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32.大空へ

 海面近くを飛んでいた海鳥たちが、バタバタと羽ばたかせて、空高くへ逃げて行った。

 洋子(ようこ)の操縦するクルーザーは白い波しぶきを立てながら、洋上を荘内半島(そうないはんとう)へと突き進んで行く。

まるで猪突猛進だなと、佐山(さやま)は溜息をつく。


「急にどうしたんです? どこへ行く気です?」


 佐山の問いに、


「だから、今は何も言えないわ。同じこと聞かないでくれる? 分かった?」

「えぇ、承知しました」


 とげとげしく冷たい洋子の命令に、佐山は投げやりに返事をした。隣で本郷(ほんごう)が「けっ」と唾を飛ばした。が、洋子が聞いているはずもなかった。

 クルーザーは、どんどんスピードを上げていった。



   ◇



「二人とも、急に悪いな」


 鉄男(てつお)の運転する軽自動車は、助手席に(まもる)が。後部座席にめぐみが乗っていた。


「それより、あの別荘に行くって、何かあったの?」


 会社から慌てて早退して帰って来た守は、Yシャツ姿のまま座席へと乗り込み、今ようやくネクタイが邪魔なのに気づいて外しながら鉄男に聞く。


「あぁ、あったというより、今から何かあるかもしれないんだ」

「どうゆうこと?」


 めぐみが後部座席から、シートベルトを強引に引っ張りながら前に身を乗り出してくる。


「今朝、門多(もんた)さんにメールしたんだけど、午後一時に洋子先生が別荘に来るって言った後、これで僕とメールしたり会ったりするのは最後だって。それから、何度かこっちからメール送ってみたんだけど、何も音沙汰ないんだ」

「何か深刻ね」

「そうなんだ。昨夜の事を報告したら、この件は公にできない事だから、俺たちの身に危険は及ばないってな風に言ってたけど、門多さんの場合はどうなのか……」

「だよなぁ。てっちゃんが地下室のコンピュータ室のこと知ってるのも、全部、門多さんから聞いたからだし。つまり、門多さんは外部に情報を漏らしたワケだから」

「裏切者っとかって、洋子先生に今から怒られちゃうのかしら? でも、そもそも門多さんは何で鉄男さんにこの事を話したの?」


 それが一番、理解のできない点だった。そして、鉄男に別れを告げて、一体どこへ行こうとしているのか。


「分からないな」と鉄男は頭をひねり、守とめぐみも「うーん」と唸った。

「あれ? てっちゃん、今日は船に乗らないの?」

「あぁ、洋子先生が船使う可能性高いからな」

「別荘までの道、分かんの?」

「荘内半島なら、何度か紫雲出山(しうでやま)とか一緒に行ったじゃないか。あの辺りから先は一本道のはず。……まさか、先端に別荘が建つとは思いもしなかったな」


 鉄男は苦笑い、めぐみは「紫雲出山! そろそろアジサイ咲くんじゃない? また行きたーい」わざとなのか、ポジティブな明るい話題を持ち出した。

 そうこうする間に、牛舎が見えてきた。守とめぐみが鼻をつまむ中、通り過ぎて行こうとしたが、道幅が狭くガタガタと車体が激しく揺れる。


「てっちゃん、ここで合ってんの?」

「もう道はこの一本しかないから合ってるはずだ」

「なんか、ドナドナみたい」と、めぐみが意味もなくつぶやいた。



   ◇



 別荘の船着場へとクルーザーを着けた洋子は、「ロープ繋いで」と、佐山と本郷に指示すると、一人で先へ向かって行く。


「全く、人使いが荒いぜ」


 本郷がぼやくと、


「触らぬ神に祟りなしだぞ」


 佐山が小さく言った。

 洋子は別荘へと続く階段を登って行く。その時、ブォォォという何かのエンジン音が聞こえてきた。洋子と佐山、本郷も階段を駆け登り、別荘の広場へと向かう。そして――、


「門多さんっ」


 洋子が名を叫んだと同時、パラグライダーに乗った門多が地上を飛び立つ。

 みるみる空高く舞い上がった門多は、別荘の上空を大きく左右に飛び回った。それを洋子は大きく目を開いて見上げる。



   ◇



「てっちゃん、あれ!」


 守がフロントガラス越しに指差す。


「何か飛んでる。パラグライダーじゃない?」

「あぁ、そうみたいだな」


 鉄男の車はちょうど別荘の敷地付近に辿り着いたところだった。そこに軽トラが一台停まってあり、鉄男もその横に車を停めた。


「何? どこ? パラグライダー?」


 めぐみはすぐさまシートベルトを外し、車を降りて空を見上げる。


「あれがパラグライダーなの? すごーい!」


 実物を間近で見ためぐみは興奮気味だ。


「誰がパラグライダーなんて……あれ? てっちゃん?」


 鉄男は別荘の方へと歩き出し、敷地内の手前で足を止める。続いてやって来た守とめぐみに、「あれ」と鉄男が指差す。その先には洋子と探偵二人組が空を眺める姿があった。


「あっ、洋子先生と、昨夜の鍵開けてくれた探偵がいるじゃん」

「あぁ、やっぱり来たんだな」と、鉄男が腕時計を見ると、午後一時を過ぎたところだった。門多の言っていた話は本当だった。


「ねぇ、あの猫。ピーパーズじゃない?」

「ピーパーズって?」

「ほら」


 と、すぐにピンとこないでいる守の頭をめぐみが掴んでその方向へ回す。


「知らないどこかのおじいさんが抱っこしてるの」


 洋子たちとは少し離れている所に、高倉(たかくら)がピーパーズを抱いて空を見つめていた。足元には犬型ロボットのマックスもいる。


「ホントだ。マックスもいるじゃん」

「どゆこと? 今何が起きてるの?」


 鉄男はパラグライダーにジッと目を凝らしていた。あれは……と、パラグライダーがこちらへと回った時だった。


「門多さん……?」


 ゴーグル越しで表情は読み取れなかったが、口の端を少し上げて笑った気がした。

 そして、パラグライダーは海の方向へと向くと、青い大空へと飛び去っていく。


「てっちゃん、今の門多さん?」

「あぁ、多分な」

「えーっ、門多さん、どこ行っちゃうのぉ?」

「あっ、てっちゃん。洋子先生たちが……」


 洋子が身をひるがえして、階段を降りて行くのが見えた。その後ろを佐山と本郷が追いかけて行く。

 鉄男はまさか……と思い、「行こう」と守とめぐみを促し、別荘の敷地内へと入って行く。そして、階段下の船着場を上から覗き込む。すると、洋子達がクルーザーに乗り込む姿が見えた。


「あんなに急いでクルーザー出してどうするの?」

「まさか……パラグライダー追っかけんじゃ……」

「そのまさか、だな」


 パラグライダーの速度は通常三十キロ程で飛行するが、最高速度は六十キロ程まで出せる。三十ノットの小さなクルーザーでも追いつけなくはない。パラグライダーが低飛行をすれば、会話もできるだろう。無論、門多が応じればだが。

 先程、広場にいたじいさんが近づいて来る。


「あんたら、門多さんと野崎(のざき)さんの知り合いかね?」

「あ、はい。そんなところです」


 鉄男が曖昧に答え、守とめぐみも「こんにちは」と挨拶する。


「さっき、あの人から電話があってやって来たんじゃ。何やら急に事情ができたんで、この猫とロボットをもらってくれないかと頼まれての。しかし、今日はどうなってるのか。洋子先生までがやって来て……」

「やっぱり、今のは門多さんですか」


 ニャアとピーパーズが鉄男に答えるように鳴く。めぐみが「ピーパーズ」と、じいさんから抱き上げ頭を撫でると、懐かしむように目を細める。じいさんは顎をしゃくり、


「あの小屋から、あれを出してきたかと思えば、飛んでっちまったんじゃ」


 あの夢にも出てきた小屋だ。夢の中ではパラグライダーは見当たらなかったはずだ。門多だけが夢の中に存在していないと、鉄男は今気づく。


「でも、門多さんは足が悪くて車椅子に乗ってたんじゃないの?」

「そうじゃ、わしもそう思っとったんじゃ。それが、さっきはとてもそんな風には見えんかった。ちゃんと歩いとった」


 その時だった。

 海の方から何かが衝突したような音がした。

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