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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第二章
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第12話 百夜灯×視人

 私は、苗字が嫌い。


 小さい頃、お母さんに意味を聞いて怖くて眠れなくなったから。


 私は、名前が苦手。


 百の夜をも照らす灯りになって欲しいという願いが込められているから。


 私は、そんな大層な人間じゃない。その思いが反映したのか、私が授かった天賜は≪一燭夜物語(スピリットアウェイ)≫。物を自在に闇で覆い隠す力。でも、自分が本当に“ここ”にいるのか分からなくなるあの感覚が嫌で嫌で仕方がない。


 私は、天賜が怖い。


 迷い込んだ異世界。理解が追い付かないまま、半年間宮殿で過ごすことになった。豪華絢爛な宮殿に、何人もの侍従の方たちが恭しく世話をしてくれる環境。


 居心地が悪かった。こんな煌びやかな場所は、私に相応しくない。


 親友の織ちゃんが一緒にいてくれたのは、私にとって不幸中の幸いだった。けど、そんな織ちゃんが突然いなくなった。


 いつも懇切丁寧に答えてくれる侍従の方たちも、織ちゃんについては会えないの一点張り。私は不安で押し潰されそうになった。


「百夜さん」


 変わったことはもう一つある。学校で一度も話したことがない和平君が話しかけてくるようになったのだ。


「灯に気があるんじゃない?」


 織ちゃんがいなくなる前、笑いながらそんなことを言ってきた。


「たぶん、そんなんじゃないよ」


 和平君の目的は、私の天賜。理由は分からないけど、和平君は私の天賜を知っていた。そのことについてそれとなく和平君に聞いてみると、笑いながら話題を逸らされた。


「えー、でも、和平君って灯の好みでしょ?」


 そうじゃない。確かにそうだけど、そうじゃない。けど、和平君が誤魔化した日から、一度もそのことに触れないようにした。嫌だったのだ。和菓子を二人で食べながら、たわいのない話をする機会がなくなるのが。


 けど、そんな楽しい時間も唐突に終わりがやって来てしまった。


 きっかけは、私の天賜を確認している時のこと。侍従の方たちが用意した、三枚の紙を消せることが判明した時のことだ。いつも朗らかな笑みを浮かべている侍従の方たちの目の色が変わった。それだけじゃない。朗らかだった笑みが、貼り付いた仮面のようになったのだ。


 そんな侍従の方たちは、私を部屋に残し、足早に出て行った。


 私は侍従の方たちの変化が気になり、良くないと思いながらも自分の姿を消して後を追った。そこで、衝撃的な話を耳にした。侍従の方たちは、私を監禁する算段を話し合っていたのだ。


 私は恐怖で頭が真っ白になった。けど、気が付くと和平君に会っていた。どうしても、最後に彼に会いたくなったのだ。彼と言葉を交わし、彼の顔を見たかった。


「百夜さん、一緒に逃げよう」


 不安に苛まれている中、和平君は私の前で跪き、手を握りながらそう言ってくれた。私が求める言葉を、私が言って欲しいタイミングで口にしてくれた。覚悟の決めた彼の眼差しに、私は見惚れてしまった。


 手を通して、和平君の温もりが伝わる。すると、自分の体が氷のように冷たくなっていたことに気付いた。


「はい」


 私は、深く考えもせずに頷いた。和平君が何を考え、そう言ってきたのかは分からない。それでも、私はこの人に付いていこうと決めたのだ。


 皇国を逃げ出した後の和平君は凄かった。様々な知識、野営に必要な道具、数日分の水と食料、逃走経路や逃走先も準備していたのだ。計画的な脱走に、私は希望を抱いた。


 ただ、暗い森を進むのは本当に怖かった。それでも、和平君がいれば安心できた。不安な気持ちが和らいだ。強い目で、道なき道を突き進む。彼の知らない一面に、私は場違いな感情を抱く。


 しかし、僅かな油断で私は外民に攫われた。


 それは、都市国家近くの出来事。皇国以来の都市国家。和平君と話し合った結果、夜が更けた後、都市へ侵入することになった。


 都市国家内であれば、野宿よりも安全に休息が取れる。和平君もそう考え、緊張の糸が緩んだのだろう。その隙に、私は外民に攫われたのだ。剣で脅され、私は声が出せなかった。


 手足を縛られ、私は外民の拠点に連れていかれた。ボスと呼ばれた外民の男は、私に気持ちの悪い下卑た笑みを向けてきた。


 その笑みを前にして、私の本能が激しく拒絶する。数秒先の未来に、私は初めて本当の絶望()を感じた。


 私は絶望から逃れるべく、あれだけ怖いと思った闇を纏う。より深く、より濃い闇を渇望した。身と心を穢されるくらいなら、闇に消えたいとさえ思った。


「灯ッ!」


 部屋の隅で蹲っていると、その声は聞こえた。耳心地が良く、もう二度と聞くことが出来ないのだと思っていた声。


 一瞬、幻聴だと思った。でも――、


「灯……」


 また、柔らかい声が聞こえた。私は恐る恐る、目線だけを上げる。そこには、優しい顔をした和平君がいた。天賜を発動しているにもかかわらず、彼は私の目をしっかりと見つめていた。


「和平君!」


 胸中に嬉しさと安堵感が込み上がり、私は天賜を解いて和平君に抱き付いた。






 ◇◇◇◇◇






 ある都市国家。金級の商会に、長女が誕生した。


 末っ子として生まれた娘。遅くに生まれたこと、他の兄たちと歳が離れているということもあり、家族から甘やかされて育てられた。


 最高峰の教育を受け、毎日違うドレスを着て、淑女としての礼儀作法を学ぶ娘。


 何をやるにしても、皆が褒める。それは嘘ではなく、娘は非凡な才能を授かっていた。


 やがて、娘は才色兼備な美女へと成長を遂げた。


 金級の商会の娘という肩書。見目麗しく、所作も完璧。どんな話題にも精通している博識さ。まさに非の打ち所がない美女。だが、何不自由ない環境が、彼女の心根を歪ませてしまったのだ。


 最初は、出来心――悪戯だった。しかし、悪戯の成功に得も言われぬ快感を得た彼女は次第に、より悪辣に、より非道な行為を行うようになった。


 時に侍従に毒を飲ませもがき苦しむ様を見て笑い、時に犯罪者に金を払って他の令嬢を襲わせた。


 考え付く限りの悪行を行い、泣き叫び、苦しむ姿に愉悦する日々。


 何度か親族たちが娘を糾弾したが、その度に娘の両親や兄たちがもみ消した。


 彼女は、世界が自分を中心に回っていると錯覚してしまったのだ。


 夜が更け、静寂に包まれた都市国家。円形状の都市の中心部は、富豪のみが居を構えられる。その中で一番大きな屋敷の一部屋だけ、煌々とした明かりがついていた。


「お嬢様、そろそろお休みになられてください」


 椅子に腰かけた女に対し、後ろで控えていた侍従が声をかける。その声に、長い青髪を手で撫でながら、妙齢の女は振り向かずに一言だけ呟く。


「もう少し」


 細やかな刺繍が施されたドレスを纏う女の視線は、部屋の一点に向けられていた。侍従はその端正な顔を歪めながら、女が眺めているモノに目をやる。


 そこには、鎖で両手を縛られ、天井から吊るされた若い女がいた。若い女は服を着ておらず、全身余すことなく鞭で打たれた傷跡がある。体は小刻みに痙攣し、目は朦朧としていていた。


「あなたがいけないのよ。あなた、前の夜会パーティーで私よりも目立った。赦されることじゃないわ」


 青髪の女は、テーブルに置かれたティーカップを手に取る。湯気を冷ました後、音を立てずに一口含むと、また若い女に目をやった。


「私の家は、あなたの家よりも上。だと言うのに、あなたは領分を分けまえなかった。でも、私は慈悲深い。たったこれだけの折檻で赦すのだから。あら?」


 若い女は白目をむき、気を失った。青髪の女は気が済んだのか、静かに席を立つ。


「片付けておきなさい」

「かしこまりました」


 青髪の女は、扉へと歩き出す。ただその途中、何かを思いついたかのように立ち止まり、振り返ると侍従に命じた。


「その女、そのまま広場に捨ておきなさい。女の取り巻きは、まつろわぬ民のところへ送りなさい」

「それでは問題が……」

「平気よ。どうせ、お父様に歯向かうことはなんてできないわ」


 青髪の女は、今度こそ部屋を後にした。薄暗い廊下を、別の侍従を連れて歩く。「カツカツ」とヒールを鳴らしながら、絵画や調度品が並べられた廊下を進む。


「ん?」


 廊下の先、廊下の曲がり角に何かを見つけた。青髪の女は目を細めるが、窓や明かりの光が無く、不明瞭。しかし、それは朧気ながら人影に見えた。


「な……」


 青髪の女が喉を鳴らし、体を硬直させた瞬間、一瞬だけ周囲が暗闇に包まれた。闇が晴れると、そこには人影が居なくなっていた。


「どうなさいました、お嬢様?」


 立ち止まった青髪の女に、侍従は怪訝な顔をしながら声をかける。


「い、今、廊下の先に人影が――」


 そう言って、青髪の女は廊下の先を指差そうとした。すると――、


「ひッ!?」


 そこには、青白い色をした人影が立っていた。


「侵入者よッ!」


 青髪の女は、鬼気迫る勢いで声を張り上げる。その悲鳴に、侍従は速やかに青髪の女の前に出て、険しい表情で指差された場所を睨み付けた。しかし――、


「お嬢様、何もおりませんが……?」


 侍従は臨戦態勢を取ったまま、青髪の女に尋ねる。


「何言ってるの! 今もいるわよ!」


 青髪の女は声を荒らげ、侍従の背に隠れながら指差す。ただ、侍従の反応は薄い。


「どうしました!」


 悲鳴を聞きつけ、沢山の人が駆けつけて来た。


「お父様! お母様! 侵入者よ!」


 二人を見つけた青髪の女は、似た顔をした厚化粧の女に抱き付きながら必死に訴える。だが、皆、怪訝な顔をして顔を見合わせた。


「つ、疲れているのよ。さ、今日はもう休みなさい」

「な、お母様……ッ!? 近づいて来てるわッ!」  


 結局、青髪の女は侍従に連れられて自室へ送られた。


「嫌」


 しかし、自室にも青白い人影はついて来る。それどころか、青白い人影は必ず視界に映る。


「嫌、嫌」


 しかもだ。人影から目を離すと、数が増えるのだ。最初は、一体だった。だが今は、自室に四体いる。さらには、距離も少しずつ近づいていた。


「嫌、嫌、嫌」


 青髪の女は頭を掻き毟る。限界まで目を開け、瞳が乾いて反射的に瞼を閉じてしまう。すると、人影は一歩近づいてくる。


「――嫌ぁあああああああ!!!」


 青白い人影から逃れられないことを悟り、青髪の女は絶叫した。その様子を、俺は屋根の上から眺める。


「ねぇ? 何したの?」


 肩に座るエノディアさんが、俺に尋ねてきた。


「魔術をかけました」


 あの青髪の女にかけたのは、俺が想像した魔術――“視人”。視人は何もしない。ただ、対象に視認されているという感覚と人影を見せるだけの魔術。だが目を閉じたり、視界を塞ぐと、人影の数が増えて近づいて来る。


「あの人たちの苦しみを、少しは味わえ」


 これが、俺が出来る精一杯の報復だった。


「ホントは、彼女たちに復讐する機会を与えた方が良かったんですかね」

「無理だよ」


 俺の呟きに、エノディアさんが答える。俺が顔を向けると、彼女は顔の前で手を組んだ。


「魂と体は、二つで一つ。でも、死者は体が無い」


 そう言うと、エノディアさんは組んだ手を解く。


「死者は、思念と妄執で現世に留まっているの。そんな曖昧で脆弱な魂に、復讐する力は無いよ」

「ん? でも、洞窟でげ……外道のボスは彼女たちの幻影を見てましたよ?」

「あれは、あの男が作り出したモノ。アルシェも言ってたでしょ? 魔術は想像が大事だって。あの男は、無意識に彼女たちを想像したんだよ。ま、自業自得ってこと」

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