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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第二章
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第15話 火刑×金色の夜明け教

 みんなが笑ってる。


 子どもも、大人も、おじいちゃんも、おばあちゃんも。みんなが、ボクが死ぬことを嬉しがってる。


「いらない子」って、毎日言われ続けた。


 大切なトモダチだけが、悲しそうにしてる。


 ごめんね。嬉しいけど、ボク、もう疲れちゃった。


 怖い、熱い、苦しい、死にたくない。そう思うけど、生きていくとずっと苦しい。なら、今だけ我慢すればいい。


 我慢は得意だ。けど、きっと泣きながら叫ぶと思う。


 ボクは怖くなって、いつものように空を見た。いい子だったら、空に行けるって聞いたから。だからいつも、「行けますように」ってお願いしてた。


 雲のない青空に、二羽の黒い鳥が飛んでる。


 次生まれ変わるなら、ボクは鳥になりたいな。黒くて、カッコいいあの鳥みたいに。それで、どこへでも好きなところに行くんだ。


 そんな時だった。


 空に黒い点が現れた。


 黒い点は、どんどん大きくなる。みんなも黒い点に気付いて驚いた声を上げると、ボクの傍に落ちてきた。


 凄い音が鳴ったかと思えば、ボクは気が付くと空の上にいた。訳が分からないまま空を眺めていると、体が落ち始める。ボクは、怖くて目を瞑った。けど、地面に落ちる前に誰かがボクを抱きかかえてくれた。


 煙のせいで見えなかったけど、誰かは縄も解いてくれた後、優しく、でも力強くボクのことを抱きしめてくれた。


「あ……」


 ボクの一番昔の記憶。それは、誰かがボクを優しく抱きしめてくれる記憶。全然思い出せないけど、その時のことを思い返すと胸が温かくなる。


「助けに来たよ」


 優しい声。その声を聞いて、ボクは泣いた。止まらない涙と一緒に、ボクの中に暖かい気持ちで一杯になった。


 途端に眠くなって、僕は誰かの腕の中で眠りに付いた。 






 ◇◇◇◇◇






 俺は、目の前の光景を目の当たりにして言葉を失う。都市の中央広場。黒煙が立ち昇り、燃え盛る火の前で子どもたちが「ひぃ、あかー」とはしゃいでいる。その様子を見守りながら、満面の笑みを浮かべる大人たち。ここまでなら、祭りだと思える。しかしだ。その業火の中に、磔にされた少女がいるのだ。


 一夜さんからその報告を聞いた俺は、無意識に走り出していた。


 正門へ回る時間が惜しい、そう思った俺は壁をよじ登る。幸いなことに、見張りはいなかった。壁を登り切ると、屋根伝いに中央広場を目指す。そして火柱を視認するや否や、俺は両膝を深く曲げ、脚に力を込める。膨れ上がった黒紫色の筋繊維を解き放ち、足元にある建物が半壊するほど強く踏み抜くと、火の上へ飛んだ。


 上空から黒煙を見下ろすと、火に焼かれながら空を――俺を見つめる少女と目が合う。


 生きることに絶望した目の少女。


「ん?」


 俺は、とあるモノに目が留まった。だがすぐに、少女を火から助け出すことが先決だと思考を切り替える。


 目まぐるしい速度で思考を巡らす。


 殴って火を消す――少女にも衝撃が伝わる。降り立った後、磔台から解放する――時間が掛かり過ぎる。なら――空中にいる間に、それらを同時に行う。


 俺は磔台に手が届く距離まで落下すると、台ごと少女を空へ投げ飛ばす。その後、轟々と燃える組み木に満身の力を込めた拳を振り下ろした。


 拳は燃える組み木を砕き、さらには地面すらも陥没させた。


 俺の拳を起点に、放射状に都市内にいくつもの亀裂が走る。すると、通路はうねりを上げて隆起し、広場に近い建物が音を立てて倒壊していく。


 何が起こったのか理解できない者たちは、その場にしゃがみ込みながら悲鳴を上げる。


 殴った衝撃で火は消え、空へ伸びていた黒煙が広場を覆い隠す。俺は熱気に包まれた場所に降り立つと、素早く空を見上げた。そして、俺は少女を優しく受け止めると、磔台から解放し、思わず抱きしめてしまう。


 十二歳くらい少女。ボロ雑巾のような服を着せられた少女は、糞尿の匂いがした。肌は粉を吹くほど乾燥しており、脂肪も肉も付いておらず骨しか残っていない。


 少女は、俺の方に顔を向けてくる。ゆっくり、時間を掛けて。その見えているかも定かではない、落ち窪んだ目で俺を見つめてくるのだ。


「助けに来たよ」


 俺はできるだけ優しく、生きているのが奇跡だと思えるその少女に声をかけた。すると、少女が一筋の涙を零す。そして、安らかな顔をしながら体の力が抜けた。俺は最悪な結末を想像したが、少女の胸が上下しているのを確認して肩を撫で下ろす。


「クソが」


 誰の仕業かは明白。目の前にいるアイツ等だ。アイツ等が、この子を。


「ふざけル……ッ!?」


 俺は、心に浮かぶ黒い真球が熱を帯び出したことに気付く。そして、意識が徐々に黒く染まっていっていることにも。


『アカリ、この子を頼む』


 俺は自分が冷静なうちに黒い穴を出現させると、少女のことをアカリに頼む。


『え? 頼むって……ッ、酷い……任せて!』


 少女の状態に衝撃を受けながらも、アカリは頼もしい返事をしてくれた。


 俺は、自分の内と向き合う。周囲の熱気よりも、身体の中が熱い。心臓の鼓動が早まり、全身が脈打つ。


 このまま屋敷には戻れない。しかし、ここに留まると俺はこの場にいる者を皆殺しにするだろう。俺は咄嗟にこの場から去ろうとしたが、意思に反して足が動かない。


 焦燥と衝動がせめぎ合う中、黒煙が晴れ、俺は大勢の視線に晒される。


 驚愕、恐怖、奇異、怒り。一斉に俺へと降り注がれる様々な感情が込められた視線。そんな中、群衆の先頭に立っていた祭服を着た男が声を張り上げた。


「貴様、なんてことを仕出かしたのだ!」


 怒りに満ちた顔で、俺のことを糾弾する祭服の男。すぐに分かった。この男が誰で、何に対して怒りを露わにしているのかということを。


 祭服の男が声を上げる度に、首から下げた太陽を模した金色のペンダントが揺れ動く。ただ、俺に答える余裕はなかった。今すぐにでも群衆を殺したいという思いを、必死に理性で抑え込んでいたからだ。


「魔女をどこへやった! 答えんか!」


 俺が衝動に抗っている中、再び祭服の男が怒声を上げる。それでも俺が何の反応も返さないでいると、祭服の男がハッとした表情を浮かべた。


「貴様、もしや鬼かッ?!」


 祭服の男が発した一言に、近くにいた者たちの顔色が変わる。当然だろう。この世界の住人なら、誰もが知ってる昔話だ。驚愕の感情は伝播し、瞬く間に群衆がどよめき出す。だが、それも僅かな時間であり、群衆はまるで一つの生き物のように殺意を以て俺のことを睨んで来た。


「殺せ!」


 祭服の男の傍にいた男が叫ぶ。その声を境に、群衆が「殺せ! 殺せ!」と何度も雄叫びを上げ出す。


 不思議だった。


 俺の死を望む群衆の姿を目の当たりにして、僅かだが心が軽くなったのだ。


(けど……)


 あの少女は別だ。あの子に、何の罪もない。


 俺は押し込めていた殺意を、ほんの少しだけ群衆へ放った。その後、言葉を発する。


「■■■」


 魔族たちの言葉。言葉が通じなくとも関係ない。いや、むしろ、その方が良い。勝手に誤解してくれる。案の定あれだけ殺気立っていた群衆が、狐につままれたように静まり返った。


 時が止まったかのように微動だにしない群衆を、俺はダメ押しで睨み付けた。途端に――、


「「「「うぁあああああああ!!!!」」」」


 時が動き出した群衆は、絶叫し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。広場に残っているのは、腰が抜けて動けなくなった者、逃げる際に倒れた者、殺意を当てられ気絶している者だけ。群衆がいなくなると、向けるべき対象を失った殺意――黒い真球の熱が冷めていくのを感じる。


 体が思うように動かせるようになった後、俺は広場を後にし、人気のない場所で穴を通って屋敷へ戻った。 


 屋敷の玄関ホールに降り立つと、皆が勢揃いしていた。先ほどの出来事は、みんなも共有している。ただ、その面持ち、雰囲気はバラバラだった。


 事態を把握しているアルシェさんとラルフさんは、動揺が見られない。事情は知っているが、実際に初めて見たダイの顔色は悪い。エノディアさん、小夜ちゃん、一夜さんの三人に関しては、一切状況が分からず混乱していた。


「キルト」


 エノディアさんが、俺の元へ飛んで来る。あの少女のことが気懸りなのだろう。不安そうな顔をしている。俺はそんな彼女を優しく肩に乗せると、口を開いた。


「あの子のことを、事情を説明します。取りあえず、談話室に移動しましょう」


 談話室に向かう前、俺はアカリの元へ向かった。アカリは開口一番、「医者に見せた方が良い」と言ってきた。しかし、この世界の医学は日本ほど進んでいない。仮に連れて行ったとしても、薬を飲ませ、ベッド安静にさせるだけだ。ただ幸いなことに、この屋敷には薬も置かれていた。そのため、数日は薬を飲ませて少女の容態を見守ることにした。


 少女のことをアカリに任せ、俺は足早に談話室へ向かう。既に皆は椅子に座って待っており、俺も自分の席に座る。その後、アルシェさんの顔を見つめながら頷く。それを受け、アルシェさんが口を開いた。


「あれは、魔女を裁く火刑です」


 俺の知識はダイからの又聞きで、曖昧な部分も多い。ならば、詳細に把握しているだろうアルシェさんに説明してもらった方が良い。そう考えた俺は、事前にアルシェさんに説明して欲しいと頼んでおいた。


「魔女?」


 エノディアさんが疑問を口にする。


「魔女とは、“森の民”の俗称です。森の民は、容姿が美しく、長命な生き物です。そしてその美貌を用いて勇者を誑かし、森の奥へ連れ去った。人間の仇敵です」 


 ‘‘欲に溺れず、比べず、純潔であれ’’――金色の夜明け教の絶対的な教えであり、禁忌。この言葉は、森の民に勇者が連れ去られた事実を元に生まれた教えだ。


 アルシェさんの話したことは、ダイから聞いたことと一致している。だからこそ、俺はあることが引っ掛かった。


「でも確か、火刑が執行される条件がありましたよね?」


 ダイの話によれば、森の民の全員が火刑に処されるわけではないのだという。具体的には、成人した女性は教国へ送られ、五歳以下の子どもは木の枝で串刺しにされ、大人の男性のみが火刑に処される。だがあの少女は、年齢も性別も当てはまらない。


 俺の言葉に、アルシェさんも困惑した表情を浮かべる。


「確かに通常ならば、あの少女は火刑に処されないはずです。それにあの少女に、森の民の特徴は見受けられませんでした……」


 アルシェさんの言葉に不自然な間が開く。よく見ると、アルシェさんは僅かに視線を下に向けていた。


 きっと、俺を気遣っているのだろう。アルシェさんは口数は少なく、合理的な考えをする人物だが、非情ではない。ただ単に、人との接し方、特に親しい人に見せる弱さや甘え方を知らないとように思えた。


 これから先は、俺自身の口から話すべきだ。俺は、アルシェさんの言葉を引き継ぐように口を開く。


「あの子は魔女としてではなく、“鬼”として扱われてた」


 俺の言葉に、アルシェさんはもちろん、みんなが一斉に視線を向けてくる。中でも、エノディアさんは不安そうな顔を俺に向けていた。俺は彼女を安心させるために、小さく笑ってみせる。


 あの祭服を着た男が口にした言葉であり、魔族の実験の最中、長身の男に問いかけられた言葉。


「鬼は、魔族と魔女との間に生まれた子どもこと。その見た目は完全に人の姿をしているとされ、見た目で見分けるのは難しい。ただ、鬼は人の言語は喋らず、魔族の言葉を喋るという記録が残ってます」


 だから、何も答えず、魔族の言葉を口にした俺のことを彼らは鬼と判断したのだ。


「え、でも、キルトは魔族のせいで……その記録間違ってるじゃん。なんで、今も言い伝えられてるの?」

「太陽暦三百年――今から約七百年前。教国に、一匹の鬼が攻め込んで来たらしいです」


 俺がそう言うと、ラルフさんが言葉を続けた。


「キルトの言う通りだ。その鬼に、教国が保有してた戦力の半分がやられたらしい。当時はな、物資の警備も兵士がやってたんだ。当たり前だが、その分、国を守る兵士の数は少なくなる。その隙を突かれたんだ。だから襲撃があった数年後、警守が結成された」

「その、さっきから言ってる教国っていうのは?」

「正しい名前は、ショシャナ教国。シェデ・ヤロク大森林を開拓して建てられた都市国家で、金色の夜明け教の本堂がある場所でもあります。さっきの広場に、一際立派な建物があったのは覚えてますか?」


 エノディアさんは、眉間に皺を寄せながら「う~ん」と唸る。数秒後、彼女はハッと思い出した表情を浮かべた。


「あの、梯子がたくさん壁にくっついたヘンテコな建物のこと?」

「それが、金色の夜明け教の教会です。あの梯子は『天使の梯子』と言って、天から降りてきた勇者の奇跡を表したものです」

「ふ~ん」


 人間社会での営みを経験したことがないエノディアさんや一夜さん、小夜ちゃんたちはあまりピンと来ていない様子だった。その雰囲気を察したのか、アルシェさんが静かな口調で喋り出した。


「本当に正しいと言える歴史など、この世には存在していません。連綿と続く時代の中で、歴史は常に変化する。だからこそ、人は決して変化することのないものを信じ、盲目的な信仰を捧げるのです。それは時に危険でもありますが、不特定多数の人間同士が生きてゆくために必要なものなのです」


 アルシェさんが口にしたのは、神を否定するのではなく、利用するという彼女らしい合理的な考えだった。だが、その考え方が一番納得のいくものだと俺は感じた。

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