第10話 死姫×八星
訂正前:S級の魔物。
訂正後:八星の魔物。
設定を訂正しました。
俺を含め、部下全員が手足を縛られた状態で洞窟奥にある廃教会へ連れて来られた。口は布で塞がれているが、目隠しはされていない。俺は呆然と事の成り行きを見守っている。そして、まるで走馬灯のように襲撃された時のことを思い返す。
俺は、部下が森で捕まえて来た女で愉しもうとしていた。久しぶりの女。前に使っていたのは、冬を越す前に使い物にならなくなった。最近は女が送られてこないせいで、ずっと溜まっていたところだった。
手足を縛られた女は恐怖で顔を歪ませ、涙を流す。その表情に、俺は興奮が抑え切れなかった。だが、俺が手を伸ばすと女が忽然と姿を消したのだ。
幻のように消えた女。突然のことに一瞬頭が真っ白になったが、すぐにそれが天賜の力だろうことに思い至る。その後、俺は素早く立ち上がって出口の前に立つ。
「これで出て行けねぇだろ?」
俺は笑みを浮かべながら、誰もいない部屋に声をかける。
「三秒以内に姿を見せろ。もし三秒経っても姿を出さなきゃ、一生太陽を拝めず、生き地獄を味わうことになるぞ。そこの白骨死体みたいにな」
俺は部屋の隅に積まれた白骨死体を指差しながら、部屋のどこかで震えているだろう女を脅す。しかし女は姿を現さず、さらに、血相を変えた部下が「侵入者です!」と叫びながらやって来た。
久方ぶりの女は消え、情けなく耳障りな部下の絶叫を浴びさせられ、俺は怒りで身を震わす。そして部下を怒鳴りつけようと振り返った瞬間、入口の方から部下たちの悲鳴が聞こえて来たのだ。俺は事の重大さを理解し、怒りを抑え込むと剣を持って侵入者を迎撃しに向かった。
「侵入者は何人だ?」
「一人です」
「あ?」
たった一人の侵入者に、部下は俺を呼びに来たのかと怒りが再燃する。しかし、実際に侵入者を目にした俺は、部下と同じように驚愕してしまった。
「な……」
侵入者の動きは、基礎だけは知っている素人といった印象。だが、身体能力が桁違いだった。一振りで受けた剣を砕き、腹部を蹴って気絶させると、素早く他の部下に飛び掛かる。部下たちの動きもおかしい。躱せるだろう攻撃にもかかわらず、不自然に足を止めて攻撃を受けている。
俺は呆けたまま、部下がやられていくのを眺めてしまう。そして最後の部下が気絶すると、侵入者は体力の限界が訪れたのか、肩で息をしながら動きを止めた。
「な……なんなんだ……てめぇ……」
渇いた口のまま、掠れた声で呟く。しかし、俺が持っていたスカーフに気付くや否や、血走った目を見開き、殺意を以て斬りかかってきた。俺は、あろうことか立ち尽くしながら鈍く光る剣を見つめてしまった。
きっと、心のどこかでコイツには勝てないと諦めていたのだろう。しかし――、
「止せ」
突然、見知らぬ男が現れて侵入者の剣を素手で受け止めたのだ。その後、侵入者に声をかけたことからこの男も仲間のようだった。
「…………」
俺は動けなかった。生き物には、強さの“圧”がある。しかし、目の前の男からは何も感じないのだ。
天賜や魔術ではないかと俺が疑い出した時、ふと眼前の男が目を合わせてきた。その瞬間、俺は意識を失った。気が付くと、俺は手足を縛られており、さらに口を塞がれた状態で廃教会にいた。傍には、部下たちも全員集められている。
俺は、静か男の動向を目で追った。暴れようとも、命乞いをしようとも思えない。得体の知れないあの男を刺激したくなく、あの男に目を向けられたくない一心だったからだ。
男の傍には、人影が増えていた。女が二人、奇妙な鎧が一つ。侵入者の姿は見えない。教会の隅に俺たちを放置し、男の仲間たちは祭壇の方に顔を向けている。
(何をするつもりだ……)
石を削って建てられた教会。はるか昔に建てられたであろうこの教会は、洞窟の奥に建てられていたこともあり、比較的綺麗な状態を保っていた。俺はこの場所を物置として利用しており、保管されていた大量の蝋燭を光源として置いていた。
「ん?」
俺は異変に気付いた。無風のはずが、蝋燭の火がゆらゆらと揺らいでいるのだ。さらに、空気が重くなり、冷たい空気が地面を這うように漂い出す。
「…………」
静寂よりも深い無音の世界。蝋燭の火は消え、薄暗い世界が広がる。俺は息を殺しつつ、一度だけ瞬きをする。そんな刹那の瞬きが明けると、誰も居なかった祭壇の横に肩を抱いた“女”が立っていた。
◇◇◇◇◇
彼女は憂いた。
争い、血を流すこの時代を。
彼女は願った。
人同士、必ず手を取り合えることを。
彼女は歌った。
想い歌に込めて――しかし、歌は誰にも届かぬ底へと沈んだ。
三つの国の王が、彼女の存在を危惧した。その美貌、その美声で国人を惑わし、自分たちに反旗を翻しかねないと。だから、消された。
演奏会のために都市から都市へと移動していた途中、護衛付きの馬車に乗っていた彼女は連れ去られた。
殺されるなら良かった。だが、彼女にとって不運だったのは、魔族の元へ送られたこと。美狂いの魔族は、美しい彼女に興味を惹かれ、己が欲望を満たすためだけに身体を弄くった。
決して朽ちぬ人形の体を与え、鷲羽の意匠が施された鮮やかな深緑色のドレスを着せ、銀製の輪が横に連なった装飾品を飾り付けた。どんな者にも差し伸べていた彼女の手は触れるだけで肉を腐らす猛毒を帯び、愛し愛された彼女の歌は命を蝕む死の旋律へと変わった。
◇◇◇◇◇
(何だ、あの女……)
俺は、突如として現れた女に目を奪われる。絶世の美女。シミ一つ無い蝋のような白い肌は深緑のドレスに映えており、艶やかな黒紫色の長髪は束ねられ、前側に垂らしている。
俺の本能が、あの女を欲する。
(ん? 歌……?)
女は、静かに歌い出した。廃教会に響く歌声。だが、女が肩を抱いた腕を降ろすと同時、俺は違和感を覚えた。女の声が四重に聞こえるのだ。俺は目を凝らして女を見ると、その訳が分かった。
「ぐッ、がッ!?」
その直後、立体的に聞こえる澄んだ歌声が鼓膜を越え、頭蓋の中で響く。途端に、全身を引き裂かれるような激痛が駆け巡る。咄嗟に歯を食いしばるが、痛みは皮膚、肉、骨、そして俺そのものに響き、骨の髄まで剥がしていく。にもかかわらず、俺は甘美な歌声を傾聴し続けた。
(だ……だす、け……)
聴覚以外の感覚が鈍くなり、意識が黒く染まっていく。助けを求めようと口を開くが、息が出来ない。顔を横に向けると、芋虫のように藻掻く部下たちの姿が見えた。しかし、いくら部下たちが暴れようが誰も俺たちに目もくれない。
(だ……れ……)
霞む視界の中、俺の前にいくつもの人影が見えた。俺は助けを求めるべく、最後の力を振り絞る。
「な……」
目の前に立っていたのは、ここで嬲ってきた女たちだった。
一人、また一人と部下たちが死んでいく。そんな中、俺は声なき叫びを上げる。
(赦してください! 赦してください!)
やがて俺は薄汚れた地面に倒れ込み、女たちに見下ろされながら虫ケラのように息絶えた。
美狂いの魔族には、持論があった。
『美しいモノに一つでも醜い箇所があれば、そのモノの評価は下がる。反対に、醜いモノに一つでも美しい箇所があれば、そのモノの評価は上がる。つまり、あえて醜い箇所を作り、その醜さに機能美を持たせたこの作品こそ“究極の美”だッ!』
美狂いの魔族は、体に鳥の魔物の声帯を仕込んだ。しかも一つではなく、四つ。醜さと機能美を両立せるためだけに、両肩と項に口を付けたのだ。そして出来上ったのが、それぞれの口から異なる声域を発する最高傑作。
毒に彩られ、呪いを唄う死の歌姫――“アリア”。
◇◇◇◇◇
アリアさんの鎮魂歌が終わると、エノディアさんがこの場に縛り付けられている彼女たちを解き放つ。
彼女たちの前で押し黙ったエノディアさんの雰囲気が、朧げな冷気を纏い、存在が希薄になる。死者に語り掛ける際、体に埋め込まれた魔石を使わなければならない。その副作用で起こる変化だ。
「我、魂を抑え込み、魄を掬い上げし者。幽世の門前に立つ、統率者也。彷徨える者たちよ、我指を見よ、我指に従え。さすれば、そなたらの願い聞き届けん」
エノディアさんの口から綴られる、詩のような言霊。廃教会に響く言の葉は、静謐なる別れととともに、絡まった執念を解放するさえずり。
全員が黙祷を捧げる。エノディアさん以外、誰も彼女たちを視認することは出来ない。当然俺も。しかし、苦しんでいた彼女たちが安らかに昇っていっているように感じた。
「終わったよ」
小さく、重々しい口調でエノディアさんが終わりを告げた。
「お疲れ様です」
俺は、エノディアさんに労いの言葉をかける。彼女は俺の肩に座ると、優しい微笑みを浮かべた。
「笑って還っていったよ」
「なら、良かったです」
エノディアさんの顔を見て、気を遣ってのことではなく、本当に安らかに昇ったのだと分かった。俺は目を閉じ、最後にもう一度だけ彼女たちに祈りを捧げた。
「キルト様」
暫くして、ずっと俺の様子を窺っていた小夜ちゃんがおずおずと声をかけてきた。
「どうしたの?」
「向こうの壁が崩れていて、奥に広い空間があります」
「空間?」
小夜ちゃんは、百夜の姿が消えた後、洞窟内を隈なく探してくれたらしい。その際、穴を発見したとのことだった。
「ねぇ? 見に行こう。お宝が隠してあるかもしれないよ」
普段の調子に戻ったエノディアさんが、笑顔を浮かべながらそう言った。時間もかからないだろうこと、さらに、一夜さんが戻ってくるまでまだ時間があることから皆で見に行くことになった。
小夜ちゃんの言う通り、教会の奥の壁が一部崩れており、奥にそれなりの空間が広がっているのか風が吹き込んでいる。脆い壁に気を付けながら穴を通り抜けると、俺は眼前に広がる光景に目を奪われた。
「なんだ、これ……?」
目に飛び込んできたのは――壁一面に描かれた壁画。
描かれていたのは、一頭の黒い巨獣。さらに黒い巨獣を囲むように六本の柱が描かれており、その柱から伸びた鎖に四肢と頭、尻尾が結ばれていた。その構図はまるで、黒い巨獣を捕らえているようだった。
「魔物……?」
エノディアさんが、壁画を見ながら呟く。俺は黙ったまま、アルシェさんを見た。俺の視線に気付いたアルシェさんは壁から視線を外し、眉を下げながら口を開く。
「申し訳ございません。この壁画が何なのか、私には解りかねます」
「そう、ですか……」
アルシェさんですら分からないほどの物であると同時に、俺は仕方がないとも思った。壁画の損傷が激しく、おそらく文字が彫られていただろう箇所は崩れている。それだけでなく、壁画という抽象的な描写のせいで魔物を判別するのも難しい。
「八星の魔物だろ?」
そんな中、腕を組みながら壁画をじっと見つめていたラルフさんが自身の見解を口にした。
「八星って何?」
エノディアさんの問いに、ラルフさんは腕を組みながら説明する。
「ランクってのは、魔物の強さの階級だ。警守が設立されて間もない頃、魔物の危険度を共有するために定められたのモンだ。ランクは全八段階の階級で、八星ってのは一番上。今の時代には確認されてない、勇者の時代に生きてた伝説上の魔物だ」
それほどまでの魔物だとしたら、壁画として残すのも納得がいく。
「ということは、この壁画は勇者の時代……千年前に描かれた物……」
ふとエジプトのピラミッドを想起した俺は、歴史的価値があるだろう壁画を改めて眺める。
「ねぇ~、もう帰ろ~」
ただ、エノディアさんは違った。宝物はなかったからか早々に飽きてしまい、それでも我慢をしていたのだがついに限界に達し、つまらなそうに声を上げる。
「そうですね、もう帰りますか。二人のこともありますし」




