幼少期1
「あわれな一族。なぁ、そうは思わぬか?たった一人の男によって、ねじ曲げられた運命を持つ一族の子よ」
悪魔は俺の前で、醜悪な顔をより醜く歪ませている。口らしき位置が歪んでいることはかろうじて分かった。
お前も元凶の一人だ、と詰め寄りたいのを必死でこらえる。煮えきっている頭とは、反対に酷く冷静な部分が無駄だと、自分を嘲っている。
「その話しは本当なのか?」
醜悪な表情に怯えることも出来なかった。俺の声は、震えている。最早、悪魔を睨み付ける力もない。立っているだけで、精一杯だった。
「ほう、わたくしを疑うか?いつもなら、汝の首をへし折っていたところだ。よかろう。ならばこれをやろう。汝の一族の初代の日記だ」
悪魔は何処から出したかは分からない。しかし、手と思われる場所には、分厚い本が握られていた。投げ渡されるの反応できない。取り落とした本を拾い上げた。
表紙には、初代の名前グオールゲと綴られている。間違いなく、初代の筆跡だ。最後を跳ねる、特徴的な書き方だ。
「汝は初代とは全く違うな鈍く、愚かだ。だが、その絶望の感情は、実に美味である。この世界での、最後の晩餐としては、実に良い!」
「だから、俺には呪いを掛けないのか?」
「ああ、そろそろこの味にも飽きたからな。別の世界での食事にしよう」
悪魔は、何処の世界が良いか、敢えて聞かせるように名前を上げている。
何代をも呪い、醜悪な人間性を大きくさせた挙げ句、飽きたと言い、出ていく悪魔。
俺は、自分のちっぽけさに気づいて声を上げることも出来ない。相手を越える強さも持たなければ、何もない。それが悔しくてしかたがない。
無意識に流れ出た涙が、頬を伝っていることにようやく気づいた。
「···そうか」
「ではな、アルフェーンの末よ」
悪魔が姿を消した。部屋には、儀式のために訪れたときのまま。ろうそくが円形に俺を囲っている。変わらぬ様子にすら、苛立ちを覚えた。
力任せに、ろうそくを薙ぎ倒す。ろうそくを支えていた金属が激しく音を立てた。
癇癪のまま、なにも考えずに暴れたせいで、手が痛む。
俺は、どうしたら良いんだ···。途方に暮れた顔をしていることは、分かっている。この騒ぎに、気づいた使用人達が駆け込んでくることも。
それでも、どうしたら良いか分からない。ただ、疲れて眠ってしまいたかった。
次の日。
儀式に疲れたと部屋に篭ってから、もう翌日だ。
疲れていたはずにも関わらず、いくらベッドで寝返りを打っても、眠ることは出来なかった。
頭は変に冴えている。
「眠れない。仕方ないけど···」
昨日のことは、衝撃的と言わざる負えないからな。
まさか、アルフェーン家の初代当主が自分の子孫を悪魔に頼んで、呪わせているだなんて荒唐無稽な話。
枕元に置いてある本を見る。初代の日記には、悪魔が言っていたことが記されていた。
悪魔は、アルフェーン家が王国の裏を担うためのサポートをする代わりに、一族の醜い欲を増幅させ、それを食らって生きてきた。
欲の増幅のためには、儀式と称して、子どもの内から精神を弄る。
俺も、悪魔が飽きなければ悪魔の糧となっていたのだ。
「通りで、あの人達が醜いわけだ···。どうして俺を見てくれないのかも···分かった」
目の奥が熱くなる。腕で目を覆った。
お父さん、お母さんと呼んで、愛される日は二度と来ない。分かっているけど、分かりたくない。
矛盾する想いが、ギリギリと胸を締め上げる。
「それに、俺が今まで通りだったら、ためらいもせずに殺されるだろうな···」
今の使用人達は、アルフェーン家に代々仕えている者だ。アルフェーン家においても力を持っている。そんな彼ら彼女らが、忠誠を誓っているのは、当主ではなく、アルフェーン家。血と欲望に汚れた一族だ。
昨日まで、俺は一般的な善悪を口にして来た。
その事は、使用人達にとって、俺は邪魔な存在だろうな。それに、それを説いた乳母も、使用人達の内誰かが殺したに違いない。
「···擬態」
儀式が終わった後、誰とも会っていない。悪魔の事も知りようがない。そうであれば···。
「儀式が成功したようにすれば良い···」
寝返りを打つ。母親と父親の欲望のままに生きる姿が思い浮かぶ。
あれを本当にやらなくちゃダメなのか···。生理的嫌悪感が湧いてくる。
憂鬱で、吐きそうだ。
背中を丸めると、外から入ってくる太陽の光を避けるように、布団に潜った。