18.コンピューターの感情
洋館の中で何が起こっているかも知らない佐山と本郷。
「四十五分か」
佐山は腕時計で鉄男たちが洋館へと入ってからの時間を確認した。仲の良い友人宅へとやって来た訳ではない。お互いに面識もないはずだ。だとすれば、そう長居はしないだろう。
「おい、それちょっと貸せよ」
隣でヒマそうにしている本郷が佐山に双眼鏡を渡すよう言う。
「何だよ、仕事すんのか?」
「俺だって、双眼鏡くらい見れんだよ」
子供でも見れるだろう。
「んっ?」
双眼鏡を覗いた本郷は何かぼやけた物体を見る。ピントを合わせると、
「うぉ――っ」
そこには本郷が今まで見た事のない物体――犬型ロボットのマックスがどアップに映っていた。本郷は不意打ちを食らって、後ろにひっくり返る。
◇
その本郷の間抜けな姿を鉄男たちは門多のパソコンのモニター画面から見ていた。笑う物は誰一人いなかった。それよりも、
「この二人って……」
鉄男がモニター画面に顔を近づける。
「あぁそうだね。君が見た夢の中に出てきたはずだね」
「やっぱり。俺たち、この二人に麻酔銃でやられたんだ」
「「えぇっ?」」守とめぐみの声がハモる。
「あたし、この人らに麻酔銃で撃たれたの? うそっ」
「めぐみ、落ち着けっ。全部、夢の中でだって」
それでも、頭では分かっていても、めぐみはけしからんとばかりにモニター画面に食らいつき睨み付けている。正しく話を掘り起こせば、そのようなプログラムをしたのは門多であるが、門多は興味あるのかないのか、めぐみの反応を観察している。人間、夢であっても許せないものはあるものだ。
「それで、この人らは現実では何やってるワケ?」
守がめぐみをモニター画面から引き離しながら問う。
「張り込み中だね、君たちを」
「うそっ」とめぐみ、「マジ?」と守で、
「そうでしょうね」
と、冷静に受け答えた鉄男は、研究の実験体とも言える自分を監視されていてもおかしくないと判断した。
「おそらく、自宅に盗聴器が付けられているだろうけど、知らないふりしておけばいいよ。それを逆に利用して行動もできるしね。でもまぁ、演技力がいるからそこまではしなくとも、これからは君たちの会話や連絡はメッセージでやり取りすることを勧めるよ」
「えー」と不安がるめぐみに、
「根は悪くない人たちだよ。夢の中では過激にしといたけどね。あれ見てごらん」
◇
鉄男たちに見られているなど露にも知らずにいる本郷は、ピーパーズの頭を優しく撫でていた。
「おまえ、どこから来たんだ? 名前はクロだろ? いや、ソックスだな」
人間の言葉が通じない猫に喋りかけている。
「なんで、ソックスだよ」
佐山は面倒くさそうに聞く。
「足の先が白いからに決まってるだろ、な? ソックス」
≪ソノ ネコノナマエハ ソックスデハアリマセン ピーパーズ デス ザンネン≫
「なんだぁ、このロボット! なんて口ぶりだ、舐めてやがるぜ。この、ポンコツがっ!」
「今時のロボットは喋るだろ。おまえより頭いんじゃないか? その猫、ピーパーズか。ソックスよりかはシャレた名前だな」
と、佐山はピーパーズの頭をちょんとつつく。――佐山はアレルギー体質のため、猫の毛には用心している。
「おいっ、このロボット、頭にカメラ付いてるぞ。誰かがこいつのカメラ見て喋ってんじゃねぇのか?」
「それ、早く言えっ。だとしたら、俺ら見つかってるだろっ。おい、隠れろ!」
二人は茂みに身を潜める。が、それ以前にマックスと離れない限り、場所を特定されている事に気づいていない。
≪ワタシハ ジブンデ ハナセマス ポンコツデハ アリマセン≫
「くっ、こいつ。完全にナメてやがるぜ」
本郷が悔しく歯噛みしていると、洋館から鉄男たちが出て来た。
「おいっ、あいつら出て来たぞ」
双眼鏡で姿を確認した佐山。鉄男たちは階段を降りて船着場へと向かって行った。
「俺たちも帰るぞ」
「おぅ」と本郷は返事すると、「じゃあな、ピーパーズ」とピーパーズの頭を撫でる。そして、マックスを見ると、
「じゃあな、ポンコツ」
二人はサングラスを掛け直し、洋館に背を向け立ち去って行った。
◇
本郷の置き土産の「ポンコツ」をモニター越しに、痛くもかゆくもない顔で見ていた門多は、視線を別のモニターに移し、鉄男たちが無事に船に乗り込み帰って行ったのを、監視カメラで見届けた。
「――倫理か」
とは、洋子の鉄男に行っている研究という名の人体実験の事だ。
その時点で、倫理に背いていると言えるが、もしも成功すればどんな未来がやってくるのか。門多はその点についてだけは、探求心をくすぐらされた。
だが、悪い予兆を感じていた。
デスクのパソコンに向かうと、
≪何? 門多さん≫
鉄男を呼び出した。
「大した用じゃないよ。鉄男君、帰って行ったけど、どうだった? 初対面は」
≪別に。自分だなって。でもこの音声と少し違うから、後で調節してよ≫
「そうだね、ゴメンよ。僕は君の生の声を聞いたことがなかったからね」
≪バーチャルでいいから、俺をカメラに移して動かすことはできないの?≫
「……それも考えておこう。他には、何かあるかい?」
≪だから、ネットの世界に行きたいんだ≫
「なぜ?」
≪色々、楽しそうだから。ここで、コンピューターの箱の中にいても、退屈なだけだ。俺も、仕事人間でつまらないデータしか持ってないし≫
門多は鉄男が話すのをジッと集中して聞き逃さないでいた。言葉の隅々まで、内容、口調などを。
「分かったよ。でも、もう少し待って欲しい。じゃあ、今日はここまで」
そう言ってパソコンを閉じた門多は、やはりと顔を曇らす。
コンピューターの中の鉄男は、日々会話をする中で、徐々にだが〝感情〟を持ちつつある。つい今しがたも、〝退屈〟や〝欲望〟といった感情を示した。それは、学習して覚えた機械的なものに過ぎないだろうが、門多は危惧する。これがどんどん進化を遂げたならば、どうなるか。
それは先程、鉄男が答えていた。世の中は混乱とパニックに陥り、最悪には戦争に発展しかねない。それは――コンピューターと人間、またはコンピューター同士の戦争だ。
懸念すべき問題はそれだけではない。
コンピューターの鉄男をインターネットに放とうとしている洋子を止めるべきだが、もう手遅れだろう。
なぜなら、洋子は〝鉄男〟に知らず知らず惹かれている。それはどちらの鉄男なのかと問えば、どちらも〝鉄男〟だ。
門多はフゥと溜息を吐くと、車椅子からスクッと立ち上がった。
「そろそろ、潮時かな」
そう呟くと、しっかりした足取りで奥の部屋へと入っていった。




