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21.ついにインターネットへ

 院長室に呼ばれた洋子(ようこ)は開口一番、


「それで、何なの?」

「何なのって、何だ。父親でもあり院長でもある私に、その態度はないだろう」


 洋子は野崎(のざき)が座るデスクに腰をもたせ掛け上を向いてハァーと面倒そうに溜息を吐いた。野崎はそれを見て、ここ数日機嫌が悪いと感じる。今何か言って怒らすと後が怖いのでそっとしておきたいのが本音だったが、そうもいかない。


三咲鉄男(みさきてつお)の方はどうなっとるんだ? うちの別荘に行ったって本当なのか?」

「あら、何で知ってるの?」

「あのバカ探偵二人が、うちがいつもお世話になってる高倉(たかくら)のおじいさんと知り合ってな、頂いた野菜や肉を持って病院まで持って来たんだ、正面玄関から入って! あの格好でレジ袋にネギ突っ込んでだぞ、全く恥ずかしい」

「ネギは誰が持ってもそうなるわよ、しょうがないわ」

「それは置いといてだ、何故うちの別荘に三咲鉄男がやって来たんだ?」

「……鉄男さんが今働いている立花(たちばな)設計事務所で、うちの別荘の図面を見つけたらしいの。それで、あの例の〝夢〟に出てくる洋館に似ていたから、確かめに行ったみたいよ」


「はいぃ? それ大丈夫なのかっ?」野崎が唾を飛ばす。洋子はサッと顔を横に向け嫌そうに顔をしかめた。


「まさか、も、門多(もんた)君に会ったんじゃないだろうな?」

「そのまさかよ、だって門多さんからの報告だもの」

「会ったのかっ? 何を話したんだっ?」

「ピーパーズとマックスを紹介して世間話して帰ってったそうよ。探偵さんも、一時間程度で別荘から出て来たところを確認してるわ」

「それなら、まぁ構わん。しかし、あのバカ探偵二人はちゃんと仕事しているのか?」

「今、言ったじゃない。尾行はちゃんとしてるわ。それに、あのぐらいのバカがちょうどいいわ。色々こちらを探られても困るでしょ?」

「うむ、そうだな」


 と、野崎は同意して二度頷く。そして、「洋子、コーヒーでも一緒に……」と言いかけ、


「じゃあ、私行くわ」


 カツカツとヒールを鳴らしながら、洋子は院長室から出て行った。



   ◇



 病院の駐車場にて、佐山(さやま)は一台しか保有していない愛車を丁寧に雑巾で拭いていた。


「よし、もういいだろう」


 軽トラじいさんから会って三日目。ようやく牛フンの臭いは取れたので、仕上げにもう一度軽く雑巾で水拭きしたところだ。仕上げにピカピカに欠かせないワックスを塗っていると、


「おい」


 何も一切、手伝う素振りも見せず、助手席にどっしり構えて座っていた本郷(ほんごう)が佐山を呼ぶ。作業のジャマをされて、チッと舌打ちした佐山が振り向くと、珍しく本郷が自ら盗聴器のイヤホンを耳に差していた。


「何か聞こえたか」

「あぁ、オレらのこと、バカだとよ、バカ。院長と洋子先生が」

「まぁ、おまえがバカなのは本当だから、言われても仕方ないな」

「それとな、オレらが見張ってる、あの三咲鉄男。あいつには何かがあるらしいぜ」

「何かあるから見張ってるんだろ、バカ」

「やっぱ、盗聴器付けといて正解だったな」


 野菜と肉を持って来たと理由をこじつけ野崎と会い、運良く院長室へと通された際に、ソファの裏に盗聴器を佐山が仕掛けたのだった。


「ただ三咲鉄男を見張れと言われてもな、こっちもある程度の基本情報が必要だ。その辺を洋子先生は分かっちゃいないからな。金さえ払えばいいと思ってる。まぁ、そうなんだがな」

「しかし、何かヤベェことやってんじゃないのか?」

「俺らにも危険が及びそうなら、早いとこ手を引かないとな」

「おいおい、そしたら金は?」

「バカ、だから前払いにしただろ。だけど、この条件をすぐ飲んだってのも、今思えば納得だな。おまえの言う通り、ヤバいことやってんだろな、おそらく」

「ヒエェー」


 と、本郷は両腕を抱えて怖がり震えるフリをしてみせた。



   ◇



「お疲れ様です」


 鉄男はタイムスタンプを押すと、皆に挨拶して会社を出た。すると、ちょうど玄関を掃き終えた、さゆりと入れ違いになる。


「三咲さん、おつかれさまでーす。あれぇ、目の下のクマがいっそう濃くなりましたね」


「え、そうですか?」 目元を触る。


「朝からありましたよー? 今夜はゆっくり休んで下さいね」

「ありがとう。じゃ、お先に失礼します」


 鉄男が挨拶すると、さゆりは軽くお辞儀をして扉を閉め中へと入っていった。鉄男は会社の立花設計事務所と書かれた看板を見上げると、溜息を吐いた。

 昨夜は眠れなかった。

 門多からのあのメールを何度も読み返しては、頭をひねり思考を一つにまとめようとした。

 そうして、一つの疑惑が生まれた。

 立花設計事務所へ入る事になったのは、偶然か? あの設計図を見つけてしまったのも、全くの偶然か?

 そうでないとすれば、ここを紹介してくれた島村(しまむら)工務店の社長と野崎病院が繋がっている可能性がある。

 だが、何故だ?

 洋子にとってのメリットは、鉄男を監視しやすくするためだろう。新しい病院の建屋の工事に関わっていれば、嫌でも接点は持つ。

 そして、あの別荘の設計図は……全てを知ってしまったとして、逃げられないように脅すため……いや、これは考え過ぎだと、鉄男は頭を振り、目頭をつまんだ。

 会社の駐車場で車に乗り込んだ鉄男は、帰宅途中にあるコンビニへと寄った。

 そこまでの距離は三キロだが、その間、ずっと黒塗りのピカピカした乗用車が後ろをつけていた。そして、同じくコンビニへと入り車を停めた。


「…………」


 別荘にて大きなモニター画面に映り込んだ、自称・探偵二人組だ。門多によると悪い人達ではないとの事で、ずっと尾行に気づいていないフリをしている。逆に二人組がいないと、何か大きな進展でもあったのではないかと、不安になる。ある意味、見守られているとも言える。

 鉄男は店内に入り、缶コーヒーを買った。二人組は助手席に座っている方が何か酒類とからあげさんを一パック買ったようだ。それを運転席の方に「一ついるか?」という風に差し出している。

 そんな光景を目の端に置きながら、鉄男も缶コーヒーを飲んで一息つく。自宅には母がいるので、完全に一人きりになれるのは、車の中だけだった。別に不満ではないが、今はこうして一人で考えたい事があった。

 まずは明日、洋子の診察をどうするかだ。

 また脳波を撮られてしまったら、門多と会って話した内容などが分かってしまう。それ以前に、こうして脳の中を見られるなど、恥ずかしいを通り越している。なのに、それどころかインターネットに繋ごうとしていると、門多は言っていた。一体、自分の脳はどうなってしまうのか。しかし、その脳のコピーが自分だとすれば、何も悪さはしないはずだ。が、感情が不安定になり異変が起きているという。そんな危うい状態で洋子は本当に実行するのか。

 明日、全てを洋子に投げつけてみても、何も変わらないだろうか。門多がすでに警鐘を鳴らしていそうだが、データを抜き取れという事は、そうゆう事だろう。もう、駄目なのだ。

 そして、先程考えていた立花設計事務所についても、たまたま偶然だとしらを切られれば、それまでだ。しかし、その方が鉄男にとっては都合が良い。この仕事を続けるのも、こちらの勝手だ。

 鉄男はハァーと大きく息を吐いてシートに背中を深くもたれ掛かる。目の端に視線を集中させれば、探偵二人組がこちらを物悲しそうな顔で見ていた。オレをそんな目で見ないでくれ。そんなに哀れか。いや、二人組はサングラスをしているため、誰を何を視ているかは判断できない。きっと、駐車場のフェンスの上にいたカラスが飛び立ち夕焼け空に消えていく姿に哀愁を感じているのかもしれない。鉄男も同じく、七つの子がいる山ではないが、手作りの料理を作っているだろう母の待つ家へと帰るべく、車のエンジンを掛けた。



   ◇



 暗闇の地下室は冷やりとした空気が足元に流れていた。パソコンのディスプレイの青白い光だけが洋子の顔を照らしている。

 洋子はパソコンにパスワードをキーボードで打ち込む。そして、


≪テツオサン コンバンハ≫


 コンピューターの中にいる鉄男に文章で話し掛けた。


≪コンバンハ ナニ?≫

≪キョウノ キブンハ ドウ?≫

≪フツーダヨ ソレヨリ ナンデ イツモコレデ ハナスノ? モンタサンミタイニ オンセイデイイト オモウケド≫

≪ソウネ デモ コノホウガ オチツクノ≫

≪ソウナンダ ベツニイイケド≫

≪キョウハ イイハナシガ アルワ≫

≪モシカシテ アレ? インターネット?≫

≪ソウヨ イマカラツナグワ≫


 洋子はパソコンを操作し、マウスポインタをエンターに持っていく。そこで手を止め、ほんの少しだけ躊躇したのち、マウスをクリックした。

 自分のこの行動が何を意味するのか。洋子にはもはや判断力が落ちていた。


「鉄男さん……」


 ただ、鉄男を自由にして喜ばせたかった。そして、これは研究にとって大きな第一歩を踏んだのだと、信じてやまなかった。

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