第14話 カースト×逆転
晴れた日の正午、皇国の訓練場に生徒たちが集まっていた。体育館ほどの広さがある訓練場には、四組のペアが間隔を空けて立っている。
「それでは、始めて下さい」
兵士の合図で、四組のペアが模擬戦を始めた。
「オラ!」
高野は開始の合図の直後、走り出し、両手剣を頭上から振り下ろす。その攻撃を、成世は後ろへ飛んで躱した。足が地面に着くと同時、成世は素早く体重移動を行い、踏み込みながら高野の腹部を狙って片手剣を突き出す。
「んなモン、喰らうかよ」
成世の刺突に対し、高野は剣の腹で軌道を逸らす。そして剣を這わせつつ、成世の懐に飛び込んで剣の柄頭で殴りかかった。
回避が間に合わないと判断した成世は、腰を落として丸い盾で受ける。
「ぐッ」
木製の武具がぶつかり合い、鈍い音が鳴った。成世は盾を通して伝わる重さと衝撃に、思わず顔を歪ませる。
「はぁ!」
「ちッ」
だが成世は盾を握りしめると、高野に向かって突進した。さすがに両手剣でシールドバッシュは防げず、高野は舌打ちしながら大きく距離を取る。
緒戦はほぼ互角。しかし、時間が経つにつれ、高野の粗が目立ち始める。自身の攻撃が通じないことに高野は苛立ちを募らせ、動きに精彩さを欠く。それに加え、無駄な動きのせいで疲労も蓄積し、数分で息が上がっていた。
それに対して成世は、常に冷静で、最低限の動きを心掛けていた。高野の攻撃を予測し、次に繋がる動きを意識しながら立ち回る。
距離を開けたまま、互いに顔を見合わせる二人。おそらく、次の攻防で決着がつく。仕掛けたのは、高野だった。半ばヤケくそなのか、「クソがぁ!」と怒声を張り上げながら刺突を繰り出す。
しかし、成世は動じない。向かってくる剣先を盾で器用にいなすと、ガラ空きになっている高野の左脇腹に目がけて剣を振る。
成世は剣を振り抜くつもりも、本気で殴るつもりもない。高野に負けを認めさせるため、軽く触れる程度にするつもりだった。そのため、途中で剣を失速させた。
その僅かな隙――高野は待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、意地の悪い笑みを浮かべる。そして左手を柄から放すと、拳を握りしめて成世に殴りかかった。
「≪拳はペンよりも強し≫!」
「ッ!?」
瞬時に状況を察した成世は、拳が体に触れる直前、辛うじて盾を滑り込ませた。しかし、高野の拳は訓練用の盾を粉々に粉砕し、そのまま成世をも殴り飛ばす。
「かはぁ!」
殴られた成世は後ろへ吹き飛び、地面の上を水切りのように跳ねた後、数メートル転がってようやく止まった。
「「「成世!」」」
模擬戦を見守っていた生徒たちが声を上げる。その声を聞き、模擬戦を行っていた生徒たちも中断し、困惑しながら視線を彷徨わせた。そんな中、訓練場の端で待機していた中村が高野の前に立つ。
「高野、模擬戦で天賜を使うなって言われてただろ」
厳しい目を向ける中村を前に、高野はまったく悪びれた様子を見せない。
「知らねぇよ、使えねぇヤツがワリィだろ」
そう言うと、高野は他の生徒から介抱されている成世の事を蔑む。その声が聞こえたのか、成世は殴られた箇所に手を置きながら顔を伏せた。
「高野様」
不穏な空気が漂う中、厳かな声が響く。皆が一斉に声がした方へ顔を向けると、そこには一人の兵士がおり、高野に歩み寄っている最中だった。中村と高野が顔を上げる。それもそのはず、その兵士は三メートルほどの長身なのだ。しかもただ背が高いのではなく、服の上からでも分かるほど筋骨隆々の体格をしている。
その圧倒的な迫力に、生徒たちはもちろんのこと、高野ですら萎縮して素直に言うことを聞いていた。
「事前にお伝えてしていたはずです。模擬戦の目的は、武具の習熟度を高めていただくため。ですから、天賜をお使いになられるのは控えて下さいと」
「……俺は、より実戦的に――」
高野は俯きながら、視線を忙しなく彷徨わせる。そして、思いついた言い訳を口にしようとした。その時、宮殿の方からある人物がやって来た。
「ただカッとなってしただけだろ?」
「ッ!?」
声を聞いた瞬間、高野は苦虫を噛み潰した顔をする。その後、剣呑な雰囲気を発しながらその人物を睨み付けた。
「深野……」
やって来たのは、数人の侍従たちを引き連れた深野だった。
「高野、お前のせいで日本人の格が下がってることにまだ気が付かないのか? まったく」
深野は高野を煽るように、両手を広げ、大仰に首を振って呆れた仕草をする。当然、その挑発を高野が受け流せる訳もなく、眉間の皺を深めながら怒気を強めた。
「ぶっ殺す」
そう吐き捨てると、高野は剣を強く握りしめながら深野へ歩み寄る。だが、深野は余裕な態度を崩さない。それどころか、自らも高野へ近づく。
そして二人の距離が数メートルまでになったタイミングで、深野は背負っていた盾を手に取った。その瞬間、高野が足を止める。
「どうした?」
深野は笑みを深めながら、わざとらしく高野へ声をかける。しかし、高野は何も答えず、拳を握りしめているだけだった。
「俺をぶっ殺すじゃなかったのか? なあ、高野?」
愉快そうに笑顔を浮かべる深野に対し、高野は目を見開き、唾を飛ばしながら声を荒らげた。
「それが無けりゃイキれねぇ根暗が調子乗ってんじゃねぇぞッ!」
高野の怒号が、訓練場に木霊する。
数秒の沈黙が流れると、目を丸していた深野が突然腹を抱えて笑い出した。
「アッハッハ! 高野……お前、馬鹿だ馬鹿だと思ってたら……くッ、ダメだ。……はぁ、落ち着いた。本当に馬鹿だな、お前」
涙を浮かべて笑う深野。高野ははらわたが煮えくり返るほどの怒り――殺意を抱くが、決して深野に飛び掛かりはしない。鬼の形相をし、体を小刻みに震わせながら必死に堪える。
「お前、ついさっき自分で言ったことをもう忘れたのか? 実戦的な模擬戦が重要なんだろ? 正解だ。模擬戦のための練習なんて何の意味もない。良くできました」
深野は、厭味ったらしく拍手を送る。高野の顔が次第に真っ赤に染まっていくのを見て、深野は満足したのか手を止めた。
「実戦的にするなら、武具も実際に使う物を使うのが望ましい。ただ、真剣だと負傷者や死傷者が出るリスクがある。その緊張感の中で得られるモノもあるが、俺たちはまだその域に達してない。でも、防具は別だ」
そう言うと、深野は手に持った盾を指の背で叩く。
「防具なら、むしろ模擬戦でも率先して使って慣れた方が良い。それとも何か? この盾を使わない理由が、俺には見当もつかない理由がお前にはあるのか? あるなら是非聞かせてくれよ?」
深野は、高野に見せつけるように純白の盾を掲げた。日の光に照らされた純白の盾は、まるで盾自体が発光するかのように銀色に輝く。その光を見た深野は、その眩い盾の反射光を高野の顔に当てた。
「ッ、根暗が!」
我慢を重ねていた高野が怒声を上げ、成世の盾を粉砕した時のように天賜を発動しながら深野に殴りかかる。
やっと挑発に乗ってきた高野に、深野はほくそ笑む。そしてすかさず、盾を構えて魔力を込めた。すると、盾に刻み込まれた太陽の紋様が輝き出し、丸い盾の二回り大きい透明な光の盾が出現した。
拳がその光の盾に触れた瞬間、殴りかかった勢い以上の勢いで高野が後へ吹き飛ばされた。
地面の上を転がって全身土塗れになった高野の姿に、深野は満足気に笑みを浮かべる。
「高野。お前は結局、自分が気持ち良くなりたいだけだ。粗暴な振る舞いで周りが大人しくなるのを、自分がすごいって勘違いしてる。存在価値の示し方を知らない馬鹿なガキなんだよ、お前は」
これらの行動は全て、高野に屈辱を与えるためのモノ。高野が一番嫌がること――見知った者に注目されている状況で、力で圧倒され、欠点を正論で諭される。正論であることが重要。高野に反感を持っている者であれば、賛同する空気を醸すからだ。その空気は伝播し、必ず高野にも伝わる。この上ない屈辱だろう。だがここは異世界であり、日本の時のように逃げることは出来ない。
気が晴れた深野は、訓練場を後にする。その途中、人だかりの中心に成世を見つけた深野は口を開いた。
「そんなところにいたのか、成世。地面に這い蹲ってるから気付かなかった。まあ、今のお前にはお似合いかもな」
深野は、本心で成世のことを見下した。すると、成世が反応するよりも前に、寄り添っていた女子生徒――我部が声を張り上げる。
「深野! アンタねぇ、少しは気を遣いなさいよ!」
成世の肩に手を置きながら、我部は深野を睨み付ける。しかし、深野は冷めた目で我部を見つめるだけだった。
「な、何よ……」
何も言わない深野に不気味さを感じた我部は、思わず体を縮ませる。その様子をつまらなそうに見つめていた深野は、何も言わずにその場から去っていく。
「愛依楽……」
我部は、深野の後をついて行く女子生徒の名前を呼んだ。呼び止められた愛依楽は足を止め、振り返る。
「アンタ、なんで深野なんかと一緒に……」
信じられないといった思いを、失望すら抱いたという思いを込めて我部は呟く。ただ愛依楽は、微笑むだけで何も答えなかった。
「じゃあね、鳴子」
そう言い、愛依楽は成世を一瞥した後、既に宮殿へ向かっている深野の後を走って追いかけた。




