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13.船で半島を目指す

「うーん、いいお天気ぃー」


 鉄男(てつお)の小さな軽自動車から降りためぐみは、気持ち良さそうに背中を伸ばす。鉄男と(まもる)も車から降りる。

 三人が辿り着いたのは、仁尾(にお)町にあるサンマリーナだ。船の貸し出しや保管などをしている。船着場に船がたくさん停まっていた。

 これが釣り目的ならば、どんなに楽しかったか。


「あっ、屋台! アイスクリン!」


 めぐみだけはしっかり楽しんでいた。


「はいはい、帰りに買ってやるからな」と、守がめぐみの頭をポンポンと叩く。「もぅーやめてよ」と、めぐみは子供扱いに反抗する。それを少し離れた距離から、微笑ましく眺めてくる中高年男性が一人。その姿を見つけた鉄男は、


「伯父さん! お久しぶりです」


 呼びながら、駆け寄った。ここ、サンマリーナは鉄男の伯父が経営していた。


「おぅ、もう体の方は大丈夫か?」

「うん、大丈夫。長い間、迷惑かけてすみませんでした」

「気にするな。元気なら、それでいい。っと、お二人は確か……」


 伯父が鉄男の後方に視線をやる。


「あ、二年前に会ったきりか。友達の守とめぐみ。二人は結婚したんだ」紹介すると、二人は「おはようございます」と挨拶した。


「新婚さんかぁ、どおりでアツアツだねぇ」

「ヤダ、いつまでもそんなんじゃないですよー」


 めぐみが照れながら言葉を返すが、守は何やら少し不満そうだった。鉄男はいつまでが新婚かと、ふと思った。


「伯父さん、それでボートは?」

「あぁ、こっちだ。さっき降ろしておいた。しかし、いい船もらったもんだな」


 船まで案内されると、そこには以前の船外機付きのボートとは比べものにならないくらい、立派な小型船舶があった。


「わぁ、屋根が付いてるー」


 めぐみが歓喜したのは、操舵室のことだ。椅子も付いていて、めぐみが早速座っている。守はデッキをうろつき海底を覗き込んだ。


「ボートじゃなくて、船……いくらすんだ?」


 いくら保険金が下りたとして、少なくとも新品なら数百万単位はする。鉄男は恐縮すらする。が、


「まぁ何か、免許取りたての娘さんが操縦してたらしくてな、お詫びと称して口止め料ってやつか。娘さん、医者らしいからな、悪い評判が立っても困るしな。つまり、親バカか。まぁ、ありがたく貰っておけよ」


 娘さんとは洋子(ようこ)だろうと鉄男にはすぐに分かった。そして、わざわざ改まって謝罪してきたのは、自分の過失だったからなのだと。


「てっちゃん?」なかなか乗って来ない鉄男を守が呼ぶ。「あぁ、今行く」と返事し、


「伯父さん、今日はちょっと乗ってみるだけで、すぐ帰って来るから」

「あぁ、気をつけてな」


 三人は船で荘内半島(そうないはんとう)を目指す。

 船首に立っためぐみが海風にポニーテールの髪をなびかせている。その姿を守が目を細めながら、


「久しぶりだなぁ。あの事故以来だもんなぁ。あ、思い出させてしまうな、ゴメン」

「いや、気にしてない」


 守とめぐみにとっては二年ぶりだったが、鉄男にとってのこの二年間は時間感覚がない。少しだけ置いてけぼりな気分になる。


「でも、てっちゃんも元気になって、こうしてまた三人で海に来られて良かったよ」

「あぁ、そうだな」

「うん、良かった良かった」と頷く守に、

「けど、二年前と違うのは、おまえらが結婚してた事だよな。一体、いつだ?」


 先程のめぐみの新婚じゃないという台詞を鉄男は思い出す。


「なに? 何の話?」


 ひょっこりとめぐみが操舵室に顔を出す。


「オレら、いつ結婚したんだって、てっちゃんが文句言うんだよ」

「えっ、ひょっとして……鉄男さん、あたしに気があったのー?」


 めぐみの意地悪なからかいに、「いやいや、ちがうっ」と慌てて全力否定する鉄男に、守は笑う。


「てっちゃん、まじめー」

「俺は、ただ二人の結婚式に出席したかっただけなんだよ」


 フフフとめぐみが笑い、


「結婚二年目でーす!」


 守と腕を組みピースする。「おめでとう」鉄男は遅れてしまった祝福の言葉を贈った。



   ◇



 太陽の日差しを思いっ切り浴びながら、黒塗り乗用車が一台、荘内半島にある別荘へと向かい走っていた。


「おい、大丈夫か? これ先まで行けんのか?」


 助手席の本郷(ほんごう)がしっかりとハンガーにつかまり、不安そうな表情を浮かべている。


「じゃあ、歩いて行くのかよ」


 佐山(さやま)は運転席でハンドルとアクセルを操るのに苦戦していた。

 二人は鉄男たちを追うために荘内半島へと向かっている途中だ。しかし、段々と道幅が狭く道も悪くなり、ガタガタと車体は激しく揺れている。


「おい、なんか臭くねぇか? これって、アレだろ」


 本郷が鼻をつまむと、


「やっぱ牛舎かよ」


 車の前方に的中した物が現れた。臭っていたのは、牛のフンだった。牛のフンは臭いが、肥料になる大事な物だ。

 しかし、そんな事よりも問題が発生した。

 牛舎を超えた先の道は草木が生い茂っていて、二人の乗る乗用車では通れそうにない。


「まずいな」


 佐山はこのピンチを脱するため、しばし思案すると、車をバッグさせ、先程の牛舎へと車を入れていく。


「おいおい、どうする気だよ」


 牛舎のある敷地内には、牛フンがへばりついた軽トラックが一台停まっていた。

 車から降りた佐山は、辺りを見回しながら、牛舎へと近づいて行く。すると、無精髭を生やした老人が一人出て来た。


「なんじゃ、おたくら。道に迷ったんか?」

「いや、この先へと用があるんだが、ちょっとあの軽トラを貸してもらえないか?」

「ちょっとって? どんぐらいじゃ?」


 老人は、佐山と本郷を不審な目つきで、頭のてっぺんからつま先までジロジロと見る。


「そうだな、二、三時間ってとこだ」

「あーダメだダメだ。わしゃ、今から帰るとこなんじゃ。そんなに待っとれん」


 そう言いながら、老人は軽トラに乗り込もうとするのを、


「待ってくれ、俺の頼み方が悪かった」


 佐山が必死に引き止める。


「あれ、代わりに俺の車を使ってくれ。あと一時間につき千円出す。リース代だ」


 すると、老人はニヤリとし、


「あのピカピカの乗用車を好きに乗っていいってことか?」

「あぁ、そうだ。ほぼ新品だぜ」

「ちょーっと、リース代がせこいが、まぁいい。話に乗ってやるよ」


 老人が車のキーを差し出し、佐山のと交換する。

 さっさと軽トラに乗り込む佐山に対し、「おいおい、マジかよ」と嫌そうな顔の本郷だ。そして、なるべく車を触らぬよう助手席のドアを開けた。すると老人が、


「わしんちな、その道下がって三叉路を左に曲がって行きゃ、緑の屋根の家があるからの、そこじゃ」

「分かったよ、じいさん」


 と、佐山が片手を上げて、軽トラを発進させた。

 牛舎からの道は車が何とか走れる凸凹道だ。本郷はしっかりとハンガーにつかまる。佐山はズレるサングラスを左手で人差し指と中指でクイッと持ち上げる。が、すぐに落ちてくる。


「汚ねぇし、臭ぇし、これで一時間、千円かよ。あんたもよく言ったもんだな」本郷は呆れ果てたものの、

「ああでも言わなきゃ、あのじいさん帰ってたぞ」

「でもよ、どうすんだ。貸しやがって」

「いいだろ、別に」

「臭いやら汚れが付いたら、もう乗れねぇぞ」

「洗車すればいいだろ、バカ」

「あ、そっか」

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