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少年期


 朝の目覚めは、悪かった。グルグルと喉の奥で威嚇する声が聞こえて来た。

 起きたばかりは、何か分からなかったが。視界に檻が入る。

 ウロウロと檻を歩き回り、俺を見る。その目は、どうやって喉笛を噛み切ってやろうか考えているようだ。


「おはよう。狼霧は何食うんだっけ?」


 こちらを殺気がこもった目で見てくるが、特に気にならない。その殺伐とした空気も何故か心地よかった。

 マゾヒストではないのだがな。


 ベッドから起き上がり、着替えを済ます。本棚から魔物関係の図鑑を取り出した。タイプ別に分かれているのを、狼のページで捲る。

 狼霧は、集団生活する生き物。体を煙に変える。食事は主に肉食。まだ、長い説明が書かれていたが、必要な情報は得たので、メイドに命令して、狼霧の飯も用意させる。

 用意された肉は、生の肉だ。檻の隙間から、トングで突っ込んでいく。始めは、警戒したように匂いを嗅いだり、鼻でつついていたが、大人しく食べ始めた。


 それを見届けると、自分の食事にありつく。

 昨日の今日で、腹が減っていないが、今日は剣の訓練がある。食べなければ持たない。

 食べられる野菜を中心に食べていく。肉はまだ食べられそうにないな。


「なんでこっちの肉まで見てるんだよ」


 視線を感じた方に頭を向けると、狼霧が俺の皿に入っている肉を見ていた。

 体がデカイだけあって、食欲も旺盛だな。まぁ、食べる気がないからやっても良いか。


 パンにはさまれていた肉を取って、檻の隙間に入れる。狼霧は、それを貪るようにガッツいている。

 美味しそうに食べる姿に、少し食欲が出た。


 その時、お茶を飲もうと手を伸ばした瞬間、とメイドがお茶を変えようと手を伸ばしたタイミングが偶々合ってしまう。


 触れた人の生暖かい手に、昨夜のことが脳裏をよぎる。この手に伝った血の温かさをハッキリと思い出す。

 悪寒が背筋を這った。反射的にメイドの手を払い除ける。

 俺の不興を買ったと思ったのか。メイドが床に跪く。


「申し訳御座いません!」

「出ていけ」

「ハイッ!」


 何とか感情を圧し殺して、メイドを追い出す。メイドは、飛び出すように出ていった。

 もう、食欲なんて何処にもなかった。


 狼霧も急に様子が変わった俺を警戒してか、食べるのを中断している。

 俺は、立ち上がると洗面所へ向かう。水の魔法石を使って、手を洗い始めた。辺りに水が飛び散るのにも気にならず、一心不乱に手を擦る。


 何回洗っても、落ちた気がしない。

 汚くて、汚くて早く落としてしまいたかった。

 水の落ちる音が、気持ちを楽にさせる。

 無心に手を洗っていた。



 段々と水がうっすら赤付いてきた。そこで、漸く手を止める。


 我に返ったというのが正しい表現かもな。取り憑かれたように、洗っていた自分が気味悪い。舌打ちをする。行儀が悪いと思いつつも、最近はその癖が定着しつつある。


 手を見れば、いつの間にか爪を立てていたのか。手には直線的な傷が大量に出来ている。血が滲んでいた。


「あー。こりゃ酷い顔だな」


 視界に入った鏡を見る。

 目の前にある俺の顔は、血の気が引いている。病人みたいだ。他人事のような感じだが、気分は最悪だ。


 その辺にあるタオルで適当に手を拭う。タオルに滲む自分の血を見るのみ嫌だった。


「クソッ、手が痛む」


 昨日も使った薬箱から、傷薬を塗っていく。鼻につく独特な香りが部屋に広がる。


「塗ったは良いが。これじゃ、目立つよな···」


 昨日の傷も広がり、尋常でない有り様になっている。

 クローゼットの中には、手袋があった筈だ。俺は一度も着けたことがないが、入っていたのを見たことがある。


 クローゼットには、黒い手袋があった。

 これなら、不意に人に触れてしまっても大丈夫そうだな。傷を隠すためにはめたが、人の温度も遮断できるのは良い。

 握ったり、開いたりして感触を確かめる。


 漸く収まりが良くなって、席に戻る。

 狼霧が視線を送ってくる。


「なんだよ。あぁ、狼霧は鼻が良かったんだな。しばらくすれば、薬の匂いも消える」


 薬の匂いが気になるのかと、狼霧に言えば、違うとばかりに鼻を鳴らされる。狼の顔だが大層不満そうだ。

 ここまで器用に表現している狼霧が面白い。俺よりも狼霧の表情のほうが雄弁だ。

 結局、どういう意味かは分からないまま、そっぽを向かれた。



 剣の訓練を終えて戻ってくると、狼霧は檻を齧っていた。狼霧の歯は丈夫だと聞いていたが、これでは折れかねない。


「仕方無いな。"ダークネス レンジ"」


 狼霧の檻を囲うように、だが、ずっと広く影の檻が現れる。それの発動が終わると、檻に手を置く。


「"アンリミテッド ボックス"」


 手を置いていた檻が消える。この檻を無属性魔法の亜空間に物を入れる魔法だ。自分の魔力で、大きさが決まる。


「これで、良いだろ?この檻は影だから歯を痛める心配もねぇし、大きさも、変えれるから運動不足にならねぇ。因みにこの檻は、魔力を吸うから、霧になれねぇよ」


 狼霧が咄嗟に霧になろうとするが、途中で止める。闇は闇以外にも吸収を意味する。本来ならば、囲うだけの檻に、その特性を付随させたオリジナル魔法だ。


 恨めしげに見てくる狼霧を見つめ返す。


「それに、ここは王都。野良の魔獣がこの辺りをうろつけば、確実に殺される。ここは、貴族街だからな。それだ警備兵の質も高い」


 膝を着き、狼霧と目線を合わせる。

 狼霧は、理知的な瞳をしていた。言葉も理解できるようだったし、魔物は環境適応が早いから、成長の過程で覚えたのかもな。


「いずれ、俺は領地を持つことになる。まぁ、出来るだけ早急にだ。その時、通る道に狼霧達の森に寄る。そこで、お前を解放するつもりだ」


 狼霧を引き取ったのは、人を殺した罪悪感を緩和させようと無意識だが、思っただけだ。でも、拾ったからには最後まで責任を持つ。それに、檻に閉じ込められて尚、抗い続けるその姿は、酷く眩しかったのだ。


 檻の隙間から、狼霧に触れる。抵抗をすること無く、受け入れられた。




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