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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第二章
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第19話 戦人化×狼

 過去に区切りを付けることができた。その機会をくれた狼人は、恩人と言ってもいい。そんな人をそのまま森の中に放置して置けず、俺は屋敷に運ぼうとした。ただ、一つ問題があった。狼人は汚れているのだ。全身に泥土や渇いた血がこびり付いており、強烈な獣臭さとえた匂いを放っている。さすがにそのままでは屋敷に運べず、せめて体を拭こうとした。が――、


「マジか……」


 毛皮を脱がすと、俺は思わず目を見張る。狼人は、女性だった。年齢は二十代くらいで、魔石のペンダントを首にかけ、チューブトップのような服に、ホットパンツという露出度の高い格好をしている女性。


 ただ、俺は女性の恰好よりも、別の箇所が目に留まった。


 ボディビルダーのように筋骨隆々な体の()()()()()()()()()()()()()


「文字? いや、絵も描かれてる」


 それはまるで、教科書で見たエジプトのヒエログリフやヒエラティックのようだった。そして、女性の顔。右顔には文字ではなく、狼の顔が彫られていた。


「この人も、実験施設から逃げ出したのか?」


 刻まれている文字は、魔族の言語であり、話す言葉もそうだった。そのため、最初に浮かんだのは実験施設からの逃亡者の可能性。だが、この人の火は赤く、頭の異物を取り除けるとは思えない。


「ま、目が覚めたら聞けばいいか」


 さすがに女性の体を俺が拭くわけにもいかず、アカリに声をかけた。アカリが外に出てきた際、なぜか嬉しそうにしているエノディアさんも一緒だった。ただ、狼人の格好を見て「キルトが脱がしたの?」と女子二人に白い目を向けられ、俺は必死に弁明する羽目になった。






 ◇◇◇◇◇






「ん……」


 狼人が目を覚ますと、ゆっくりと上体を起こしながら視線を彷徨わせる。


「気が付きましたか? ここは屋敷の中です。あの場所には寝かせておけなかったので、運ばせてもらいました」


 今いるのは、屋敷の一室。彼女が目を覚ました際、見知らぬ人に囲まれると不安がると思い、部屋には二人しかいない。


「お前は……」

「数時間ぶりですね。改めまして、キルトって言います」


 目覚めたばかりでまだ呆けているのか、それとも暴走が尾を引いているのか、彼女の動作は緩慢だった。


「やしき?」


 彼女はそう呟くと、不思議そうに部屋の中を見渡す。


「えっと……屋敷っていうのは、その、家ですね」


 いい例えが思い浮かばなかったので、とりあえず家と説明する。彼女は興味深げに部屋を見回した後、ベッドの感触を確かめながら口を開いた。


「世界には、こんな心地良い物があるんだな」

「ここに貴方へ危害を加える物はありません。安心してください」


 俺は笑顔を浮かべながら安全を保障した。すると、女性が僅かに目を見開いた。おそらく、彼女も俺の変化に気付いたのだろう。


 屋敷に帰ってすぐ、みんなから顔付きが変わったと指摘された。自分でも実感がある。“憑き物が落ちた”――そう言い表すのが適当。心を覆っていた分厚い雲が晴れ、感情の機微を取り戻した気がした。


「あの、アナタの名前を教えて欲しいんですが?」

「我が名はヴァルグ、こ……ヴァルグだ」


 狼人――ヴァルグさんは、そう呟くと表情を曇らせた。そして、力なく頭を垂れると、床の一点を見つめ固まってしまう。


 重苦しい空気が漂い出した頃、玄関ホールで遊んでいたエノディアさんが部屋へやって来た。


「あ、ホントに目が覚めてる。すごいね、イクスタロウ!」


 エノディアさんが名を口にした瞬間、俯いていたヴァルグさんが頭を跳ね上げた。


「なぜ知ってる?」


 ヴァルグさんは信じられないといった表情で、エノディアさんを見つめる。驚くのも無理はない。エノディアさんが口にした名は、ヴァルグさんが纏っていた狼の名なのだ。


 エノディアさんは俺の肩に座ると、ヴァルグさんの質問に答える。


「この子から聞いたんだよ。私はね、魂の声が聞こえるの。ま、今回は狼だったから、意思に直接触れたんだけど。とっても行儀良くて、ヴァルグ想いだね」


 ベッドの横、何もない空間に幽かな気配を感じる。それはまるで、透明な火。熱さすら感じない朧げな火が、ヴァルグさんを見つめているような気がした。


「イクスがいるのかッ?」


 ヴァルグさんは薄暗い部屋の中を見渡すが、その存在に気付けない。


「ベッドの横にいるよ。ずっと、ヴァルグのこと心配してたよ。それに、謝りたいって」

「ッ!? 違う! イクス、お前は悪くない!」


 ヴァルグさんは顔を歪ませながら、声を張り上げて謝罪の言葉を口にした。辛そうに奥歯を噛みしめるその表情からは、自責の念に駆られているのだと見て取れる。


「何があったんですか?」


 俺が声をかけると、ヴァルグさんは一度目を閉じた後、押し黙った。


 初対面の人間に、話せる内容ではないかもしれない。しかし、俺は音字であるヴァルグさんの力になりたいのだ。


 暫くして、ヴァルグさんは目を開き、ゆっくりとした口調で語り出した。


「私は、森の奥地にある集落で暮らしていた。私たちの集落は、三つになると、首飾りと一匹の子供の狼を与えられるんだ」


 ヴァルグさんは、懐かしそうに目を細める。そんな中、俺はヴァルグさんの首飾りに目を向ける。植物の繊維で作られた紐の先にある魔石は、微かに瘴気を帯びていた。


「ずっと一緒だった。食事を与え、狩りを行い、一緒に寝た。イクスは、私の家族であり、半身なんだ」


 イクスのこと心から大切に思っているのが、話を聞いているだけで伝わった。ただ、ヴァルグさんの雰囲気が変わる。先ほどまでの穏やかさが鳴りを潜め、厳かな空気を纏う。


「そうやって絆を育んだ狼が死ぬと、“戦人の儀”が執り行われる」

「戦人の儀?」

「ああ。十五になると体に入れ墨を彫んだ」


 ヴァルグさんは顔を上げ、遠い目をさせながら戦人の儀について語っていく。


「そして亡くなった狼の毛皮で衣を作り終えると、すべての準備が整う。村の勇傑に見守れた中で、戦人化をするんだ。戦人化が出来て初めて、村では一人前として扱われる」


 そう呟いた後、ヴァルグさんは手が白くなるまで拳を強く握りしめる。それだけではなく、肩が小刻みに震えていた。


「私は、大勇傑の娘……イクスと共に研鑽を積み、立派な勇傑になろうと……だが……」


 言葉が途切れると、ヴァルグさんの瞳が揺らぐ。


「あの日……初めて戦人化したあの日、私は戦人の儀を失敗し、集落の勇傑を皆殺しにした」

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