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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第一章
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第2話 地球×異世界

 光の中は、まるで冷たい水で満たされているようだった。心地良さすら感じる水中を、凄まじい速度で落下する。風切り音はなく、強い光のせいで目も開けられない。恐怖で身を固くしていると、不意に空中へ放り出される感覚が襲う。


 俺は死を覚悟する。だが、いくら待っても衝撃も痛みも訪れない。


(ん? 立ってる……?)


 一瞬死んだのかと思ったが、靴底から伝わる固い感触、湿っぽい土の匂い、ひんやりとした空気、大勢の人の気配を感じた。


 恐る恐る、目を開く。


「――なッ?」


 目に映る光景に、思わず息を呑む。


「どこだ……ここ……?」


 理解が追い付かない。さっきまで教室にいた。いたはずなのに――薄暗く、何もない広大な空間に立っていたのだ。


「どこだ、ここはッ?! なぁッ?」

「俺が知るかるかよ!」

「くそっ、なんでスマホが圏外なんだよ!」


 呆然と立ち尽くしていると、クラスメイトの怒声や悲鳴が耳に届き、俺は現実に引き戻される。


(教室にいた連中が全員いる……ッ、秋人、春見)


 二人の後ろ姿を見つけ、駆け寄る。 


「秋人! 春見!」


 二人に声を掛けると、秋人が顔を向けてきた。


「セツ、良かった無事か」


 秋人が話し掛けてくる一方、春見からの応答がない。


「……春見?」


 春見の顔を覗き込むと、青ざめた顔で肩を抱きながら震えていた。何かあったのかと考えたが、秋人が代わりに答える。


「舞も平気だ。今は少し怖がってるだけだ」

「それもそうか……。一体、何が起こったんだ?」

「分からない」


 秋人が春見を落ち着かせている間、俺は辺りを見回す。

 

 滑らかな石畳の床、窓の無い岩肌で出来た壁、体育館並みの広さを持つ無機質な空間。四方には巨木のような柱が聳え立ち、その柱に取り付けられた小さな光源が、空間を薄暗く照らしている。


 そして何よりも目を引くのは、閉じられた巨大な門。


「マジでどこだよ……ん?」


 ふと、気配を察知した。不安がっている生徒たちのよりも上、暗闇が広がる天井に目をやる。しかし、天井には光りが届いておらず、何も見えない。


(気のせい?)


 勘違いかとも思ったが、なぜか引っ掛かる。今の状況、空間の異様さのせいで疑心暗鬼になっているのかもしれない。スマホのライトで照らそうと、ポケットに手を入れた。しかし――、


「セツ!」


 秋人に、切羽詰まった声で名前を呼ばれた。突然の大声に驚きながら視線を向けると、秋人は険しい表情をさせながら《《ある方向》》に釘付けとなっていた。


 視線を辿る最中、金属が軋む音が響く。


「なッ!?」


 音の正体は、巨大な門。門が、少しずつ開かれていくのだ。がらんどうな空間に木霊する、重々しい開閉音。さらに、ガシャガシャと金属がぶつかり合う音と大勢の靴音が、門の向こう側から聞こえてくる。


 固唾を呑んで門を見つめていると、音の正体が姿を現す。


「は……?」


 入って来たのは、隊列を組んで行進する兵隊だった。


 人数は三十人以上おり、全員が同じ鎧を着ている。兵隊は俺たちの前方付近まで進んだ後、二つに分かれて停止した。


 そして兵隊の後方、最も安全な場所に、妙齢の女性が立っていた。


「朝の子であられる日本の皆様。ようこそお越しくださいました。私はサンランデッド皇国第一皇女、メレオパトリシア・メイ・サルタ・サンランデッドと申します。以後お見知りおきを」


(皇女?)


 呆然としたまま、女性に目をやる。 


 顔立ちは、名工な彫刻家が造形したかのような端麗さ。色白い肌は、三つ編みにしている金髪を引き立てている。金糸の刺繍が施された赤色のドレスと装飾品とが相まって、気品さがあった。

 

「皆様が見舞われた事態を懸念にお思いになられているのは、我々も理解しています。つきましては、お知りになられたいことはすべてご説明しますので、どうか我々を信じ、話をお聞き下さるようお願いします」


 真剣な面持ちの皇女はそう言うと、頭を下げた。


「「「「ッ!?」」」」


 皇女の取った行動に、周囲にいる兵士たちが驚愕の表情を浮かべる。尤もそれは一瞬であり、兵士たちは皇女に倣い、一斉に頭を下げてきた。


「ど、どうする……?」


 呆気に取られながら、俺は秋人と成世に声をかける。 


「どっちにしろ、話を聞く以外ないだろ? なぁ?」

「そ、そうだな。それにここまでされたら無下にはできないし。えっと……皆さんの話は分かりました。話は聞きますので、どうか頭を上げてください。皆もそれでいいだろ?」


 成世が全員に確認を取ると、みんなは無言で頷く。


「我々の願いを聞き届けていただき、誠にありがとうございます」


 成世の言葉を聞いてようやく頭を上げた皇女は、感謝の言葉を口にしながら花笑む。


「では、まず結論から申し上げます。皆様は、地球から異世界であるレオガルドに落ちて来てしまわれたのです」

「……落ちた……? あの……それは冗談とかでは……」


 先頭に立っていた成世が、おずおずと皇女に尋ねる。


「信じられないかもしれませんが、事実です。ですが、ご安心ください。我々は、皆様を皇国にお招きするためにあの場所へお迎えに上がったのです」

「なんで……」


 皇女の話を聞き、俺はつい疑問を声に出してしまった。


「どうかなさいましたか?」


 皇女が、こちらに目を向けてくる。


 鼓動が高鳴り、背中に汗をかく。真っ直ぐにこちらを見つめながら、言葉を待つ皇女。引き下がれなくなってしまい、おずおずと尋ねる。


「あの、なんで助けてくれるんですか? そもそも、どうしてあなた方が日本のことを知ってるんですか?」


 話が事実であれば、相手は一国の皇女。対して俺たちは、ただの学生に過ぎない。にもかかわらず、自分たちに対して礼節を尽くしすぎている。さらに、初めから日本を知っていることも不可解だった。

 

 投げかけた問いを聞いた皇女は、さも当然のように答える。


「それは、神から遣わされた御使い(みつかい)が日本の御方だからです」

御使い(みつかい)? ……そういえば、さっき朝の子とか言ってましたけど、それと関係があるんですか?」

「はい。この地は千年前、魔族が蔓延る死の大陸でした。ですが、神は我々を見捨ててはいなかった。我らの願いを聞き入れて下さった神は、御使い(みつかい)を――勇者様を遣わしたのです」

「それが、日本人?」


 皇女は頷き、続きを話す。 


「この地に降り立った勇者様は、神のお力をその身に宿していました。天に手を翳せば陽光が降り注ぎ、地を歩めば希望の光を灯す。光を創造するお姿は、まさに光の御子みこ。そして魔族を退け、レオガルドに平和を、金色の夜明けを(もたら)したのです」

「光の御子に、金色の夜明け……俺たちを朝の子って呼ぶのも、そこから?」

「おっしゃるとおりでございます。レオガルドでは、神は太陽におられると考えられています。そして夜明けを齎した勇者様を称えて、日本の方々のことを我々は、‘‘朝の子”と呼んでいます」

「ッ!? 待ってください! この世界の太陽が、地球なんですか!?」


 神は太陽におり、勇者は太陽から遣わされた。それはつまり、太陽が地球ということになる。異世界と聞き、勝手に遠い場所だと思い込んでいたが、目に見えているところに地球があると分かると食い気味に尋ねてしまう。


 しかし、皇女は暗い顔で答える。


「申し訳ございません。太陽が地球であるかどうか断言できないのです」

「どういうことですか? 俺たちは、太陽から来たんですよね?」

「はい。そのことにつきましては、次にご説明することが関係しています。皆様は光に落ち、お気づきになられた時には、レオガルドに来られていた。お間違いないでしょうか?」


 俺は、口を閉ざしたまま頷き返す。


「やはり、そうなのですね」


 皇女はそう呟く、端麗な顔を歪ませる。ただ、すぐに意を決した顔に変わって告白を始めた。


「皆様がレオガルドに落ちてしまわれたのは、この地に住む者たちのせいなのです」 

「……どういうことですか?」

「神がレオガルドに住まう者たちを救うため、世界の理を歪められたのです。本来交わることのない二つの世界を結び、その結果、日本に穴が開いてしまったのです」

「穴……?」

「はい。そしてこの穴こそが、原因なのです。この穴は普段閉じていますが、稀に開いてしまうのです。その際、日本におられる方々がレオガルドへ落ちて来てしまうのです」

「そんな……」


 何度目か分からない驚愕に、言葉を失う。


「すべては先祖たちが神に祈り、救いを求めたことが原因でございます。しかし、今の我々があるのは、先祖が救いを求めた結果。つまり、我々にも責任がございます。朝の子の皆様。無関係な皆様をこのような事態に巻き込んでしまい申し訳ございません」


 皇女が深々と頭を下げた。すると、後方で控えていた臣下たちも頭を下げてくる。


「頭を上げてください。皆さんが直接的に何かしたわけではないじゃないですか」


 そう言ったのは、秋人だった。


「それと、自分も質問していいですか?」

「何なりとおっしゃってください」


 頭を上げた皇女は、質問を受け付ける。


「穴は突然開いて、そこから日本人が落ちてくるって言いましたよね。ということは、自分たち以外の日本人がこの世界にいるんですか? それと、一番大事なことですが、自分たちは日本に帰ることができるのかどうか教えてもらえますか?」


 日本に帰れるかどうか。その言葉を聞いて真っ先に反応したの皇女ではなく、固まっていた生徒たちだった。


「そうだ、俺たち帰れるのか!?」

「今すぐ日本に帰してください!」

「帰して! 家に帰して!」


 息を吹き返したように声を上げる生徒たち。


 

 ――しかし、



「お静かに」


 皇女のたった一言。それだけで、広間が静寂に包まれた。


 自制心を失っていた生徒たちは口を閉ざし、目を見開いて皇女を見つめる。


「大変失礼しました。皆様、どうかご安心なさってください。皆様は、日本にお帰りになることは可能でございます」


 帰れると聞き、生徒たちは嬉々とした表情を浮かべた。


「本当に帰れるんですね?」


 秋人は、ぬか喜びにならぬよう再び皇女に確認を取る。


「はい。ただ、今すぐお帰りになれるというわけではございません。それについては先ほどのご質問と一緒にお答えします」


 今すぐには帰れない。生徒たちは再び声を上げようとしたが、そのわけを話すと言われたため、黙って耳を傾ける。


「先ほどのご質問、『皆様以外に日本の方々がおられるのか』その答えは、おりません。先ほどの話は過去のことです。そして記録によれば、その方々は全員、日本にお帰りになられています」


 帰れることは分かった。だが、まだ今すぐ帰れないわけが判明していない。引き続き、固唾を呑んで聞き入る。


「今すぐにお帰りになれないわけは、先ほどの穴が関係しています。皆様や過去に訪れた方々は、必ず光に落ちて来ています。この光は、太陽の光だと勇者様が記憶に残されています。このことから、我々は太陽が地球であるという考えに至りました。そして、太陽が皇国の真上、つまりは二つ(太陽と皇国)が一直線に並んだ時、穴が開かれるのです」


「真上……一直線……それって正午ってことですか? なら、明日の正午になれば帰れるってことですか?」


 秋人が、皇女に尋ねる。


「残念ながらそうではありません。次に二つ(太陽と皇国)が一直線に並ぶのは、半年後になります。つきましては、その半年間、我々が皆様のお世話をさせていただきます」


 半年。決して短くはない。しかし、それまで世話をしてくれると皇女は約束してくれた。知らない世界でここまで親切にしてくれる相手がいるのは、幸運と言える。申し出を受け入れ、やっと息をつくことができた。

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