25.奪う決心
肩耳に差したイヤホンを引っこ抜いた本郷は、
「夢とか、洋子先生が人形だとか、さっぱり分かんねぇ」
と言って、ポケットウィスキーを飲もうと、胸ポケットに手を入れる。
佐山は眉間にシワを寄せて集中していたが、イヤホンを外しながらフゥと息をついた。そして、
「おい」
病院の正面玄関から鉄男が出てくるのをキャッチする。
「三咲の野郎だ、出て来たな。おい、自販機で何か買ってるぞ」
と、本郷は双眼鏡を構える。
「ブラックコーヒーだ!」
「んなこと、どうでもいいんだよ、バカ!」
佐山は再びイヤホンを耳に差すと、盗聴器の周波数を変えた。
◇
病院の駐車場へと戻った鉄男は、運転席のシートに深くもたれると、フゥ―と長い溜息を吐いた。そして、缶コーヒーを飲む。頭の中をクリアにしたくて、苦いブラックコーヒーを選んだ。いつもは微糖派だ。
一息つくと、スマホをズボンのポケットから取り出し、メールを打ち始める。相手は、門多だ。
『鉄男です。今、洋子先生の診察を終えたところです。今回は脳波の検査は行いませんでした。俺の方から断りました。もし脳波を調べられたら、先日会って話した内容などが全て分かってしまうので。会ったこと事態は話してしまいましたが、特に反応はありませんでした。事前に情報を得ていたと思います。一応、ピーパーズと遊んでいただけだと言ってあるので、安心して下さい』
そこで一旦、送信した。そして一呼吸して、迷う心を奮い立たせながら、再びメールを打つ。
『それで、明日の夜に新建屋の地下室にあるコンピューターから〝もう一人の俺〟を奪い返しに行こうと思ってます。問題は侵入方法です。一つは、その地下室へと繋がっているだろう病院からですが、ルートが分かりません。もう一つは、直接、今工事を行っている建屋から少々乱暴ですが、鉄板を外して中へ入ります。どちらがいいでしょうか?』
門多に送信すると、返事は秒速で返ってきた。
『鉄男君、もう一人の君を取り返す決断をしたんだね。まず侵入方法だけど、病院からのルートは難しいね。地下一階から入れるんだけど、それには顔認証やパスコードを打つ必要があるからね。となると、工事現場からだね。それから、残念なニュースだけど、すでにもう一人の君は洋子先生の手によってインターネットに繋げられてしまったんだ。いつ、どこへ、今のコンピューターからどこかのコンピューターへと抜け出してしまうか分からない危険な状態だよ。奪い返すには、今が最後のチャンスだよ』
そのメール内容を読んだ鉄男は、愕然としたのち、絶望感に打ちのめされそうになったが、まだコンピューターから抜け出していない。まだ、間に合う。
鉄男は早急に守に電話を掛けた。
◇
「何してんだ。メールか。つまんねぇな」
本郷は手持ち無沙汰に頭の後ろで腕を組む。隣でイヤホンに集中していた佐山が、
「うるせぇ、黙ってろ、バカ」
いつものように叱り飛ばす。ずいぶんと大きな子供だった。
「お、電話か?」
佐山のイヤホンに携帯から呼び出し音が鳴る音が漏れて聞こえてくる。「なんだ、なんだぁ」と、本郷もイヤホンを耳に差し直した。
◇
侵入ルートは決まったものの、鉄男は考えあぐねていた。あの地下へ入るために鉄板を外すとなると、一人では到底無理だ。となると……、
三回目のコールで電話は繋がる。
「もしもし、守?」
『あ、てっちゃん?』
やはり、ここは守に助け舟を出すしか他にないと結論した。
「今、大丈夫か?」
『うん、何?』
「あのな、明日の夜……いや、深夜になるかな、何か用事あるか?」
少々ぎこちなくためらいながら聞く。こんな頼み事は無茶でもあった。侵入するのを誰かに見つかると、危険が及ぶ。だが、信頼できるのは守しかいなかった。一見、チャラいとまではいかないが、ああ見えて、しっかり者だ。ちゃっかり者とも言えるが。
『明日の、深夜? まぁ、さすがに何もないね。何? 何かとんでもない予感がすんだけど? てっちゃん』
「あぁ、とんでもない願いを今から言うぞ。明日の夜、野崎病院の地下室にあるコンピューターから俺の脳のコピーを奪い返そうと思う。けど、一人じゃ無理なんだ。だから、おまえに電話してるんだ」
『なるほどね。あの別荘での件、どうなったんだろって思ってたけど、そっか。もちろん協力するよ、てっちゃん。で、一人じゃできないって、何すんの?』
「あぁ、まず侵入する方法だけど、今工事してる建屋の土間から、鉄板をずらして中へ入ろうと思うんだ」
『その鉄板が一人じゃ重いんだ?』
「あぁ、だから手伝ってほしいんだけど、思うより大変かもしれない。それに、見つかったらどうなるか……」
『でも、てっちゃん。それやらなきゃ。じゃないと、このままてっちゃんの脳をコピーされたまま、本人にも知らされず、好き勝手されるなんて、許される事じゃないよ。だから、絶対に奪い返そう。オレ、手伝うからさ』
「あぁ、そうだな」
まだ少し迷っていた背中を守に押される。これで決心はついた。
「ただ一つ、俺たちが見つかって捕まったりなんかした場合、めぐみちゃんや俺の母さんが心配なんだ」
『そうだよなぁ……あ、サンマリーナの伯父さんちへ泊りに行ってもらうとかは? なんなら、めぐみも一緒に。うん、二人で安全な場所にいてもらえばいいよ』
「そうだな、その案がいい。今夜、母さんには俺から話しておくから、守、そっちは頼んだ」
『オッケー。じゃあ、明日の夜だね』
「あぁ、じゃあ電話は一旦切るぞ。また後でメールする」
鉄男は受話ボタンを押して電話を切った。
決行は明日の夜。
まだ時間はたっぷりとある。それまでに作戦を立て、後は母に上手く説明するのみだ。失敗は絶対にできない。だが、守がいてくれる。必ず成功させてみせる。と、固く胸に誓った。
◇
本郷は耳からイヤホンを外し、
「地下室のコンピュータとか、脳のコピーとか、一体何の話してやがんだ?」
眉をくねらせ困った犬のような顔をして佐山に問う。
「今、建ててる病棟の地下の事だろうな。何か怪しいもんがあるみたいだな。俺もあの厳重なガードに違和感を感じてたからな」
「洋子様はよぅ、三咲の野郎を見張ってろって言ってるが、あいつ、三咲の方が、病院側に何かされてるってことか?」
「分からないが、何にせよ、あいつを見張るしかないな。家の盗聴は当てにならんから、車から離れないことだな。よし、動き出した」
佐山は駐車場から出て行く鉄男の車の後を追う。
「まぁ、何だか知らねぇが、少しは面白くなってきたな」
隣で本郷がヒュウと口笛を吹いた。




