6.初恋相手と元夫との3人って気まずさ全開……!
元夫は私がようやく顔を見せたので、ほっとした顔をした。
そして、「リリーちゃんが行方不明だからね、私も一緒に探しに行こうと思う」
とな~んにも分かっていない顔で言った。
「はあ、そうですか」
私はイライラしながら返事をした。
元夫は私の苛々に気付いたようで、少しだけ殊勝な顔をして、
「いや、昨晩はね、浮気相手の家に君を連れて行く羽目になったことを多少は悪いとは思っているのだよ」
としおらしく言った。
なるほど、私に謝る気はあったらしい。確かに尋常ではありませんでしたものね、あの状況!
「それで、リリーの行方に何か心当たりはあるのかい?」
「はあ。まあね。バーニンガム伯爵様が保護してくださっているようですよ」
それを聞いて元夫は弾かれたように顔を上げた。
「おお、それは良かった! リリーちゃんがバーニンガム伯爵の敷地に迷い込んだんだろうか、道で拾ってくださったんだろうか! しかし、とにかくリリーちゃんが寒空の下、身をふるわせているわけではなさそうだから、ちょっとほっとしたよ! バーニンガム伯爵にはお礼をしなければな!」
私とスカイラー様の昔の関係など露にも知らない元夫は、ただリリーが見つかったことだけを素直に喜んでいる。
まあね。私も昔の気持ちは改めて胸の奥深くに厳重に封印することにしましたけどね。このカオスな状況で、再度身の程を思い知らされましたから!
「では、これから迎えに行くのだよね? 私も行く!」
「いや、いきなりあなたも一緒に行ったら先方が驚きますよ。離婚した元夫がなぜって」
「? なんで驚く? 確かに離婚はしたが、私たち夫婦はリリーの飼い主だったのだから、私だって心配する権利はあると思うが? 何か変かな?」
私は呆れてこめかみを押さえた。
たかが猫ごときに離婚した元夫が出てくるなんて、普通の感覚ではありえませんけどね?
それに、この人、もう自覚がなくなっているかもしれませんが、まだ真っ黒尽くしの魔王スタイルなんですよ。
「……まあよろしいわ。私が止めてもあなたは絶対についてくるんでしょうしね。もうこれ以上は言いません」
「おお、同行許してくれるようでよかった」
元夫は屈託ない笑顔を見せた。
そして私は元夫を連れてバーニンガム伯爵邸を訪れた。
私たちが通された客間にはスカイラー様がいた。
スカイラー様がリリーを抱いていたので私はけっこう驚いた。
リリーがこんな見知らぬ人に大人しく抱かれているなんて!
そしてその光景を見て、元夫は私の隣で小さく呻いた。リリーが他の男に抱かれているのが許せなかったようだ。
そして呻いたのはスカイラー様もだった。スカイラー様はいつになく硬い表情をして、元夫の方を見ていた。
「あの、うちの猫がご厄介になって。どうもすみませんでした。保護してくださってありがとうございます」
私はお辞儀をしながら丁寧にお礼を言った。
「ええ、猫がうちの敷地に迷い込んできたんですよ。それで首輪にラングストン伯爵家(※私の旧姓)の紋章が入っていたので、もしかしてディアンナ様の猫かと思ったのです」
スカイラー様が私の方を少しだけ優しい目で見た。
私はリリーに紋章入りの首輪を特注してよかったと思った。
離婚する前は元夫のマクギャリティ侯爵家の紋章を入れた首輪を付けさせていましたけどね、離婚した後はこちらの気持ちを一新するためにも、リリーちゃんに似合う美しい首輪を新しく用意しましたのよ。もちろん私の実家の紋章入りでね!
「よかったですわ。昨日から姿が見えず、ずっと落ち着かなかったのです」
「おとなしい猫ですね。私に抱かれても文句も言わない。ずっとこの調子でくつろいでくれるんです」
スカイラー様は目を細め、優しい手つきで猫の頭を撫でた。
私はその光景にぐっときた。
好意を寄せた人が私の猫をこんなに優しく撫でてくれるなんて!
しかし、リリーが知らない人におとなしく抱かれているなんて、珍しいこともあるもんだなあと思った。
家ではワガママ放題の猫なのに。気に入らなければ飼い主の私にだって撫でさせてはくれないのに。
私が、「この猫ったらどういうつもりなのかしら」と軽く思ってリリーを見つめていたら、リリーは何やら思惑がありそうな目つきで私を見返してきた。
私は「えっ?」と思った。
リリーが、こんな目で私を見るの?
リリーの目の奥には何やら奇妙な光があって、何か私に語り掛けようとしているように見えた。
そして「ニャーゴ」と甘えたような声を出した。
もちろんリリーの気まぐれなのかもしれないけど、その時、リリーの目の中に、私は何かが見えたような気がしたのだった。
もしかして、もしかしてだけど、この猫、何か企んでいる?
しかし私はすぐに首を横に振った。
いやいや、まさかね。相手は気まぐれな猫よ? 猫の気持ちを推測しようとするなんてほとんどの場合で無駄ですからね。
その時、元夫が急にずいっと身を乗り出して、スカイラー様からリリーを奪い取ろうとした。
私は「あっ」と小さく声をあげて、元夫を邪魔しようと、服の裾を引っ張る。
私のその仕草にスカイラー様は驚いた顔をした。
私はそのスカイラー様の顔にも「えっ?」と思った。
なぜそんな顔をなさるの?
スカイラー様は元夫からリリーを庇うように体を捩じった。
元夫は私とスカイラー様に邪魔をされて怒った顔をした。
スカイラー様は唐突に、
「離婚したと聞いていましたがね」
と元夫に向かって言った。すっごく棘のある言い方だった。
「離婚しましたよ。でも(リリーちゃんのことがあるから)復縁しようかと提案しているところです」
元夫はいつも通りの身勝手さで飄々と答えた。
「復縁……」
スカイラー様が小声で復唱する。
私は慌ててかぶりをふった。
「まさか! そんなことは絶対ありませんわ、スカイラー様! 私は復縁する気は一切ございません。今日だって、この人がリリーを探すのに同行させろと無理矢理ついてきただけなんですから!」
「無理やりとは何だ! リリーちゃんを心配する権利は私にもあるとはっきり言っただろう!」
元夫は憤然とする。
「心配する権利?」
スカイラー様はやっぱりあまり理解できないような顔をしている。
私はその気持ちがよく分かった。私も元夫の理屈は全く理解できませんからね。
スカイラー様は状況に少し戸惑っていたが、
「私は久しぶりにディアンナと二人っきりで会えると思ったのですけどね」
とぽつんと言った。
「えっ!?」
私の胸が急にドキンドキンと高鳴り出した。
『二人っきり』って、今そう言った?
「えっ!?」
元夫も驚いた顔をした。
「あなたとディアンナは知り合いだったのですか」
「ニャーゴ」
リリーが可愛らしい鳴き声を上げた。
スカイラー様は元夫の質問には答えなかった。
ただじっと元夫の方を見ている。
「とんだお邪魔虫が付いてきたとびっくりしています。まあ、猫?があなたの目的のようなので、いいのかな? 状況がよく分かりませんが。ディアンナはまた別の機会に誘うことにしましょうかね」
私の心臓が早鐘のように鳴り出した。
私は浮気されたバツイチで、今日だって猫を引き取るのに元夫が付いてくるというわけ分かんないシチュエーションで、それでもスカイラー様は「会いたい」とか「別の機会」とか言ってくれるの?
それってもしかして……。
しかし元夫の方はぶすっとして腕を組んだ。
「何ですかその言い方。まさかデキてるのか? ん、んん? もしかして私とディアンナが結婚しているときから……?」
「あなたみたいな浮気人間と一緒にしないで!」
私はとんでもない侮辱に叫んだ。
「どれだけ私があなたの浮気に悩んだと思っているの!」
「やはりね、辛い思いをしていたんだね、ディアンナ」
スカイラー様は私に同情するように優しく言った。
「マクギャリティ侯爵と離婚したのは正解だ。良からぬ噂を聞くたびに胸を痛めていた」
「ニャーゴ」
またもやリリーが可愛らしい鳴き声を上げた。
元夫は顔を真っ赤にして怒った。
「ふんっ。ま、まあいいんだ。私はリリーちゃんさえ手元に戻ればな、ディアンナのことなんてどうでもいいんだ!」
私は被せるように訂正する。
「リリーは私のものよ、何を言っているの。離婚の慰謝料なんですからね!」
元夫はじろりと凄味を含んだ目で私を睨んだ。
そして、何も言い返さず、スカイラー様のこともじろりと睨むと、くるりと踵を返してその場を去っていった。
「お客様がお帰りだ」
スカイラー様は冷たい声で執事に命じて、元夫をお見送りするように言いつけた。