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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第二章
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第11話 正体×召喚

 屋敷の二階。個室が並ぶ廊下を、俺一人だけで歩く。目的の部屋に辿り着くと、俺は扉をノックした後、ゆっくりと開いた。家具一式が置かれた部屋の中、百夜が寝具ベッドの上に寝かされており、その傍には和平が椅子に腰かけていた。  


 口を開こうとする和平を、俺は手で制し、扉を締めると完全に部屋を隔離する。


「いいぞ」


 これで、部屋の中の会話が聞かれる心配は無い。俺は手を降ろし、和平に歩み寄りながら声をかける。


「百夜は?」

「大丈夫だ。今は、疲れて眠ってる」

「そうか」


 百夜は無事、助け出すことが出来た。ただ、二人にアリアさんの歌を聞かすわけにはいかなかった。あの歌は、瘴気を音に変換しているものだからだ。それに、まだ二人は皇女の間者という可能性もある。そのため、保護という体で二人を屋敷に閉じ込めた。


 俺は、部屋に置かれている椅子に腰かける。すると、俺の行動の意図を理解したのか、和平は何も言わずにテーブルを挟んで椅子に座った。


 俺の冷めたい目と、和平のやや怯んだ目が交差する。二人の間に張り詰めた沈黙が漂う中、寝息だけが聞こえる。


「何で、あそこにいた?」


 俺は和平を見つめたまま、おもむろに沈黙を破った。決して視線を外さず、瞬き一つせずに和平を正面から見据える。


「俺は、皇女と側近がつ……キルトを消したのを知ったんだ」


 和平は一度喉を鳴らした後、俺の質問に答える。ただその顔は、明らかに緊張していた。


「何で知った?」


 俺が端的に尋ねた瞬間、和平は顔を歪めた。しかし、唇を噛みしめると、意を決するように口を開く。


「レオガルドに迷い込んだあの日、俺は皇女を信用できなかった。俺が無神論者だから理解できないのかもしれない、そうも考えた。けど、どうしても何か裏があるんじゃないかって疑ったんだ」


 俺は和平の話を聞いて、一瞬、感傷に浸りそうになった。だがすぐに頭を空にし、今に意識を向ける。


「疑ってたから、俺の天賜が発動した。俺の天賜は、≪月の裏顔(ミラーミラー)≫。顔の見えてる相手の思考を、文字として見ることができる。大広間で天賜の確認をしていた時、俺は偶然皇女の隣にいた側近の心を覗き見た。そこで、キルトを生贄にするつもりだと知ったんだ」


「…………」


 和平の言葉を聞き、俺の頭は真っ白になる。心を覗き見る――それはつまり、和平は俺の心の底で渦巻く黒いモノを覗き見ているのか。俺は瞬く間に血の気が引き、指先が震え、恐怖で体を竦ませる。


「どうした?」


 俺の異変に気付いた和平が、声をかけてくる。確かめるのが怖い。鼓動はうるさいほど高鳴り、背中に冷や汗が流れる。怖い――怖いが、このままにうやむやにはしておけない。テーブルの下で震える手を握りしめ、和平と目を合わせる。


「今も、俺の心を覗き見てるのか?」


 俺が重々しい口調でそう尋ねると、途端に和平の表情が強張った。


「見てない。俺は、自分の天賜が怖くて仕方がないんだ。ずっと……ずっと……もし天賜が知られたら、今度は俺が消されるって考えてた。だから、俺は皇国から逃げ出したんだ」


 和平は顔を青くさせながら目を伏せると、肩を僅かに震わせる。


「その話を信じろと?」


 しかし、俺は素直に受け入れることができなかった。


「ほッ、本当だ! 証拠は出せない。けど、本当に天賜は使ってない!」


 和平は前のめりになりながら、声を荒らげる。鬼気迫る表情、開いた瞳孔、力一杯握られた拳。演技だとは思えない――だからこそ、嘘に思えてしまう。


(ハッ、疑り深くなったな)


 俺は自身の変化に、小さく苦笑いを浮かべる。いや、胸中に抱く淋しさを誤魔化したのだ。ただ、このままでは埒が明かない。俺は口を閉ざし、どうすればいいかを考える。


 その間、和平は落ち着かない様子でいながらも、俺が口を開くのを黙って待っていた。


「和平。今ここで、天賜を発動して俺の思考を覗き見ろ」

「どうして?」

「お前を信用するためだ」


 俺はそう言うと、真っ直ぐ和平を見つめる。和平は一瞬躊躇う素振りをした後、深く息を吐いてから俺と目を合わした。


「屋敷の部屋数は、十三」


 和平が小さな声で呟く。


「本当に覗き見れるんだな」


 さらに数回、同じことを繰り返した。その結果、俺は和平の天賜の致命的な弱点を見つけた。もう、和平の天賜は怖くない。俺は無意識に体に込めていた力を抜き、背もたれに倒れ込む。すると、和平も硬くなっていた表情を和らげた。


「ん? そう言えば、水晶で確認した時はどうしたんだ?」


 水晶で天賜を確認した際、皇女は名前と共に天賜も記録していた。そのことを思い出し、どうやって凌いだのかを和平に尋ねる。


「水晶に浮かぶのは、天賜の名前だけなんだ。だから、皇女も俺たちの天賜が実際にどんな力なのかは分からない。それに、俺はあの場で灯に頼んで天賜を消してもらったんだ」

「消した? それが百夜の天賜なのか?」

「ああ。灯の天賜は、物や人を周囲の闇に紛らわせられるんだ」

「ん?」


 和平の説明では、いまいち天賜の能力を把握できなかった。俺が正直にそう言うと、和平は考え込んだ後、例えを交えて説明してくれた。


「水墨画ってあるだろ? あんな感じで、周囲にある闇とか影を使って、隠したいと思った物の存在感をぼかし隠す力なんだ」


 百夜の天賜を説明し終えると、和平は勢い良く立ち上がり、深々と頭を下げた。


「俺たちには行く当てがない。だから頼む! 俺たちをここに匿ってくれ!」


 和平の想いが、痛いほど伝わる。しかし――、


「天賜を授かってなかったら、皇女たちが騒ぐだろ?」


 俺は、そんな必死な様子の和平を静かに見つめながらさらに深く追求した。


「それは……、その……」


 和平は頭を上げると、不自然に視線を彷徨わせ、言い淀んだ。しかし、それは言い訳を考えている訳ではなく、俺に遠慮しているように見えた。


「別に気にしないから、ハッキリ言え」


 俺がそう告げると、和平はおずおずとその訳を話し出した。


「俺は、天賜を二つ授かっているんだ」


 俺は何の反応もせず、口を閉じたまま目で先を促す。


「俺のもう一つの天賜は、人の性根が数値と色で見分けられるんだ。俺は二つ天賜を授かってたから、あの場はやり過ごせた。これで全部だ。頼む! 掃除でも雑用でも何でもするから、ここに置いてくれッ!」


 和平は再び深々と頭を下げ、懇願してくる。俺はそんな和平の姿を見つめながら、思考を巡らす。


 俺の問いかけに対し、和平は一度も嘘は突いていない。だが、だからと言って信用できるとも限らない。ここは、異世界なのだ。本人が気付いていないだけで、操られている可能性もある。


(どうする?)


 だが、俺にはそれを暴く術がない。和平たちを放り出すのは簡単だ。しかし、放り出した後、皇女に捕まってしまったらこちらの情報を知られてしまう。


 どうするのが最善か悩んでいると、ふとアルシェさんの顔が頭に浮かんだ。


(アルシェさんなら)


 もしアルシェさんだったら、情に流されず、冷静に最善の選択を選ぶだろう。最善を選ぶのならば、冷静さを見失ってはいけない。俺は小さく息を吐くと、感情ではなく理性で考える。そして考えが纏まると、静かに口を開いた。


「分かった、ここにいろ」


 和平たちを手放すより、手元に置いて監視を続けた方が良い。それにだ。二人の天賜は、ホリィ捜索にも役立つ。


「ありがとう」


 俺の返事を聞き、和平の表情や体が弛緩する。その後、姿勢を正すと俺に感謝の言葉を口にしながらもう一度頭を下げてきた。


「気にすんな」


 俺がそう声をかけると、和平はゆっくりと頭を上げる。


「まだ、気になることがあるのか?」


 頭を上げた和平は、何かが気懸りと言わんばかりの顔をしていた。俺がそのことを指摘すると、和平は一瞬だけ逡巡した後、恐る恐る俺に尋ねてくる。


「俺が天賜を二つ授かってるって言った時、キルトは大して驚いていなかった。もしかして、何か知ってるのか?」


 和平の問いかけに、俺はどう答えるべきか腕を組んで思考を巡らす。まだ完全に信用していないため、本当のことは言えない。俺は悩んだ末、ある程度は事実を話し、こちらを信用させることにした。


「ああ、ある程度は知ってる。皇女は、天賜について何て説明した?」

「天賜は俺たちだけが授かる特別な力だって言ってたけど、その口ぶりだと違うのか?」

「ああ、違う。天賜は二種類ある」


 俺は二本の指を立てる。その後、まず人差し指を立てた。


「一つは、レオガルドの人たちの天賜。これが本来の天賜で、先天的に授かるモンだ。才能みたいなモンだな」


 一つ目の天賜の説明を終えると、俺は二本目の指を立てた。


「もう一つは、後天的……要は、後付けの天賜だ」

「後付け、俺たちの天賜ってことか。違う世界から来たんだからそうなるか。けど、なんで皇女はその程度のことを黙ってたんだ?」


 和平は俺の説明を聞き、疑問を口にする。


「特別感を持たすためだろうな。『あなたたちは選ばれた者です』って言われて、悪い気はしないだろ? その後、宮殿で国賓扱いすれば、ますます信じ込んで浮かれる。そうやって、皇女は本当の目的を隠した」

「本当の目的?」


 これについては、和平も知る権利があることだ。これだけは言葉を濁さず、ハッキリと伝える。


「俺たちは、レオガルドに迷い込んだんじゃない。皇女に召喚されたんだ」


 和平は息をのむと、困惑した表情で俺を見つめた。その表情を見て、俺は心の中で和平に謝罪する。正直に話すのは、ここまでだからだ。


「皇女が何かを企ててるのかは分からない。けど、その計画に俺たちの天賜が必要だった。だから、勇者が残した召喚魔術を使った。この召喚魔術で召喚されると、特別な天賜を授かる」 


 俺がそう告げると、和平は目を見開いて硬直する。


「ただ天賜なんて呼んでるが、実際の天賜とはまったくの別物だ」

「ッ!?」


 硬直していた和平は、小さく声を漏らす。その反応を見て、俺は察した。


「薄々、気付いてるんじゃないか?」


 俺がそう声をかけると、和平は眉間に皺を寄せながら口を固く結び、無言の肯定をした。その後、僅かばかりの沈黙を経て、和平はほとんど口を動かさずに自身の見解を述べる。


「天賜は、思想や妄執が源になってる……」


 絞り出した掠れた声が、静寂に包まれた部屋に混じる。


「正解だ。どうして分かった?」

「天賜の名前だ。俺の天賜の名前を見て勘づいて、灯の話を聞いて確信した」


 その後は、共に行動をするにあたっての決めことをした。例えば、俺たちの正体。俺たちが日本人であることは、絶対に口外してはならない。それ以外にも、いくつものことを話し合った。


 そうして話し合いを終えると、俺は席を立つ。


「何かあれば、また声をかけに来る。それまでは休んだけ」


 俺が気遣う言葉を投げかけると、なぜか和平は目を丸くして黙った。


「あ、悪い。ただ、中村にも心配されたことを思い出してな。そういえば、中村は――」


 和平が言葉を続ける中、俺は硬く口を噤んだまま足早に部屋を出た。


「もう、戻れないんだ」


 扉を背にして立つと、俺は自分に言い聞かせるように呟く。心を落ち着かせた後は、エノディアさんたちの元へ赴き、後回しにしていたことに取り掛かる。

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