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17.秘密の帰結

 美羽が死んだあと、私は美羽として、本当は美羽が生きるはずだった人生をちゃんと生きようと決めました。それが私の義務だと思いました。

 美羽は弱い私をかばって殺されたんです。私は、そんな弱い自分には生きる資格はないと思いました。同時に、美羽のように強くなって生きたい、美羽の分も生きなければならないとも思いました。

 だから、美羽がいなくなってから、どうしていいかわからないときはいつでも「美羽ならどうするか」って考えました。

 美羽の健康保険証と千円しか入っていない銀行口座の預金通帳で、私は藤原美羽になりました。

 美羽が持って出た300万円は、260万円ぐらいになっていました。美羽のプラスチックの衣装ケースの一番下の引き出しの奥にあった、ハローキティーのビニール製の小物入れに入っていました。

 私は「ウィステリア」には戻らず、キャバクラを点々としながら働き、大学を卒業しました。

 圭ちゃんとの結婚生活は、平和で幸せなものでした。澤口の両親は、身寄りのない私のことを何一つ疑うことなく息子の嫁として歓迎してくれました。

 圭ちゃんも私を信じて、袴田刑事のお父さんのことまで告白してくれました。今度こそ本当に幸せになれると思いました。

 でも、私のような人間には何が起こるか分かりません。お金に執着はありませんでしたが、また何かあったときのために準備を整えていました。

 私は、圭ちゃんや自分の銀行口座にあるお金を少しずつ引き出しました。ある程度まとまった金額になったら、小さくて高価な珍しいコインを買いました。

 小さなコインなら、お財布に入れてどこへでも持っていけるからです。500円玉より小さいのに、1,000万円以上するコインも買いました。

 イギリスに行く度に、イギリスの銀行の自分の口座にも僅かですがお金を移動させました。

 圭ちゃんはイギリスで新しい事業を始めたばかりで、私は英語の通訳や翻訳を頼まれました。イギリスに何度か圭ちゃんと一緒に行きました。

 そして、イギリスの銀行に会社の口座を開くとき、私も口座のお金を動かせるようにしました。そして、イギリスの別の銀行に自分の口座を開いたのです。

 残念なことに、予想どおり、平和な結婚生活は続きませんでした。

 1年も経たないうちに、自分の秘密を打ち明けて結婚した圭ちゃんは、私にも何か秘密はないか、あるなら打ち明けて欲しいとせがむようになりました。

 いくら何もないと言っても、誰でも1つぐらいはあると言って食い下がりました。日向を妊娠して夫婦生活がなくなると、圭ちゃんは私の愛情を疑うようになりました。

 そして、札幌に出張に行ったとき、釧路まで足を延ばしたというのです。

 私が生まれ育った町を見てみたかったと言っていました。そして、私に家族がいないなら、誰か親戚や友だちでもいいから会ってみたいと言い出したのです。

 気の進まない様子の私に圭ちゃんは、苛立ちを募らせて行きました。もともと、愛情にもお金にも恵まれて育った圭ちゃんです。自分の思いどおりにならないことに耐えることはあまり得意ではありませんでした。

 そして日向が生まれて間もなく、圭ちゃんはベビーベッドにいる何も分からない日向にこう話しかけたのです。

「なあ、日向、日向だってママの親戚や友だちにも会いたいよな。なんでママは秘密にするんだろな。ママにはパパの他に大事な人がいたりしてな。日向はそいつの子なのか」

 私は、もうだめだと思いました。日向が生まれたばかりだったのに、別れることを考え始めました。愛のない家庭でだけは、日向を育てたくありませんでした。

 そんなとき、うちに空き巣が入ったのです。私の頭の中に一瞬にして筋書きが浮かびました。私は空き巣の証拠を利用して、圭ちゃんにいなくなってもらおうと思いました。

 今から思うとなんて残酷なことを考えたんだろうと思います。

 でもそのときの私は、日向が圭ちゃんに愛されずに、私が母から向けられていたような憎しみに満ちた視線を受けながら育つことだけは許すことができませんでした。

 あの日、私たち親子は散歩に出ました。でも圭ちゃんはずっと不機嫌で黙り込みがちでした。圭ちゃんは、仕事を言い訳に先に帰りました。

 私が帰宅すると、圭ちゃんは何も言わず、私をちらりと見て、まるで私も日向もいないかのように振る舞いました。

 私は日向を子供部屋のベビーベッドに寝かせ、リビングに行ってソファに座る圭ちゃんに言いました。

「なんでそんな態度するの。圭ちゃん、パパになったんだよ」

 すると圭ちゃんは耳を疑うことを言いました。

「俺、パパなんて辞めるよ。少なくとの日向のパパは辞めるよ。だって、お前、俺のこと愛してないだろ」

 圭ちゃんは立ち上がって、背を向けました。キッチンのビールでも取りに行こうとしたのでしょう。私は、サイドボードの上にあった重いガラスの花瓶を持って、圭ちゃんの後ろに行き、頭の後ろを思い切り殴りました。

 圭ちゃんがよろめいたところで、私は再び圭ちゃんの頭を殴りました。すると圭ちゃんはよろめきながら振り返りました。私は、圭ちゃんが動かなくなるまで殴りました。

 もしあの日、圭ちゃんあんなことを言わなければ、私は圭ちゃんを殺さなかったのか、自分でも分かりません。私は殺すために圭ちゃんに喧嘩をふっかけたのでしょうか。それも分かりません。

 圭ちゃんを自分の意志で殺したのに、私は悲しくて頭がおかしくなりそうでした。自分からも日向からも家族を奪ったのです。

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