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3.記憶の中にいる人物

 あれから二週間、長い間寝たきり状態だった鉄男(てつお)はリハビリを終え、迎えに来た(まもる)の車に乗っていた。もちろん運転席には守で、助手席にはめぐみもいた。鉄男は少々疲れたように後部座席のシートに背もたれていた。


「でも、ホントにもう退院して、大丈夫なの?」


 四階の病棟から駐車場まで歩いただけで、軽く息切れしている鉄男を守が心配する。だが、


「あぁ、大丈夫だ。早く帰らないと、母さん一人だし。仕事にも復帰しないとな」


「てっちゃん、一度決めた事は撤回しないもんなぁ」守が半ば呆れつつ溜息をつき、「お母さん、いい息子さんもって幸せね」と、めぐみは感動していた。


「さぁ、帰りますか」


 守がエンジンをかけたところで、鉄男が「あっ」と声を上げる。

 ちょうど車の窓から、病院の裏口へと関係者専用の出入り口へと歩いて行く若い女性が見えた。長く艶のあるワンレングスの黒髪をなびかしている。


「何? てっちゃん。あの人は確か……」

「あの人、洋子(ようこ)さんだ」

「そうみたいね。野崎院長の娘さんなのよね」

「しかも、美人の女医さんで有名だからなぁ。何、てっちゃん好み?」

「いつまで見てんの、早く車出したら」と、めぐみに肘で小突かれ、守は車を走らす。

「いや、そうじゃない。……あの島にいた人に似てるんだ。……その人は人形だったけど」

「てっちゃん、まだその夢にこだわってんの?」


 守たちに例の事を話してみたが、夢だと言う。鉄男自身も夢か現実か区別がついていなかった。


「人形って?」


 信じるか否かは置いておいて、めぐみはその話に興味があった。


「うん。その洋子さんは〝脳〟だけになって生きていて、体は人形なんだ。……って、やっぱそんなの無茶な話だよな」


 話せば話すほど、やはり夢だと思えてきた鉄男だ。だが、それにしてはあまりに鮮明過ぎるのだった。

 車が門へと差しかかったところで、何気なく外を眺めていた鉄男は突然、身を乗り出し車窓にすり寄る。


「今度はどしたの? てっちゃん。あの人も知ってんの?」


 門の辺りで一人の男性が作業服姿でほうきを持ち、落ち葉を掃いていた。


「車、止めて」

「え?」


 守がブレーキを踏み車が止まると、


「ちょっと待ってて」


 鉄男は車のドアを開けて、門にいる男性に近づいて行った。


「あ、あの……」


ザッザッという落ち葉を掃く音に鉄男の小さな声はかき消され、男性は背中を向けたままだ。鉄男は筋肉の落ちた腹に力を込めて、もう一度。


「すみません」


 男性がピタリと動きを止め、こちらを振り向く。白髪交じりだが、小奇麗に整えられた髪型に、スッとと伸びた姿勢は紳士的で〝掃除のおじさん〟とはイメージが違った。あぁ、やっぱり……


「はい、何でしょう?」


 男性は優しく微笑みながら、返事を返してくる。その声に、鉄男は胸の奥がジンと温まる。


「間違ってたら、すみません。あの、吉田(よしだ)さん……ですよね?」

「えぇ、そうですよ、吉田です。あぁ、あなたは確か、長い間、入院されてた三咲(みさき)鉄男さんですね? 今日が退院でしたか」

「はい、そうです」

「それで、何か私に御用ですか?」

「いえ、何でもないんです、すみません。お仕事中に邪魔して、本当にすみませんでした」


 頭を下げて車へと戻る鉄男に、「お大事に」と吉田の声が掛けられる。


「てっちゃん? もう行っていい?」

「あぁ、出して」


 守が再びアクセルを踏みながら、


「何だったの、てっちゃん」

「何でもないよ。あの人、元気そうなのが分かったから、もういいんだ」


 そう言って、窓の外を向き口を閉ざす。

 吉田という男性。例の夢では、洋館の使用人だった。命を救ってくれた恩人でもある。その後、再び島を訪れた時にはいなかったが、どこかで元気にいてほしいと切に願っていた。

 それが、こんな所で会おうとは。同時、こうもあの夢に出て来る人物が登場するとは……やはり、これはただの夢とは言い切れないものがある。自分の身に、周りに、何かが起きていると予感した。



   ◇



 コンコンと〝院長室〟と書かれたドアをノックする音が二回すると、


「どうぞ」


 と、野崎(のざき)は返事した。すると、広々とした豪華ホテルのような部屋へと入って来たのは、吉田だった。

 フーッと息を吐き、


「よっこらしょ」


 素人目にも分かる高級そうな革張りソファーへ腰を下ろそうとする。


「おい、待てっ。何だ、その格好は? 葉っぱ落として泥んこにすんじゃないっ」

「何って、敷地内の掃除してたんじゃないか」

「またそんなことをやってたのか、アンタという人は。仮にも理事長だってのに、笑われるぞ」

「関係ないだろう。そんなことは気にしてない。言うやつには言わせておけばいい。体動かしていないと、なまるんでな。じっと座りっぱなしじゃ痔ができる」吉田が肩を回すと、ポキッと小さな高音域の音がした。だが、野崎の耳では聞き取れなかった。

「で、そうゆうアンタは何の用で呼んだんだ?」

「あぁ、それだがな。まぁ、茶でも飲まないか」


 と、野崎はデスクから立ち上がり、棚に置かれた自慢の全自動コーヒーマシーンでコーヒーを淹れたカップを二つ用意する。

「ほれ」と野崎が渡せば、「いただくよ」と吉田が嬉しそうに受け取る。二人共、このコーヒーマシーンが気に入っていた。

 しばし、吉田のズズズッとコーヒーをすする音と、野崎のフーフーする音が、優雅な一時を過ごすのに似合った部屋の中に響き渡る。

 ようやく野崎がコーヒーに口をつけたところで、


「あの三咲鉄男という男、退院したのか」

「! 何で知ってる?」


 野崎は吉田を呼んだ理由と話題を先に取られてしまい、残念に悔しがる。いつも、先を行くのは吉田の方だった。野崎は吉田に勝ちたくてたまらない。


「さっき、会ったんだよ、門の所で」

「も、門っ!」

「俺を知ってるようだったが、何故だ?」


 吉田がコーヒーカップ越しに野崎をにらむと、野崎はくるんと椅子を後ろに回した。


「んーまぁ、ちょーっと彼の脳波にアンタをだね……」

「脳波? 例の研究だか実験だか知らないが、アンタもまだそんな事、続けてるのか。それで俺をどうしたって?」

「詳しい説明は洋子に聞いてくれたまえ。この件については、これからは洋子に一任する事になった」

「なぬっ、洋子さんがっ?」


 幼い頃から、吉田も可愛がっていた洋子だ。すっかり大きく美しく立派な女医になった。そんな洋子になら、オモチャにされても構わない。あぁ、好きにしてくれ。妄想の中でまだ幼い洋子が笑いかけてくる。

 その様子を野崎は勝ち誇ったかのようにニヤニヤ笑う。だが、ゴホンッと咳ばらいをした吉田は、


「誰が携わろうとも、無駄な研究に無駄な金をこれ以上、注ぎ込めないからな」

「固い事、言わなくていいじゃないか」

「何がだ、こっちは色々と経営のやり繰りに苦労してるんだ。知っているのか」

「そこを何とか上手くやるのがアンタの仕事だろう、理事長」

「全くっ」と、吉田は呆れ返って鼻を鳴らす。

「もういい。それより、あの鉄男とかいう真面目臭そうな名の男をここから出しても大丈夫だったのか?」

「それは心配ない。なんせ真面目だからな。それにもう手は打ってある」


 自信ありげに野崎はコーヒーカップを持つ手を掲げてみせた。

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