0秒で恋が始まり0秒で恋が叶う
机の古びた木の香り。
窓からそよそよと入ってくる、ひんやりとした秋の風に、私の長い髪が揺れる。
放課後。
誰もいない教室の窓際の席で、私は腕を枕がわりに俯せて寝ていた。誰もいない教室でこうして眠るのが、私の好きな時間だった。すると。
「あの、日生さん…気分悪い?大丈夫?」
そんな声がして顔を上げると。
「あ…」
同クラの芹澤君が、私の席から少し離れた場所で立って、心配そうな顔をしながらこちらを見ていた。
うわー!芹澤君に寝起きの顔見られたー!恥ずかしっ!そんなことを内心で叫びながら。
「あ、うん、大丈夫。ありがと」
私がそう言うと彼は「なら良かった」と、ふいっと自身の席に視線を向けながら、独り言のようにぽそりと言った。
芹澤君。私は何故かいつも、彼のことを目で追ってしまう。特段すごくイケメンとかでもないし、目立つ人ってわけでもない。彼と話したこともほとんど無かった。けど…何故か気になる存在。
がさごそと自身の席の中を探る彼のことを、横目でチラチラ見ながら。
「…何か、忘れ物?」
私は彼に声をかけた。多分真顔で。でも…内心は、心臓が飛び出そうなくらい、ドキドキしながら。
普段、男子とは話せない陰キャ女子の私だけど…なんだか彼に言葉を掛けたくなった。話がしたくなった。
「あ…と、数学のプリント忘れたから、取りに来たんだ」
彼は私のことをチラッと見て、すぐに視線を自身の席に戻すと、そう言った。
程なくして「あ、あった」と芹澤君は言い、席からプリントを見つけると、綺麗に折り畳んで鞄に入れた。
プリントを鞄に入れると、彼はそそくさと教室から早足で去っていこうとした。
そんな時。
「あっ、あのっ!芹澤君!」
私はガタンと席を立ち、芹澤君に言った。予期せぬ、自身の行動だった。
私は彼に何を言おうとしているのだろう?そう思いながら、私の口が勝手に何かを言おうとする。自分の口なのに…まるで、別の誰かが言わせようとしている、そんな感覚だった。
「…え?なに…?」
私の方に振り向き、怪訝な顔をする芹澤君。
そして。
「私…その、芹澤君のことが好き…です!」
そう、私の口が発音した瞬間。
─いや、何言ってんの私いいいい!!!??
内心で絶叫する、私。自分で放った言葉なのに、まったく理解ができなかった。
好きって?え?芹澤君のことが?私が??いつから?分からないのに何で芹澤君に好きって言っちゃうの私いいいいっっ!
内心で自身の発言にパニクりながら、表ではほとんど真顔で佇む私。
私が芹澤君に告白(?)すると、芹澤君の顔がみるみる真っ赤に染まりそして。
「えーっとぉ…え?俺?あんまり話したことないけど…え?」
自身に指差し、動揺する芹澤君。何か可愛いとか思ってしまう。
しん…と静まり返る、教室。
間を置き、私の心は少し冷静になっていた。突発的に発した言葉だったけど…不思議と後悔はなかった。
ぶわっ…と、窓から入ってきた風で教室のカーテンが大きく捲れ上がった、時。
「っ…あの、俺なんかでよければ…その、よろしくお願いします…」
頬を真っ赤に染めながら、彼はそう言った。
「え…ほんとに?いいん…ですか?」
私が彼にそう聴くと、彼はこくりと静かに頷いた。
そしてまたしばらく、沈黙の時間が流れ…そして。
「あ、じゃあ…とりあえず一緒に帰る?あっ!日生さん、もしかして誰か待ってたとか?だったらごめん!」
わたわたと慌てながらそう言う芹澤君。やっぱり何か可愛い。
「…ううん、誰も待ってないよ。一緒に帰りたい…な」
そう言いながら、ぽぽぽとだんだん頬が熱くなっていった。今さら、芹澤君が私の(唐突の)告白をオッケーした実感が湧いてきて、恥ずかしさや照れ、ドキドキで爆発しそうになった。
「う、うん。じゃ、帰ろっか」
「は、はいっ!」
私は良い返事をして、机の横に掛けていた鞄を手に取り、慌てて芹澤君のところに向かった、瞬間。
「うわっ!」
机の足に自身の足を引っかけ躓き、どんっと芹澤君の体にぶつかりながら、彼の手を両手でぎゅっと握ってしまった。
「だ、大丈夫?」
「いった~…って、はわっ!ごっごめん芹澤君っ!!」
私は声を上げながら、ばっと、慌てて芹澤君から手を離した。
「もーほんと、あんまりしゃべったことないのに、急に告白したり、芹澤君の手を思いきり握ったり…変なことばっかしてごめんね…」
急に何だか、熱が引いていく。だんだん何だか、私の奇行に付き合わせてしまっている芹澤君に申し訳なくなってきた。すると。
「…変じゃないよ、別に。それに、す…好きって言ってくれて嬉しかったし。手も…嫌じゃなかったらその…」
顔を真っ赤に染めながら、私が握ってしまった方の手をうろうろさせる芹澤君。
─ああ、そうか。だから私、芹澤君に告白したんだ。いつから恋してるのか分からないけど…この人の魂が─…
そう、思いながら。
──ぎゅっ。
芹澤君の手を、両手で握り。そして…
「やっぱり私、芹澤君のこと好きじゃないみたい」
「…へ?ええええ~…?」
「好き、じゃなくて『大好き』みたい。これからよろしく、芹澤君!」
「…え?ええええええええ??!」
また、少し間を置くと。
「「…ぷっ」」
芹澤君も私も顔を真っ赤に染めながら、ぷふっと吹き出した。
夕焼けで朱く染まった教室。
机の古びた木の香りがする真ん中。
私と芹澤君は、しばらく手を握りながら照れ笑っていた。
そんなある日の放課後のこと…