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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第8話 人×反応

 若い女性を信頼しているのか、ホリィは安らかな顔で眠っている。


 俺は内心、胸を撫で下ろした。


 穢れを知らないホリィの瞳は、まるで罪を映す鏡のようだったからだ。


 緊張が解けてゆくのを実感しつつ、改めてホリィに目をやる。


 髪色は父親譲りの赤茶色、目元は母親そっくりでやさしい目つきをしている。体付きはやや細身で、肩ほどの髪が風に揺れていた。


(必ず、守ってみせます)


 これからなのだ。これからが、約束の出発地点。 


 ホリィを見つめながら、心の中で二人に再び誓いを立てる。


 誓いを立てた後、視線をホリィを抱きかかえている女性へ移す。


 長い金髪を後ろで束ねた二十代であろう女性は、レオガルドで一般的な服を着ていた。その格好は、彼女が下人ではなく、国人という証。しかもだ。馬車から降りてきた人たち全員が国人だった。


「すいません、話を聞かせて貰ってもいいですか?」


 俺はしゃがみ込んだまま、女性に声をかける。


「はい、大丈夫です」


 女性――マーレイさんは僅かに表情を強張らせながらも、知っていることのすべてを話してくれた。


 馬車に乗っている人たちは、いくつかの都市国家から攫われたこと。彼女たちは商品であり、価値を落とさぬよう食事は与えられ、襲われることもなかったということ。


 話を聞き終えた俺はマーレイさんに感謝を告げ、不安そうにしている女性たちに笑みを浮かべながら口を開く。


「皆さん、安心してください。俺が皆さんを都市国家に送り届けます」


 俺の言葉を受け、女性たちは一瞬呆けた。だがすぐに言葉を理解し、涙を浮かべながら俺に向けて口々に感謝の言葉を告げてくる。


 国人にとって、都市国家は世界だ。レオガルドという大陸を知識としては認識しているが、ほとんどの者は一度も壁外へ出ることなく一生を終える。


 だからこそ、ケリヨト共は好き勝手人身売買が行えるのだ。たった数人の国人を助け出すために、兵や警守が派遣されることはない。おまけに、ケリヨトと三大国家と関係は周知の事実であり、糾弾することも征伐することもできない。


「ちッ、ふざけやがって。獅子の上の鼠かよ」


 俺は思わず、気絶しているケリヨト共に悪態を吐く。


「取りあえず、マーレイさんたちはここにいてください。小夜ちゃん、マーレイさんたちの傍にいてあげて」


 気持ちを切り替え、俺は他の馬車へと向かう。


「エノ、ありがとな。もう大丈夫だから、屋敷に戻っててくれ」


 俺の背中に隠れていたエノは、ホリィたちから離れると肩に座った。


「ううん、私はなにもしてないよ」

「いや、エノがいてくれたおかげですげぇ心強かった。ありがとな」

「どういたしまして」


 礼を告げた後、黒穴を出現させる。


 これから会う人たちは、エノにとっては辛い記憶を呼び起こしかねない相手だ。エノも同じ考えだったのか、何も言わずに屋敷へ戻って行った。


 真ん中の馬車に近づく。そして閉じられた幌をめくると、暗い荷台の隅に小さく纏まっている人たちと目が合う。


 各々の瞳には、不安、恐怖、絶望などの負の感情で染まっていた。


 そんな()()()に対し、俺はできるだけ優しく声をかける。


「皆さん。俺は皆さんに危害は加えません」


「…………」


 反応はない。全員が固く口を結び、顔を青くさせ、小刻みに震えているだけだった。


 俺は笑みを絶やさず、さらに声をかけ続ける。


「お腹減ってませんか? 長旅だったと聞いています。良かったら、食べてくさい」


 俺は黒穴の中から数種類の果物を取り出すと、見やすいように綺麗に並べた。すると――、


「あ! バナナ!」


 人山の中から、弾んだような幼い声が上がる。


「ダメッ!」


 しかし間を置かず、切羽詰まったような金切り声が響く。途端に不安に満ちた空間が一変し、数多の鋭い眼差しが俺に向けられる。


 これが、この人たちの常識なのだ。


 人の見た目をした俺が無償の施しをするわけがない、と。


 “嫌悪の眼差し”を一身に受けて尚、俺は笑顔を絶やさずに語りかけた。


「皆さんが俺のことを信用できないのは分かります。けど、俺は本当に皆さんを助けたいって思ってます。この果物に毒なんて入ってません」


 俺はバナナを一房もぎ取ると、皮を剥いて頬張る。そうして一気にバナナを食べ切ると、再び口を開いた。


「これで信用されるなんて思ってませんけど、本当に毒は入ってません。俺は行きますので、子どもに食べさせてあげてください。もちろん、皆さんもどうぞ。全部食べて貰って構いませんから」


 俺はそう言い残し、馬車を後にした。


(あの人たちがそうなのか……)


 馬車の荷台にいたのは、外民だった。


 話には聞いていたが、本当に全員が十二歳ほどの子どものような容姿をしていた。背丈も、まるで揃えたかのようにほぼ同じ。その見た目のせいで、アルシェやラルフさんは違いなど分からないと言っていた。しかし、声音の高低差、身を挺して守ろうとする行動は確かに大人の立ち振る舞いだった。


「真剣に向き合ってないってことか」


 二人を責めたり、失望したりするつもりはない。二人の価値観が一般的であり、日本から来た俺の価値観の方が異質なのだ。


「あの人たちであれなら、次はもっと警戒されそうだな」


 一番後ろの馬車に乗せられているのは、獣の民。外民とは異なり、人を敵視している獣の民は俺の話に聞く耳は持たないだろう。


 俺は一番後ろの馬車に辿り着くと、幌を開いた。その瞬間――、


「死ねッ!」


 手を後ろで縛られた猪の顔をした獣の民が、俺に向かって突進してきた。だが、俺は冷静に体の向きを変えて躱し、荷台から落ちそうになった獣の民の首根っこを掴む。


「落ち着けって」

「なッ!?」


 俺が声をかけると、獣の民たちが驚愕する。


 獣の民が驚くのも無理はない。獣の民の言語は、レオガルドの主言語ではなく、魔族たちと同じ言語なのだ。


 レオガルドの言語は、勇者が話していたとされる言語――つまり、日本語だ。文字も、カタカナの筆記体が用いられる。ダイは、日本語の中で一番構造がシンプルなため選ばれたのではないかと推察していた。


「どうして、人族風情が我々の貴き言葉を話せるんだ!」


 首根っこを掴まれた獣の民が、俺を睨みつけながら怒声を上げる。


「ちょっと色々あってな。なあ? 少しでいいから、俺の話を聞いてくれないか?」

「黙れ! 人族と話す事など無い! 早く手を離せッ!」


 想像通り、やはり獣の民は聞く耳を持たなかった。獣の民は、足をバタつかせ、吠えながら激しく暴れる。


(獣の民……獣人みたいだな。体格的に、子どもか?)


 顔は完全に猪で、全身も体毛で覆われていた。しかし、体の構造は人間のようであり、ゲームや漫画に登場する獣人のようだった。


「離してやるし、それに縄も解いてやる。ただ、悪いけど荷台の中にいてくれ」 


 外には、ホリィやマーレイさんたちがいる。そんなところに獣の民が姿を見せれば、たちまちパニックを起こしてしまう。


「ふざけるな! 人族なんかに命令される筋合いはない。おい、コイツを殺せ!」


 獣の民は、他の者に命令した。掴んでいる獣の民の位が高いのか、命令された直後、他の獣の民が動きを見せる。


「ん?」


 ただよく見ると、他の獣の民たちは手だけでなく両足も縄で縛られていた。


「ああ、噛み千切ったのか」


 視線を彷徨わせると、荷台の隅にズタズタに引き裂かれた縄を見つけた。


 荷台にいる者たちは突進して来れないと分かり、再び掴んでいる獣の民に目を向ける。


「俺は争うつもりはない。ちゃんと送ってほしい場所に送るから、だから落ちついてくれ」

「うるさい! お前を殺して、俺たちを攫った人間も殺す。それに、大勢の人族もいるな。臭くて臭くて鼻が曲がりそうだったんだ。そいつ等も全員殺して、魔物の餌にしてやる!」


 声高らかに告げた瞬間、俺は獣の民の顔を自分の前に持ってきた。そして、獣の民の瞳を見据え、殺気を放ちながら口を開く。


「それは赦さねぇ」


 一瞬の沈黙が流れた後、獣の民は「あ……」と呟きながら白目を剥き、口から白い泡を吹いて気絶してしまう。視線を荷台に移すと、他の獣の民も見て分かるほど全身の毛が逆立たせたまま硬直した。


「悪い、ちょっとやり過ぎた」


 殺気を霧散させ、気絶した獣の民を荷台にそっと降ろす。そして、果物を並べる。


「けど、他の人たちに危害を加えさせるわけにはいかない。勝手って思うだろうけど、我慢してくれ。そのかわり、ちゃんと送ってやるから」 


 固まって動かない獣の民たちに声をかけた後、幌を閉めた。


「何すれば、あそこまで憎まれるんだよ」


 獣の民との争いは、情報としては把握している。だがそれは、人族側が残した文字としてだけだ。


「勝者が歴史を作るってのは、こういうことか」


 歴史は勝者の物語。勝利に水を差すようなことには、綺麗な真実で装飾()をする。だが、敗者は蓋の下で生き続けている。そして蓋の隙間から、日の当たる勝者を見上げているのだ。それがあの、“憎悪の眼差し”。あの深い闇のような憎悪は、隔たれた世界を表しているようだった。


「はぁ……今は、考えてもしょうがねぇか。それより、どうすっかな」


 思考を切り替え、これからのことを考える。


 馬車には、国人が八人、外民が五人、獣の民が四人の計十七人。屋敷にはまだ使っていない部屋はあるが、さすがにこれだけの人数を割り当てられる空きはない。


「大広間に……いや、獣の民がいるからな。それに、大広間が使えなくなるとラルフさんが文句言うよな。玄関ホールに仕切り板を置くか……」


 ホリィやマーレイさんを保護することは勿論だが、外民や獣の民をこの場所に放置するという選択肢はなかった。


 マーレイさんたちの元へ向かいながら、どうやったら全員を迎え入れられるかを考える。 


「お兄ちゃん!」


 外民が乗っている馬車に差し掛かった時、子どもが顔を出した。


「バナナありがとう! すっごくおいしかった!」


 子どもは満面の笑みを浮かべ、声を弾ませながら礼を口にしてきた。


「……そっか、そっか、そいつは良かった。まだあるぞ? 食べるか?」

「いいのッ? 食べたい食べたい!」


 俺がそう言うと、外民の子どもは馬車から身を乗り出す。よほど興奮しているのか、荷台が微かに揺れる。


「コラ、落ち着きなさい」


 あまりのはしゃぎぶりに、母親が子どもの体を抑えながら窘める。


 人間とまったく変わらない親子の関係を目の当たりにして、つい先ほど抱いていた冷たい感情は消え、変わりに暖かい感情が込み上がってきた。


「分かったから、落ち着けって。そんなはしゃぐと、馬車から落っこちるぞ?」 


 自然と笑みを零しながら、黒穴からバナナを取り出そうとした。



 ――その時だった。



 突然、危険を告げる電流のような直感が体に走った。

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