第9話 予想外×遭遇
口論から一夜明け、皆の中に距離感が生まれてしまった。特に一夜さんは露骨で、小夜ちゃんや俺、エノディアさん以外とは口を利かなくなってしまった。それどころか、目すら合わせようとしない。しかし、俺はわだかまりの解消よりもホリィの捜索を優先した。
そんな中、夜が明けようかという頃、小夜ちゃんから報告が上がってきた。
「若い男?」
夜明け前でまだ暗い森の中に、若い男が一人でうろついているというのだ。小夜ちゃんによれば、その男は剣とランプしか持っていないのだという。
「おかしいですよね?」
抱いた不信感の共感を求めるように、ラルフさんの方を見た。
「ああ、そんな軽装……しかも一人で何てありえねぇ」
俺と同じ感想を抱くラルフさん。だからこそ、疑問が残る。
「なら、一体……?」
壁外で外民に襲われ、命からがら逃れてきた可能性はある。だが、その男は知ってか知らずか都市から離れて森の奥へ進んでいるという。
「く、詳しくは分かりませんが、その……何かを探してるみたいでした」
「探してる?」
男は小さなランプを頼りに、必死に何かを探しているように見えるとのこと。皆と話し合った結果、その男を調べてみることになった。一夜さんは引き続き国を調べてもらい、小夜ちゃんとエノディアさんと俺の三人で男の素性を調べる。
森の中に立つと、湿った冷たい空気が心地よい。葉が幾重にも重なり合って月明かりを塞いでいるが、俺の目は昼間のように遠くまで見通せた。
「こちらです」
小夜ちゃんに先導され、走り出す。木々を避けつつ、極力音を立てないで走る続けてること数分、前方に明かりが見えた。
(あの男か……)
魔術や天賜を警戒し、木の幹に身を隠しながら様子を窺う。男は、こちらに背を向けており顔は見えない。ただ、どことなく若い印象を受ける。中肉中背で、それなりに身なりも良い。そして小夜ちゃんの報告通り、ランプと腰に下げた剣以外は何も持っていなかった。
このまま様子を窺うべきか、それとも接近するべきか悩んでいると、ふと男がこちらにふり向いた。その際、ランプの明かりで男の顔を照らされる。
その顔を見た瞬間――思考が止まった。
「……な、なんで……」
その直後、思考が荒波のように押し寄せる。体は硬直しているにもかかわらず、思考は目まぐるしい速度で駆け巡る。
「キルト、大丈夫?」
俺の異変に気付いたエノディアさんが、心配するように声をかけてきた。その声のおかげで思考が止まり、我に返れた。
「大丈夫です。ただ……、エノディアさん、それに小夜ちゃん。二人とも、屋敷に戻っててくれませんか?」
「どうして?」
唐突な頼みに、エノディアさんはその訳を尋ねてくる。聞き返されるのは当たり前。しかし、正直に話すかどうか迷ってしまう。本人であることは間違いない。だからこそ問題は、なぜ一人でこんな場所にいるのかということ。
「あの男、もしかしたら知ってる男かもしれないんです」
罠の可能性もある。男を餌として、魔術や天賜の力で急襲してくるかもしれない。もしくは接触した瞬間、別の場所に飛ばされる可能性も考えられる。その場合、エノディアさんや小夜ちゃんが屋敷にいてくれた方が離れ離れにならなくて済む。それにだ。なぜか、放置するという選択が浮かばなかった。
小夜ちゃんは俺一人で男と接触することに反対したが、エノディアさんが説得してくれたためしぶしぶ折れてくれた。
屋敷にいる人たちは、穴を開けていなければ外界の情報は得られない。心の中で謝りつつ、穴を閉じた。そして、暗い森を駆け、男の前に立つ。
「ッ!?」
突然人が目の前現れたことで、男は驚きのあまり肩を跳ねさせ、目を見開いたまま動きを止めた。大きく見開かれた男の瞳は激しく揺らぐ。ただ、俺が誰なのか理解すると共に震える声で名前を口にした。
「土雲……」
暗闇の森にいたのは、クラスメイトの和平大護だった。
ありえない場所での再会。状況を飲み込めていない和平を他所に、俺は最大限警戒する。今この瞬間にも、あの女が現れるかもしれないからだ。
心が少しずつ黒く染まっていく。それを自覚した俺は、拳を握り締めて黒の浸食に抵抗する。もし黒に飲まれてしまったら、和平を殺してしまう。命を奪ってしまうかもしれない恐怖心で身体が竦む中、平静を装って和平に問いかける。
「和平。何でここにいる?」
低く、刺々しい口調で俺が問いかけると、固まっていた和平が血相を変えて声を荒らげた。
「土雲! 灯を……百夜を見なかったかッ?」
「百夜……?」
和平の声は震えていた。それは、単なる焦燥ではなく、恐怖が滲んでいた。それだけなく、何かに怯えているようにも見える。
和平の口から出たのは、百夜灯の顔を思い出す。その後、百夜も共犯かとも考えたが、それにしては突拍子が無さ過ぎる。罠の可能性を勘繰っている中、和平はさらに声を張り上げた。
「頼む、知ってたら答えてくれ! 早く……早く見つけ出さないと灯は……灯が男たちに嬲られる!」
和平の顔は血の気が引き、そして鬼気迫った顔をさせて叫んだ。その言葉を聞いて、俺の心臓が縮み上がり、罠や危険を避けるといった雑念が煙のように消えた。
「……和平、お前の力になれる」
「ッ!? 本当かッ?」
「ただし、条件がある。まず、俺のことはキルトって呼べ。それから、この世界の言葉は喋れるか? 喋れるなら、日本語は使うな。あと、何も聞かず黙って俺に従え。条件はこの三つ、飲めるか?」
「分かった」
俺が出した条件に、和平は一切迷う素振りを見せず、二つ返事で頷いた。
『エノディアさん?』
猶予がないことは、和平の様子を見て明らかだった。早速、黒い穴を開けてエノディアさんに声をかける。
『何? 友達じゃなかった?』
エノディアさんは最初、普段通りの声調で尋ねてきた。だが、訳を話して協力してほしいと頼むと、途端に真剣な声音で了承してくれた。そしてものの五分ほどで、百夜の居場所を見つけ出した。
『絶対、助けてあげて』
『はい、ありがとうございます』
エノディアさんに感謝を告げると、落ち着きのない様子の和平に声をかける。
「和平、ついてこい」
一言だけ呟くと、指示された方へ走り出す。和平は言われた通り、何も聞かずに黙ってついて来た。ただ、小さな明かり一つで足元を照らすのは限界があり、和平の走る速度は遅かった。そのため、小夜ちゃんに先行して貰い、百夜を守るように頼んだ。
エノディアさんによれば、百夜は洞窟を根城にしているまつろわぬ民たちに捕まっている。危機的状況ではあるが、まだ無事ではあるようだ。
和平に気を配りながら、暗い森をひた走る。すると、前方に切り立った崖が見えてきた。
「あそこだ」
俺は、走りながら崖を指差す。その途端、和平の纏う空気が冷たく、重々しいものへと変わる。
さらに目を凝らすと、外民の姿も確認できた。
まつろわぬ民たちの装備はみすぼらしく、鎧は着ていない。ただ腰には剣を下げ、手には即席の槍を持っている。地面に淡い光を放つ小さなランプを置き、その側に三人の外民が立っていた。
「和平、俺が見張りを倒す。お前は、何も気にせずに登ってこい」
端的に指示を出した後、地面が爆ぜるほど強く踏みしめ、弾丸の如き速度で跳躍する。そして十メートルほどの高さがある洞窟の入口に降り立った瞬間、まつろわぬ民たちの腹部を殴り、叫ぶ隙を与えずに全員を気絶させた。
『クソ共が……』
倒れるまつろわぬ民たちを見て、ラルフさんが怒気を込めながら吐き捨てる。きっと、三人とも元警守なのだろう。それが今や、醜悪な人相の外道に成り下がってしまっているのだ。
地面の上に横たわるまつろわぬ民を眺めていると、和平が息を切らしながら崖を上がってきた。
「灯ッ!」
目を血走らせた和平は、息を整えながら洞窟を睨みつける。そしてある程度呼吸が落ち着くとランプを投げ捨て、剣を引き抜き、洞窟内に突入した。
「キルト様」
洞窟の入口で立っていると、小夜ちゃんが現れた。
「申し訳ございません。彼女を見失いました」
「ん? 見失った?」
「はい。護衛対象は見つけ、保護しようとしたのですが……その、突然消えてしまいました」
小夜ちゃんの言葉に、すぐにある可能性が頭に浮かんだ。
「魔術……もしくは、天賜の力か……」
百夜はクラスメイト。つまり朝の子であり、天賜を宿しているのだ。しかもそれは、小夜ちゃんですら発見することができない力。
「小夜ちゃん。百夜はいいから、和平の手助けをしてあげて」
「かしこまりました。キルト様、この洞窟はとても広く、一番奥には長い椅子が並んだ広い部屋があります。普通の洞窟ではないので、気をつけてください」
洞窟について説明した小夜ちゃんは、和平を追って洞窟へ消える。
『キルトは、行かないの?』
小夜ちゃんを見送った俺に対し、エノディアさんが声をかけてくる。
「…………」
ただ、俺は返事をせずに洞窟の入口を見つめた。
不思議だった。改造されたからなのだろうか。姿は見えず、何も聞こえない。だが、確実にいるということは分かる。それは五感を介さない、心の叫びのようだった。
『エノディアさん、ここに何人囚われていますか?』
生温い風と共に流れてくる不快な臭いを感じつつ、静かな口調でエノディアさんに尋ねる。その問いかけに、僅かな沈黙が流れた後、エノディアさんが答えた。
『四人だよ……』
問いかけの意図を理解してくれたのか、憐憫の想いを込めながらエノディアさんがポツリと呟く。
『みんなボロボロになってる。『苦しい』『痛い』って、ずっと泣いてる。みんなこの場所が嫌で嫌で堪らない。けど、その強い想いのせいでこの場所に縛られてる』
エノディアさんは、彼女たちの想いを代弁するかのように言葉を続ける。
『彼女たちも助けてあげましょう』
『うん』
洞窟へと足を踏み込む。
剥き出しの岩肌の通路には、点々とランプが置かれていた。道なりに進むと、金属同士がぶつかり合うけたたましい音が反響しており、怒声や絶叫が木霊した。さらに奥へと歩いて行くと、広くなった通路に出る。そこで、和平とまつろわぬ民たちが戦闘を行っていた。
「はああ!」
まつろわぬ民の人数は七人、対して和平一人。多対一の状況。しかし、和平が圧倒していた。そんな光景に、俺は目を見張る。元警守である外民を相手に、数週間前までただの学生だった男が勝っているのだ。
(これが朝の子の力ってことか……)
しかも、和平はただがむしゃらに剣を振っているのではなく、足運びや体捌きを意識した動きをしている。
『まあまあだな』
和平を戦い方を見たラルフさんが、厳しい評価を下す。ただ、その声はどこか楽しげだった。
よく見れば、小夜ちゃんが誰にも気付かれないように和平の手助けしている。その甲斐もあり、和平は地球では考えられない機敏な身のこなしで外民たちを次々と気絶させていく。
「はぁ……はぁ……」
ただ激しい運動に息が切れたのか、最後の一人を残して和平は動きを止めた。
「な……なんなんだ……てめぇ……」
俺は、唯一立っている男に目を向ける。どうやらボスのようで、まともな衣服を着用し、指には宝石の付いた指輪すらはめていた。そんなボスは、たった一人に部下がやられたのを目の当たりにし、顔を青くさせて固まる。
「……ッ!? お前、そのスカーフはッ!」
和平は、ボスが手に持つスカーフを目にした途端に激高した。そして、激情に背中を押されたかのように、戦意喪失状態のボスに斬り切る。
「止せ」
俺は和平が空中にいる隙に、二人の間に割り込んで剣を受け止めた。
「なッ?!」
一瞬で目の前に現れた俺の姿に、和平は目を丸くする。だがすぐに――、
「どけ! こいつは灯をッ!」
和平は、唾を飛ばしながら吠える。殺意の籠った目を向けてくる和平に対し、俺は剣を払いながら平静に答えた。
「お前は殺しに来たんじゃなくて、百夜を助けてきたんだろ。落ち着け、百夜は無事だ。ただ、あっちの部屋で姿が消えたんだ」
俺が指差すと、和平はハッとした表情を浮かべ、部屋へ走って行った。部屋に外民はいない。和平たちは安全のため、俺は未だに固まって動かないボスを見る。
状況をまだ理解出来ていないのか、ボスは俺ことを凝視するだけで、逃げようとも、襲いかかってこようともしない。
暴れられても面倒なので、俺はボスを睨みつけた。すると、ボスは白目をむきながら泡を吹き、その場に崩れ落ちた。
『どうするべきですか?』
曖昧な問いかけは、俺の弱さ。頭では分かっているが、言葉にするのが怖かった。
『外民ならば、命を奪っても罪には問われません。むしろ、今後の被害を考慮するのであれば見逃す選択は愚行です』
アルシェさんが答え、
『警守に引き渡すと、褒賞金が出る。そん時も、別に生死は問わないことがほとんどだ』
ラルフさんも答える。
「……」
どちらも俺に気を遣いながら、今この状況でもっともすべきことを口にした。
『ねえ?』
俺が押し黙っていると、ふとエノディアさんが口を開いた。
『彼女たちを送る前に、手向けをしてあげたいの』
『花でも飾るのか?』
エノディアさんの言葉に、ラルフさんが尋ねる。
『ううん。ねぇ、キルト? 彼女を呼んでくれない?』
『なるほど、それは名案です』
エノディアさんの提案に、アルシェさんが賛同した。
『分かりました。奥に広い部屋があるみたいなので、そこで呼びましょう』




