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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第二章
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第22話 鬼の影×帰りたい

 アエリアナ・ユニヴァス宮殿の会議室。国色である赤であつらえた部屋の壁には、赤地に金糸の刺繍が施された旗が飾られていた。描かれているのは、天から降り注ぐ陽光、勇者の力を表した剣、世界の平和と秩序を象徴する剣柄の天秤――皇国の国旗である。


 限られた者だけが入室できる会議室に、皇女や大臣の面々が会していた。


「最後に、教国から鬼の捜索の要請です」


 進行役の臣下の発言を受け、円卓に座る者たちが一斉に手元の書類に目を通す。


「事実なのか?」


 暫しの沈黙が流れた後、一人の大臣が訝しむような表情を浮かべながら沈黙を破った。


「鬼の襲撃……教国は、何かと鬼と縁があるようだ」


 大臣の言葉を皮切りに、他の大臣たちも口々に所感を述べる。この場にいるほぼすべての者が、鬼の存在を信じてはいなかった。


 ただ一人、皇女を除いては。


「大隊を編成し、派遣させなさい」


 ざわつきがピタリと止まり、一同が皇女を見詰める。


「お言葉ですが、パトリシア様。教国は、領域内を引き合いに出し、派遣する際に発生する費用のほぼすべてを我々に負担させようとしております」

「その通りです! こんなふざけた要求、到底受け入れられるものではありません。断固、拒否するべきです!」


 恰幅の良い大臣が意見を述べると、スキンヘッドの眼光鋭い大臣が低い声を荒ららげる。


「拒否は悪手じゃ。明言は避け、見するのが定石。()()()()()を鑑みても、根を上げるのは向こうが先じゃ」


 体から怒気を放つ大臣の対面、小柄で老齢の男が静かに口を開く。


 各々、抱く思いは違えど、皇国の利益を優先するという一点のみ意見は一致していた。しかし――、


「勇者が興した国の領域内で、魔族の血を受け継いだ者が暴れる。それが何を意味するか、理解していないのですか?」


 皇女の冷たく鋭い声が、会議室に響き渡る。


 声が消えると、大臣たちがそれぞれ反応を示す。


 海千山千の大臣たちは堂々としており、まだ歴の浅い大臣たちはあからさまに動揺する。その中で、恰幅の良い大臣が目を見開き、慌ただしく言葉を紡ぐ。


「そ、その意味は、正しく理解しております。ですが、皇国が不利益を被らぬよう……」

「分かっています。なのでまず、私の近衛を派遣させます。要求に関しては多少こちらが譲歩し、教国に貸しを作っておけばいいでしょう」

「それでしたら」


 皇女の案を聞き、大臣たちは納得した表情を浮かべる。


 会議を終えて一同が解散すると、皇女も自室へと戻った。部屋には侍従レフが待機しており、皇女に一礼する。


「どうでございましたか?」

「わからない。ただ、可能性は高いわ」


 皇女は硬い口調で答えながら、窓際へ進む。そして――、


「任せたわ」


 窓ガラスに映るレフの隣に立つ近衛に声をかける。


「かしこまりました」


 近衛は恭しく頭を下げた後、その場から消えた。


「もうすぐ儀式の準備も整うと、報告がありました」

「そう」


 一言だけ返事を返すと、皇女は東の空に昇る太陽を見つめる。






 ◇◇◇◇◇






 窓から差し込む朝日を浴びながら凝り固まった体をほぐした後、僕は部屋を出る。


 談話室に顔を出すと、既に談話室にいた秋人が笑みを浮かべながら「おはよう」と声をかけてきた。


 僕は挨拶を返すと、秋人の隣に座る。


 秋人は僕のことを気にかけているのか、学校にいた時よりも気さくに声をかけてくれ、仲良くなった。


 談話室で話していると、ぞろぞろとクラスメイトが集まってくる。


 基本的、宮殿内では団体行動だ。もちろん自由時間はあるが、食事や訓練などは決められた時間に集団で行うことになっている。


「ヨウ君、おはよう」

「おはよう、鳴子」


 春見と一緒に談話室へやって来た鳴子。そのまま暫く四人で話していると、侍従が僕らを呼びに来たため、食事室へ移動する。


 解放的な大部屋、長大なテーブル、沁み一つない白いテーブルクロス、光り輝く銀食器。最初の頃は目新しさで溢れていたこの部屋も、数週間を過ごした今では当たり前になりつつあった。


 それはみんなも同じであり、慣れた手つきでナイフとフォークを使い、談笑しながら朝食を取っている。しかし、そんな穏やかな時間は突如として崩れ去った。


 テーブルを叩く音と共に「ガシャン」と食器が鳴り、部屋の時間が止まる。


 張り詰めた空気が漂う中、全員が一斉に物音がした方――立ち上がり、眉を吊り上げる嘉本きもとさんを見つめた。


「いいかげんにしてよッ!」


 彼女らしくない金切り声が、食事室に響き渡る。


「な、いきなりなんだよ?」


 嘉本さんが睨んでいるのは、近くに座っている自念だった。


「嘉本、日に日にヤバくなってない?」


 隣に座る鳴子が、小さな声で呟く。


 確かに学校にいた時の嘉本さんは、物静かで勤勉――手本のような生徒だった。それが今は、髪をボサボサにし、目の下のクマもひどい。誰の目から見ても、精神的に追い詰められているのが見て取れる状態だった。


 秋人は「何やってんだ」と呟くと、立ち上がり、二人へ近づく。


 僕は一瞬、迷ってしまった。だが、すぐに秋人の後を追う。


 広い大部屋とは言っても、部屋は部屋。近づいていく途中、秋人たちの会話が聞こえてきた。


勝己かつき、どうした?」

「秋人……知らねぇよ、いきなり嘉本がヒスってきたんだよ」

「実戦なんて馬鹿じゃないのッ? 私たちは学生なのよ? なのに、人殺しをしようなんて……どうかしてるわ!」


 嘉本さんは周囲の目を気にせず、喚き散らす。


「はぁ? 人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ!」


 人殺しと言われた自念は、さすがに黙っておれずに声を荒らげた。秋人はそんな自念の肩に手を置いて宥めた後、穏やかな口調で嘉本さんに声をかける。


「嘉本、勝己は人殺しをしようとしてるわけじゃないだ」


 しかし、嘉本さんは顔を伏せて何も答えない。 


 肩を小刻みに震わしながら、聞き取れない声でブツブツと呟く。そして――、


「関係ないわよ、そんなことッ!」


 嘉本さんは顔を一気に振り上げ、大口を開けて叫ぶ。


「訓練? 実戦? どっちだっていいわよ! そんなことより、早く私を日本に帰してよ」


 頭を掻き毟りながら、嘉本さんは身を捩る。


「明日、塾のテストなのよ。大学入学共通テストの模擬試験……。早く家に帰って、予習しないといけないのよ。だからお願い、家に帰して……。私は……こんなところで時間が無駄にしてると怒られちゃう」


 痛々しい嘉本さんの姿に、クラスのみんなが暗い表情を浮かべる。ただ――、


「うるさいな」


 ただ一人、深野は別だった。


「食事中は静かにしろよ」


 嘉本さんを真っ直ぐに見つめ、深野は冷たく言い放つ。


「おい、深野。嘉本は――」

「知らないね」


 秋人が嘉本さんを庇おうとしたが、深野はその言葉を突っぱねる。


「あのな、いくら喚いたって日本に帰れるわけじゃない。ソイツだけが帰れないじゃなくて、全員が帰れないだ。ここにいるヤツらの中には、日本に帰りたいのに我慢してるヤツだっているはずだ。けど、全員が我慢してる。なのに、ソイツはガキみたいに喚き散らしてんだ。不愉快なんだよ」


 淡々と言葉を並べる深野に、秋人は思わず口を閉じてしまう。


 僕はさり気なく、みんなの顔を見回した。すると、視線は二分化されていた。深野を睨むのは、その言動に反感を抱いているのだろう。そして、嘉本さんを見つめている者は、少なからず深野の言葉に共感しているのだ。


「帰りたいって思うのは勝手だ。けど、分かってないようだから教えてやる」


 深野は嘉本さんを見据え、鋭い口調で言葉を発する。


「半年間の無断欠席、期末テストも受けてない。これで、学校が単位の取得を認めるわけがない。最低でも、半年間は補習と講習でつぶれる。要するに、留年だ。分かったか? ()優等生」


 深野はそう言い、冷たい笑みを浮かべた。


 その言葉が、食事室の空気を一瞬にして凍らせる。


 重苦しい沈黙が流れる中、僕は恐る恐る嘉本さんを見る。あれだけ取り乱していた彼女の顔からは表情が抜け落ちており、静かに涙を流していた。そして、何も言わずに食事室から走って出て行ってしまった。


「深野!」


 さすがに今の深野の言動は看過できず、秋人が声を張り上げる。ただ、深野は悪びれた様子を見せず、肩を竦ませた。


「で、成世。お前はなんで中村の後に立ってんだ?」


 深野は不意に、僕へ声をかけてきた。


「まさか、止めに入ろうとしたのか? 天賜も授かってないお前が? 成世、お前も日本にいる感覚が抜けてないのかよ」


 蔑むような深野の眼差しに、僕は何も言い返せずに顔を伏せた。


 鼓動を打つ度に、胸の奥に痛みが走る。その痛みの根源なんなのか、僕は怖くて考えることが出来なかった。 

これで、2章は終了となります。読んでみて、良かったと思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると幸いです。

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