灰色の魔女
☆1☆
「凛火! 陽太! あなたたちは、こんな所でいったい何をしてるの! 何で病室から抜け出したの! お医者さんは、凛火は絶対安静って、いつも言ってるでしょ! 忘れたの陽太! あなたはお兄ちゃんなのに、何で凛火の病気のことをもっと考えないの! 凛火は心臓病なのよ! また発作が起きたらどうするの! 誰が責任を取るの! お母さんでしょうが!」
母さん、星月火奈子が絶叫した。
鬼のような凄まじい剣幕に、その場の全員が凍りつく。
凛火が真っ青になりながら、かろうじて唇を震わせる。
「あ、あの、あのね……お母さん。きょ、今日は、本当に調子が良くってね、だから、す、少しぐらいは、動いても、平気、だよ……」
母さんが鋭く叱責する。
「黙りなさい! 病人は病室で、おとなしく寝てなきゃ駄目でしょうが! お医者様の言うことを無視してどうするの? それで身体が治るの? お願いだから、お母さんに余計な心配を掛けさせないでちょうだい!」
俺は重い口を開く。
「母さん、凛火を勝手に連れ出したのは俺だ。だから、凛火は悪くない。あまり凛火を責めないでくれ」
凛火を庇うと、母さんの矛先は俺に向いた。
「だいたい陽太が凛火を甘やかし過ぎなのよ! 勝手に凛火を連れ出して! あなたは、いったい何歳になったの? 十三歳よ! 中学生でしょうが! もう立派な大人でしょうが! 兄としての自覚が足りなさ過ぎるのよ! もしも、凛火が発作を起こしたら、どうするの! あなたが身代わりになってくれるの? 陽太っ!」
俺が身代わりになれるのなら、とっくに身代わりになっている。
進んで凛火の身代わりになる。
喜んで凛火の心臓病を引き受けてやる。
歯ぎしりしながら俺は呟く。
「……それは、出来ません……ごめんなさい。母さん……」
「わかればいいのよ、陽太。今後は、こんなことが起きないよう、とにかく注意しなさい。凛火に無理はさせない。凛火の健康を第一に考える。それが一番大事なことよ。いいわね、凛火に、万が一にも、もしものことが無いよう、慎重に行動しなさい。いつも凛火に目を光らせ、見守ってあげなさい。大切な妹を守るのが兄の務めなんだから」
突然、凛火が立ち上がる、
「凛火はっ……! 凛火、は、シュージンじゃないよっ!」
凛火の叫びが爆発した。
「もう一年だよっ! ずっと! ずっと! 病院に、あの狭い部屋に閉じ込められて! お外に出られないんだよ! スマホもゲームも出来無いんだよ! あれもダメ! これもダメ! これじゃシュージンだよっ! ニンゲンじゃないよっ! カチクだよっ! 非道いよ! ヒド過ぎるよっ!」
凛火の瞳が真っ赤に潤む。
母さんが狼狽える。
「凛火……あなた……? いったいどうしたの? 急にお母さんに口答えをするなんて、考えられないことよ。きっと、お兄ちゃんに何か吹きこまれたのね。いつもの凛火じゃないもの。とにかく凛火、病室に戻りなさい。こんな所に居たら、また発作を起こすわよ」
母さんが凛火の手を取り、病室に連れ戻そうとする。
が、凛火がその手を振り払う。
「やだっ! 離してっ! 戻りたくないっ! あんな所に行きたくないっ! 凛火は……凛火は……っ痛っ!」
凛火が胸を押さえる。
そして、その場にうずくまった。
凛火の顔色が死人のように土気色に変わっていく。
不自然な脂汗が、あとからあとから玉のように吹き出す。
そのまま凛火は床に倒れ込んだ。
全身がわなわなと震えている。
俺は叫んだ。
「心臓発作だっ!」
火奈子が悲鳴をあげる、
「凛火っ! 凛火っ! 早くっ、早く、お医者様を呼んできてっ! 陽太っ!」
言われるまでもない。
俺は駆け出した。
素早く看護婦に連絡し、救急隊と合流する。
搬送用の担架を積んだエレベーターが、凛火の待つ階へと上がる途中、俺は何でこんなに時間が掛かるんだ! 遅すぎるだろ! と、心中罵った。
扉の開くスピードさえノロノロと遅く感じられた。
ようやく病室に到着し、凛火が応急処置を受け、担架に乘せられ、慌ただしく救命病棟へ運ばれた。
うわごとで凛火が『お兄ちゃん』と囁いた気がした。
☆2☆
病院の帰り道に雷奈が、
「陽太先輩、凛火の心臓発作……それほど酷くなくて良かったですね。お医者さんも安静にしていれば、すぐに良くなる。と、そう言ってましたし」
俺を励ますように話す。
対して俺は、間延びしたような呆けた声音で、
「ああ……そうだな、雷奈。けど、これで、俺たちは完全に凛火と面会謝絶になった」
「陽太兄様のお母様もお厳しい方なのでせうね。真雪のお母様みたいでせう」
真雪が自分の母を思い浮かべている様子だ。
「厳しいというか、何と言うか……ただ、母さんがいなかったら、今頃、凛火はもっと酷い状態になっていたかもしれない。その意味では、母さんに感謝している……今まで、何度も母さんのおかげで事無きを得ているからな」
「その……お母さんのことなんですが……」
ふいに立ち止まり、雷奈が呟く。
高山屋デパートへ向かう途中、陸橋の真ん中辺りだ。
燃えるように紅い夕日を背に、雷奈の影法師が長く伸び、少し離れた俺と真雪の所まで届いた。
雷奈が続ける。
「少し、都合よく、凛火が発作を起こしては、いませんか? 少なくとも、わたしの知る限り、お母さんが凛火の傍にいる時に限って、何故か凛火は発作を起こしています……まず第一に、初めて凛火が病院に担ぎ込まれた時。第二に、病室で凛火が一人でゲームに熱中していた時、この時は発作を起こした時、と言ったほうがいいでしょうか。第三に、先ほどの発作です。凛火が発作を起こす時は、必ずお母さんが傍にいる。そして、甲斐甲斐しく凛火を介抱する。果たして偶然が三度も続くものでしょうか?」
俺は少し硬い表情を浮かべ、
「どういうことだ、雷奈? 確かに、雷奈の言う通り、凛火が発作を起こす時は、いつも母さんが凛火を介抱している……でも、それは、本当に偶然、居合わせただけであって、結果的には、そのおかげで凛火が助かっている。それって、むしろ、良いことじゃないか?」
「三度、偶然が続いたら……それは必然です。これは、わたしのカンですが、凛火の発作とお母さんの存在は、何かしら因果関係があるのではないでしょうか?」
雷奈の言わんとしていることに俺は気づく。
そして、頭に血が昇り、
「推測だっ!」
つい声を荒らげてしまう。
雷奈が驚きに目を見張る。
「ご、ごめん。でも、家族なんだぞ。母さんが凛火の発作と関係あるわけがないじゃないか……」
「そうです、よね。すみません、陽太先輩。わたしの邪推でした」
雷奈が瞳を伏せる。
真雪が静かに呟く。
「家族だからこそ、屈折した愛情を寄せる場合があるのではないでせうか? 優しい凛火ちゃんだからこそ、つい、甘えてしまう……理由は分かりませんが、例えば、凛火ちゃんに、もう少しだけ入院していて欲しい、というような、邪まな願いがお母様にあるとしたら、どうでせうか?」
俺は反論を試みる。
「凛火が入院しても母さんには何のメリットも無い。家事に仕事に見舞いにと、ますます忙しくなるだけじゃないか」
雷奈が声のトーンを落とし、
「忙しくですか、でも、甲斐甲斐しく凛火の面倒も見る。献身的な姿。というより、むしろ、献身的過ぎるような気がします。立派な母親、献身的な母親、それを演じたい……というような」
「……ありえない」
俺は弱々しく否定する。
雷奈の言葉は止まらない。
「そうでしょうか? ですが、もしそうなら、すべての辻褄が合います。そしてそれは、真雪が言うような甘えのレベルでは済みません。それは、凛火が何年も犠牲になるということです。それは……決して許されないことです」
雷奈の口調が鋭さを帯びる。
俺は動揺した。
「そんな馬鹿なことが……そもそも、どうやって? 母さんが凛火に発作を起こさせるんだよ……? そんな非現実的なことは、ありえないだろう」
俺が必死に考えを巡らす。
雷奈が決定的な事を口にする。
「あるじゃないですか、現実世界に影響を及ぼす方法が……」
俺は目を見開く、盲点だった。
一番に考えるべき事柄じゃないか。
俺はその最大の当事者なのに。
「……つっ! まさか……【夢黒絶星】! それが原因か? 母さんが【夢黒絶星】に取り憑かれた。そういうことか?」
「他に方法が無いなら、それが真実です。陽太先輩、覚悟を決めてください!」
雷奈が言い切る。
真雪が冷静に、
「そうとは言い切れない気もしませうが……真雪は、夢世界でお母様を探してみたほうが良いと思いませう」
俺は迷った。
「例え、【夢黒絶星】が原因だとしても……今の俺たちじゃ、【夢黒絶星】と戦う力は無い。ライナー一人じゃ戦力不足だ。絶対、【夢黒絶星】に太刀打ち出来ない」
真雪が笑顔で俺に向かい、
「陽太兄様、諦めないでください。遅ればせながら真雪も陽太兄様たちと、ともに戦う所存でございませう。真雪を【夢黒絶星】から救い出してくれた陽太兄様に対する……ささやかなご恩返しでせう」
真摯な瞳が俺を見つめる。
「ありがとう真雪……でも、それでも、二人だけじゃ……厳しいだろうな」
雷奈が手の平を打ち合わせ、
「もう一人いるじゃないですか! うってつけの人物が!」
「え? 誰のことだ? そんな奴いたっけ?」
「諸星巡先輩ですよ! 昔、凛火の見舞いに来てくれたじゃないですか! 諸星先輩にお願いするんです!」
「えっ! でも、あいつ中学生じゃん! 小学生じゃないじゃんっ!」
雷奈が半眼で俺を見やる。
「何を……言ってるんですか? この期に及んで……何で、そこで小学生が出てくるんですか?」
「だって……魔法少女は小学生じゃないと……駄目じゃん!」
後頭部に鈍い衝撃を感じて俺は気絶した。
魔法少女ってゆーな!
冗談言ってる場合ですか!
雷奈の叫びが木霊した。
ような気がする。
☆3☆
虹祭中学の放課後、俺は諸星を校舎裏に呼び出した。
諸星の冷たい視線が俺に突き刺さる。
「また……くだらない話じゃないでしょうね? わざわざ部活をサボってまで来たんだから、ツマンナイ話だったらタダじゃすまさないわよ」
俺は諸星に重要な話しがある。
と騙して強引に誘い出した。
「いや、今回はマジで諸星の助けが必要なんだよ。幸運の灰色の魔女の力が、どうしても必要なんだ」
魔女の二つ名は諸星のアダ名だ。
「何よそれ? 私のタロットで何か占って欲しいわけ?」
諸星はタロット占いの名手だ。
百発百中の的中率だ。
幸運の灰色の魔女と呼ばれる理由がそれだ。
夢世界でタロットを使った魔法でも使わせるか? 俺はGMとしてそんなことを考えていた。
「諸星の占いは有名だからな、興味はあるけど……今回は、ちょっと違う方向で協力して欲しい」
「違う方向で協力って? いったい何のことよ?」
「それは後で詳しく話すから、ちょっと場所を変えようぜ、ここじゃ出来ない相談だからな」
「な、何でここじゃ話せないのよ? お、男らしくないわね!」
「スゲー真面目な、込み入った話しだからな、少し歩こう」
俺は諸星の腕を引いた。
「ちょっ、ちょっと! 一人で行けるわよ!」
「そ、そうか。つい、小学生のノリで腕を引いちまった。スマン」
「べ、別に、どうでも、いいことだ、けれど……とに、ガキなんだから!」
諸星の悪態を無視する。
俺たちは新宿駅南口、百貨店・高山屋の二階、入口前に向かう。
☆4☆
「こんなところで、な、何を、話す気なのよ?」
諸星の疑問を無視、俺は先に来ていた二人に声をかける。
「お! 二人とも、もう来てたんだ! 早いな!」
俺は目の前に佇む少女二人に話しかけ、諸星に紹介する。
雷奈が、
「陽太先輩が遅すぎるんですよ。凛火のためなら授業をサボるとか、何とか出来ないんですか? シスコン失格ですよ」
と毒づく。
シスコン失格?
「今日は真面目なクラス委員長、諸星巡が一緒だからな」
雷奈がすかさず、
「諸星先輩、お久しぶりです。凛火の友人、明星雷奈です。昔、凛火のお見舞いに来てくださいましたよね。わたしもその時、一緒に居たんですよ」
「たしか、青い髪の女の子が一人、いたような……そう、覚えてるわ。でも、もう一人の銀髪の女の子は……え~と?」
真雪が諸星にペコリとお辞儀する。
「諸星姉様。お初にお目にかかりませう。わたくし、星稜権太の孫娘で星稜真雪と申します」じいさんのことは恐らく誰も知らないだろう。「今日は、《リンカーの夢世界・脱出計画》に参加して頂き、大変感謝しておりませう」
《リンカーの夢世界・脱出計画》と聞いた途端、諸星の表情が固まる。
身体がぎごちなく硬直し、こめかみに青筋が浮かぶ。
俺を睨み、
「どういうことかしら? よ・う・た・あああっ!」
諸星の瞳が怒りに燃える。
俺は素知らぬフリで、
「ま、真雪、何を言ってるんだ? そんな、《リンカーの夢世界・脱出計画》なんて、まるで、スターダイスの創り出した夢世界に諸星を誘って一緒にリアルTRPGやろうぜ! って言ってるみたいじゃないか!」
雷奈が半眼で俺を睨みつけ、
「陽太先輩……もしかして、諸星先輩に何の説明も無しで、ここまで連れて来たんですか?」
「だってさあ~、こいつに説明したって、信じるわけないし! とりあえず連れてきて、無理矢理、夢世界に連れてったほうが手っ取り早いじゃん!」
俺はハナから諸星を説得する気はなかった。
無駄な努力はしない。
とりあえず論より証拠。
夢世界へ行けば分かることだと思った。
が、諸星が激怒する。
「帰る! 二度とアンタのことは信用しないからね! バカ陽太っ!」
俺は諸星の前に座り込み、土下座した。
「頼む諸星っ! 一生のお願いだ! 一度でいいから! 俺と付き合ってくれ!」
「はあっ! なっ! 何、言ってんのよっ! バ、バッカじゃないのっ! 立ちなさいよっ! 恥ずかしいでしょっ! こんな所で土下座すんじゃないわよ! そ、それに……今のセリフっ! 聞きようによっては、ご、誤解されるじゃないのっ! バカ陽太!」
諸星の顔がリンゴのように赤い。
「わたしもお願いします! 諸星先輩、凛火がピンチなんです! 頼れる人は、諸星先輩以外に誰もいません! どうかこの通りです! 凛火を救ってください!」
なんと! 雷奈まで土下座した!
「真雪からもお願いしませう! どうか、凛火ちゃんを助けるために一肌脱いでください! 諸星姉様!」
真雪まで土下座した! 大変なことになった。
ついに周囲にギャラリーが集まりだす。
たまらず諸星が叫ぶ。
「分かった、分かったから! もうっ、やればいいんでしょ! 何だか知らないけど、やれば! だから、変な真似はしないでよっ!」
良かった。
俺の真摯な説得に諸星が応じてくれた。
俺はようやく、今まで起きた出来事やスターダイスの事、【夢黒絶星】について、改めて諸星に説明した。
☆5☆
夢世界に降り立った俺は、GMとして三人に厳かに告げる。
「というわけで、今回のクエストは、あくまでドリーム☆クエスト。略してドリ☆クエ、初心者のマユキーと諸星の訓練だ。敵役はライナーが務める。ライナーは前回の戦闘でレベルアップしたから、今は、
LV6、
HP8、
MP2、
結構強いぞ。その代わり、レベル1のウィッチ、諸星が一度でもライナーに攻撃を当てれば、即、レベル2にレベルアップ出来る。
レベル1のプリースト、マユキーは敵・味方関係なく回復魔法を使いまくれば、自然にレベルがアップするからな。
フィールドは初心者に優しい草原地帯。
なだらかな勾配と岩石がある他は何もない単純な地形だ。
変なトラップも無いから思う存分戦ってくれ。それじゃ、三人で戦闘開始!」
「ちょっ、ちょっと! 待ちなさいよ、陽太っ! いきなり戦闘って! どういうことよ? 本当にここって陽太の夢の中なの! 陽太がノートを取り出して、金色のダイスを振って、光に包まれて、こうなったけど、げ、幻覚とかじゃないでしょうね! 怪しいクスリとか使ってないでしょうね! 催眠術とかだったら……怒るわよ!」
すでに怒っている諸星が怒鳴る。
俺は冷静に、
「心外だな諸星。つーか、お前って意外と疑り深いんだな。見れば分かると思うけど、空には見慣れない月が五つも浮かんでるし、それが変な形で五色に輝いてるし、地平線の彼方には途轍もなく巨大な城が見えるし、見たこともない飛空艇がその上を航行している。って、どう考えても夢以外に考えられないだろう。自分のホッペをつねってみろよ」
諸星がギュッと自分のホホをつねる。
「微妙に……痛いんだけど……?」
「そう……微妙に痛覚があるんだよな。どういうわけか? 夢のはずなんだがな……なんかのバグかな? でも大丈夫だ! スターダイスは、この世界のプレイヤーに命の危険が及ぶことはないって、保証してたからな! たぶん……大丈夫、だ……」(汗)
「何よ! その微妙な《マ》と汗は!」
ライナーが補足説明する。
「他にも……少し、ヒンヤリしたり、とか……」
マユキーも、
「黒い星が飛んだ時は目がクラクラしたでせう」
俺が力説する、
「要するに命に別状はないってことだ!」
「やっぱり帰る!」
諸星を説得するのに、その後、数分掛かった。
面倒くさい女だな~。
☆6☆
「それと、もう一つ疑問があるのよ」
「まだあんのかよ!」
疑問多いな諸星! 優等生はこれだから困る! 加勢してくれるのは有難いが……それはそれ、これはこれ。
「一体、何だよ?」
「ええと……それは、ね……そ、その~」
諸星が上目遣いで俺を睨む。
何か……怖いな。
「だから……何なんだよ?」
俺が諸星の話を即す。
「だ、だから、その、何で……ライナーとマユキーは、横文字の可愛い名前なのに……私だけ、まんま、諸星なのよ?」
「呼びやすいからいいじゃん。他に質問は?」
俺はあっさり流す。
名前なんかどうでもいいだろう。
何を考えているんだ? ニセ大和撫子は?
「それに……それに、よ、ライナーとマユキーはフリフリの可愛い衣装なのに、何で私だけ、灰色のマントにトンガリ帽子なのよ? マントの下は、まんま制服だし……」
諸星が口を尖らせる。
ライナーは例の《青巫女》衣装。
マユキーの衣装は……変身シーンを回想してみよう!
純白のスカートを踊らせマユキーが華麗にジャンプ。
「大空に降りしきる……白き妖精……」
空を舞うように、ユッタリとした動作から、突如、四回転!
着地後、
「ぷりーすと……すたーマユキー……でせう……!」
スカートのはしをつまみ、上品に挨拶を決める。
プラチナ・ブロンドの髪は絹のように滑らかで、
フワフワ、ウェーブの掛かったユルフワヘアー。
白で統一されたマユキーは清楚な、
《白メイド服》だ。
純白のヘッドドレスにエプロンドレスも超・似合ってる。
お帰りなさいませ、陽太兄様……とか言われたら悶絶しそう。
回想から戻り、俺は諸星の返事に答える。
「そりゃ、魔女だからだろ。夢世界での職業はウイッチだし。アダ名が幸運の灰色の魔女っていうのもあるかな? 俺の脳内イメージでは当然、そういう服装になる。灰色一色っていうけど、世界的に有名な魔法使い、灰色のガンダルフみたいで格好いいじゃん。それと、言い忘れてたことを説明する。
諸星のスキルは召喚魔法だからな。
装備にアルカナのカード二十二枚を付けた。
一ターンにつき一枚、アルカナのモンスターを召喚出来る。
マジック・トラップカードの使用も可能だ。
これは一ターンにつき何枚でも使用可能。ただし、
場に出せるカードは前衛のモンスターが三体。
後衛のマジック・トラップ・カードが三枚まで。
合わせて最大六枚だ。大切に使うんだぞ」
諸星が面食らった顔つきで、
「いきなり……不自然に説明が多くない? て、そうじゃないのよ! 問題は私の衣装だけが何でこんなに地味で暗いのかってことよ! 灰色のガンダルフって、何それ? 指輪物語に出てくる魔法使いのおじいさんでしょうがっ! 花の女子中学生が、何で年老いたおじいさんの格好しなきゃなんないのよ? どう考えてもおかしいでしょ! 基本コンセプトが何処か間違ってるでしょ!」
俺は値踏みするように、頭のテッペンからツマ先まで、じっと諸星のウィッチ姿を眺め、こう結論づける。
「何て言うかさ~、悪いんだけど……お前に魔法少女の格好は……どう考えても似合わないだろう。魔法少女の衣装が似合うのはさあ~。やっぱ小学生までだよな。ギリギリ、幼い顔立ちの中学生、とか。残念ながら諸星じゃ……」
俺は哀れみの表情を浮かべる。
「違うわよ! 魔法少女になりたいとか! そーゆーんじゃないわよ! 何勘違いしてんのよ! は、灰色じゃなくて、もっとこう! 華やかな、明るい色合いで、もう少し派手な感じで! フワフワっとした、もっと可愛い衣装で!」
「じゃあ……もう少し、ヒラヒラしたロリファッションに変更してみるか? 魔法少女風の?」
俺はイヤイヤ衣装替えの創造的想像に着手する、
「イヤイヤやるぐらいなら灰色のガンダルフでいいわよ! おばさんで悪かったわね! フンッ!」
諸星が切れた。
何か……説明が不足していただろうか?
女心は複雑だ?
☆7☆
ライナーの訓練はかなり厳しかった。
かれこれ三十分(夢世界の時間にして)訓練しているのに、諸星の攻撃は一度もヒットしない。
逆にライナーの攻撃はガンガン当たるので、マユキーは大忙しだ。
回復魔法を何度も諸星に掛ける。
おかげでマユキーはレベルが一気に三あがった。
俺はライナーに、
「もう少し手加減してやってもいいんじゃないか、ライナー? 諸星は初心者なんだから、いきなりハイレベルな戦いをしても、ついていけないだろう」
ライナーが、
「甘いですね、陽太先輩。陽大先輩はドライフルーツを蜂蜜詰けにして、一年経ったぐらいに甘いですね」
それは甘すぎだ。
「いきなり理不尽な強敵が出現するクソゲーに比べたら、わたしの攻撃なんて大甘です。優しすぎるぐらい、優しいです」
ライナーが少年のような薄い胸を張る。
俺は嘆息しながら、
「いやいや、諸星もうバテバテだぞ。肩で息してるぞ。こんなに追い詰められた諸星って初めて見たぞ」
諸星は子供の頃から何事もスマートにこなしてきた万能選手だ。
ライナーが真面目な顔つきで怒号を飛ばす。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすものです! 谷底から這い上がってこそ、真の戦士なのです!」
「その前に心が折れるだろ?」
俺は諸星の元に走り、
「まだ戦えるか? 諸星?」
諸星が玉のような汗を拭い、口元を引き締める。
「まだ……始まったばかりじゃない。やっと……コツが分かってきたところよ」
俺はニヤリと笑う。
「満身創痍でも優等生は優等生だな。余計なお世話だった」
負けず嫌いな諸星の性格を忘れていた。
数分後、少しずつ諸星のカード選択が上手くなってきた。
一枚一枚の組み合わせに戦術的な工夫がされ始める。
ライナーに一矢報いるのも時間の問題だ。
☆8☆
草原にそびえる岩石の上からライナーの弓矢が雨あられと諸星の頭上に降り注ぐ。
矢を避けつつ諸星がカードを切る。
「《蹂躙の戦車=チャリオット》召喚!」
巨大な人型戦車が魔法陣を突き破って召喚される。
無造作に鉄板を繋ぎ合わせた無骨な腕が、盾となり無数の矢を防ぐ。
チャリオットの動きは鈍重だ。
ライナーは素早くチャリオットの死角に回り、攻撃を再開。
矢の数本が諸星にヒットした。
が、その姿が幻のように消え去る。
逆に、ライナーの背後に突如現れた諸星が、まさかの素手による攻撃!
「はあああっ!」
「ちいっ!」
諸星の攻撃がカスる。
が、これも陽動だ。
間髪いれずに、ライナーの背後に回ったチャリオットが怒涛の攻撃!
直撃だ!
とっさにガードしたライナーだが、ガードごと持って行かれる。
諸星に経験値が大幅に加算され、レベルが1つ上がる。
諸星の戦術はチャリオットで矢を防ぎつつ、密かに切った二枚目のマジック・カード、
《幻影の隠者=ハーミット》で自身の幻影を創り、ライナーの目をまんまと欺いた。
最後は三枚目のマジック・カード、
《剛力=パワー》で、自身の肉体を強化、捨て身の直接攻撃でライナーを陽動することに成功した。
魔法使いは強化しても力は微々たるものだが、背後に本命のチャリオットが待ち構えている。
というわけだ。チャリオットの攻撃さえ当たれば勝てる。
まさに捨て身の戦法だ。
「さすがですね、諸星先輩。土下座した甲斐があるというものです。もっと強くなって、早くリンカーを助けに行きましょう」
「凛火ちゃんが首を長くして待っているものね。でも、あと2レベルは上げないと! 行くわよ!
《劫火の魔術師=イフリート》召喚!」
諸星が炎の魔神イフリートを召喚する。
強力な火炎攻撃をライナーに見舞った。
華麗に炎を避けるライナーが反転、即座に反撃。
二人の白熱した戦いが、いつ果てるともなく続く。
やがて、死闘を制した諸星が、それなりに戦えるレベルに成長した。
さすがは優等生、諸星!
頼りになるぜ!