24.打ち明ける
やや沈黙が流れたのち、
「あのそれで、前回の脳波はどうだったんですか? まだ結果を聞いてないんですけど」
冷静を保ちながら、鉄男は話を再開する。
「えぇ、特に異常はなかったわよ。だから、このまましばらく経過観察を……」
「あのっ」
と、鉄男は洋子の言葉を遮るように、喋り出す。
「何です?」
鉄男は洋子を正面から見据える。
「俺、入院中にベッドで眠っている間、夢を見てたんです」
洋子はゆっくりと紅茶を口に運び、「どんな夢?」
「はい、俺とめぐみと守の三人でボートで海釣りをしていたんです。そしたら、ボートが故障してしまって、そのまま一晩、俺たちはボートで流されました。そして、目が覚めたら深い霧の中で、どこかの島へと流れ着いていました。でも、その島には誰もいなくて……」
「無人島だったの?」
「それが、そうじゃなかったんです。島の頂上に洋館がありました。それで、電話とか借りようと中へ、少々乱暴ですが勝手口を小屋の中にあったバールで割って入りました。そこで、俺は会ったんです。あなたに、会ったんです」
「あなたって、私のこと?」
「そうです、先生です。でも、正確に言えば〝人形〟の姿をした、あなたです」
フッと洋子は笑いながら、
「人形って。人形を私だと言われてもねぇ」
紅茶を一口飲む。
「でも、その人形と先生、すごく顔とか雰囲気が似ているんです。名前も同じ〝洋子〟でした」
「人形が言ったの? 自分の名前は洋子ですって」
「えぇ、人形が言いました」
鉄男は洋子の反応を注意深く窺った。まさか洋子がこの夢について何も知らないはずはない。鉄男を目覚めさせるため、門多に頼んだのは洋子だ。その時、プログラムされた夢の内容を確認していないはずがない。
カチャリと洋子がティーカップを受け皿に戻す。その音が、静かな部屋にやや少し鋭く響いた。
「まぁ、夢ですからね。何だか今日はカウンセリングみたいになっちゃってるけど、三咲さん、何か心の中に悩み事でもあるの? あるなら話して。……それと、今日は脳波の検査はやめておきましょう」
と、洋子は優しく微笑む。
「……はい。無理言ってすみません」
今、微笑んだ洋子は、とてもあの非人道な研究を行っているとは思えない。本当は患者のために最先端の医療を開発する、優しい人なのではないか。そうであったとしても、鉄男にとっては許せるものではない。この顔に騙されてはいけない。
「次の診察は、二週間後になるけれど、大丈夫?」
診察日の予約票を差し出され受け取ると、
「……えぇ、一応、今のところは」
鉄男はそう答えながら、もう診察を受けに来る気はなかった。
「……先生」
「今度はなぁに? いいわよ、何でも話して」
「実はこの前……先生の別荘に行ったんです」
「そうなの? 私の別荘じゃなくて、正確には父のだけど。またどうして?」
「えぇ、理由ですけど……今務めてる設計事務所で先生んちの別荘の図面を見つけたんです。でもそれが、さっき話した夢の中で見た洋館と全く間取りや外観が同じだったんです」
「そう……それで、何か発見でもあったの? 誰かいた?」
「はい、門多って人に会いました」
洋子の目を真っ直ぐに見て言った。しかし、その顔に動揺は一切なかった。やはり、すでに連絡を受けていたようだ。洋子は少し身を乗り出し、
「あぁ、門多さんね。うちの病院のサーバ室の管理をしてもらってる人よ。門多さんと何かお話したの?」
一番、知りたいだろう情報を聞いてきた。だが、鉄男は詳細を避けた。
「一階の応接間で、お茶を頂きました。ペットの猫がいて、少し遊んでからすぐに帰りました」
全くの嘘ではないので、バレないだろう。
「三咲さん、もしよければ今度、あなたをうちの別荘に招待するわよ」
「えっ、いや、そんな」
洋子はニッコリと社交辞令の笑みを作っていた。鉄男はわざとらしく腕時計を見て、
「そろそろ、帰りたいのですが……」
「えぇ、そうね。そうしましょう」
鉄男はソファから立ち上がり、「ありがとうございました。あ、ごちそうさまでした」とお礼を言って、部屋を後にした。
◇
鉄男が退室したのを見届けた後、洋子はデスクへとどさりと座り、腕と足を組む。
つい先程、鉄男が話した夢については全て内容を把握していた。コンピューターの鉄男から聞き確認した夢は、門多のプログラム通りだった。
しかし何故、鉄男がそんな話をしてきたのか。洋子には分からなかった。しかも、別荘へ行って門多と会った事まで話してきた。もしかすると、全て門多から聞き知っていると、そう忠告したつもりなのか。
門多と一階でお茶をしたなど、見え透いた嘘だと洋子は思った。門多は車椅子以前に、見知らぬ人物をもてなすような人間ではない。だが、一階ではなく、地下室だとしたら……それこそ、彼のテリトリーでもある場所に入らすなど、余程の事だ。門多は何を企んでいるのか。
全てが分からずにいた。いや、周りがよく見えなくなっていた。それは、研究への熱心さからだけくるものではなかった。
コンピューターの鉄男に過度に執着してしまっている自分を客観視できなくなっていた。それは、愛によるものなのか。ただ、その相手が〝コンピューター〟だという事実には問題がある。




