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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第二章
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第18話 俺×俺

 静かになった談話室。「俺一人でやります」とキルトが言った途端、外の映像が切れた。


 あんな顔は、始めて見た。いつもの感情を押さえているキルトとは違い、溌溂とした表情を浮かべ、その目には強い意志が宿っていた。


 キルトの強さを知らないダイだけは、落ち着きのない様子で不安がっている。


「ダイ、落ち着いて」


 私がそう声をかけると、ダイは顔を向けてきた。


「ありがとね」


 私は微笑みを浮かべながら、ダイにお礼を口にする。意味が分からないダイは、眉を下げながら困惑していた。


 それでいい。叶うなら、二人はずっとそのままでいて欲しいと思った。






 ◇◇◇◇◇






 穴を閉じ、俺は狼人と向かい合う。


 これは、あの時を再現した戦い。なら、誰の力も借りてはならないのだ。


「おい、聞こえるか?」


 狼人は何も答えない。俺を見据え、自然体で身構えている。だが、俺の言葉は絶対に中の人に届いているという確信があった。


「聞こえてるんだろ? ――なら、遠慮はいらねぇ。本気で来い。俺を、殺してみろ」

「ガアッ!」


 狼人の雰囲気に変化は見られない。ただ咆哮を上げ、攻撃を仕掛けようとした。――その瞬間、俺は地面を蹴る。そして、目ですら追えていない狼人の顔面を殴り飛ばす。


 体をくの字に曲げて吹き飛ぶ狼人が、木に激突する。俺は跳躍し、衝撃で動けずにいる狼人の傍に降り立った。


「もう一度言うぞ、本気を出せ」


 狼人を見下ろしながら、再び言葉を投げかける。


 本気の狼人と戦わなければ意味がないのだ。あの時願ったのは、暴走する俺を止める存在。俺は今、狼人をあの時の俺に見立て、助ける。


「…………イクス……止まれ……」


 凶悪な表情を浮かべる狼人から、微かに聞こえた声。雑音交じりだったがそれは確かに人の声だった。その聞き、俺は()()()()に驚く。と同時に、助け出す方法も明確になった。


 このまま、狼人を徹底的に叩きのめせばいいのだ。


 気付いたことは一先ず置いておき、俺は狼人に提案する。


「俺と戦えば、体の制御を取り戻せるぞ。それとも、尻尾を巻いて逃げるか? テメェは、負け犬か?」


 真っ直ぐに狼人を見つめ、不敵な笑みを浮かべながら挑発する。すると、狼人の表情が抜け落ちる。直後、地面に座っていた狼人が飛び上がり、一瞬で立ち上がった。しかもだ。四足歩行の獣としてではなく、人のように二本足で。


 その立ち姿は今までの狂った獣ではなく、明確な意思を持った人だった。


 二メートルの背丈を持つ狼人が、俺を見下ろす。


「そうだ」


 狼人は、苛立ったように牙の隙間から唸り声を漏らす。細めている目には、ハッキリと敵愾心が宿っているのが見て取れた。


「俺だけを見ろ」


 全身から猛々しい殺気を放つ狼人。その殺気に応えるべく、俺も笑みを深めながら燦々とした殺気を放つ。


 周囲の空気が圧縮され、音が止み、時間の流れが遅くなっていく。――舞台は整った。


 俺は狼人に向けて人差し指を軽く曲げ、開始の合図を出す。


「来いよ」


「ワォオオオオオオオオオオオオオオオ――!」


 咆号を上げた狼人が、先手を取る。


 予備動作も無く、直立した状態から蹴りを繰り出す狼人。強靭な体のバネを生かしたその蹴りは、まるで命を刈り取る大鎌。


 大鎌は、俺の首を掻き切るように迫ってくる。


 明らかに、俺を殺すための攻撃。


 恐怖心はない。それどころか、胸が高鳴り、闘争心が滾る。俺はその場から一歩も動かず、腕を盾にして受けた。


「ぐ……」


 蹴りの衝撃の強さに、俺は奥歯を噛みしめ、両足に力を込めて踏ん張る。先ほどよりも速く、そして重い。衝撃が、腕を通って全身に駆け巡る。


「いくぞ!」


 狼人の足を弾き返すと、頭の中でイメージする。狼人の斬撃は魔術であり、魔術は想像の産物。技は間近で見た。刃の重みも、鈍い輝きも、刃が体を切り裂く感覚も知ってる。なら――、


「できる!」


 両手で手刀を形作ると、体内の火を燃え上がらせ、火光を両手に移動させる。


「はぁああ!」


 狼人の胸部を右手()で斬り付け、間髪入れずに左手()で連撃を叩き込む。


「ギャンッ!」


 胸部に十字の裂傷が刻み込まれた狼人は、赤い血が噴き出すと共に悲鳴を上げる。


 俺は即座に左足を前にして腰を落とし、右手を限界まで後ろへ引く。


 次にイメージするのは、ラルフさんの一撃。


 息を吐き切ると、呼吸を止めた。ラルフさんの動きを頭で思い描きながら、集中力を高めていく。


「避けれなきゃ、腹に風穴が開くぞ?」


 想像(イメージ)を固め終えると、俺はあえて忠告を出した。その後、右腕を突き出す。


 狼人は痛みに顔を歪めながらも、身を捩って躱そうとした。


 刺突の速度は、接敵した時よりも速い。おそらく、狼人では反応すらできない。だが、その軌道は直線。そのため、狼人は掠りはしたものの、辛うじて直撃は避けた。


「ガァッ!」


 脇腹を抉り取られた狼人は、眉間に皺を寄せ、牙を剥き出して吠えた。傷を負っても尚、闘争心は些かも衰えていない。


 狼人が俺に向かって突っ込んでくる。


「来い!」


 俺は足を止めた。さらには、笑みを浮かべながら両手を広げ、攻撃を誘った。


 狼人は俺の行動を訝しみながらも、動きを止めなかった。俺の両足を勢いよく掴むと、そのまま腕一本で振り回し出した。


 全身に感じる遠心力。速く、体の自由が利かない。体が振られる度に骨が軋み、風切りを鳴らしながら天地がひっくり返り続ける。


 そして狼人は、俺の体を地面へ叩きつけ出す。何度も、何度もだ。その度に地面が陥没し、俺は両腕を交差させて頭部だけは防御する。


「ガァアアアアアアッ!!!」


 狼人がその場で跳躍する。天高く舞い上がった後、狼人は俺の足を両手で握ると限界まで体を反る。そして、地面に着地すると同時、俺を地面に振り下ろした。


 轟音と共に地面が砕け、木々を越える高さまで土煙が昇る。


 怒涛の攻撃が止まり、一時の静寂が流れる中、狼人が俺の頭を掴み持ち上げた。まだ、俺が生きていることを把握しているのだ。


 暫くして土煙が晴ると、狼人と目が合った。


「ハァ……ハァ……」


 理性を失い、暴虐の限りを尽くす狼人。その目に、光りはない。



 一緒だ、あの時の俺と。



 狼人は、俺の頭部を握り潰そうと手に力を入れ始めた。頭部に鋭い狼人の爪が突き刺さり、圧迫されて「ミシミシ」と頭蓋骨が音を鳴らす。


 俺には、再生能力がある。しかし、その力は万能ではないということを悟った。


 直感が告げるのだ。このまま頭部を握り潰されたら、俺は死ぬと。


「良かった……俺も死ねるんだな……」


 殺せば死ぬ化け物だったことを知り、俺は不覚にも笑みを零してしまう。


 そんな俺の笑みに気付き、狼人は目を細めた。


「なんでもねぇよ。っと、再現はここまでだ。このまま、殺されるわけにはいかねぇ」


 そう言った瞬間、俺は狼人の腕に拳を振り下ろした。骨が折れた感触が拳に伝わると同時、狼人が甲高い鳴き声を発し、俺の頭部を手放した。


「こっからが、本番だ」


 ここからが、分岐点。


「アンタを助ける!」


 意気込みを叫び、狼人に向かって飛び蹴り食らわす。狼人は右腕が折れており、力なく垂らしている。その状態で防御は無理だと判断したのか、横へ飛んで逸れた。


 狼人は回避するだけでなく、飛んだ反動を利用し、俺に左腕で斬撃を放つ。


 金属を削ぐような高音が一瞬鳴ったかと思えば、俺の左腕が切り飛ばされた。宙を舞う左腕。俺は咄嗟に「ぐ!」と声を出し、左腕を押さえるようにその場に蹲る。


 攻め時と判断した狼人が、天高く足を上げた。巨体から振り下ろさせる鉄槌の如き踵落とし。しかし、足を完全に挙げ切ったタイミングで、俺は突然顔を上げた。


「引っかかったな!」


 俺が顔を上げたことで、狼人の瞳が揺らぐ。直後、狼人は後ろへ飛んだ。だが片足で跳躍は、致命的な隙でしかない。


「それは悪手だ、ワン公!」


 俺は空中にいる狼人の喉を掴む。


「オラ!」


 そして、狼人を地面に叩きつける。地面に激突する刹那、狼人は後頭部を守るために防御姿勢を取った。


 轟音と共に地面が揺れ、土煙が昇る。


 周囲に土煙が立ち込める中、俺は距離を取って狼人の様子を窺う。


 狼人の輪郭が土煙に浮かぶ。さすがは狼と言ったところか、視界が塞がれていても嗅覚で俺の位置を正確に把握していた。


 やがて、土煙が晴れて再び互いに顔を見合わす。


「ガ?」


 狼人が驚きの声を漏らした。それも当然だろう。何故なら、俺の体は既に再生を終えていたのだから。


 緒戦は終わった。


 俺は無傷で、呼吸一つ乱れていない。一方、狼人は呼吸が荒く、外傷を負っている。体内の火も弱まっていて、放てる斬撃はあと一撃。


「ん?」


 狼人の脇腹が目に留まった。その箇所は俺が刺突で抉った場所であり、その部分の体毛が抜け落ちていた。


「そういうことか……」


 その傷口を見て、俺は狼人の正体におおよその察しがついた。


「アンタ、凄いな」


 俺は、抱いた想いを素直に口にする。今まで戦った中、間違いなく一番強い。その思いの丈を狼人にも通じるよう、魔族の言葉で話しかけた。そう、この狼人は魔族の言葉を話すのだ。


 深い外傷を負ったからか、狼人は冷静さを取り戻していた。その瞳には、理性を感じさせる光が灯っており、そしておもむろに口を開く。


「お前もな……」


 聞き取り難い嗄声(させい)ではあったが、間違いなく俺を称賛する言葉だった。


「そうか」


 過去の俺に褒められた気がして、俺は小さく笑みを零す。


「さて、事情は後で聞くとして、そろそろ決着を付けるか。多分、あと一撃入れれば脱げんだろ? その毛皮?」


 俺は傷口を指を差し、そう指摘した。この狼人は、おそらく狼の毛皮を被った人間だ。気付いたキッカケは傷跡。俺が抉った脇腹は毛皮が剥げており、内臓ではなく人の肌が見えているのだ。


「望む……ところだ」


 言葉はがらついているが、その言葉には確かな強い意志があった。もはや、暴れるだけの獣ではない。傷ついた体を引きずりながらも、ゆっくりと立ち上がるその姿は、どこか誇り高く見えた。


 狼人は左足一本で立ち、右足を限界まで後ろへ引く。見え透いた大振りの構えに、俺は目を細める。だが、狼人は俺の顔を見つめながら不敵な笑みを浮かべた。


「いいぜ、乗ってやるよ」


 小細工抜きの力比べ。


 狼人の火が、轟々と燃え上がる。そして、火光のすべてが右足に移動した。


 緊張感が漂う中、場違いな心地良い風が吹く。


 葉が揺れる音が徐々に小さくなっていき、決着の時が迫る。


 そして風が止んだ瞬間――狼人は目を見開き、足で特大の斬撃を飛ばしてきた。


 空を切る太刀風を前に、俺は黒紫色の筋繊維に意識を向ける。



 ――超速再生ではなく、すべてを弾く強固な鎧。



 確固たる想像を思い描くと、両腕を盾にして斬撃へ突っ込む。


 斬撃と両腕がぶつかり、けたたましい金属音が鳴り響く。


「ぐ!」


 足の斬撃は、威力が段違いだった。魔力の塊にもかかわらず重さを感じるのは、狼人がそう想像したからだろう。


 必殺の一撃に、少しずつ押し込まれる。


 その最中、走馬灯のようにあの時の情景が瞼の裏に浮かぶ。


 救いがなかった。


 絶望の淵に沈んだ。



 ――だが、



 今は圧倒的な力を手にし、あの場を得たのだ。


 ここで諦めたら、もう二度と訪れない。


「助ける!」


 俺は、あの時の俺を救う。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 腹に力を込め、大声で叫ぶ。そして、両腕を振り抜いて、斬撃を押し返した。押し返された斬撃は霧散する。


「見事……」


 狼人が僅かに口角を上げ、一言呟いた。


 俺は狼人へ接近する。その最中――、



「助けに来たよ」



 小さく呟く。


 そして、俺は狼人の腹部に掌底を喰らわす。


「ありがとう、貴方に出会えてよかった」


 掌底が腹部に食い込み、狼人は白目を剥いて倒れ込む。


 感謝の念を抱く。過去の罪は消えない。だが、俺は今、抱え込んでいた気持ちに区切りを付けることが出来た。


 巨体に似つかわしい重い体を、丁重に抱き支える。


 俺は静かになった中で、戦いの余韻に浸る。


 まだ身体は熱を持ち、鼓動は高鳴っていた。その力強い鼓動は、俺の生を実感させる。


 許されざる罪を犯した。だが、罪を償うには生き続けなければならない。


 空を見上げると、雲一つない青空に太陽が燦々と輝いていた。


 あそこは地球だ。


 しかし、もう俺はあそこへは帰らない。


 僅かな郷愁を抱きつつも、俺の決意は固まった。


 俺はこの世界で生きていく。

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