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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第三章
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第3話 建物×矛盾

 太い木々に飲み込まれた石造りの建造物は、半分ほどが崩落していた。ただ形を保っている部分から推察するに、元の大きさは学校の教室ほどだろう。外観には飾り気はなく、窓も一つもない無機質な長方形の建物。


 エノは硬く口を結び、じっと建物を見据えている。


 建物の状態から見て、建物の中には何も残っていない可能性は高い。ただ、残っている可能性もある。


 危険は感じないが、一応は警戒しつつ建物へ近づく。


 石壁の表面は雨風に晒されて風化しており、さらにびっしりと苔に覆われている。


「中も森みたいだな」


 入口から建物の中を覗くと、鬱蒼と草木が生い茂っていた。その草木のせいで入口からはほとんど何も見えず、手掛かりを見つけるには中へ入るしかない。


 俺だけなら崩落に巻き込まれても問題ないが、肩にいるエノは違う。エノの存在を念頭に置きつつ、慎重に建物内へ足を踏み入れる。


 石造りのため床には緑色をした雨水が溜まっており、背丈ほどの高さがある草木のせいで歩き難い。転ばぬよう気を付けて進むと、建物内には仕切りがなく、一つの部屋だということが分かった。一先ずは、草木をかき分けて部屋の中央へ向かう。


「何だこれ?」


 部屋の中央に辿り着くと、蔓が絡まった大きな石を見つけた。


「テーブル……? 脚がない……ってことは、台か?」


 凹凸の無い、滑らかな大きな石。調色されていない石を見てテーブルかと思ったが脚はなく、石煉瓦のような形状は台のように見えた。


 石台を観察していると、黙っていたエノが口を開く。


「これ……この上で何かされたんだ……」

「見て分かるもんなのか?」

「魂たちが、その石を避けてる。まるで、台風の目みたいにここだけ魂が漂ってない」


 深い森の中に建てられた建物。部屋には何もなく、唯一あるのは石台だけ。正直、これだけではここで何が行われていたのか解明することはできない。石台付近に何か落ちていないか探してみたが、特に何もなかった。


「やっぱ、何も残ってないか」

「キルト、あっち」


 引き揚げようとしたその時、エノが部屋の一角を指差す。


「石台みたいに、あそこに落ちてる何かを魂が避けてる」


 エノが指し示した場所に進んだ俺は、生い茂る草木の根元を搔き分ける。すると、草木に埋もれていた物を見つけた。


「これって……」



 



 ◇◇◇◇◇






 俺とエノは建物を後にした。


 魂たちは、これからも永久にこの場所で漂い続ける。それが無性に忍びなく思った俺は、魂たちを消滅させるかエノに問いかけた。だがエノは、「ううん、先に進もう」と言って魂の消滅を行わなかった。


 そうして血の境界を出た俺は、振り返って血染の森を見つめる。


 樹上の葉が風で揺れる中、血染の森の方からは何の音も聞こえない。血の境界、先を見通せぬ闇、その不気味な雰囲気はまさに禁足地。だが今の俺の目には、悲哀に満ちた森に見える。


「……必ず、戻ってこよう」

「うん」


 俺は振り返ると、前を向いて駆け出した。


 暫くの間は、二人とも黙っていた。だが、前方に三つの青い火を感じ取った俺は口を開く。


「この先に、魔物一匹と魔獣が二匹いる」

「そうなの?」

「ああ。たぶん、魔物が魔獣を襲ってるな」


 火の大きさ、三体の立ち位置から、魔物が魔獣を禁足地へ追い込んでいるのだと推察できた。


「どうするの?」


 エノの問いかけに、俺は考え込む。


 魔物(強者)魔獣(弱者)を襲うことは、自然の摂理だ。むしろ、介入する方が不自然。だが俺は、血染の森でのことを引きずっていた。


「助けっかな。速度上げっから、しっかり掴まってろ」

「うん」


 そうエノに声をかけると、俺は足に力を込めて地を蹴る。そうして瞬く間に、魔物が俺の存在を感知できる距離まで接近した。


「逃げた逃げた」


 魔物は俺の存在に気付くや否や、魔獣を追っていた時以上の速度で遠ざかっていく。ただ――、


「ん? 魔獣の方は逃げねぇな」


 よくよく火を感知してみると、二匹の魔獣の火は忙しなく揺らいでいた。さらに、魔獣はその場で動きを止める。


 俺はそのまま走り続け、二匹の魔獣の前に立つ。


「やっぱ、怪我してたか」


 地面に伏し、身を縮こませている白色と黒色の二匹の魔獣。 


剣闘犬グラディエータードッグか」 

「グラ……グラデイ、何それ?」

剣闘犬グラディエータードッグ。こいつらの名前でな、面白い特徴がある魔獣だ。二匹の顔付きも、毛色も違うだろ? でも、同じ魔獣なんだ」


 尾が細長く、剃刀のような尻尾を持つ個体の体毛は黒色をしてる。もう一匹は、尻尾の毛量が体の倍以上に多く、白色の体毛をしていた。


「ふ~ん、犬っていうより黒い方は狸っぽいな。んで、こっちの白い方は狐っぽいな。そういやぁ確か、どっちもイヌ科だったか?」

「ねぇ、この子たち怪我してるよ?」


 勇者がイヌ科を考慮して名付けたのか考えていると、エノが俺の顔を指で突きながら声をけてきた。


「分かってっけどよ……って、分かったからもう止めろっての」


 ぐりぐりと指を頬に刺して来るエノを躱し、改めて微動だにしない魔獣を見下ろす。


「ただなぁ、めっちゃ警戒してんだよな。たぶん、これ以上近づいたら飛び掛かってくんぞ?」


 先ほど逃げた魔物に傷を負わされたのか、どちらの魔獣も体中から出血している。ただ、二匹は俺のことを見据えて動かない。その静かな瞳には、敵わなくとも最後に一矢報いるという覚悟が宿っていた。


(警戒を解く方法か)


 魔物が俺を恐れる理由は、俺の火の大きさを野生の勘で感じ取っているからだ。なら、火を弱めることができれば警戒を解くことも可能ではないか。 


(火が弱まって、辺りが暗くなっていくのをイメージしろ……)


 魔術を発動する時のように想像する。すると、今まで微動だにしなかった二匹の魔獣が逃げ出す好機チャンスを窺う素振りを見せた。 


「上手くいったな」


 俺は、その場でしゃがみ込む。そして、二匹の魔獣の目を見つめながらゆっくりと手を差し出した。


 再び警戒心を高め、身を縮こませる魔獣。だが、俺は手を伸ばしたまま動かない。そのまま数分が経過した後、二匹の魔獣がほんの少しだけ鼻を近づかせ、「クンクン」と匂いを嗅げ出す。


 二匹は、まるで警戒心を解いていくかのように鼻先を近づいて来る。やがて、直接鼻を押し付けて匂いを嗅いだ二匹は、舌で手を舐め始めた。


「はは、くすぐったいっての」


 俺は、手を舐めてくる二匹の頭を優しく撫でる。


「今、治してやるからな」


 警戒を解いた二匹に、俺は回復薬を浴びせた。体毛が濡れたことで、二匹は本能で体を振って飛沫を飛ばす。そして体を止めると、二匹の怪我は完治していた。


「良かったね。って、ちょッ、危なッ!」


 怪我が完治した二匹に、エノは笑顔を浮かべて近づいた。だが二匹は、飛んでいるエノに関心を抱いたのか、尻尾を激しく振って捕まえようと飛び跳ねた。


 笑顔だったエノは表情を一変させ、二匹の前肢を躱し、慌てて俺の頭の上へと逃げる。


「あ、危なかった……。ちょっと、キルト! 笑ってないで止めさせてよ!」

「ただじゃれてただけだろ?」

「身の危険を感じたよ? 体がゾワッとしたよ?」


 必死に訴えかけてくるエノを無視し、俺は興奮した様子の二匹を撫で回す。


 そうして、俺は二匹と三十分ほど遊んだ。


「で、どうするの?」


 頃合いを見計らったかのように、頭の上で寝そべっているエノが呆れたように尋ねてきた。


「もちろんここまでして、『じゃあな』なんて言わねぇって。ちゃんと責任は取る。それに、アルクが寂しがってたからな」


 始めは純粋に楽しんでいたが、途中からはアルクについて考えていた。アルクは日に日に元気になってはいるが、まだ寝具ベッドからは出られない。ところが現状、ずっとアルクの傍にいてあげることは出来ないのだ。


 傍にいてあげられない原因は、屋敷の管理。人数が増えたが、それでもまだ余裕があるほど屋敷は広い。しかし、それだけ広い屋敷を管理するのは大変だった。


(やっぱ、屋敷を三人で管理するのはキツイよな……)


 俺が午前中走っている間、アカリとダイの二人で屋敷の掃除を行う。昼食後は、アカリは夕食と明日の昼食の準備を行い、ダイが終わっていない場所の掃除をする。夕食後は、俺が片付けをするという流れだ。


 本来、もっと仕事を割り振ればここまで苦労しない。だが残った者たちは、規格外、元皇族、元警守、壁の外で暮らしていたという家事を一度もしたことがない者なのだ。


 しかも、アルシェやラルフさん、一夜さんたちはアルクのことを気にかけているが、口下手だったり、見た目を考慮して顔を合わせをしていない。


 そのため、どうしても午前中はアルクは一人になってしまう。一度小夜ちゃんにアルクと一緒にいてと言ったが、「キルト様の護衛が最優先です」と言って断られてしまった。


「アルクにはフーがいるけど、傍にいる友達は多いに越したことはないだろ?」

「まあ、そうだね。それにしても、ほんとキルトってアルクに甘いよね。日本のデザートだって言って、アルクの部屋に行く度に持ってってアカリに怒られてたし」

「アカリが厳しすぎなんだよ。アルクはすっげぇ喜んでたぞ」

「甘やかすのと、優しいのは違うよ? キルトのは、ただ甘やかしてるだけ~」


 まるでアカリのような口ぶりを真似るように、エノは腕を組んで俺の言動を窘めてくる。それに少しだけムッとし、俺は意地の悪い笑みを浮かべて口を開く。


「なら、エノもデザートも無しだな」

「なッ!? 私は関係ないじゃん!」

「『アルクが嫌いかもしれない、だからちゃんと味見しなきゃ』とか言って、いつも一人前食べてんだろ。アルクが食べないなら、味見も必要ないな。今までお勤めご苦労さん」

「今後食べるかもしれないじゃん! そのための味見役をこれからも精進するであります」

「と、そうだそうだ、まず確認しねぇとな。どうだ、一緒に来るか?」


 俺は、二匹の目を見て問いかける。すると――、


「「ワンッ」」


 二匹は吠えて答えた。


「そうか。なら、名前を考えなきゃな」 


 頭を叩きながら「無視するな!」「今日はプリンがいい!」と抗議し続けているエノの叫びを聞き流し、二匹の名前を考える。


(どうすっかな。キツネなら、妖狐とか、九尾の狐とかがパッと思いつくけど、タヌキは……タヌキは……かちかち山? あとは、ぽ〇ぽこ?)


 二匹は座ったまま微動だにせず、俺のことをジッと見つめている。その瞳は何故か、期待の色が宿っているように見えた。


(イメージの格差がすげぇって。よく考えろ。キツネとタヌキ……キツネとタヌキ……グラディエータードッグ……犬か)


 連想ゲームのように思考を巡らせ、ようやく二匹の名前を決めた。


「決まった、お前は“稲荷”だ」


 白い方の剣闘犬を見つめながら、名前を口にする。その後、今度は黒い方の剣闘犬に視線を移す。


「で、お前は“伊勢”。どうだ、気に入ったか?」

「「ワン!」」

「そうかそうか。そしたら、アルクに合わす前にまず体を洗うか。はぁ……、またか」


 ため息を吐きつつ、俺はアルクが喜ぶ顔を想像して笑みを浮かべる。


「エノ、いい加減機嫌直せよ」

「ふん!」


 エノに声をかけるが、彼女はへそを曲げたままだった。


「分かった。帰ったらプリン作るから、機嫌直してくれ」

「ホント! 絶対の絶対だからね!? 嘘なら、針千本の飲ますからね!?」


 エノは俺の顔の前まで移動し、早口でまくし立ててくる。


「約束する。ていうか、よく針千本なんて知ってたな?」

「アカリから教えて貰ったの。そう言えば、二匹の名前って聞き慣れないけど、何か意味あるの?」

「ああ、日本の神社の名前を付けた」

「生姜?」

「生姜じゃない、じ・ん・じゃ。日本の神様が祀られてる場所だ。二匹の見た目が、神社に所縁のある動物に似てんだ」


 そうして、少し早いが俺は稲荷と伊勢を連れて屋敷に戻る。その後、二匹を綺麗に洗し、早速アルクの元へ向かう。


「アルク」

「ッ、キルト兄! 小夜! 今日は早いね! あッ! かわいい!」


 案の定、アルクは二匹を目にした途端、目を見開いて歓声を上げる。


「アルクの新しい友達だ。こっちが稲荷。で、こっちは伊勢だ」

「神社の名前なんだね。こんにちは、ボクはアルク。よろしくね。うわぁー、もふもふしてる。小夜もこっちに来なよ、かわいいよ」


 俺の後に控えていた小夜ちゃんに、アルクが声をかける。


 その後は夕食の準備が出来るまで、アルクと小夜ちゃんが稲荷と伊勢と楽しそうに遊んでいるのを見守った。

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