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悪服す時、義を掲ぐ  作者: 羽田トモ
第一章
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第16話 白銀×海

「この先だよ」


 鳥籠の彼女が、静かに告げる。


 男性の異物も、無事取り除くことが出来た。妹へ駆け寄ろうとした男性は、独房を出ようとしたため意識を失った。不幸中の幸いだった。痛みを感じずとも、頭の中を弄られていれば反射的に動いてしまう可能性があったからだ。


 暫くすれば、男性は意識を取り戻すだろう。兄妹の再会に、自分達がいたら邪魔になるだろうと考え、他の独房を回ることにした。


 独房にいる人達を説得し、異物を取り除く。魔族たちを殺したこと、頭の異物を取り除くことを伝えると、皆が協力的になってくれた。


「この先にいる人は、どんな人ですか?」


 通路の先の青い火を見据えたまま、鳥籠の彼女に尋ねる。


「……君とはまた違う、特別な人だよ」


 少しの間を置いた後、鳥籠の彼女が小さな声で答えた。


「特別」


 鳥籠の彼女の言葉を反芻する。


 通路の先の青い火。独房に囚われていた人たちの青い火は改造されたからか、化け物並みに大きかった。しかし、通路の先の青い火は次元が異なっていた。まるで、大海。一歩進むたびに、高波が迫ってくるような錯覚に襲われる。


(あり得るのか?)


 火を感じ取って気圧されたのは、純白の管理者()と対面した時以来だった。たった一人の人間から、感じ取れる火の大きさではない。


 ただ、火の大きさよりも気になることがあった。害意や悪意などではない。言うなら、共鳴。俺の人、通路の先から感じる火が共鳴しているのだ。


 通路の先にいる人物のことを尋ねようと鳥籠の彼女に顔を向けたが、彼女の異変に気付いた。


「大丈夫ですか?」


 鳥籠の彼女は普段の朗らかな表情とは打って変わって、口を固く結び、真剣な表情を浮かべていた。


「向き合うって決めたんでしょ……」


 返ってきたのは返事ではなく、決意が込められた覚悟の言葉。俺を一瞥もせず、鳥籠の彼女は真っ直ぐに通路の先を見つめている。よく見れば、肩が小刻みに震えていた。ただそれでも、視線を一瞬たりとも逸らさない。


 通路の先に何が待っているのかは分からないが、覚悟を決めた彼女を尊重し、何も聞かずに歩を進める。


 やがて、部屋に辿り着いた。


「な……」


 足を踏み入れた瞬間、冷たい深青に包まれる。


 部屋全体が独房になっているその中心に、足を揃えながら座っている妙齢の女性。 


 彫刻と見紛うばかりに端麗で、簡易着から覗く肌は処女雪のように白い。腰まで届く長い銀髪に、三つ編みにした横髪を後に回して結んでいる。


 “白銀”を彷彿とさせる美女。何より――、


(強い……)


 自分と同等か、それ以上に。


「この方は?」


 鳥籠の彼女は、返事を返さずに目を伏せた。そして、深く息を吸い込む。吸い込んだ空気を静かに吐き切ると、視線を白銀の女性に戻して口を開いた。


「彼女はね、彼女であって彼女じゃないの」

「それは、一体?」


 言葉の意味が分からずにいると、鳥籠の彼女がこちらに顔を向けて来た。


「ねぇ? その人が本当にその人だって、どう証明する?」


 突然に投げかけられた問いに、胸が締め付けられる。俺が問いかけに答えられず固まっていると、鳥籠の彼女は返事を待たずに語りかけてくる。


「心かな? それとも体? どっちも大事だよ。じゃあさ、そこに別の生き物を混ぜられたらどうかな?」

「別の生き物を混ぜる?」

「そう。彼女はね、魔物と混ぜられたの」


 鳥籠の彼女の話を聞き、微動だにしない白銀の女性を見る。


「信じられないよね? でも、ホントだよ」


 それから鳥籠の彼女は、白銀の女性に施された改造について説明し始めた。


「魂を、体から剥離させたの」


 鳥籠の彼女が、左胸に両手を重ねて置く。


「その魂を魔石に込めて、彼女の肉体と魔物の肉体とで作った体《器》に埋め込んだの」


 左胸に置いた手を、胸の前で絡めるように組む。


「そ、そんなことできるんですか?」

「普通はできないよ。けど、彼女は特別だったの」


 鳥籠の彼女の声とは思えないほど、硬く、暗い声で答えた。


「ねぇ? 彼女は彼女だって言えるかな?」


 手を解き、鳥籠の彼女が問うてきた。しかし、俺は何も答えられなかった。


 鳥籠の彼女は、白銀の女性に顔を向けると目を細めた。


「彼女はね、大切に想ってた人に裏切られて、ここに連れて来られたの。だからね、連れて来られた時には心が壊れてたんだ」 


 『心が壊れている』という言葉が、胸に突き刺さる。それと同時に、白銀の女性に抱いていた違和感が解け、腑に落ちた。


 白銀の女性の青い火は規格外であり、他を寄せ付けない威圧感を放っているにもかかわらず、希薄さも持ち合わせていたのだ。


「……改造が失敗してる可能性は?」


 あまりの希薄さに、改造の失敗を疑い、彼女に尋ねてしまう。


「ううん、失敗してないよ」


 だが、鳥籠の彼女は頭を小さく振ってそれを否定した。


 頭の中で、とある疑念が大きくなっていく。


 

 ――詳し過ぎるのだ。


 

 鳥籠の彼女は、俺や他の人たちについて知っていた。ただそれは、断片的なものだったり、曖昧なものだったりした。ところが、白銀の女性については詳細に把握している。まるで――、


「気になる? どうして、私が詳しいのか?」


 心を見透かしたかのような言葉に、心臓が跳ねた。


「私が、魔石に彼女の魂を込めたの。魔族の実験に協力して、その後の経過観察もやってたんだよ」


 鳥籠の彼女の告白。


「私が……彼女を殺したの……」


 絞り出すような声。


「また……――」


 最後は声になっておらず、聞き取ることができなかった。


「ねぇ? 私を彼女の傍に置いてくれない?」

「わかりました」


 鳥籠のを白銀の女性の前に置き、二人から離れる。


「久しぶり……だね。独房で会うのは初めてだよね、驚いた?」


 鳥籠の彼女は静かな口調で、白銀の女性に語り掛け始めた。


「魔族達はもういないんだ。あそこにいる彼、彼のおかげなんだよ」


 魔族がいないと伝えても、白銀の女性は何の反応も示さない。それでも、鳥籠の彼女は話しかけ続ける。


「彼はね、頭に埋め込まれた異物を取り除けるの。すごいでしょ? だから、独房を回ってみんなを……その、あなたに謝りに……」


 彼女の声が徐々に震えていき、言葉が途切れがちになる。


 一瞬の沈黙が流れると、彼女が深々と頭を下げた。


「ごめんなさい……謝って済むことじゃないのは分かってる。でも、どうしてもあなたに謝りたくて、私は……本当にごめんなさい……」


 彼女の絞り出すような声が、陰鬱とした独房内に響く。しかし、白銀の女性はまるで感情のない銅像のように、微動だにしなかった。


 しばらく二人の様子を見守っていたが、進展が見られないため、俺は彼女に近づく。


「やっぱり、赦せないよね……」


 彼女は、ゆっくりと頭を上げながら力なく呟く。目線だけを鳥籠の彼女に向けると、彼女は唇を噛みしめ、虚空を見つめていた。 何と声を掛けていいか分からず、俺は白銀の女性の方に目をやる。


(なんでだ……)


 さざめきは未だに治まらない。その原因を探るために、白銀の女性をまじまじと見つめている。すると、俺は()()()()()()()()に気付いた。それが信じられず、無意識に数歩前へ出る。


「どうしたの?」


 俺が突然前へ出たからか、鳥籠の彼女に声を掛けられた。その声で我に返り、足を止めた。確かめたい。だが、その手立てがない。気付いたことに後ろ髪を引かれるが、今は思いを断ち切り、彼女に視線を向ける。


「すいません、何でもないです。あの、本当にこの方じゃなきゃダメなんですか?」

「…………」


 彼女は、何も答えずに俺のことを見つめてくる。その目は、言外に近づいたわけを問うていた。ただ、説明するつもりがないため、俺は口を結んだまま彼女と視線を交わす。暫くの間見つめ合っていると、彼女が折れて口を開いた。


「うん、彼女が適任だよ」


 ここへ訪れる前に、鳥籠の彼女に道案内役を相談していた。ホリィの居場所は分かったが、俺には土地勘がないため、余計な時間を費やす可能性がある。そのため、彼女に適任者を尋ねていたのだ。


 適任だと言われ、再び白銀の女性に目をやる。「自分の立場を弁えろ」そう自分に言い聞かせ、白銀の女性に声をかけた。


「初めまして。魔族は殺しました。頭の異物も取ります。だから、あなたの力を貸してくれませんか?」


 余計なことは言わず、単刀直入にこちらの要求を伝える。


「お願いします」


 深々と頭を下げる。


「知りたいことを教えてくれたら、代わりにあなたの願いを叶えます。だから……お願いします」


 しかし、白銀の女性は無言を貫く。焦りと苛立ちを押し殺し、俺はその場で膝を着き、額を床に擦り付ける。


「あなたの助けが必要なんです」


 (答えてくれ……)


「子どもが、独りで――」


(……答えろよ)


 指先が麻痺し、体が浮つくような感覚に苛まれ出した頃――限界が訪れた。


「子どもが独りで待ってるんです!」


 嘆きと焦燥が入り混じる叫び声が、暗い独房内に反響する。


「約束したんです。必ず迎えに行くって! だけど……俺じゃあ、辿りつけない……」


 思いを吐き出すと、己の無力さが浮き彫りになった。


()()()()()()なんです!」 


 感情のうねりに飲まれないように、石畳に爪を立て、懇願し続ける。


「何でもします! 本当に……だから、お願いします!」


 空しく響く叫び声を全身に浴びせられ、体から力が抜けていく。



 ――その時だった。



 白銀の女性の青い火が微かに揺らぎ、何かが動く気配を感じた。ゆっくりと頭を上げると、白銀の女性と目が合った。


「……私でよければ、力をお貸しします」


 その声は、まるで雪解けの清流のように、冷めたく、澄んだ声だった。白銀の女性の瞳は青みがかった銀色で、一点の曇りも、後ろ暗さも感じさせない。


(嘘は言ってない……)


 唐突な心変わり。その理由は不明だが、白銀の女性は『力を貸す』と言ったのだ。素直に受け入れればいいだけだ。


 

 ――けど、コイツは……


 

「なんで、黙ってるの?」


 鳥籠の彼女の声で、現実に引き戻される。


 本当ならば、追及したい。


「本当に、力を貸してくれるんですか?」

「はい」


 先程までの無反応が嘘のように、白銀の女性は丁寧な受け答えをしてくれる。


「ありがとうございます」


 心からの感謝を、白銀の女性に伝える。白銀の女性は感謝の言葉を聞くと、僅かに目を見開いて固まった後、可憐に微笑んだ。


 その微笑みは、白銀ではなく、年相応の女の子に見えた。


「あの……」


 白銀の女性との会話を終えたタイミングで、鳥籠の彼女が口を開いた。


 彼女の方へ顔を向けると、明らかに緊張しているのが見て取れた。そのためか、声を上げてから僅かに間が空く。すると、白銀の女性が先に切り出した。


「お気になさらないでください。私は、あなたがしたことを気にしていません」


 そう言うと、白銀の女性は立ち上がり、そして鳥籠の彼女に向かって深く頭を下げた。


「先ほどは、何も答えず、申し訳ございません」

「ううん、こちらこそ、ごめ……ありがとう」


 彼女が、小さく微笑む。


「私の名は、アルシェと申します。御二方、お見知りおきを」


 白銀の女性は名を名乗ると、また頭を下げた。

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