1-2 人とのつながりは、欲しいもので
「『鑑定』…うん、この花の蜜は妖精でも飲めるものか」
…転生から数日が経過し、自分は今、この地での生活になじんできた。
妖精としての能力を大体把握しつつ、周辺を探ってみたのだが、どうやらかなり深い森の中にあるらしい。
だが、森ということは端っこのほうで木々が途切れるところがあり、そこから出られる可能性があるだろう。
そして自分がこの世界ではどういう立場にあるのか気になるし、人との触れ合いもやってみたいので、まずは森の脱出を第一目標として、外へ向けての旅路を行っていた。
道中、小腹がすいて食べられるものがないか確認したところ、この妖精の体は燃費がそこそこいいようで、花の蜜を少し食べるだけでも体力や気力が一気に回復する。
光妖精なだけに、流石に光と同等の速度で移動できなくとも、そこそこの速度で飛ぶこともできるようで、順調に森の外へ向かうことができていた。
「とはいえ、外がどうなのかわからないし、周囲を把握して慎重に進む必要があるから、ちょっと出るまで時間がかかるかなぁ。だいぶ木々の密集具合から見て浅いところまで来たとは思うけど、まだ人っ子一人も見かけないや」
流石に奥深い森だと潜り込む輩はなかなかいないようで、外へ向かって進んでいるはずなのだが、まだこの世界の人に遭遇していない。
それどころか、この世界でのやばい野生動物というか異世界物定番というべき魔物の襲撃に遭いやすく、どれだけエンカウントしたのかちょっと考えたくもないだろう。
幸いなことに、妖精魔法でどうにか対処できるとはいえ…人間サイズの状態ならまだしも、妖精としてのこの小さな体と、例えうさぎのようなものでもかなり巨大な獣に見えるのが怖いところ。
こうやって妖精としての体に慣れつつも、絵本や映画で見るような小人や妖精がどういう思いで周囲の野生動物に触れていたのかなどの思いを、実体験してしまうのは大変である。
まぁ、今のところ全部対応して収納しまくっているが…それでも、ちょっと怖いことは怖い。
ゴブリンだと物珍しそうにかつ容赦なく握って捕まえようとしてくるし、蛇の魔物やカエルの魔物には即捕食対象とみられているのか丸呑みされかけるし、小さな妖精の体というのも大変である。
その代わりに一寸法師的な自衛手段として、氷の妖精魔法を使って小さな針を作って、内部からチクチク攻撃して事なきを得ることなどができているからましだと思おう。内部から妖精魔法で一気にぶち破ればいいんじゃないかなと思うかもしれないが、一度やったら爆散して、血液とかまともにかぶってひどい目に遭ったし…この妖精の服、何気に3着目だったりする。最初の服、使い物にならないけどなんか捨てられなくて記念には残したけどね。
とにもかくにもそんなことを思いながら先に進んでいると…
「…ん?」
ぴくっと耳を動かし、そっとすませてみれば、言語が翻訳されてはっきり理解できる人の声が聞こえてくる。
どうやらここまで来たところで、ようやく人が入ってくるような領域に来たらしいが…どうも、様子がおかしい。
『ぎゃああああああああ!!ジョニーやめろぉぉ!』
『うるせぇ親分!!てめぇのせいで俺たち死ぬところだったんだぞ!!』
『上等な奴隷をどうにか手に入れたが、それでももう頭の資格はねぇ!!野郎ども、やっちまいなぁ!!』
『『『あらほらさっさぁぁぁぁ!!』』』
『この裏切り野郎どもめがぁぁぁ!!』
荒っぽいというか、なんというか。言い争いの声なのだが、どう聴いてもまともな集団ではない予感しかしない。
とはいえ、この世界に来て初めての人との遭遇になるかもしれないと思い、自身の光量を落として身をひそめながら現場に飛んでみれば…既に、事は終わっていたらしい。
「ふぅ…よし、腐った馬鹿な親分よぉ。今日はここでもう、土に還って眠りやがれぇ!!野郎ども、今日はくそ親分からの解放祝いで飲むぞぉぉ!!」
「「「おおおおお!!」」」
見たところ、明らかに人相が悪そうな集団が盛り上がっており、その足元にはばらばらになったと思わしき親分とやらの姿が見えた。
結構グロイ光景なはずだが、人じゃなくて妖精だという身になっているせいなのか、割と冷静に見ることができるようだ。
「鑑定したら…『ボンブル盗賊団改めジョニー盗賊団』って出たか。うわぁ、異世界転生しょっぱなに出会うのが、盗賊ってなんかいやだな」
できればこう、もっとまともな人たちを見たかったのだが、今回くじを引いた結果出てきたのは悪党だったらしい。
悲しいような、どうしようもないなというか…考えたら人が入ってこないような森の中に入ってきているということは、ここは彼らのアジトのようなものになっている可能性もあるのだろう。
人気がないということは、悪党たちにとって身を隠しやすそうな場所だしなぁ…うーん、納得できてもなんかすごい嫌だな…
そう思いつつ鑑定して探ってみると、既に前科30はありまくるような大悪党集団のようだ。
こういう集団の前に、妖精の自分が姿を出すと…うん、ろくでもない結果しか起きないのが目に見えているから、絶対に出さないようにしよう。
ところで、会話の中でちょっと気になったのが、奴隷という言葉。
ここにいるならず者集団以外に、何やら捕らえた者たちがいるようだが、どこにいるのか。
身をひそめながら見渡してみると、奥の方に数人ほどの人影が、小さな檻の中に閉じ込められている様子が目に見えた。
「あれか…」
妖精の目は中々良いのか、そこそこの距離があっても内部を見ることができる。
ぼろぼろの衣服を身に纏った少年少女のようで、かなりおびえた様子だろう。奴隷を得たとか盗賊が言っていたが…何か盗賊行為で奪ってきたものなのかもしれない。
今は頭が変わったことによる祝杯で盛り上がっているようだが、ああいう類だと酔いがさめた後に、奴隷をどう扱うのかが目に見えている。
自分たちの欲望のはけ口か、もてあそぶためのおもちゃか…どう考えてもろくでもないものしかないだろう。というか、盗賊たちの鑑定結果に称号みたいなものがあったけど「奴隷嬲り」みたいなものがあるし、どうして得たのかその工程が目に見えるようだ。
そう考えると、ひどい目にあわされそうな奴隷のほうをどうにかしたくなるのが…すぐに行動には移せないし、まずは、盗賊たちが酒で酔いつぶれるのを待つのであった。
そして数時間後、ようやく日が暮れかかったあたりで、盗賊たちは全員轟沈した。
酒を飲んで盛り上がり、時々乱闘で人数も勝手に減り、かなり疲れたのか深い眠りに陥ったようだ。
「このあたりでいいかな?」
鑑定を使って深い眠りにあることを確認してから、そっと姿を現し檻の前まで飛翔する。
「っ!!なんだ、あの光!!」
「なんか寄ってきているんだけど!?」
どうやら盗賊たちとは違って酒も何も飲まされていないせいか、檻の中の奴隷の少年少女たちは起きている様子。
まぁ、こっちになら目撃されても別に大丈夫かもしれない。
「静かにしてほしい。危害を加えるわけじゃないよ」
「「「!?」」」
声をかければびっくりしたようだが、すぐに静かになる少年少女たち。
どうやら敵意がないことを理解してくれたようで、じっとしてくれた。
「…なるほど、奴隷と言っても違法な類なのか」
近くによって鑑定してみると、この世界に知識がまだ不十分ゆえに完全に詳細を得ることはできなかったのだが、この少年少女たちが奴隷になったのは正規の手段ではなさそうだ。
―――
称号:『違法奴隷』
正規の手順を踏まず、強制的に奴隷にされた者たちに奴隷期間の間だけつく限定的な称号。
首にはめられている奴隷に対する「隷属の首輪」は正式なものではないため、外すだけで奴隷の身から解放される。
「隷属の首輪・邪」
奴隷に対して使用される魔道具。
本来は正規の奴隷商人に対して、奴隷商人ギルドが申請された数だけ発行し、正規の手続きが行われなければ効力が失われるものなのだが、違法な手段によって無理やり使えるようにしたものになっている。
そのため、正式なものよりも性能がかなり下がっているのだが、それでも付けた相手を従えることができるようになっている。
―――
ろくでもなさが増しているな。これ、盗賊たちが奪ってきた相手のほうも相当ヤバいだろう。
こんなものを使用していたから襲われたのは天罰みたいなもので、自業自得か。
「ふむ…ならまずは、こっちから外したほうが良いかな」
檻のカギを壊してから脱走させる気だったが、こういう道具が付いたままだと後で大変なのは目に見えている。
ならばまず、この首輪を破壊したほうが良いと思い、檻の隙間に入って、適当な一人に近づく。
「ちょっと、何を…」
「大丈夫大丈夫、黙って見ていて」
得体のしれない光るものが近づいてビビるのはわかるが、おとなしくしてほしい。
そっと首元へ近づいて、首輪を外せるか確認する。
「妖精魔法…『レーザーカッター』っと」
じじじっと指先から光の刃が出現し、慎重に肉体のほうは傷つけないようにして、首輪のみを切断する。
溶接工とかの資格はないのだが、ここは異世界で人間じゃなくて妖精なので、そのあたりは大目に見てほしい。
そう思いながらも丁寧に作業を終えると、がらんと音共に首輪の切断が完了した。
「っ…!!この首輪が、取れた…!?」
「さて、次は他の子も順番にやっていくよー」
「「「お願いします!!」」」
隷属の首輪が外されたことで、どうやら信頼を得たらしい。
地道に一人ずつ切断して、檻のほうもカギに同様の手口を使って破壊し、そろっと盗賊たちに気が付かれないように全員抜け出す。
「それじゃ、ここから逃げるけど…どっちへ向かえばいいか、わかる子がいるかな?」
「えっと…はい。わかります。ずっと外見てたから、道なら何とか」
「でも、暗くなってきて…ちょっと厳しいかも」
時間をかけたことで、既にあたりは暗くなっている。
深夜の森の中を動くのは危険だが、今は酔いつぶれている盗賊たちが朝になったら動くだろうし、できればその前に距離を取っておきたい。
そうなるなら…光妖精として、ここは道を照らすべきか。
「なら、自分が明かりをつけていこう。わかる子を先頭に、この光を目印にして先へ進んでほしい」
「「「わかりました!!」」」
夜道も光妖精として輝けば、危ない道はない。
一応、こんなにもピカピカ光っていたら、夜行性の猛獣やら魔物やらに襲われる可能性も高まるのだが、近づいてくる前に妖精魔法で軽く散らすのであった…
…盗賊たちもこれで先に屠っておいたほうが良いかもしれないが、流石にまだ人に手をかけるには覚悟がないし、少年少女の目の前でやらかしたら、それこそ先に恐怖の対象になりそうなのもあった。
そこは臨機応変に動くしかないだろうが…さて、このあと無事に逃げ切ってからどうするかなぁ…