2.夢か現実か
その夜の病室。
枕元の小さなオレンジ色のベッドライトをつけたまま、鉄男は神妙な顔でいた。
あの日、守たちはクルーザーとの衝突事故だと言ったが、鉄男の記憶ではボートの故障で三人は遭難して見知らぬ島へと漂流したはずだ。そこは、とても濃い霧の中だった。そして島を探索していると〝洋館〟を発見した。その洋館には地下室があり、そこでカプセルに入った人間の〝脳〟を見たのだった。その〝脳〟とは――、
(……洋子さん)
洋子という少女の〝脳〟だった。肉体をなくして〝脳〟だけになり、代わりに人形の姿をした洋子と出会った。その洋子の儚く、だが意志のある瞳が強く印象的に鉄男の脳裏に焼き付いている。その後、
(……野崎さん?)
昼間、目覚めた時の野崎院長によく似ていた。その男性とは、洋子の父親だ。鉄男達の後から別荘である洋館へとやって来た。ご馳走をふる舞われ、洋子を〝脳〟だけにしたのは自身なのだと、その研究内容を野崎は話した。そこから事態は慌ただしくなりよく思い出せないが、何者かに襲われボートに乗り必死に島から脱出しようとしていたところへ、クルーザーと衝突した。――守とめぐみの話とは食い違っているが、クルーザーと衝突したのは鉄男の記憶ではその時だった。だが、その後どうなったのか……
(そうだ、今回と同じだ)
気がつくと、この野崎病院とよく似た病室で目を覚ましたのだった。しかし、誰も鉄男の話を信じなかった。そこで鉄男は再び、あの島へとボートで一人向かった。すると、同じくあの島へと流された。そして……
(洋館の地下室に俺の〝脳〟が……)
洋子の〝脳〟と鉄男の〝脳〟が入れ替わっていた。そして、守とめぐみの〝脳〟はホルマリン漬けに……
(でも、今生きてる……生きてた)
これだけは、自分の記憶違いだと信じたかった。だが、この記憶が嘘とも思えない。
(俺は、夢を見ていただけか?)
また、あの島を探しに行けば……と一瞬考え、頭を左右に振る。
(いいや、今回はもっと慎重になるんだ)
混沌と入り交じった頭を落ち着かせようと深呼吸する。
窓際に目をやると、ニゲラの花が置かれてあった。鉢の中で淡くベッドライトの光に照らされている。糸のように繊細な葉が青い花びらを包んでいる。
(……夢の中の恋、か)
花言葉だ。ニゲラの英名「love in a mist」が「霧の中の恋」という意味から生まれた。そんなロマンチックな花を好きだった母が持って来たのだろう。
(……今の俺みたいだな)
無論、恋などはしていなかったが。強いて言えば、洋子に特別な感情を抱いているかもしれない。
(夢か現実か……)
人はただ、脳が創り出した世界を現実として生きているだけなのかもしいれない。
そんな哲学を考えながら、いつしか眠りについた。