第16話 魔石×三種類
日が暮れるまで行程を進んだ後、少女がいる部屋へと向かう。ここ最近、あの子の様子を見に行くのが日課になっていた。部屋の扉をノックして待つと、すぐにアカリが扉を開けた。
「どうだ?」
俺が尋ねると、アカリは力なく首を振り、口を開く。
「ずっと、寝たきりだよ」
「そうか」
薬を飲ませてから、少女の顔色は日に日に良くなっている。だが、一度も目を覚ましていない。
焦燥感に駆られるあまり、奥歯を噛みしめた。
少女の衰弱度合は常軌を逸している。このまま何も口にしない日が続けば、少女は命を落としかねない。点滴が存在していればいいのだが、この世界には存在していなかった。
小さな明かりだけが灯った薄暗い部屋を静かな足取りで進み、ベッド横の椅子に腰かける。
(クソ……)
弱弱しい寝息を立てて眠る少女を見つめる。汚れていた体は綺麗に拭かれ、ボサボサだった金髪も梳かれていた。ただ枯れ枝のように細い手足に、骨ばった顔は依然として痛々しい。
歯がゆい思いに苛まれ、少女を見つめながら無い物ねだりをしてしまう。
「大丈夫だよ」
自身の無力さに憤りすら覚える中、ふとアカリが呟く。
柔らかく、それでいて穏やかな声。目を向けると、アカリは慈愛に満ちた顔で、まるで子を寝かし付ける母親のように少女の頭を優しく撫でていた。
「この子は、強い子だよ。生きることを諦めてない」
アカリはそう言いながら、俺の顔を見つめてきた。アカリの顔を見て、思わず息を呑む。アカリは微塵も疑っていないのだ。少女が必ず回復すると確信している。揺るぎない芯の強さが、表情――全身に表れていた。
敵わないと思ってしまった。それと同時に、これが女性が持つ母性としての強さなのだろうとも思った。
「スゲぇな」
本心から称賛する言葉を呟くと、アカリが小首を傾げながら口を開く。
「何か言った?」
「ん? いや、将来、ダイはアカリの尻に敷かれるなって思っただけだ」
「な、ちょ、いきなり何言ってるのッ?!」
俺が笑いながらそう言うと、アカリは目を見開き、声を裏返す。顔も見る見るうちに真っ赤に染まり、耳までも赤くなっていく。
先ほどの母性を感じさせる姿が嘘のように、真っ赤になりながら慌てふためくアカリ。その差と反応に、俺はつい楽しくなって揶揄い続けた。すると――、
「オホンッ」
突然、大きい咳払いが聞こえた。アカリと同時に顔を向けると、扉が開いており、そこにはダイが仁王立ちしていた。
「楽しそうだな」
「あれれ、これってもしかして、三角関係? きゃー、どうしよ、小夜。修羅場だよ」
「エノちゃん。病人がいるから静かに、ね?」
ダイの後には、小夜ちゃんとエノディアさんも居た。
「ノックくらいしろよ、ダイ。女子部屋だぞ?」
「したぞ」
俺が声をかけると、ダイは素っ気なく答える。おまけに、その顔はどこかつまらなそうな、不機嫌そうな表情だった。
「ダイね、部屋の中から二人の笑い声が聞こえた途端、真顔になって扉を開けたの」
エノディアさんは小夜ちゃんの肩の上に立つと、「こんな感じ」と言いながらダイの真似をし出す。
「別に、ただ喋ってただけだよ。……と、俺は行くとするか」
少女の頭を撫でた後、椅子から立ち上がる。部屋から出て行こうとする最中、大事そうに花を持つ小夜ちゃんが目に留まり、俺は微笑みながら声をかけた。
「今日の花も綺麗だね」
「はい。昨日は黄色いお花だったので、今日は青いお花にしました」
小夜ちゃんは、毎日少女のお見舞いに来ている。「お見舞いしても、いいでしょうか?」と、小夜ちゃんがお願いしてきたのだ。俺は快く了承し、さらに道中で自生している花を見つけると小夜ちゃんを呼び、花を摘む時間を作った。
「ありがとね。あの子も、小夜ちゃんがお見舞いに来てくれて嬉しがっているよ」
小夜ちゃん頭をぽんぽんと叩き、少女を想っての行動を褒めた。小夜ちゃんは少し照れくさそうにしつつも、嬉しそうに目を細めて微笑む。
二人を残して部屋の扉を閉じると、和んでいた心を引き締める。
小夜ちゃんに言ったことに嘘はない。アカリの言葉も疑ってはいない。しかし、最悪の場合も想定しておかなければならないのだ。少女がこのまま命を落とす可能性。方法がないわけではない。だが、それは人の道から外れる外法を用いる必要がある。
目を閉じ、磔にされていた時の少女の顔を思い出す。
「最後の記憶が絶望の中よりもいいのではないのか」という思いが、ずっと頭から離れない。これは、俺のエゴなのかもしれない。人や生き物は、死ねば終わりだ。死へ辿り着いた者は、歩みを止める以外に道はない。だが外法を使えば、その先を歩ませられる。少女が知らない場所へ連れて行ってあげられる。
「そんな思い詰めるなよ」
外法について考え込んでいると、ダイが気遣って声をかけてきてくれた。
「ああ、あんがとな。じゃあな」
「ん? どこ行くんだ?」
ダイは、俺が部屋とは違う方向へ行こうとしていることに気付き、不思議そうに尋ねてきた。
「宝物庫だ」
「宝物庫?」
「ちょっと魔石を見にな」
外法には、魔石が必要。今までは外法を用いることに二の足を踏んでいたが、やはりあの少女を見捨てておけない。容体が急変した際にすぐ外法が行えるよう、適当な魔石を持っておこうと考えたのだ。
「一緒に来るか?」
「いいのか?」
ダイのことを信用した――と言えばカッコいいが、正直、気を張らずに接することができるダイの存在が有難いのだ。つくづく自分は弱いと思いつつ、三人で宝物庫へ向かう。
宝物庫は、屋敷に二つある。誰でも気づける場所の宝物庫に保管されていた物はすべて回収されていたが、一階の廊下に飾られた絵画の裏にあった宝物庫には、大量の装飾品や魔石が残っていた。
宝石店のように綺麗に並べられた魔石を眺める。元国王の所有物ということもあり、並べられている魔石はどれも質が良い。
「ねぇ? でも、なんでここの魔石なの?」
真剣に魔石を選んでいると、エノディアさんが口を開いた。曖昧な聞き方なのは、言外に実験施設から持ち出した魔石を使わない理由を尋ねていたからだ。
「魔石は、三種類あるんです」
どう答えるか悩んだ後、エノディアさんが知らないであろう魔石について説明することにした。
「三種類? え、全部同じじゃないの?」
案の定、エノディアさんは目を見開き、並べられた魔石をじっと見つめる。だが違いが分からないのか、俺に顔を向き直し、目で問うてきた。
「違います。そもそも魔石っていうのは、空気中の魔素や瘴気が結晶化した物です。その結晶化する過程によって、分類が分かれます。鉱石に魔素が蓄積する鉱石型。魔物の体内で作られる生成型。最後に、人の手によって作られる人工型の三種類です」
「なんで、わざわざ分けるの?」
「それぞれに、メリットとデメリットがあるからです」
俺は紙とペンを取り出すと、それぞれの魔石の長短を説明しながら書き連ねていく。
「魔石の最高級品として扱われるのが、鉱石型の魔石です。この魔石の特徴は、人にとって有害である瘴気を一切含んでいないところです。ただ、結晶化するには長い年月が必要で、さらに見つけるのも困難。それが、鉱石型のデメリットです」
俺の説明を黙って聞いていたダイが、静かに頷く。この知識はすべて、ダイから聞いたものだ。学校のテストを思い出しながら、説明を続ける。
「生成型の魔石は、鉱石型の利点と欠点が反転しているのが特徴ですね」
「反転?」
「はい。生成型の魔石は、魔物を殺せば手に入れられるため入手は簡単です。弱い魔物では質が悪いですが、それでも、容易に手に入れられるのは鉱石型にはない魅力です。ですが、生成型の魔石には瘴気が宿っているんです」
この欠点こそが、エノディアさんが苦しんだ理由。魔物の魔石には、死して尚、その魔物の意思が宿る。特に強い魔物は知性が高く、感情すらも持ち合わせるのだ。心は思念を孕み、死の間際に私怨を魔石に込める。
あの時、闘技場で魔族が口にした「魔王に反旗を翻した」という文言。魔王に挑む魔物が、そこらの雑魚とは考え難い。おそらくは、S級だろう。伝説上の魔物の私怨が、エノディアさんの呪いの正体なのだ。
エノディアさんは、目を伏せながら胸に手を置ていた。俺が心配そうに見つめていると、その視線に気付いたエノディアさんが「大丈夫だよ」と微笑みながら呟く。
「ねぇ? 何で魔物の体内には魔石ができるの?」
不穏な空気を払拭するためか、エノディアさんは俺の顔を見ながら疑問を口にした。
「ああ~……、何でだ?」
ただ俺はその理由が分からず、ダイの方を見た。エノディアさんと俺の視線を受け、ダイは暫く黙った後、説明し出す。
「まず、正天には瘴気がなかった。けど、千年前、魔族が侵攻してきたことで瘴気が流入した。ここまではいいか?」
「そうなの?」
エノディアさんが、きょとんとしながら小首を傾げる。
「あ、えっと、そうなんです。それで、瘴気の流入で一番最初に変化を起こしたのは植物です。瘴気を吸収した植物は、魔植物と呼ばれます。その魔植物を草食動物が食べ、その動物を肉食動物が食べるというように、瘴気は生態系に広まっていきました」
ダイは、エノディアさんの様子を窺いながら説明をしていた。一緒に行動を共にして知ったが、ダイは人の機微を敏感に察知する。踏み込んだ話は聞いていないが、この良くも悪くも他者を見るところが天賜に反映したのだろう。
「体内に取り込んだ瘴気が少量なら、そこまで問題はありません。正天の生き物は魔素を体内に宿しており、瘴気の有害性を無力にできるんです。ですが、大量の瘴気を体内に取り込んだ場合は、魔素と瘴気のバランスが崩れてしまいます」
「バランスが崩れるとどうなるの?」
「死か、変異かの二択です。死は文字通り、瘴気に耐えられず命を落とす。変異は、瘴気に耐えた生き物に起こるものです。体格が大きくなり、身体能力は向上し、気性が荒くなります。そうなった個体を魔獣と呼びます」
つい先日仕留めた巨脚鹿は、その魔獣に該当する。確かに巨脚鹿は、鹿という名がついているが、異常なほど獰猛だった。
「そして、魔獣同士の生存競争を勝ち残った個体が魔物へと至る。魔物は体内に蓄積した大量の瘴気に体が蝕まれないよう、一ヵ所に集め、物質化する。それが魔石です。つまり魔石っていうのは、生物の防衛機能によって生み出された物なんです」
エノディアさんは理解したように首を縦に何度か振った後、残る魔石に付いて尋ねた。
「最後の人工魔石は?」
「人工魔石は、鉱石型や生成型とは大分違ったものです。これですね」
ダイはそう言うと、並べられた魔石の中にあった人工魔石を指差す。
「綺麗……でも、透明だね」
エノディアさんの言う通り、他の魔石が深い青色をしているのに対し、人工魔石だけが透明だった。綺麗にカットされ、磨かれた人工魔石は、さながらダイヤモンドのような見た目をしている。
「この人工魔石は、魔素も瘴気も宿してないんです。この魔石の特性は、生産性と吸収力の高さ。この魔石は、空気中に漂う魔素や瘴気には反応しません。ただ、それよりも濃い魔素や瘴気が漂う場所に置くと独りでに吸収するんです」
「あ! ラルフさんが巨脚鹿の解体の時に使ってたヤツはそれか」
ダイの話を聞き、俺は疑問に思っていたことが解消できた。ラルフさんが巨脚鹿を解体する際、内臓を取り除いた体内に透明な物を放り込んだのだ。ラルフさんに尋ねたら、「こうしねぇと食えねぇんだ」と言われただけでそれ以上は説明してくれなかった。
「なるほどな。人工魔石の使い道は、瘴気を除去するための物ってことか?」
「それ以外にも、警守の力量を推し量る時にも使われるな。変化した色彩の濃淡で魔力放出量、連続で色付けれた個数で魔力保有量が分かるんだ」
こうして、魔石の説明が終わった。俺は鉱石型の魔石の中から特に色彩が濃い物を一つだけ選ぶと、黒穴へ丁寧に仕舞い、宝物庫を後にした。




