おれの超絶かわいい妹とハッピーでシュガーな高校生活を送りたい
―古今東西、誰しも「~するな」と言われれば、逆にしてしまいたくなる。大小の規模に関わらずな。
例えば人類始祖のアダムとイブは神に「取って食べてはならない」と言われた「果実」を食べた。
ギリシア神話のパンドラは夫のエピメテウスに「決して開けてはならない」と言われた箱を開けた。
かくいう日本においては、「押すな押すな」と言われた芸人が問答なしに仲間を熱湯につき落とした。
人類始祖だろうと神だろうと、人間であろうと、「するな」と言われてもしてしまうのだ。
でもな、してしまった者たちの結果を知っているか?
禁断の「果実」を食べてしまったアダムとイブはエデンの園から追い出され、「金色の箱」を開けてしまったパンドラは、箱に封じ込められていた、人間を苦しめるとされたありとあらゆる悪を世界に広げしてしまった。「押すな押すな」と言いながら、その実互いを熱湯に落とそうと画策した芸人は、言わなくてもどうなったかはみんな知っているだろう。
最後のは失敗ではないか。
自分が「したくない」状況で「してしまう」ことだってある。
会議中や授業中など寝てはいけない状況にも関わらず気が付くと寝てしまう。
映画中にトイレに立ちなくないと思っていても、トイレに行かないと尊厳が危ぶまれる。
誰かに禁止されたわけではないが、してしまうものなのだ。
自分の身体といのは思った以上に自分で制御することができない。そう意外と難しいんだよ。
なぜ、こんな話をしているかって?
それは今からおれが、妹に「絶対に入るな」と言われている部屋に入ろうとしているからだ。
人類みな同じような経験があるからと、おれもその愚かな人類のひとりに過ぎないと。
まあ、大義名分みたいなもんだ。
もし絶対に入るなと言われた部屋があった時、みんなはどうする?
忠告通りに部屋には近づかない?それとも堂々と部屋に入ってしまう?
さすがに警察とかどっかのえらい組織とかが「絶対に入るな」と言えば従うだろう。
でも、家族の部屋だぜ?ちょっとのぞくぐらいしても罰はあたらんだろ。
これまでに多くの人類が、己の欲に従った結果失敗してしまっている。
それでも、おれは今この部屋を開けなければならないんだ。
かくして、人類の罪は繰り返されえてしまうわけであるが、妹よ兄の勝手さを許して欲しい。
ただ妹とハッピーでシュガーな高校生活を送るために。
息をのみ、唾液がのどもとを過ぎるのを感じながら鍵のかかっていないドアノブを右に回した。
「我いざ行かん」
ここから、おれこと三好裕孝の一幕が開始する。
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―父さんが母と離婚したのは、今からちょうど三年前になる。
まだ小学三年生(四月から四年生)のおれにはなにがなんだか理解できなかった。
その時は突然やってきた。母が金持ちの若い男と蒸発した。父さんとおれを捨てて駆け落ちしたのだ。しかも、家を出る前に離婚届けを書いており、別れの言葉が記された手紙が添えられていた。
父さんは離婚届けになにも書こうとはしなかった。書くことができなかった。
でも書くしかなかった。書かないと家族の時間が止まっているようだったから。
学校から帰ってきたある日、リビングで涙を流しながら記入していたのを覚えている。
どんな気持ちで筆をもっていたか今のおれにもわからない。
それ以来、父は高校教師を勤めながら、男手ひとつでおれを育ててくれた。
不自由さを感じることはなかった。忙しい父さんに代わって家の家事をすることは増えた。
家事をがんばると父さんはなにか好きなものを買っていいよとごほうびをくれようとする。
でも物欲と言うものを持ち合わせていなかったし、家事をするのは生きる上で当たり前のことだから。
おれだけごほうびを受け取るわけにはいかなかった。
小学校六年生にもなると、家事は一通りできるようになっていた。
放課後に友達と遊ぶことはなく、家のことに注力していた。
その結果、精神的に同年代の子と比べると成熟していたとも思う。
多分子どもらしい子どもではなかった。
クラスの人から遊びに誘われても、一度も行ったことがないし行く暇もなかった。
気が付くと誘われることはなくなった。周りからは一線を引いたようになっていた。
遊びたい気持ちがないわけではないけど、父さんにしんどい思いをしてほしくなかったから。
時々、母さんがいないことをさみしく思うことがあった。
それでも口に出してもいいことはなく、父さんを苦しませるだけだから一度も口にしなかった。
「母さんがいなくてさみしくないか」父さんは何度もその言葉を口にしていた。
父さんはいつもおれのことをきにかけてくれていた。
そのたびに、「父さんと二人で幸せだ」とありのままの想いを伝えた。すごく感謝している。
でもいくら大人びて見えようと、子どもであることに変わりはない。
子は両親から愛情を受けて育つものだ。片親からいくら愛情をもらったとしても、本来受けるはずだった愛情の半分であることは確かなのだ。
愛情ってなんだろうな。
そもそも、母さんは他の男をつくって蒸発したからおれを愛してくれていたのかわからないが。
小学校を卒業し中学校への入学を控えた三月下旬。おれに家族が増えた。
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「裕孝、この女性はみのりさんと言ってだな、えっとなんというか、お前の新しいお母さんだ」
新しいお母さん。頭に響く音を繰り返す再生させた。何度目か再生させてようやく父さんが再婚したことを理解した。
始めて顔を合わせたみのりさんという女性はとてもきれいな人だった。
肩の高さに切りそろえられた髪は、栗色でやわらかい印象を与える。少しおっとりした表情ではあるが、瞳の色が髪と同じ色でやわらかくあたたかい印象だ。
数秒後、目の前の女性から目がおれが目を離していないことを自覚した。
きれいな人。最初に抱いた印象はまさしくきれいな人だった。
でもなんだろう、この人から不思議な魅力を感じる。
「初めまして。みのりっていいます。えっと、ひろちゃんって呼んでいい?」
「あ、はい、どうぞ」
まだ状況を呑み込めていないうちにどうやらおれは「ひろちゃん」と呼ばれることが決まったらしい。
みのりさんは玄関からあがると、目の前まで来た。
ひざをたてて顔の高さを合わせてくれているため、鼻が触れそうなほど近くに感じられるしあったかい香りが漂ってくる。
数秒目を合わせたかと思うとみのりさんはおれを抱きしめた。
「安心してね。私があなたとお父さんにこれ以上ないくらい愛情を注ぐから。たくさん甘えてもらえるように頑張るから。」
みのりさんは前の母さんのことを知っていた。
みのりさんはおれが前の母から愛情を十分に受け取っていないことを知っていた。
みのりさんに抱かれ、彼女の体温が、その包容が長らく感じることがなかった幸せがおれの全身を、心を温めてくれた。気が付くとみのりさんの胸で涙が流れてきた。
この人がおれのお母さん。
あまりに突然のできごとではあったが、なぜかそれがあたりまえのように受け止められた。
おれにお母さんができた。
心の内を満たすのは、お母さんができた喜びと、この人が父さんを愛してくれたんだという喜び。
三年間堪えたものが、瞬く間に決壊し、目端からあふれる涙をとめることができず、胸に沸いたあたたかいものが一層涙を押し流してくれた。
五分くらいだろうか、それとも十分くらいか、どのくらいみのりさんの胸で涙を流したかわからないが、その間みのりさんは強く抱きしめてくれていた。
「こちらこそよろしくお願いします」
目の周りに残った涙のあとを拭き、みのりさんを正面に見ながら、受け入れる旨を伝えた。
父さんの方を振り返ると、父さんも涙を流していたことがわかった。目尻から涙が通った跡があった。
「…父さん、ありがとう」
「これから時間をかけてでも家族になっていこうな」
「うん」
「それじゃあ、」
みのりさんはそういって両手を合わせると、
「裕孝君、もう一人紹介したい人がいるの。」
「もう一人?」
新しいお母さんができたことに対する衝撃が大きすぎて、ずっとみのりさんの後ろに隠れていた小さい存在に気付くことができなかった。
みのりさんは背中に隠れていた少女を横に立つように促し、「挨拶しなさい」と優しく告げた。
現れた少女は、みのりさんと同じ髪色をしている。それよりは少し淡い色か。
肝心な顔は全く見えない。なぜなら、ずっと真下を向いてからだ。
少女の右手はみどりさんの袖をつかみ、左手は握っては開いてを繰り返し、所在なさげにしている。
「………」
「ん?」
少女の口元が動いた気がしたが、発したであろう声が聞こえなかった。
「……です……ます」
「です、ます?」
確かになにかを発していることはわかるが、聞こえてくる音は敬語か?
みどりさんは「しょうがないわね」と一言いうと、
「裕孝君ごめんね、この子人見知りで」
みのりさんは少し表情を落とし、思いを馳せるようにして続けた。
「離婚した夫が連れて行った長男、息子とすごく仲がよかったから…、新しい兄妹に心が追い付いていないのよ」
そうか、みのりさんに娘がいるなら、前に夫がいて当然だ。それに息子、この子からしたら兄と一緒に暮らすことができないなんて、早々納得なんてできないだろうし…つらいよな。
ある日突然大好きだった母さんと一緒に暮らすことができないと告げられたおれはこの少女の気持ちが痛いほどわかった。
「そうですか、無理しなくて大丈夫ですよ」
「ありがとう…私が代わりに紹介するわね」
「お願いします」
みのりさんは少女の右手を上から包み、改めて少女のことを教えてくれた。
「この子は安栗。安心の「安」に柿栗の「栗」で安栗」
「ひろちゃん」と同じで四月から中学生になるんだけど、この子早生まれだから、三日前が誕生日だったのよ。だから四月からは裕孝君と同じ学校の同じ学年になるの。」
「それとね、この子本を読むのが好きなの。おとなしい子なんだけど、仲良のいい人とはたくさんお話するのよ。おしゃべりは好きな方なのよ?」
だからたくさん話しかけてあげてね、お兄ちゃん?と。
「そうなんですね。いつか仲良く話せる日が来ることを願っています」
みのりさんに「たくさん話しかけてあげてね」と期待を込めて言われたことに加え、今まで一人っ子だったおれに妹ができたなんて、そんなの仲良くしたいに決まっている。
「えっと、安栗さん、これからよろしくお願いします」
「ほら安栗、ひろちゃんがこれからよろしくお願いしますって言ってくれているわよ。あなたもちゃんとあいさつしなさい」
みのりさんに背中を押されると、終始ずっと下を見ていた顔を少しずつ上げ正面を向いた。
「…安栗。呼び捨てで大丈夫です。…お兄さんもよろしくお願いします」
安栗の顔を見たおれは少しの間絶句していた。あまりにも可愛かったのだ。
顔のパーツは整っていて、目元はとてもやわらかく優しい印象を抱かせる。ほほは少し赤く染まり、それが一層可愛さを引き立たせている。
「…あの‥?」
安栗から挨拶してくれたにも関わらず、おれが妙な間をつくってしまったことに安栗は戸惑ってしまっているようだ。
「ああ、ごめん。おれのことも呼び捨てで呼んで欲しい。これから家族になるし、それに同い年だし」
さっきまでより少し上擦った声であいさつを返した。
「…はい」
安栗のことを少しずつ知っていって仲良くなろう。密かに心に決めた。
パチン。両手を勢いよく合わせた音が聞こえてきた。
音の出所をみると父さんだった。
「みんな挨拶が終わったことだし、二人とも長距離の移動だったから疲れただろうに。さあさあ、ひとまず荷物はリビングにおいてみんなでお茶でもしよう」
みのりさんも両手を合わせて「いいですね」と少し興奮気味になっていた。
父さんとみのりさんがリビングに入った後に、ひとりたたずむ安栗の手をとり「安栗も一緒に行こう」とリビングまで手を引っ張った。
「…あ」
さっきよりも顔が少し赤くなったように見えるけど、突然男に手をつながれてびっくりしたのかな。
多少強引にでも家に招きいれることが、新しい家族だと示すことが今のおれにできることだった。
「ようこそわが家へ!」
おれの第二の人生が始まった。
中学入学を控え少し温かみがでてきた三月下旬、おれに新しい母さんと可愛い妹ができた。
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三年後の高校入学を控えた三月下旬。
あれから三年が経過した。長いようなあっという間のような三年間だった。
中学生の間、反抗期というものは訪れず、母さんとは良好な関係を築くことができた。
それは初めて会った時に母さんが言ってくれたようにたくさん愛情を注いでくれたから。
本当に愛されて育てられた。むしろ愛され過ぎなくらい。
母さんが家にいてくれるおかげもあって、父さんは昔のように無理をすることがなくなった。
前の母さんと離婚したばかりの頃は、家事に仕事に息子の相手に、本当に大変だったと思う。
その間も苦しい姿をおれに見せることはなかったけど、今は目に見ていきいきしているのがわかる。
三年前に新しい家族生活が出発してから、父さんとも母さんとも幸せな日々を過ごしている。
ただ、そこに安栗の姿はなかった。
中学にあがってすぐに、安栗から「私の部屋には絶対に入らないでね」と何度も釘をさされていた。
もちろん嫌な思いをしてほしくないから、一度も入ったことはない。
だけど、安栗は一日の内に学校と家族の食事の時間以外に部屋から出てくることはない。
厳密には、トイレやお風呂の時は部屋から出ているが。その他の時には本当に部屋からでない。
安栗と仲良くなろうと何度も話しかけては部屋に逃げられるし、おれに興味を持ってもらえれば向こうから話しかけてくれるんじゃないかと期待して、勉強とスポーツ両方頑張った。
勉強では学年一位、スポーツではサッカーの県大会で決勝戦まで行くほどの結果を示した。
かっこいい姿を見せれば兄として認めてもらえると思った。
それでも話しかけてくれることはなかった。
結局、安栗と会話らしい会話をしたのは初めて会った三年前の一回こっきりな気がする。
高校受験が終わってから勉強をする目的が見いだせなくなっていた。
そんなおれに小学校から知り合いの晃臣がアニメを勧めてくれた。妹ともなかなか仲良くなれず退屈していたおれがアニメにハマるのに時間はかからなかった。
その中でもおれが一番興味をもったのは「やはりおれの…っている」とかの高校を舞台にしたものや、「魔法科‥生」のような主人公が妹に慕われながら高校生活を送るものだった。
「こんな風に安栗と高校生活送れたら、しぬほど楽しいんだろうな。まあ、おれは万能じゃないし妹に抱き着かれたらドキドキする。間違いない。あと、戦うのは無理だ」
現実的に可能な範囲で妹と同じ高校生活を送ることに夢を抱いていた。
でも、肝心の安栗とはまともに話せてないしな。難しいだろうな。
でもな―‥‥
「はぁ、本当にどうしたらいいんだー。せっかくかわいい妹ができたんだぞ。おれは一体この三年間何してきたんだ。ああ、三年間は勉強にスポーツに必死だったから安栗に対して直接何かしたわけじゃないな…。くー、おれは仲良くしたいよ。妹よ、兄はお前と仲良しになりたいんだよ~。一体どうしたらいいんだー。」
来月から始まる高校生活。
せっかく同学年の、それも周りに自慢したいくらい可愛い妹ができたんだ。
一緒に高校生活を謳歌したい。一緒にしたいことがたくさんある。
あれこれと妄想しているうちに三年間積もった「妹欲」が表面踏力を突破したことを肌で感じた。
―高校生活が始まるまで、あと十日しかない。
脳内に待つ明るい未来はこのままでは起こりえない。それは困る。みのりさんにも、「安栗と仲良くしてあげて」とよろしく頼まれているのに、まだなにもできちゃいない。
―よし、行動あるのみ。
思い立ったが吉のごとく二階の階段をあがってすぐ目の前にある部屋〈安栗の部屋〉に向かった。
安栗の部屋のドアには【わたし以外は絶対に入らないこと】の札がかけられている。
中一の時にはなかったが、中二の時に父が入ってしまったことがあるらしく、それ以来家族のだれもが部屋に入ることを禁じられた。
―だが今日のおれは一味違う。
なぜなら、安栗と過ごすハッピーで超絶楽しい高校生活がおれを待っているんだからな。
多少強引にいかせてもらうよ。なーに、入るなと言われれば入りたくなってしまうもんなのさ。
「お兄ちゃん入りまーす!」
ここからおれと安栗とのハッピーでシュガーな高校生活が始まる。
この作品を気に入っていただけた方や、今後応援してくださる方はぜひ評価をお願いします。
みなさんの評価や応援はとても励みになります!
小説家になろうを通して研鑽に努めます。