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少年期~狼~


 父親から与えられた教師たちは、本当に優秀だった。

 望んだとおり、剣術や経営、社交、そして暗殺に毒。様々なことを学んだ。体も成長を迎え、声変わりの途中である。今日は、課題として一人の女を殺すことになった。


 口の中は、異様に乾く。手が震えているのが自分でも分かる。胸が痛いほどに拍動している。


 暗い路地裏、此処には二人しかいない。俺と、目の前で転んだ女一人。女は、本来の綺麗な金髪が乱れ、裾は土がついて汚れている。化粧は涙で剥がれ落ちる。

 そんな女に近づくために一歩足を出した。手には、月の光を反射する短剣。


「お願い!助けて!命だけは・・・」

「・・・」


 口を開けば、この課題をクリアすることが出来なくなる。執事のブランは、俺の行動が異常の範囲から出ないことを訝しく思っていた。両親のように何事も強欲に求めれば、良かったのかもしれない。それも後の祭りだ。こうして、最後の確認として殺しが教師から与えられた。

 路地裏で隠れて様子を見ている者もいる。俺が生きるためには、この女を殺すしかない。


 一思いに距離を詰めると、短剣で女の胸を突き貫いた。手には、女の体から溢れる生暖かい血。俺の顔を目を見開いて女が見ている。その瞳から命が抜けるまで、ジッと見ていた。

 女の息が無くなるのを確かめて、短剣を引き抜く。手袋は湿っていて、気持ちが悪い。


「お疲れ様でございます。ルカ様」

「ブランか。見物とは悪趣味だな」

「ルカ様のご立派な姿を拝見できて、ブランは嬉しく思います」

「そうか。では、この女を片付けておけ」

「承知しました」


 心底嬉しそうに笑うブランが気持ちが悪くて仕方がない。

 今は、風呂に入りたくてたまらない。自分が汚れた様に感じる。いや、汚れてしまったのだ。

 人肉を断ち切る短剣の感触は手に残っている。


 きびすを返すと馬車に乗り込んだ。


 屋敷に着くと、風呂が用意してある。早速、風呂場に行くと、全身に魔法石という水の魔法が込められている石に魔力を流す。上から、勢いよく水が出てくる。

 何年かぶりに泣いてしまいそうだった。鼻がツンとする。目の前は、水気でぼやけた。


 手の感触を忘れるように、何度も何度も擦る。次第に、水で全身が冷たくなった時には、所々が擦り傷だらけになっていた。

 風呂の湯に浸かる。湯も冷めていたが、冷水を浴び続けた体では、温かく感じる。


 人を殺したな。俺。最後の一線を踏み越えてしまった。女の生気を失った瞳は、一生忘れられそうにない。


 疲れた・・・。色々な感情が入り混じって、頭が回らない。



 手がふやけるまで、浸かるとノソノソと湯船から上がる。

 お茶を持ってきたメイドからティーカップを受け取る。香りは、問題がない。完全にブランの目から逃れたのだ。


 黒いバスローブを適当に纏い、自室に戻る途中、玄関が騒がしいのに気づいた。獣の唸り声と何かがぶつかる音、誰かがやかましく怒鳴る声だ。今日は、父親も母親も居ない。騒がしくしても問題は無いが、今日は静かに眠りたかった。


「おい、何の騒ぎだ」


 俺が玄関に向かうと、そこには、口枷をされた黒い狼のような魔物がゲージを破ろうと、激しくぶつかっている。唸り声をあげる狼の隣では、魔物の調教用の鞭を持っている男がいる。

 俺をするなり土下座をする。


「俺は、土下座をしろと言ったのではない。何事かと聞いたのだ」

「ハッはい!申し訳ございません!」


 男が時々声を裏返させながら話す内容を聞く。

 要は、母親の娯楽として持ってきた魔物が急に暴れ出して、困っているということだ。このままでは、この狼は男共々、殺されることになるだろう。ブランは、まだ戻ってきていない。早く片付ければ、問題ないか。


「お前は屋敷に来たが、奥様は居らず、狼は騒がしくなってきたので、今日のところは帰った。ということにしろ」

「そっそっ、そ、れはいいのですが、コイツが中々言うことを聞きませんで」

「置いていけ、俺がコイツを飼うことにしよう」

「そういうわけには!」

「いくらだ。こいつにお前はいくらした?」


 戸惑う男に言い募る。相手に考える隙を与えないことが、交渉する際に有利になる。


「き、金貨四枚です」

「ならば、六枚だ」


 近くにいたメイドから六枚の金貨と、証明書を持ってこさせる。男がうろたえている内にさっさと、署名をさせた。金貨も握らせる。


「でじゃ、もう行け。次、母上に見せるときは、もっと順々なのを持ってこい。お帰りだそうだ。お見送りをしろ」


 メイドは指示に従って、男を促すように扉へ誘う。あっという間もなく、男は、玄関から追い出される形で出て行った。

 様子を見に来ていた使用人たちを散らし、この狼の魔物と二人になる。


「この黒い毛に狼型。お前は、狼霧だな。狼型で集団で霧になって獲物を襲うと言われている」


 マズルに皺を寄らせ、全力で威嚇してくるが、色々と感覚がマヒをしているせいか。怖いとも思わない。ここまで反抗されるのすら、愉快であった。


「運ぶのに、反抗的なのは面倒だ。〝スリープ″」


 狼霧に向かって‶スリープ″を掛ける。狼霧は、何とか抗おうとしていたが眠りにつく。少し触ってみると毛皮がフワフワとしている。公爵家の妻に見せるのに、相当頑張って磨いたのが分かる。


「これで良い。お前たち、これを俺の部屋へ運べ。丁重にだ」


 狼霧のゲージは、俺のベッドの横に置かれた。仕事を終えると、すぐさま使用人は退出する。


 ぐっすりと眠る狼霧を見ていると、眠気を誘われる。

 普段の寝る時間にしては早い。晩餐も食べていない。狼霧を見て、幾分かは気が紛れても、食欲は無かった。睡眠欲があるだけ上等だ。


 あくびをすると、布団を被る。〝スリープ″は、掛けなかった。



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