11.コピーされたもう一人
洋子は鉄男が検査室を退室した後、しばらくしてから、パソコンからデータを抜き取ったUSBメモリをスカートのポケットに入れると、椅子から立ち上がった。
そして、廊下へと出て、エレベーターで地下一階まで降りる。すると、冷やりとした空気が漂う通路が行く手に続く。他に誰もいない事を確かめながら、コツコツと靴を鳴らしながらゆっくり歩いていく。
この地下一階には備品などの倉庫があり、他には霊安室があった。なので、好き好んで降りて来る者はいないし、倉庫へ必要な物を取ると、さっさと戻って行く者が多い。
それともう一つ、霊安室を通り過ぎると、『管理室』と書かれたドアがある。中はサーバー室になっていると職員たちには知らされている。鍵が掛かっており、院長などしか入れないとも。
洋子はそのドアの鍵を取り出して開けて中へと入る。そこには本当にサーバーが立ち並んでいた。その横を通り抜け、一番奥へと進むと、扉が一つあった。扉は顔認証とパスコードが必要でかなりの厳重さだ。洋子はモニターで顔を映して認証させると、パスコードを打ち込んだ。すると、扉は開いた。
扉の向こう側は細い通路が続いていた。薄暗闇の中、数十メートル程進むと再び扉がある。こちらは鍵を差し込み回して解錠するだけだ。扉を開けて電気を点けると、一面真っ白で何もない空虚な部屋が広がっていた。隅に階段があり、洋子は下へと降りていく。地下三階まで降りると、室内には数台のパソコンとモニター画面がずらりと並んでいた。
パソコンの前へと横長の大きなデスクの真ん中に洋子は座る。そして、キーボードを叩いた。
≪テツオサン コンニチハ≫
そう打ち込むと、
≪ヨウコサン コンニチハ≫
テツオと呼ばれた何者かがメッセージを返してくる。
≪キブンハ ドウ?≫
≪オレ ソンナモノナイヨ≫
≪ソウネ ゴメンナサイ≫
≪ソレデ キョウハナニ?≫
≪サッキマデ アナタニ アッテタノ≫
≪オレ? カラダノアル オレ?≫
≪ソウヨ カラダノアル アナタヨ≫
≪ヘェ≫
≪アタラシイ ノウハヲトッタカラ オクルワ≫
洋子はスカートのポケットから先程のUSBメモリを取り出すと、パソコンのハードウェアに挿入した。すると、ランプが一斉に花火のように点滅して、モニター画面のデータ送信が100%に表示される。
≪オレ イシキガ モドッタノ?≫
≪ソウヨ≫
≪セッケイジムショデ ハタライテルンダ? コノ ビョウインノシゴト スルノ?≫
≪ソウヨ ココノ チカシツノウエヲ タテルノヨ≫
≪オレ シゴトニンゲンダカラナ デモ コノオレハ スルコトガナイ ヨウコサン イツニナッタラ ガイブトセッショク デキルノ?≫
≪インターネットニ ツナガリタイノヨネ マダ スコシダケマッテ モンタサント ソウダンシテルカラ≫
≪ワカッタ≫
テツオはまだインターネットには繋がっていない。野崎病院のパソコン内部のみに存在している。
≪デモ スルコトガナイッテ ヒマナノ?≫
≪ソノ カンジョウハ ヨクワカラナイケド ソウナノカモ≫
≪モンタサント オハナシトカ シテナイノ?≫
≪モンタサントハ オセロ シタヨ≫
≪ナカヨクシテルノネ≫
≪ソンナニハ ナカヨクナイ アノヒト ムズカシイハナシスルカラ≫
洋子はモニター画面越しに苦笑した。が、テツオの画像は映っていない。〝実体〟がないからだ。
≪キョウノ ノウハダケド ベータハガツヨイネ≫
洋子も脳波の1つであるベータ波に注目していた。データ波では集中状態や緊張状態が分かる。それが異常に高い。初めての検査で緊張していたためか。
≪センセイニ キガアルノカナ≫
「えっ」
思わず口から声を出してしまう。
≪コピーノ オレカラ イウコトジャナイカ≫
≪ソウネ≫
何事もなかったかのように冷静を装い、
≪ソレジャ キョウハココマデ オヤスミナサイ テツオサン≫
パソコンのファイルを閉じると、先程撮った鉄男の脳波をより詳しく分析していく。そして、スマホを手に取ると、佐山にメールを送った。
◇
昼夜問わず、黒光りする乗用車の運転席で、佐山はスマートフォンに視線を落としていた。
「何だ、今鳴ったの。誰からだ?」
後部座席には、いつもと同じくポケットウィスキーをちびっている本郷が佐山に聞く。
「洋子先生からだ」
「食事のお誘いか? んなワケないよな。美人な顔して、人使い荒いよな。で?」
「三咲鉄男が野崎家の別荘の存在に気づいているようだから、見張りの方よろしくって内容だ」
「ケッ」と言って、本郷は酒臭い息でハァーと溜息を吐く。佐山が「くせぇ」と、不快感をあらわにして顔をしかめた。




