20.研究の全貌
あれから三日が経った。
「仕事はうまくいってるの?」
仕事から帰宅後、夕飯時に母が鉄男に聞く。母もパート帰りだったが、夕飯だけは家族揃ってというのが、三咲家のルールだ。この日は山盛りの鶏の唐揚げだった。鶏肉の安売りをしてたらしいが、それは言い訳で、鉄男に体力をつけさせるためだ。鉄男も好物の鶏の唐揚げを山盛りご飯と一緒にモリモリ食べていく。
「うん」
と、母の質問に一言。
「なによ、それだけ?」
口数が少ないのはいつもの事だが、何やら考え事でもしているのか、どこか上の空な様子に母は心配に鉄男の顔をジッと覗き込む。
「何かあったの?」
「いや、別に大した事じゃないから。気にしないでいいよ」
母に心配を掛けまいと、笑顔でそうとだけ答える。いつもに増して素っ気ないのは、盗聴器の存在のせいもあった。別荘で見た、あの二人組の男は、あれ以後も見張っている可能性が高い。そのため、うかつな発言には気をつけなくてはいけない。
「今週、診察日よね?」
「あ、そうだな」
今週、洋子の診察日がある。おそらく、洋子もその二人組の男から、鉄男たちが別荘へと行った事を知らされているだろう。あと、門多からもだ。
鉄男は今、心が波のように揺れていた。
もうあの夢で出会った、あのどこか儚げでいて可憐な少女の洋子はいない。現実の洋子は、今や鉄男にとっては人の脳を無断で実験しているという、一種の犯罪――悪の女だ。
そう考えると、鉄男の片隅にあった親しみと好意なるものは、潮のように引いていった。
◇
夕飯を終え自室へと戻ると、スマホに門多からメール着信があった。別荘で出会った時に、情報交換のためにと、アドレスを教え合っていた。
何か進展があったのかと、鉄男はすぐさま受信箱を開く。
『やぁ、ご機嫌いかがかな? 早速だけど、今回の事を少し調べてみたよ。事の発端は四年前。ある大学がこの研究を行いたいと、文科省に話を持ち掛けたようだけれど、予算が出ないなどと理由をつけられ話を蹴られているんだ。そして、その翌年から、野崎病院でこの研究が行われ始めた、〝極秘〟でな。裏で何が動いたかは知ってもしょうがないから省くよ。でも、最初に話を持ち掛けたって大学は、洋子先生が就学していた大学なんだ。ここまでくれば話は大体、目に見えてくるね。君が洋子先生を信じるかどうかは、好きにするといいよ』
どこから得た情報か。いや、単に門多が興味なく何も聞かなかっただけで、洋子にとってはこのくらいの内容は話せたのかもしれない。隠さずとも、門多を雇った時点で裏がある。
それよりも、
(洋子さん、あなたは……)
洋子はこの研究を本気で行っていた。だが、極秘で公にはできない研究だ。それほど、この研究に手を出すのは危ういものだと言える。だが、洋子はそれを賛成している事になる。
それでも、洋子をまだ信じるかどうかなど、門多は辛辣なことを言ってくるものだ。本当に、敵なのか味方なのか分からない。が、本人はどちらでもないと言っていたことを思い出し、鉄男は溜息を吐き、ベッドに仰向きに倒れ込んだ。そこへ、
ピロン――
携帯のメール着信音が鳴る。すぐには確認する気にはなれず、ベッドに伏せっていたが、守かもという希望を胸に携帯を手にしたが、やはりまたも門多からだった。気分は最悪だった。何か悪い予感がしながら、受信箱を開く。
『ここからは悪い知らせだよ。今回のような研究は世界各国で行われていると、先日言ったよね。そこである論文を入手したんだ。それによると、コンピューターへとコピーされた脳に〝感情〟が現れ出したとの事だよ。まだ解明されていないけれど、それに似たような兆候が君の脳のコピーにもみられているんだ。しかも、どうも先日会った君とは少し考えの違った感情のようなんだ。これは極めて危険だと僕は判断するよ。君も言っていたように、感情を持ったコンピューターにより人間に危害が加わったり、人間を支配するようになれば、それこそ戦争だよ。そして、ここからがさらに重大な話だよ。洋子先生が君のコピーされた脳をインターネット上に繋げようと考えている事だ。そうなると、世界中のどのコンピューターにも移動が可能になる。言っている意味が分かるね? 君のコピーされた脳はこれからどう成長するか全く予想ができない。もしも、善悪のつかない感情だとしたら? 何が起こるか想像したくもないだろうね。そこでだ、そうなる前にあの地下室のコンピューターから君の脳のデータを奪い取ってみないかい?』
鉄男は次々と明かされる事実に頭の中がショートして真っ白になりかける。今度は、門多に無理難題を押し付けられた。一体何様なんだ! と、スマホを布団に投げつけて、呼吸を一つ。それから、返信を書く。
『それは、コンピューターについては門多さんの方が詳しいはずです。俺じゃなくて、門多さんがしたんじゃ、ダメなんですか?』
半分、抗議するような文面で送信する。門多からの返信は何の逡巡もないように速かった。
『無理だね。あの地下室のコンピューターから、直接、記憶装置を取り出さなきゃいけないんだ』
門多は足が悪く車椅子だ。外出も困難だろう。それを、誰にも見つからずに、あの地下室へと侵入するのは不可能に近い。となれば、やはり自分がやるしか他に方法はないという結論に鉄男は辿り着く。
しかし、そんな映画のスパイのような真似をできるはずもない。それに、自分の脳のデータを奪い返したところで何がどうなるのか。それで全て終わりとはいかないはずだ。極秘の行われている研究の実験体である鉄男を洋子はただでは見逃すことはしないだろう。このままずっとあの変な二人組の男に監視されながら生活していくのか。鉄男はただ、事故を起こす前の平凡だけど優しさに満ちた、ささやかな日々に戻りたいと願った。




