけにはいかない。仮に違ったとしても、襲撃者たちが何者なのか、目的は何なのかを知る必要がある。


「ただ力の差を見せつけ過ぎると、相手は情報を持ち帰ることにシフトする。だから、うまい具合に立ち回れ、か。アルシェも簡単に言ってくれるな。……にしても、スゲェ奴らだな」


 無数の矢が様々な軌道を描き、頭を射抜こうと飛んでくる。しかも、次第に精度が増しており、肩を掠めるようになってきた。


『キルト、見つけた! キルトの正面、五キロ先の木の上にいる!』

『サンキュ!』


 居場所が判明したのなら、もう手を抜く必要はない。


 その場で屈み込むと、足に力を込める。そして地面を強く踏み抜くと、俺は弾丸の如き速度で飛んだ。


 矢の雨が俺を射抜こうと降り注ぐが、腕を振るい、風圧ですべてを吹き飛ばす。


 森に入ると、矢は止まった。


 足を取られる蔦や背の低い植物を物ともせず、一直線に襲撃者たちの元へ向かう。


 その最中、心身ともに気を引き締める。


 襲撃者たちの火を探れなかったのは、単純に探知範囲外だったから。それほどの距離を置いて尚、正確に俺を射抜けた実力者たち。油断できるわけがない。


「見つけた」


 森の中を突き進んでいると、ようやく探知範囲内に六つの火を捉えた。


「アイツ等か」


 さらに進むと、一際背の高い針葉樹の枝の上に人影が見えた。


「ッ!? まさか……」


 襲撃者たちは、慌てて撤退している様子だった。だが逃がすわけもなく、木々を足場にして飛び跳ね、俺は六つの火に立ちはだかった。


(やっぱり……)


 襲撃者たちの正体は、外民だった。しかもだ。弓を背にしているのは先頭に立つ一人だけであり、他の者は見たところ武器を携帯していない。


 内心驚きつつ、先頭に立つ人に目を向ける。


 性別は男性、おそらく成人だろう。背丈や体格は他の者と同じで、ややくせ毛の金髪が風になびいている。利発そうな青い瞳を細め、俺の一挙手一投足を警戒しているのが見て取れた。


『ダイ、見てるか?』


 話をする前に、ダイが見ているか確認を取る。


『ああ、見てる。いつでもいいぞ』


 ダイの返事を聞き、俺はリーダーであろう先頭に立っている人に声をかけた。


「なんで、俺を襲撃した?」


 大体の予想は付くが、向こうの口から語らせる。これはアルシェの教えであり、「心理戦において、知り得ている情報の表現が重要」と言われたからだ。それに、こちら側にはダイがいる。喋らせた分だけ、その人物を見極められるのだ。


 敵対心を宿した目を向けてくる人たちを他所に、先頭の人が静かに口を開いた。


「それは、君が同族たちを攫っていたからだ」


 緊張感が漂うこの場に似つかわしくないほど、穏やかで落ち着き払った声。 


「違う、俺は攫ってない」

「その言葉を信じろとでも言うのかい?」


 男性の発言に、すかさずアルシェが助言をくれた。


『キルトさん、ケリヨトを知っているか訊いてください。そして、証の刺青についても確認してください。ケリヨトはその証として、腕に刺青を入れています』

『分かった』


 アルシェの助言を受け、男性の目を見つめながら尋ねる。


「ケリヨトを知ってるか?」

「ああ、君もその一員なんだろう?」

「違う。なら、ケリヨトのヤツ等には、腕に刺青が彫られていることも知ってるか?」

「ああ」

「そうか。じゃあ、見た方が早いだろ?」


 俺は、袖をまくり上げる。そして、全員に見えるように両腕を掲げてみせた。


「どうだ?」

「……確かに、忌々しい“黒い鼠の刺青”はないようだね。人族の少年、こちらの早合点で襲撃してしまい、申し訳ない」


 男性は姿勢を正し、深々と頭を下げてきた。


「え、あ……いや、別に誤解が解けたのなら……」


 あまりにも簡単に男性が引き下がったため、俺は肩透かしを食らって動揺してしまう。


 暫くして、男性はゆっくりと頭を上げた。


「これを」


 男性は、俺と目を合わせたまま腰ポーチから液体の入った小瓶を取り出し、よく見えるように差し出してきた。


「それは?」

「解毒剤だ。気付いているだろうが、矢には毒が塗ってあった。色々と話さなければならないが、まずはこれを飲んでからだ」


 俺も視線は逸らさず、それとなく男性の後にいる人たちの様子を窺う。五人は男性の言動が信じられないのか、驚愕の表情を浮かべて固まっていた。


 その反応から、この行動は六人の中であらかじめ決めていたものではなく、男性の独断で動いているということになる。


 得体の知れぬ男性に警戒しつつ、俺は口を開く。


「いや、必要ない」

「強がりは止すんだ。いいかい? 矢の毒は、()()()の猛毒だ。今はまだ症状が現れていないかもしれないが、解毒剤を飲まなければ必ず死に至る。だから、早く飲むんだ」


 本心で俺の身を案じているように見える男性を前にして、面には出さないが内心で激しく混乱する。 


『どうだ?』


 冷静になるべく、ダイに声をかけた。


『その人が言ってることは、すべて本心だ』

『は? 本心?』


 益々意味が分からず混迷を極める中、ダイは覗き見た男性の思考を口にする。


『その人は、キルトの力を欲してる。だから、毒で死んで欲しくないんだ』

『俺の力って、どういう意味だ?』

『そこまでは覗き見れなかった。ただその人は、キルトの力を見て、殺すには惜しいって考えたみたいだ』

『……アルシェ、どう思う?』


 俺はアルシェに意見を求めた。


『現状では情報が乏しいですが――』


 アルシェが口にしたのは、()()()()()()()というシナリオ。


 馬車の外民たちを助けた後、彼らを保護する場所が必要になる。それは至極当前のことであり、それでも助けようとしたということは、外民たちの隠れ家が存在してる可能性が高い。


 その場合、いずれ食料不足と隠れ家の収容上限の問題に直面するだろう。何故なら、おそらく彼らは人目の付かぬ洞窟に隠れ住んでいるはずだからだ。そんな場所では安定した食料は確保できず、人数もすぐに一杯になってしまう。


『私がそう思い至った最大の要因は、外民が遅効性の毒を用いていたからです。同族の救出を第一に考えるのであれば、即効性の高い毒を用いるはず』


 俺は、淀みなく語られるアルシェの推察に耳を傾ける。


『遅効性の毒の利点は、息絶えるまでに猶予があるところです。つまりあの外民は、最初から交渉することを前提に解毒剤を持っていたと考えるのが妥当です』

『その交渉の内容が、都市国家の占領の手伝い?』

『“手伝い”ではなく、“強いる”が適当です。そう考えれば、キルトさんの力を欲しているという外民の思考とも辻褄が合います。仮に交渉が決裂した場合でも、解毒剤を渡さなければいいだけのこと。外民に襲撃されたという情報は広まらず、馬車の物資も奪える。外民は、一切の不利益を被りません』


 ふと、言葉を交わしていた際の男性の火を思い浮かべる。


 一切の揺らぎがなく、静かで、だが決して消えないと思わされるような火だった。


『ただ、これはあくまで可能性の一つに過ぎません。ですから、固執はし過ぎないようにしてください』

『分かった、ありがとな』


 アルシェとの会話を終えると、馬車に乗せられていた人たちが森へ誘導されている光景を眺める。


「キルト君、体の調子はどうだい?」


 話しかけられ、声がした方へ視線を向ける。


()()()()()。ええ、もらった解毒剤が効いたみたいです」

「本当に済まなかった。毒は無毒化できただろうが、傷はしばらく残ってしまう。本当に、手当をしなくて大丈夫かい?」

「はい。俺、体は丈夫なんで大丈夫です」


 人形のように整った顔に影を落とすルナンさん。そんなルナンさんに、俺は笑いながら問題ないことを告げる。


 あの後、解毒剤を受け取り、ルナンさんの和解を受け入れた。他の方たちは俺に嫌悪の眼差しを向けていたが、誰一人として反対はせず、文句すら言わなかった。


「ルナンさん、本当にあの人数を保護できるんですか?」

「ああ、ケリヨトの物資も手に入れられたからね。心配なら、一緒について来るかい? キルト君なら大歓迎さ」

「他の人が赦さないですよ。それに、俺にもやらないといけないことがあるんで、すいません」

「はは、振られてしまったね。キルト君の健闘を祈っているよ」


 他の方たちに呼ばれ、ルナンさんは静かに歩み出す。しかし、途中で歩みを止めると、振り返って俺の顔を見つめる。


「キルト君。世界を照らす太陽と、闇に浮かぶ小さな光。君ならどちらを選ぶかい?」


 今までで一番冷たく、今までで一番血の通った言葉だった。


 まるで、俺の過去を見ていたかのような問い。でも違う。たぶん、ルナンさんも俺と同じなんだ。


「自分の大義です」


 ルナンさんの暗い瞳を見つめ、力強く答える。俺が即答したからか、ルナンさんは一瞬だけ呆けた。だがすぐに、嬉しそうに微笑みを浮かべる。


「僕らの隠れ家は、シェデ・ヤロク大森林の南端にある」

「…………」

「また会おう」


 ルナンさんは、最後まで物腰が柔らかかった。だが、ルナンさんの火は一度も揺らがなかった。俺は、火が見えなくなるまで目を離せなかった。


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