ルシド2
晴れていて、良い天気だ。
支度を終えると、馬にまたがる。黒毛の賢い子で、初対面の俺も大人しくのせてくれる。少し歩いてみても問題はない。
「それでは、行ってきますね。ワーゼル殿」
「行ってらっしゃいませ」
領主館を馬に乗って門からでる。護衛は4人だ。
「さて、どの辺を見て周ろうか?」
「では、市場はいかがでしょうか。今は朝食を終えた後なので程よく人が少なく、色々と売っていますよ」
どこが良いかと護衛に聞くと、用意していたかのような速さで、市場を紹介される。
ここは、安全圏といったところか。下手な市場操作をしていないのだろうか。
「では、そちらへ行く」
馬の方向を市場へ向ける。
「ルシドでは、様々な商人が立ち寄るそうだな。治安維持は大変だろう」
「いえ、その様なことはありません。門前で出来る限りの確認をしておりますので、怪しい輩は、入れないようにしております」
「そうか···」
中に入るのには、金が要る。門番の素性も確認しておかなければいけないな。
金の賄賂で順番を早くするのは良いが、商人を己の裁量で決められるのは好ましくない。
俺は、もうすぐ市場が見えてくるところで馬を降りる。護衛達も馬から降りた。
「領主様、どうなさいましたか?」
言われ慣れない呼び方に反応が遅れる。
「なに、馬だと良く見えんだろうと思ってな。馬はここに置いて、徒歩で行こうと思う。そこのお前達は、馬を見ておれ。残りは着いてこい」
4人しか居ない護衛を2人に減らす。元々、そうするつもりだった。
4人が顔を見合わせて、2人が着いてくる。
市場は、思ったよりも賑わっている。果物や野菜を売っているところもあれば、子どものオモチャを売っているところまである。
値段を王都のものと比べてみて、多少の違いはあれど不当なものはない。
やっぱり、表には出てこないか···。
後ろを着いてくる護衛を売っている鏡越しに確認する。2人とも見慣れたところをユックリと巡らされ、飽きてきている。始めよりも注意力が散漫だ。
もういっそ、二人に闇魔法で眠らせて、その辺に放置していきたい。とは言え、魔法は痕跡が残る。撒くのが一番手の内を明かさずにすむのだ。
闇魔法で眠らせるので十分な態度は、職務怠慢もいいところだが、今回に限っては好都合。目の前には、人が多く集まり、見世物に注目している。
「なぁ、あれを見よう。お前達は今回の見世物を見たことは?」
「ありません!」
「そうか。あの手のことは女に好印象を与えることができる。見ておいて損はない」
2人の気持ちが見世物に向いた。チラチラと、見世物に視線を送っている。
扱いやすい···。次の護衛も彼らだと助かるな。
見世物の人が多い前方で足を止める。後ろを歩いていた護衛達も近くで見るように、移動させる。
今回の見世物は、一度王都で見たことがある。花を使ったダンスや歌が売りだ。特に、大勢の人がピッタリとタイミングが合ったダンスが見事だった。
その場面になり、二人が舞台に釘付けになっているのを確認して、その場を離れた。
フードを被って向かったのは、裏路地だ。
想像通り、表とは全く違う。退廃とした雰囲気だ。スリを避けつつ、辺りを一件ずつ確認していく。
骨董品や武器、怪しい薬、そして魔物と幅が広い。共通しているのは、全て法外な値段であるということだ。
薬は、確実に取り締まりが必要だな。身に覚えのある毒が何個かある。
そこを見ていると、子どもがやって来た。
身なりは良い。シャツもズボンもちゃんとしたものを着ている。茶色の髪は一般的だが、その意思の強い榛色の瞳が特徴的だ。
「おっちゃん!これいくらだ?」
「あー、その毒は金貨20枚だ」
店主の方は、子どもの冷やかしだと思ったのだろう。通常の5倍は吹っ掛けている。金貨と言っているのが良い証拠だ。
俺には、アイツが冷やかしだとは思わないがな。視線を子どもに移す。
冷やかしにしては、真剣な空気だ。
「なっ!高すぎる!」
「なら、とっとと帰んな!ガキの戯れ言なんざ聞きたくねぇ!金を払えねぇなら、てめぇは客じゃねぇ!」
店主が胸ぐらを掴み、放り投げた。子どもの軽すぎる身体は、容易に吹っ飛んだ。
その拍子に握っていた巾着から、金貨が何枚か溢れた。
金貨は、子どもが持つには大きすぎる額だ。それが何枚も。
裏路地の連中がアイツと金に釘付けにになる。
金のあるやつとして、目をつけられた。
子どもも異様な雰囲気の中、大人が目を見開いて自分を凝視しているのに気がついた。慌てて、自分がぶちまけた金貨を拾っている。
溜息をついた。
危機感がなさすぎだろ。この場合とっととこの場から立ち去るのが一番の選択肢だ。
「おい、店主」
「またガキかよ!ガキはママンのおっぱいでも飲んでおねんねしてな!」
「金貨20枚でその毒を売るんだな」
「ああ?テメェには関係ねぇだろ!」
そばでは、金貨を拾い終わった子どもが俺を見ている。
怪しむひまがあるなら、さっさと逃げろよ。呆れつつ、周囲に見せつけるようにして、袋の中から金貨を20枚出す。相場よりはるかに上の値段。チップをやる必要はないだろう。
テーブルの上に堂々と置いた。
「なっ!?」
店主が驚いた声をあげる。お陰でここの住人が俺が払った金貨に釘付けだ。子どもから視線が逸れた。
毒の入った瓶を持つと、服の内側に仕舞う。裏路地の人間がざわめいているのを肌で感じた。
店主も急いで店じまいを始める。この場に居れば確実に金貨20枚を巡った殴り合いと殺し合いだ。子どもは、20枚も金貨を持っていない。でも店主なら確実に持っている。襲うターゲットが子どもから店主に変わったのだ。
視線を子どもに送る。
「お前、さっさとこの場から離れろ。面倒になるぞ」
「どういうことだ?」
「じゃあな」
ひらりと手を振り、さっさとこの場から離れる。
裏路地を出ようとしたときに、店主の悲鳴が聞こえた。
「面倒くさかったな」
ワーゼルの自慢話を聞くだけの晩餐は、精神的な疲労をもたらす。ぐったりと、ソファーに突っ伏す。ワーゼルがこの部屋に人を差し向けていないことは確認済みだ。隙を見せていても問題はない。
裏路地を出た後、俺は、顔色を悪くした護衛の元に戻るとひたすら文句を言われた。ワーゼルに告げ口する気はないと言えば、安心したようにしていた。それから、ワーゼル規定のルートに戻ると、何食わぬ顔をして屋敷に戻って来た。
ワーゼルも晩餐の時に、俺が消えたことについて何も話していなかった。探るような視線もない。護衛達は、上に今回のことを話していないようだ。
「それにしても、あの金貨。出所が気になるな」
仰向けに転がり、腕を目のところに持ってくる。思い起こされるのは、路地裏での出来事だ。
金貨は、そもそも一領民が持っているにしてはおかしいのだ。基本的に市場にまわるのは、銀貨と銅貨だ。給料も銀貨で支払われることが多い。金貨は、金額が大きいことから貴族と取引をしている商人が持っているくらいだ。
それが何故かあの子どもが持っている。この地域で金貨を持っているのは、王都へ向かう商人とここの領主代理のワーゼルくらいだ。
そうなると、ワーゼルが子どもに金貨を支払ったということになる。では、何故ワーゼルがあんな子どもに大金を払ったのかということになる。ワーゼルならば、大金を払うくらいならば殺すこともいとわないはずだ。
そして、何故子どもがそれを持っていたということだ。あんな金額親が見れば、子どもに管理をさせるはずがない。どういう親であっても、金に目がくらむか、金貨という恐ろしさに家の外に出ないようにする。
「子どものことは、どうでもいい・・・。取り合えず、ワーゼルの弱みの方が気になるな」
大金を支払っても良い事。十中八九、後ろぐらいことに決まっている。
「さて、どう掘り起こしてやろうか」