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4.二年ぶりの食卓

 こじんまりとした平屋の一軒家。そこに鉄男(てつお)は母と二人で暮らしていた。兄弟はいない。父は鉄男と同じく土建業だったが、鉄男が中学生の時に肝臓がんで亡くなった。『職業なんて関係なく死ぬのね』と、遺骨の前で目を赤くしながら文句を垂れていた母を鉄男は今でもよく覚えている。それほど、土木作業は危険が多い仕事だった。しかし、そんな父の例外があったおかげか、鉄男が建設現場で働くのを反対はされなかった。

 美味しそうに漂う香りに誘われるよう、鉄男が台所へと入ると、食器棚や冷蔵庫、レンジ台などが所狭しと置かれた中、母が鍋で何かを煮込んでいた。


「鉄男、ちょうどできたところよ」


 そう言い、台所の隅にある小さな二人掛けのテーブルの上に皿を置く。二人はそこに座った。料理は鉄男の大好きなカレーライスだった。


「退院祝いも何もないけどね」

「これで十分だよ」


 と、一口食べて、「これ、パーモントカレー?」


「そうよ、いつもと同じよ」

「カレーはやっぱりパーモントカレーだな」

「あんたは、お父さんと同じこと言うのね。やっぱお父さんの子ね。似てきたわ」

「なにがだよ」


 そんな母は、父よりも老けたなと、当たり前の事をしみじみと思う。

 今日は母にとっては二年ぶりに家族との食卓だ。鉄男も普段は無口な方だが、今日は他愛のない会話をたくさん交わした。


「それで……聞くけど、俺が二年間眠ってた間、お金の面はどうしてたんだ?」

「それは、心配なかったわ。事故の方はあちらの野崎さんの方の保険で色々保障してもらえたから」

「事故って、向こうが悪かったのか?」

「そうだったみたいよ。エンジンが故障したとかって。それで正面衝突したみたい」


 エンジンの故障は自分のボートではなく、野崎の方だった。鉄男は眉根を寄せる。


「だから、あんたのボートも新しいのにしてくれてるみたいよ、良かったわね。病院の入院代も一切いらないって、野崎院長さんが。最悪、このまま意識が戻らない可能性があるからって、とりあえずって、一千万円もらったのよ」

「一千万円っ?」


 鉄男は飲んでいたコップの水を吹きそうになった。


「それでね、(まもる)くんとめぐみさんにも見舞金として、それぞれ二百万ずつ。あの二人も軽く怪我して、念のために二、三日入院してたからね」

「えぇーっ」


 そんな大金を出すものだろうか。病院の院長ともなれば、世間とは違うのか。または、病院の院長であるが故、公にしたくない事故だったのか。

 鉄男は疑義の念を抱く。


「……でも、やっぱり一人で生活するって、寂しいものだね」

「そこはホント、ごめん」

「ふふふ、意地悪に言ってみただけよ」

「あぁ、これからはずっと一緒だから」

「あら、ヤダッ。あんた、結婚する気ないの? こんな狭い一軒家にお嫁さんとは暮らせないわよ」

「いや、まだ考えてないけど、二世帯住宅とか……って、今、俺の会社はどうなってんだ? また雇ってくれるかなぁ?」

「まぁ、帰って早々、仕事の話? そんな仕事人間だから、恋人の一人もできないのよ。会社ならね、社長さんが退院したらまた働いてもらうつもりだって言ってたんだけど、新しい監督さんが入ったみたいだし、どうかしらね?」

「そりゃそうだろうし、二年も経ってるもんな。……後で電話してみるよ」

「だから、そんなに急がなくてもいいじゃないの」

「うん、そうだけど……」


 いくら保険金などが入ったとはいえ、すぐにでも仕事復帰をしたかった。そうでないと、余計な事ばかり考えてしまい、落ち着かない。例の夢に囚われてしまい、頭がおかしくなりそうだ。最近は本当の夢にも出てくるようになっていた。いっそのこと、忘れてしまうのも一つの手段だ。このまま日常に何も支障と危険が及ばぬ限り、それが良案だ。

 パンッと鉄男は気持ちを引き締めるように両手を叩くように合わせ、


「ごちそうさま」


 二年ぶりの母の手料理を美味しく平らげた。


   ◇


「きっと今頃、親子水入らずで夕飯ね」


 守とめぐみは、まるで自分たちの記念日のように、鉄男の退院祝いと称して、チーズハンバーグとマッシュポテトを食べながらワインで乾杯していた。もちろん、めぐみの手作りだ。マッシュポテトはフライドポテトになるはずだったが、油が切れていた。でもチーズハンバーグは作った本人も舌鼓を打つほどで、ご満悦で気分は上々だった。


「二年間も眠ってたもんな、てっちゃん」

「お母さんが一番、喜んでるわよね」

「安心してると思うよ。もう意識戻らないかもとか言われてたもんな」


 告知を受けた時の心臓が止まるような衝撃を二人は思い出し、ハァーと息を吐く。ようやくつかえた胸を撫で下ろせた二人だ。


「でも、鉄男さん、様子が少しヘンね」

「そうなんだよな、やっと目を覚ましたかと思えば。でも人間、二年も眠ってたら、あぁなるのかな」

「意識なくても、夢って見るの?」

「あーなんか、夢の話してたよな。夢にしてはリアルで、ちゃんと辻褄が合ったストーリーなんだよな。フツー夢ってぐちゃぐちゃになるもんだけどさ」


「んー」と二人は口をモグモグ動かしながら、考えるフリだけする。あまり物事を深く考え一人悩むタイプの二人ではない。


「ねぇ、守くん。知ってる?」

「何を?」

「ちょっと小耳に挟んだんだけどね。この間、スーパーで高校時代の同級生に会ったの。その子がね、今、野崎病院で看護師してるの」

「へぇ、何か評判の良し悪しでも聞いた?」

「それがなのよ、あの病院の特別室って、限られた看護師しか入れないし、患者についてもトップシークレットなんだって」

「どこの病院も大体、そうなんじゃない?」

「でもね、その子が同僚から聞いたウワサがあるんだけど、その特別室に入る患者はみんな揃って意識のない人ばかりらしいって!」

「それ、てっちゃんじゃん!」


 鉄男は特別室へと入院していた。野崎院長の心遣いとして何ら怪しむ事もなかった。


「面会も向こうから日時指定してくるって、変だなぁとは思ってたのよ」

「でも、無事にてっちゃん退院したし、問題ないっしょ。所詮、ウワサはウワサだったって、その子に教えてあげなよ」

「うん。でも、何か私たちの知らない所で、ヘンな臨床データとか取られてたら、気持ち悪いわよね」

「んーその際には患者の同意書とかいると思うけど……眠ってたら委任状も書けないよなぁ」

「あのバタバタで書面出されたら、よく読まないままサインしちゃいそう。お母さん、疲弊してたもんね。大丈夫かなぁ」

「まぁ、野崎病院って昔からあるし、野崎院長が二代目らしいし、おかしな病院ではないはずだよ。と、そう信じとこう」

「そうね」


 二人は口直しに新しいワインを開けた。

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