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プロローグ

 世の中は、取るに足らない小さな悲劇に満ちている。人は、悲しみや寂しさに溺れそうになりながらも、希望の欠片を探し、幸せになろうとする。登場人物たちもそんな普通の人々だ。ときに小さな悲劇は、普通の人々を落ちてはならない奈落へと突き落とす。救いはあるのか?

「ママぁ」

平和公園の遊歩道で、息子の日向(ひなた)が後ろから走ってきた。そして母親の美羽(みわ)の腕に自分の腕を絡めた。

「待ってよ。そんなにすたすた歩かなくってもいいじゃん。せっかくそこにルリビタキがいたのに。青い大人のオスだよ」

 日向の胸元で双眼鏡が揺れていた。来春には5年生になるというのに、日向はまだまだ母親に甘えてくれる。

 小春日和の気だるい陽射しの中、澤口美羽はじきに母の背丈を超えてしまうであろう息子の顔を眺めた。

 美羽の真っ直ぐな黒髪は、小柄な体の背中まで伸びていた。かすかな風でふわりと揺れ、白くて丸い顔を優しく包み込んだ。切れ長気味の目が、柔和(にゅうわ)さに知的な雰囲気を添えていた。

 美羽は腕から伝わってくる日向の温もりを感じて、心から幸せだと思った。人生で思いどおりになることなんてほとんどなかった。辛くて、寂しくて、悲しい時間がたくさんあった。でもこの温もりは本物なのだと思えた。

「あ、パパのお墓だ」

日向は腕を解いて、今度は自分が先に父親の墓に駆け寄った。

 貿易会社を経営していた父親の圭佑は、日向が生まれて間もなく他界していた。圭佑は33歳、生まれたばかりの赤ん坊を抱えた美羽は28歳であった。

 美羽と、やっと首が座った日向と一緒に散歩にでかけ、圭佑だけ先に帰宅した。そして、空き巣と(はち)合わせした。住人の帰宅にパニックを起こした強盗は、執拗(しつよう)なほど圭佑を花瓶で殴った。

 圭佑は、泥棒がいる間に美羽と日向が戻れば2人にも危険がおよぶと思ったのか。泥棒を追い出そうとしたのだろうか。

 あとから帰宅した美羽は、半狂乱の状態で、血だらけの手で日向を抱き、マンションの2階下の住民に助けを求めた。

「圭ちゃんが、圭ちゃんが。救急車を呼んでください」

 救急隊員が駆けつけたとき、圭佑は頭部から大量に出血して、居間の床に仰向けに倒れていた。美羽は血まみれの硝子の花瓶と泣き声ひとつ立てない日向を抱え、放心状態で床にへたり込んでいた。

 圭佑は心肺停止状態だった。病院に搬送され死亡が確認された。

「パパが僕たちを守ってくれたんだよね」

日向が圭佑の墓石の前で振り返った。

「そうだよ。パパが守ってくれたから日向もママもこうして生きてるんだよ。パパは優しい人だった」

 美羽はそう言うと、墓石の前でしゃがみ、手を合わせた。長い、長い間、目を閉じ、ずっとそうしていた。日向も美羽の横で手を合わせた。これが美羽の家族の団らんだった。(つづく)


Copyright 2023 そら

 はじめての中編小説です。振り返ると、拙い点が多々ありますが、楽しく書くことができました。お読みくださりありがとうございました。

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