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28.思わぬヒーロー

〇午前0時四十五分。


 鉄男(てつお)はずらした鉄板から中を懐中電灯で照らし覗き込む。(まもる)も覗き込み、


「階段があるじゃん、てっちゃん」

「あぁ、ロープなしで降りられるな」


「えぇー」と、何故かめぐみは残念がる。


「まさか、めぐみ、何かのスパイ映画みたいにロープで宙吊りになるの想像してたな?」


「だってぇ」と、めぐみは自分が持って来たが出番がなくなってしまったロープを惜しむように肩から降ろして鉄板の側に置く。

 鉄男は腕時計を確認した。


「一時間もかかったな。少し急いだ方がいいな。よし、じゃあ中に入るぞ」


 三人は静かに息を潜めるよう階段を降りて行く。地下室は真っ暗闇で、懐中電灯だけが頼りだ。どこかに電気のスイッチはあるだろうが、派手な行動は避けるべきだ。

 地下一階へと降りると、鉄男は懐中電灯で部屋の中を照らす。設計図がなかった地下室の内部構造を、今初めて知る事になる。

 階段から降りた地点から正面を向くと五メートル程先は壁になっていた。正面から右を向くと、少し奥にエレベーターらしきものがあった。上下ボタンのマークがあるので間違いないだろう。そして左を向くと、十メートル四方の何か大きな部屋らしき所があった。ドアが一か所あり、中からわずかに何かファンが回るような音が聞こえてくる。おそらく換気口だろうが、静寂な部屋の中では耳によくついた。


「鉄男さん、ここなの?」

「地下三階まであるんだっけ?」

「あぁ、俺の奪いたい物は地下三階にある。さぁ、階段を降りて行くぞ」


 一階から二階へと降りると、そこも一階と同じような造りの間取りだった。そして、ついに三階へと降り立つ。

 チカチカと赤や緑のランプが目に入り込んできた。懐中電灯を照らすと、室内の一角にデスクトップ型のパソコンが三台と、大小のモニターがあった。


「このパソコンの中に鉄男さんの脳のコピーがあるのね?」

「いや、違う。コンピューターの中だ」


 めぐみは家庭用のパーソナルコンピューターと勘違いしていた。


「もっとデカい、本棚みたいなやつっしょ?」


 守もテレビや映画で見ただけで、実物は見たことがない。鉄男も同じくだった。

 とりあえず、パソコンが置かれたデスクへと三人は近づく。すると、デスクの壁はガラス窓になっていて、向こう側の部屋が一部覗けた。パソコンのモニターが邪魔をしているのと、部屋の明かりがないのとで、はっきりは分からないが、大きな機材があった。

 鉄男はデスクから少し横に離れた場所に扉があるのを見つける。デスクの向こう側の部屋へと繋がる扉だ。そっとドアノブに手を掛け、


「待って、鉄男さん! そこ開けた瞬間に防犯ブザーとか鳴ったり……」

「しそうだね、てっちゃん」

「……うっ」


 ここへきて、気づいた鉄男だ。めぐみに止められるまで、そんなことは頭から抜けていた。


「どうする? てっちゃん」


 すぐ目の前に自分の脳のコピーがある。このまま手ぶらで帰るつもりは毛頭ない。ならば、


「防犯ブザーが鳴っても、すぐには駆けつけて来ないはずだ。早くて五分かそこら……だと思う」

「うん、そのくらいだね」

「じゃあ、それまでに脳のコピーを探して奪って逃げればいいのね?」

「あぁ、まさか俺たちみたいに工事現場から来るはずないだろうから、上へ上がったら、二人は車まで来た道を全力疾走で戻ってくれ。俺を振り返らなくていい」

「分かったよ、てっちゃん」


 守がグッと親指を立てる。


「さぁ、タイムリミットは五分だ」


 鉄男はドアノブを握ると、守とめぐみを横目で見る。二人はグッと頷く。それを合図に勢いよくドアノブを回した――が、


 カチャ――


 ドアノブは小さな音を立てただけだった。鉄男は額に手を当てる。


「バカか、俺は」

「鍵が掛かってるの?」

「だろうなぁーとは思ってたけど……てっちゃん、必死だったもんな」


 守の優しいフォローに泣けてくる鉄男だ。

 その時だった。


「何か聞こえない?」


 急にめぐみが声をひそめて言う。鉄男と守も動きを止め、耳を澄ます。


 ――カツン、カツン


 その音は階段を降りて来る足音だ。しかも、一人じゃなく複数のようだ。徐々にその音は大きくなり、どんどん近づいて来る。

 鉄男は「こっち」と、エレベーターの方へと守とめぐみを押し寄せ、そして懐中電灯を消して身を隠す。絶体絶命の中、三人の間に緊張が走る。

 気づかれたか?

 洋子(ようこ)か? 警備員か?

 三階へと足音が降り立つと、ライトが部屋のあちこちを上下左右に照らし出す。


「あんたら、出て来な」


 男の声がした。

 これ以上、逃げも隠れもできない万事休すだ。鉄男は観念して、大人しく男の前へと出る。こちらも懐中電灯を点けると、相手の男は二人いた。その正体は、あの別荘の時から鉄男を見張っている、佐山(さやま)本郷(ほんごう)だった。


「あなたたちは……何を?」


 捕まえる気なら、電気の1つも点けるだろうに。それを真っ暗闇の中をひっそりと追って来た。他に洋子の姿が現れそうな気配もない。


「俺たちは、この病院に雇われてる探偵みたいなもんだ。しばらく、あんたたちを盗聴したりして見張らせてもらっていた」


 佐山の言葉に、「あっ」と守とめぐみも、別荘で見た怪しい二人組の男だと思い出す。

 佐山に次いで、


「そんな事をしておいて何だがな、オレたちにも善悪の区別くらいできる。黙って指示通りに動いてきたが、限度があるってもんだ」


 本郷は鼻息をフンッと荒く鳴らす。


「ちょっとぉ、見張ってたって、そこからして悪人よ! 全然、区別ができてないじゃないのっ」


 守が慌ててめぐみの口を覆う。「あぐっ」


「それで、俺たちをどうする気ですか?」


 鉄男は冷静を装って問う。


「あんたら、今困ってるんだろ? このカギ」


 クイッと本郷が扉に向かって顎をしゃくる。佐山が扉の前へ片膝をつき、アタッシュケースからピッキングを取り出す。


「まさか、開けてくれるんですか?」

「あぁ、そうだ」


 こんな事態まで想定していなかった鉄男だ。何をそこまでこの男二人を突き動かしたのかは、立場が逆になってみたいと分からないが、雇い主の一人である洋子に不服があるのは一致しているようだ。


「鉄男さん、待って! 何か裏があるかもしれないわよ。気をつけて」


 すると本郷が、


「何も裏なんかないよ、めぐみちゃん」

「め、めぐみちゃんっ? 馴れ馴れしく呼ばないでよっ」

「ご、ごめん」


 めぐみに叱られて本郷は慌てて口を塞いだ。


「それに、そのドア。開けちゃったら防犯ブザーとかなるんじゃないの?」


 鉄男はハッとして、扉が開くのを身構える。が、


「おそらく、何も起こらないだろう。そんなセキュリティを付けるくらいなら、こんなちんけな鍵は作らない」


 そう言うや否や、カチッと音がして、佐山のピッキングにより鍵は難なく開いた。そして、何もブザー音などはしなかった。その無防備さに佐山もフゥと半ば呆れ気味に溜息をついた。鉄男は安堵に肩を下ろす。

「開けてみな」と佐山に言われ、鉄男がドアを開くと、部屋の中には赤や緑のランプが点いた数台の大きな箱のようなコンピューターが立ち並び稼働していた。


三咲(みさき)鉄男、ここにおまえの脳のコピーとやらが入っているのか?」


 眉をひそめながら佐山が問う。


「はい、そのはずです」

「そうか。俺たちがしてやれるのはここまでだ」


 ピシャリと佐山が言い放つ。


「脳がどうとかよく分かんねぇけど、あんた勇気あるよ。オレらが報告するかもしれないってのによ。じゃあな、ここからは三人で頑張りな」


 と、本郷が鉄男を称える。そして、探偵二人は踵を返して階段へと向かう。その背中へ、


「おじさん!」


 めぐみが呼び止める。


「今度会った時は、あたしのこと〝めぐみちゃん〟って呼ぶの許してあげる」


 本郷は肩越しに斜め四十五度の角度で振り向くと、唇の右端を吊り上げてフッと笑った。

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