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夏のホラー企画

廃駅より

作者: 円坂 成巳

 駅で皆が待っている。

 機関車がやって来るのを。そして弟が現れるのを。駅といっても、たいへん小さな駅で、しかも廃駅である。線路は村の端で途切れている。機関車が走っていたのは、私が生まれるよりもだいぶ前のことだ。

 この村では、死者は、駅から旅立って行く。旅立った先のことは誰にもわからない。ずっと昔には機関車ではなく、馬車が迎えに来ていたという。髑髏の御者が乗っていたというが本当かどうか。

 死後、十日の間、死者は親しきものたちの家を夜な夜な訪れ、黙って食事をし、ともに過ごし、そして朝が来る前に去る。死者は語らない。最後の日、駅に現れた死者は、機関車に乗って死出の旅路につく。

 村で一番最後に亡くなったのは、私の弟だ。殺された。卑劣な殺人者の手で喉をさっくりと。

 弟は、毎晩どこからともなく現れ、家々を訪れて回った。暗闇からすっと音もなく現れるのだ。生家である我が家に訪れたのは一番目だった。弟の好物をたくさん皿に並べて、普段は飲まないような高いお酒を開ける。父が語りかけると、弟は優しくほほ笑んでいた。私は弟の指に触れた。冷たい血の通わぬ肌が心地よいと感じた。その冷たさ以外は、生きている人間と変わらないように思えた。影もある。足音もする。ただ、一言も言葉を発する事はなかった。

 生前と全く変わらぬ美しい顔。透き通るような肌に、鳶色がかった哀れむような諭すような落ち着いた優しい瞳。ざっくりと切り裂かれたはずの喉には傷一つない。

 ああ、このままずっとここにいてくれればいいのに。その望みは叶わず、夜のうちに弟は、そろそろ時間ですと言うかのようにゆっくりと立ちあがり、お辞儀をして、玄関から出て行った。月夜を歩いていく弟の後を追いかける。昔、亡くなった夫が訪問したのを帰さないように部屋に閉じ込めようとした妻がいたというが、朝になると煙のように消えてしまったという。

 しばらく歩いていくと、弟は、木の影の中に溶けるかのように消えてしまう。私は、毎晩、弟が現れた家を回っては、弟の後を追いかけ、消えてしまう様子を見ては、ため息をついた。

 

 その繰り返しも今日で終わる。

 今日は弟が亡くなって十日目、別れの日だ。

 この晩、弟は、この駅に現れる。

 村の墓地には、遺体は埋まっていない。亡くなった人の形見だけが埋められている。死者は、駅から旅立っていくからだ。遺体はどこかへ消えてしまい、生前の姿で、夜に家々に別れの挨拶に訪れる。挨拶と言っても声は出さないわけだが。死者を駅から見送るのが、この村の葬儀なのだ。

 神父も僧侶もこの村にいるが、この日は出番はない。死者を見送った後に、形見だけが埋葬される。

 私の他にも、村長や村の顔役の老人たち、私の家族、弟の友人達が、駅の待合室に座っていた。駅に入れぬほどに村人たちが集まっていた。皆、弟が現れるのを待っているのだ。

 弟を殺したと疑われる容疑者は、両手首を紐で結ばれて、村の中でも腕自慢の男性たちに囲まれていた。容疑者の彼は、私と同い年の青年で、私とも弟とも幼馴染の、村でも弟の次に美しく立派な青年だ。姿勢はしゃんとしているが、鎮痛な面持ちだ。

 焼けるように赤い不吉な色の夕焼けが、皆の気持ちを緊張させていた。やがて日が沈み、闇の向こうから、歩く人影。弟が現れた。

 皆が出迎える中心を、弟はゆっくりと超然と歩く。

 村人が、笛や太鼓を演奏し始めた。どこかユーモラスで、明るく、妖しい曲。村人たちが歌を歌う。私も歌う。死者を送る歌。生前を偲び、旅立ちを祝う。死者への餞なのだ。

 父が、弟に銀貨の入った袋を渡す。母が水筒を、私はナイフを渡した。その後、村人らが思い思いの旅道具を渡す。

 汽笛が聞こえてくる。廃線となったはずの駅に、来るはずのない蒸気機関車が入ってくる。この村の日常では聞くことのない轟音。機関車が駅に止まると、ひとりでに扉が開く。弟が乗るのを待っている。


 皆が弟に注目する。

 弟が、旅立ちの前に行う最後の選択を待っている。

 もし、弟が誰かの前に跪き手を差し出したなら、その人に付いてきて欲しいという意思表示だ。死者の旅路に付いていくということは自分も命を捨てるということ、現世を離れるということ。ほとんどの場合、死者は当然ではあるが夫婦や恋人といった愛する人を選ぶ。年配の夫婦であれば、残りの時間が少ないこともあり死者に一緒に付いていくという選択を取る事は昔から多い。若い人の例はあまり知らないが、過去には付いていく人も多かったという。

 私が知る限りでは、昔、小さい子供が亡くなったとき、その子は旅立ちの前に母親の同行を願ったのだった。その母親は、ほかの子供もいるからと泣いて断り、子供を一人で送り出したのだった。付いていく事は強制されないし、断っても誰も責める事はない。それが村のルールだ。

 もちろん死者は誰も選ばないこともある。誰も付いていかないならば、死者の慰めに、人形を渡すこととなっている。


 一方で、弟は、誰かを指差して指名するかもしれない。弟のように誰かに殺された死者だけは、殺したものを連れていくことができる。死者が、自分を殺害したものを知っている時だけだ。そして、駅に殺人者が見送りに来ていなければならない。

 だから、殺人の容疑者は、必ず、駅に集められる。弟を妬み、嫌がらせをしていた青年が第一の容疑者である。もし、弟が指差さなければ、または、誰か愛するものに同行を申し出たならば、容疑は晴れる。たとえ殺人者だったとしても許されたと見做される。

 指名されたものは、逃げる事ができない。殺したものと同じ傷と苦しみを受けて、泣いても叫んでも勝手に足が動き、一緒に機関車に乗り込むのだと言われる。私は見た事はないし、ここ二十年ほどは、殺人者が指名されることはなかったという。

 弟が皆を見渡す。弟の選択を皆が待っている。

 容疑者の青年が、ちらりと私を見る。私に告白し、私に振られた青年。私が弟を愛していると知って絶望し、弟を恨んだ青年。悪いことをしたと思う。私が悪いのだ。

 弟を恋する目で見ている幼馴染の少女は緊張した面持ちだ。自分を選んでくれるかどうか不安なのだろう。選ばれた時、彼女は弟についていくのだろうか。弟は、私と同じくらい彼女を愛していたと知っている。弟はきっと、彼女を選ばない。弟は優しいから、彼女を独占して命を奪おうとは思わない。私とは違うから。

 私は違う。私だけのものにしたい。弟は誰にも渡したくない。昔からそうだった。弟が少女を愛している事は知っていた。弟の私への愛を、少女への愛が上回ることになると確信した瞬間に、私の行動は決まった。

 弟は、ナイフを首に差し込まれた時、驚いたろう。しかし、弟は死ぬ間際に微笑んだ。私の意図を理解してくれたのだと思う。


 興味があるのは一つだ。弟は、私に跪き手を差し伸べてくるのか。それとも、殺人者として告発するのか。どちらにしても結果は変わらないけれど。

 弟には他の選択肢もある。誰も選ばずに去るという選択。でもそれは許さない。弟はわかっている。弟がそんな選択をしたら、私は、きっと自分の命を絶たざるを得ない。

 自殺者はだれも連れて行けない。弟と同じところにいけるという保証もない。それでもだ。

 もし、弟が彼女と共に旅立つことを選ぶなら、彼女の命を奪ってでも連れて行きたいという意思を見せるなら、その時だけは認めよう。でも、そんな弟の意思に背き、彼女が付いていくのを断るようなら、やはり彼女の命は奪うことになるけれど。

 さあ、皆の注目が集まる。見守られる中、弟が一歩前に進んだ。誰を選ぶのか。どうしたいのか。さあ見せて。


 数刻後、私は願った通りに、弟の肩に頭を乗せて、機関車の座席で揺られていた。車窓からは、赤と青の混じった空に、天を衝くような大樹、蠢く蔦、人面の鳥、見たこともない奇妙なものがたくさん見えた。村の外に出たことのない私には、これが普通の景色なのかはわからないが、見ているだけで心が踊った。弟の首にばっくりと開いた傷口からは、血は溢れていない。優しい目で私を見つめている。私は、自分の首筋に触れてみる。冷たい。すでに私も現生の人間ではないのか。

 このままどこに向かうのか。機関車の向かう先が、天国なのか地獄なのか、本当にそんな場所があるのかは誰も知らない。

 




気に入ってる。

〆切が来たので短くまとめることにしたが、各登場人物視点にするとか、犯人あてにするとか、発展性があったと思う。そのうち、そういった改訂版(完全版)にチャレンジしてもよい。

機関車や、汽車、列車と言った言葉も、あまり検討できなかったが、こだわれればよかった。

リアルにしようとする事でチープになりそうだったので、場所も時代も特定しない書き方としてみた。結果、童話風になってよかったかも。

あと、心残りは、しっくりくるタイトルが思いつかなかった事だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] エンディングが面白い作品なので、それを盛り上げるために、どういう文章を用意するかが勝負ですね。 [気になる点] エンディングのために、駅は絶対に必要。でも、普通の駅だと、駅で村人が勝手に私…
[一言] なんとなくなつみSTEPを思い出した
[一言] 冷たい官能性が匂い立つような幻想ホラーでした。 生者と死者、愛情と殺意、罪と罰の境界線が曖昧な世界観は、ちょうど夕暮れの空のようです。誰が彼を殺したのか、というミステリの要素もあり、最後まで…
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