15.謎の男
洋館の中へと入ると、そこは鉄男の脳裏にある間取りや内装とほぼ同じであった。
「わぁ、素敵」
玄関から入ると広いホールが目に飛び込んでくる。白を基調とした床と壁に、吹き抜けになった高い天井には豪華なシャンデリアが吊り下がっており、玄関入り口付近には、触るのも怖い高級そうなガラス瓶に生け花が飾られていた。
めぐみが目を輝かせて、胸元で両手を合わせている。守も天井を仰いでシャンデリアが落ちてこない位置に立っている。そのリアクションからして、本当に二人はこの洋館へ来た事はない様子だった。
『鉄男君、地下室へと降りるドアを開けてごらん』
またしても、誰かの声がして指示を出してきた。
「今、鉄男くんって……てっちゃんと知り合い?」
「そんなはずはない」
「さっきからの、あたしたちの会話を聞いて、知ったんじゃない?」
あの夢の島の時と同じように、ミステリ好きのめぐみが勘を鋭く働かせる。
鉄男はチラリと天井を盗み見る。そこには監視カメラが一台あった。相手がモニタを見ているのは明白だった。とりあえず、地下室へと続くドアへと向かう。が、鉄男がその扉を知っているのを相手は把握している。それは、鉄男の夢の記憶を知っているとも言える。
(何故だ? この記憶は本物なのか?)
ただの夢だったとして、他人の夢の中など見られるはずもない。しかし本物なら鉄男は今頃、〝脳〟だけにされているのだ。上手く噛み合わない辻褄にジレンマする。
「てっちゃん、どしたの? このドアじゃないの?」
「あぁ、何でもない。今開ける」
だが、ドアの中はほうきやモップなどの掃除道具が入ったただの物置だった。
(やっぱりか)
先日、会社で見た図面通りだった。
『では、皆さん中へ入ってドアを閉めてね』
「えっ、この中入るの? 掃除道具でいっぱい……てか、このドアがそうなの?」
めぐみが騒ぐと、
『あ、掃除道具は出していいよ。ただし、ぞんざいに扱わないように』
三人で中の掃除道具を外へと移動させる。中は空いたが、ごみ箱のような臭いがする。広さも大人三人がやっと入れるといったぐらいで狭く、何よりドアを閉めてしまえば真っ暗だ。
「めぐみちゃん、閉所恐怖症じゃないよね?」
鉄男が気の毒に念のため聞く。
「うん。それはヘーキだから、早く出してぇー」
その声を合図に物置場は地下室へと下降した。
――チンッ
と、律儀にエレベーターの音が鳴ったので、鉄男は恐る恐るドアを開けた。
そこは、薄暗い十畳程の部屋だった。
奥にデスクがあり、大きなモニター画面と機材がチカチカと夜のネオンのように光っている。その前にいた人物がくるりとこちらへと向き、
「ようこそ」
と、車椅子の男性が三人の前へとゆっくり近付いて来た。
年は三十代ぐらいだろうか。やや長めの髪に長袖のTシャツにチノパンといったラフな格好は、プログラマーやクリエイターなどの職業が似合いそうだ。しかし何故、車椅子なのか。事故にでも遭ったか、または病気なのか。そこを勝手に想像するのは失礼だと思い控える。
「あの、ここは一体……いや、あなたは?」
「鉄男くん、少し気が動転しているね、無理はないか。まぁ、まずは落ち着いて」
そこへ、どこからともなく猫が現れた。
「あ、ネコー。かわいぃー」と、めぐみがしゃがんで猫の頭を撫でる。頭が八割れの黒っぽい猫なので、この薄暗い部屋ではすぐに気づけなかった。めぐみはすっかり緊張がほぐれたようだ。もっとも、最初から危機感は薄かった。守は辺りを物珍しそうに見回している。
「それじゃあ、自己紹介をしようか。僕の呼び名は〝門多〟。これからはそう呼んで。あらかじめ言っておくけど、本名は職業柄、明かせないんだ、悪いね。その仕事ってのは、今は野崎病院のサーバー全般の管理をしているよ、ここでね」
野崎病院の関係者と聞き、野崎院長の別荘に居るという理由には、鉄男は納得した。
「じゃあ、今はここで一人なんですか?」
鉄男の問いに、
「そうだよ。あぁ、その猫のピーパーズと、もう一つ犬型ロボットのマックスがいるけどね」
猫のみならず、ロボットも家族の一員らしい。その言葉に、鉄男は本能的に悪い人ではないと、凝り固めていた体の力を抜く。
「あんた、ピーパーズって名なのね」ピーパーズはすっかりめぐみに懐いたようで、守が撫でようと手を出すと、すぐにめぐみに隠れる。話し中の門多と鉄男には邪魔せずすり寄らないのは賢かった。
「俺の名前を知っているのは、どうしてですか? どこかでお会いしてますか? 俺、この二年間は事故で意識不明で眠ってたせいか、色々記憶もおかしくて……」
「会ったのは今日が初めてだけど、君のことはよく知っているよ。その理由を今から話していくとするよ」
守とめぐみも立ち上がり、三人は互いの顔を見合わせる。
「めぐみさん」
「えっ、あたしの名前も知ってるの?」
驚くめぐみに門多は軽く微笑み、車椅子を回し机まで戻りながら、
「隣の部屋に椅子があるから持ってきて座るといいよ。飲み物も冷蔵庫にあるから、好きなのを飲んで」
「ありがとう」
めぐみは素直に感謝して、門多の後ろを通って隣の部屋へと入って行く。
男二人には椅子を勧められなかったが、隣の部屋が気になったのと、めぐみを一人行動させられないので、一緒について行く。
そこには、冷蔵庫が一つ置かれてあった。その横に小さな食器棚が一つ。部屋の真ん中をレースのカーテンで仕切られていて、鉄男がチラッと覗いてみたが、こちらも長いソファが一つ置かれてあるだけだった。部屋の隅で、先程門多が言っていた犬型ロボットらしき物体が壁にくっついていた。
問題の椅子とやらは、脚立を兼ね合わせたような小さな物で、それも一つしかなかった。
どうやら、ここは客を招くような部屋ではなく、門多の仕事場兼プライベートルームらしかった。それにしても殺風景だが、あれこれ物を置いたり、物に執着するタイプではなさそうだ。
守とめぐみは冷蔵庫を開いて、チルドカップ入りのカフェオレを三つ選んだ。「飲み物とハムとチーズしかないの」と、めぐみがこっそり鉄男に耳打ちする。それはそうだろう、調理する流し台がないのだから。だが、この洋館の一階には立派なキッチンがあるのを鉄男だけは知っている。
三人が門多のいる部屋に戻ると、めぐみは持って来た椅子に座った。すると、ピーパーズがジャンプして膝の上に乗った。まるで自分の席だと言わんばかりに。守が少しムッと嫉妬しかけた。
「それじゃあ、話を再開しようか」
と、門多は三人に向き直った。




