8.踏んじゃった
鉄男の自宅の前に黒塗りの乗用車が一台。太陽の日差しを受け、ピカピカに光を放っていた。
横を通り過ぎる者は、きっと眩しくて目をそらすことだろう。だが、そのおかげで鉄男の自宅前を見られずに済む。そんな計算をしてかせずか、黒いサングラスをした男二人組が車から降り立った。
「本当に二人ともいないのかよ」
とは、堂々たる仁王立ちをしている本郷だ。不確かな情報に対して警戒して身を隠すという頭がない。
「それを今から確かめるんだろうがっ、バカ」
正論ではたき返したのが佐山である。
佐山は盗聴器などが入ったアタッシュケースを車から取り出すと、周囲を見回してから、サングラスをクイッと人差し指と中指で持ち上げる。「行くぞ」
門があったが、難なく開いた。鍵が掛かっていなかったからだ。「フッ、たやすいな」と薄ら笑いに佐山は門の中へと入る。そして、鉄男の車と母親の自転車がないのを確認したところ、
「うぉ――っ、やっちまったぜぇ」
真昼間だとういうのに、大きな雄叫びに佐山は「何だっ?」と振り返る。
「踏んじまったぜ」
「だから、何をだ」
本郷は左足を持ち上げて靴底を見せながら、
「くそだ。くそ踏んじまったぜ」
コンクリートの上に靴底を擦り付けるも、取れない。どころか、余計に張り付いた。
「こんちくしょ――っ」
悔しくブンブンと足を振った次の瞬間、
――――ポーンッ
靴が脱げ、およそ五メートル先へと華麗なアーチを描きながら飛んでいった。
「あぁ――っ」
本郷の悲鳴にも似た哀れな嘆きに、
「アホだな」
決定付け、佐山は庭の奥へと進んで行く。
家の裏にある勝手口まで来ると、佐山は白い手袋をはめ、ゆっくりとドアノブを回す。しかし、さすがに鍵が掛けられていた。
「チッ、仕方ねぇな」と、舌打ちしながらアタッシュケースを開け、中からピッキングを取り出す。
「おい、この水道借りてもいいか?」
本郷の問いに佐山は面倒に肩越しに振り返る。勝手口の側にはホースの付いた水道があった。
「おまえ、いい人か?」
「さぁ、知らねぇ」
「俺らがやってることはどう考えても悪いことじゃねぇか。だったらな、俺にいちいち聞かずとも、借りるかどうか自分の頭で考えろ、このボケッ!」
盛大に罵倒された本郷は、
「……そうか」
何やら納得した様子で、一人でうんうんと頷く。
カチッと小さな音がして、
「よし、開いた。行くぞ」
ピッキングで勝手口のドアを開けた佐山が本郷を振り返ると、本郷は水道水をちょろちょろと出して靴底を洗い流していた。
「……さっさとしろよ」
と、賢明な判断を下した相棒を佐山は腕を組みながら待ってやった。