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21.刑事たち、再び

 特捜本部が解散し、半年ほど経った頃、袴田は風のうわさで城島が警察を退職したことを聞いた。

 驚いてすぐに城島に連絡すると、うわさが事実であることを告げられた。2人は、再び飲みに行く約束をした。

 夏の名残がすっかり消え、秋の空気に入れ替わっていた。2人は泉1丁目にある串揚げの店で待ち合わせた。

 久しぶりに会う城島は、妙にすっきりとした顔をしていた。今は、とりあえず何もしない「充電期間」だと聞いて、袴田は思わず笑ってしまった。

「城島さん、芸能人みたいですね」

 県警本部刑事部捜査第一課に異動になった袴田の近況報告が終わると、話題は自然に自称澤口美羽、安田晴香のことに移った。

「安田晴香はどこで何をしてるんでしょうね。生きてるんですかね。またどこかで別人になって暮らしているんでしょうか」

 袴田は、優しさと怖さ、強さと弱さを同じ身体の中に棲まわせていた、不思議な魅力を持った「美羽」のことを思い出していた。

 城島は黙ったまま、うずらの串揚げの串から箸でうずらを1つずつ外し皿に落としていた。袴田は、うずらを箸で掴み直して口に運ぶ城島を見ながら言った。

「結局、安田晴香がどんな人間だったのか、藤原美羽に何が起こったのか、美羽の消息が絶えたことに晴香は関わっていたのか、澤口圭佑を本当に殺したのか、事故だったのか、稲村が嘘をついたのか、晴香が石川を殺したのか、分からないことだらけでしたね。警察官として、無力感を感じるなあ」

 城島は、皿の上のうずらを箸で転がしながら言った。

「人ひとりを理解するってのはそんなに簡単じゃない。それにだな、警察みたいな公権力が、ジョージ・オーウェルが言うみたいに、国民のすべてを監視して把握してるなんてのは民主国家ではほぼありえんな。国や警察が特定の個人に目をつけて、監視するというのは今のテクノロジーなら可能だ。でもそういう目を付けられる奴なんて、日本だと、暴力団関係者とか、組織ぐるみの経済犯、政治犯、それとテロリストぐらいか」

 城島は、箸を止めて袴田を見た。

「国民全員を完全に監視するなんてのは、マイナンバーが完全に整備されても難しいだろうな。リソース的にも無理がある。それに日本って国はお上への不信感がすごいでな。普及は難だぞ。それに、役所が面倒臭がるわ。もし普及しても、必ず裏をかく奴、悪用する奴が出てくる」

 袴田は城島のグラスにビールを注ぎながら言った。

「悪い奴が出てくる余地があるってことは、つまり、自由があるってことですよね。悪い奴の存在が自由の代償ってことなら、僕はその代償はぜひ払い続けたいですね。でも、できるだけその代償が小さくなるように、警察官としてちょっとでも役に立てたら嬉しいです」

 袴田は自分が「警察官として」と言ったことに気付いて、次の言葉を飲み込んだ。城島は袴田の表情の変化に気づいた。

「いいんだ、袴田、俺は好きで警察を辞めたんだ。お前はお前がいいと信じる道を行けばいい。俺もそうしてる。今はいろいろ『充電中』だが、俺もシステムと悪い奴らの間で、不条理な人生を強いられる人間を助けられるようなこと、なんかしようと思っとる。40過ぎのおっさんだがな」

 袴田はほっとした。

「そうなんですか。城島さんが次に何をするのか、決めたら絶対に教えて下さいね」

 そして袴田は真顔で言った。

「城島さんの言う不条理な人生を強いられる人間って、美羽、いや、安田晴香みたいな人間ってことですか」

 城島は少し困った顔をした。

「まあ、安田春香も、それからたぶん藤原美羽もかな。普通に、そうだな、性格や家庭の環境、好みや感覚や能力、経験、いろいろな意味で平均的な人間として生きることは、ある意味つまらんかも知れん。でも、一番安心して、不便なく生きられるだろ。平均の中で上の方ってのが、一番社会を楽に渡っていけると思わんか。おれは、その平均の外の人間のことを考えてまうんだな。長年の刑事生活のせいかも知れんが」

 確かにそのとおりだと袴田は思った。父親を犯罪で失った自分は、そのせいで自分の中に生まれたり、湧き上がったりする感情や思考を誰かと共有したかった。

 でもなかなかそんな相手は見つからず、自分の心の動きを持て余してずいぶん苦しんだ。今でも恋人の瑠璃ぐらいだろうか、安心してそのことを話せるのは。

 城島は、カウンター越しに串揚げ12本セットを注文して、空いたビール瓶を店の大将に渡した。

「安田晴香のような人間が不幸な子供時代を送ったからと言って、犯罪を犯してもいいとは思っとらせんぞ。じゃあ、何もかも我慢して、平均的な人間と同じように生きなければならんかといえば、それはそれで酷だと思う。無理なら死ねというのか。金も愛情もない家族に生まれた子供はどうすればいいのか」

 袴田が城島の言葉を受けて言った。

「家族じゃなくても、上司や教師、夫や妻、友だちやクラスメート、身近な人間が恐ろしく卑劣な場合だってありますよね。積極的に悪じゃないけど、悪いことが分かっていて見て見ぬふりをするっていうのも、それが続けば悪になりえる。マザー・テレサに言わせれば、無関心も罪ですよ。あとどうなんでしょう。石川先生のような善人が、自分が平均的な範疇に入るということで、その外の人のことが理解できない、すべての人が平均値だという前提で社会を回すってのは悪なんでしょうか」

 城島は袴田を刺激してしまったことを少し反省した。

「そこまで言ったら平均値の善人はかわいそうだろ。ただ、平均から外れた者はそう思うかも知れんな。安田晴香に話を戻せば、ああいう人間が、もしどこかで本当の意味で安心できる場所を見つけていたら、そしてその安心が続いていたら、他人として生きて、子供とも離れ離れになるようなことにならんで済んだかも知れんな」

 袴田は、いつか感じた「美羽」の生き抜くことへの決意を生々しく思い出した。そして、突然、自分の疑問への答えを見つけた気がした。

「城島さん、もし安田晴香が生きていたら、というか、生きてますよ。安田晴香は生きてます。そして、また殺るかもしれませんね。誰かが止めない限り」

 城島は、袴田の顔が立派な刑事の顔になったと思った。

「ああ、生きてる。生きてると思う。安田晴香には、何があっても生き抜くという強さがある。また誰かを殺すようなことがあるなら、止めてやりたい。これ以上、壊れてしまうのを止めてやりたい。なあ、袴田」

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