17.極秘の研究
「えぇっ?」
鉄男は耳を疑い、天地がひっくり返るほどに驚く。まさかとは思っていたが、本当にあの夢はただの夢だった。しかも、この目の前にいる門多という謎の男が作ったという。
「コピーの鉄男君から、どんな夢だったか詳しく聞いているよ。ここまで鮮明に夢を覚えているとは、僕も思いもしなかったよ、出来過ぎたね」
自信に満ちた顔を門多が浮かべる。
「何で、そんなことを?」
「洋子先生に頼まれてね。一向に目覚めない君をどうにかしてほしいとね。それで僕は脳に刺激を与えてみたんだよ。それが、夢を見せるって方法。ちょっとショッキングな夢をね。これはまぁ、少し僕の研究心が混ざっていたのは否定しないよ。でも、やってみて、倫理的に間違っているんじゃないかって気づいたよ、僕はね。洋子先生は、さぁね」
洋子のこの行為に対する考え方は分からないが、少なくとも門多は問題視していた。
「確かに、人の脳を勝手にあれこれ……人権問題ってやつにも引っ掛かりそうだな」とは、守の意見だ。
「でも、俺はそれで目覚めたってワケか……」
「んー良かったのか悪かったのか、脳がどうとか、あたしには分かんないわ」
守は難しそうに腕を組み、めぐみはカフェラテを吸い出す。鉄男はコンピューターの中の自分とやらをジロリと見る。すると、
≪質問があるなら、門多さんにしといた方がいいぞ。次はいつ会えるか分からないからな≫
さすがは自分のコピーだ。胸の内をしっかり読んで代弁してくれる。気分は良くないが、自分のコピーだと言われて、そう認めざるを得なくなってしまう。
「門多さん、聞いていいですか?」
「うん、何でもどうぞ」
「先程、野崎病院のサーバーの管理を行っていると言ってましたが、それって、今度建つ新築の地下にあるんですか?」
フッと門多は微笑し、
「さすがに鋭いね、鉄男君。君は賢いよ、オセロも強いしね、いつか負けそうだ」
「コンピュータの鉄男さんとオセロしてるの?」
めぐみのツッコミに守がしっと人差し指を立てたが、守も鉄男も心の中はめぐみと一緒だった。が、門多の話に集中する。
「新しい設計事務所で働き出して、あの地下室の上部の設計を任されているらしいね。それで、気づいてしまったんだね、地下室の存在の不自然さに」
「えぇ、地下の様子も知らされないまま、工事って無理がありますから」
「そして、さっきの僕の話を聞いて、地下室にはコンピュータがあるのではないかと行きついた」
「この俺のコピーを作ったりっていう研究はまだ世の中に知れ渡るといけないんですよね? だとしたら、研究に使われているであろうコンピュータ室を隠すには、あの怪しさバレバレの地下しかないなって」
「アハハ、その通りだね、鉄男君」
人差し指をピンッと立て、門多は愉快そうに笑う。バレバレの部分がウケたようだ。
「研究って、具体的にどんな? 人の脳をコンピューターに入れ替える研究? 何か面倒くさそうだなぁ。直接、本人と話した方が早そう」
と言う守に、めぐみも同感して頷く。
「それもそうだ」
アハハとまたしても楽しそうに門多は笑う。
「まぁ、さっきも言ったけれど、研究については僕は何も知らないし、興味もないよ。けど、ただ一つ気になるのは……脳のデータをコンピューターに取り込むのはいいとしよう。だけど、そこへ〝感情〟を持たせるとすれば?」
守とめぐみは目と頭を斜め上に向ける。
「鉄男君、どう?」
「……はい。どう考えても危険ですね。さまざまな混乱が予想されるかと……もしも人間との主従関係とかが生まれて、コンピューターが敵対心を持つようになれば……大げさに言うと戦争も起こりえるかも……?」
門多は目をつむったまま両腕を頭の後ろで交差する。
「でも、コンピューターが喋ったりとか、すでにAIがあるじゃん?」
守の疑問に、
「それは人工知能だね。実在する、生身の人間じゃない。そして決定的に違うのは、AIはまだ感情を持っていない事だよ。人間の手によってプログラムされた感情はあるけどね」
「そっかぁ、あれは作られた感情だよなぁ」の守の一言に、「何? AIとおしゃべりして遊んでんの?」と、めぐみが嫉妬したような目つきで睨む。「してないって」否定する守は少し嬉しそうだった。
「でも、そんな危ない研究を洋子先生がしてるの?」
「こーんな研究、すでにもう世界各国で始まっているだろうね」と、門多は大きく両手を上に広げる。
「……まさか、門多さんもこの研究の一員ですか?」
鉄男が窺うように問う。が、
「何度も言うけれど、僕は研究員でも何でもないよ。あくまで洋子先生の指示に従ってやってるだけだよ。だけど、それももう……」
「もう? 何ですか?」
「いいや、何でもない。こっちの話だよ。とにかく、この研究の真の目的など、僕には詳しい事は何も一切知らされていないんだよ。まぁ、知ろうとも思わないけどね」
一同、しばし黙ってしまう。
「あの、俺はこれからどうすればいいでしょうか?」
「洋子先生の役に立ちたい?」
「いや、それはない……と思います。門多さんの言うように、この研究は成功すれば素晴らしいものかもしれませんが、やっぱり人として間違っているというか……」
「そうだね。人間は人間として、人間であるために超えてはならない境界線があると思うんだ。この研究が倫理に背くかどうか……だね」
「じゃあ、門多さんは鉄男さんの味方ってことでいいのね?」
めぐみに聞かれ、
「僕はどっちの味方でもないよ」
さらりと門多は受け流す。
「でもまぁ、彼女は僕をある程度、信頼している。それを利用して、鉄男君が望む形で手助けするよ。いいかい?」
門多が車椅子から鉄男を見上げてくる。「はい、お願いします」と鉄男は返事した。これで守とめぐみは安堵の表情を浮かべていたが、鉄男の胸の中は何とも知れない不安に陥る。何か、白い霧ではなく、黒く不気味な霧に包まれたような気持ちだった。




