第34-3話
「加速」の発動と共に、俺は大きく跳んだ。
脚にはシェイド直伝の「肉体強化」をかけた。これで「5倍速」でも相当な速度になるはずだ。
近くにあった邸宅の屋根に登り、王宮の方を見る。微かだが、兵士たちが槍を構えて歩くのが見えた。……あそこか。
「エリック・ベナビデスっ!!!」
テイタニアが「エオウィン」を構えて飛び出してきた。しかし、あの発動範囲は既に体験しているっ!!
ダンッ
屋根を蹴り、加速を「7倍速」へと一瞬だけ引き上げる。俺の少し後方で、空気が淀んだ気配がした。
メキィッッ!!!!
激しい破壊音が響く。「エオウィン」の重力波が、邸宅を押し潰したのだろう。
「うおおおおおっっっっ!!!!」
テイタニアの怒りの咆哮が、瞬く間に小さくなる。それと共に、近衛騎士団たちの姿が大きくなった。
俺は短剣「エスペランサ」を抜く。王族に伝わる懐剣であり、母上の形見。そして、これは幾度となく俺の命を救ってきた。
「行くぞ」
小さく呟き、屋根から飛び降りる。狙いは、皇帝ゲオルグの首。
奴を殺せば、頭を失った軍は混乱し、歩みを止めるはずだ。
無論、簡単ではない。そもそも、ゲオルグを殺せばナイトハルトは完全な逆賊と化す。そこまで奴が望んでいるかは、俺には分からない。
ただ、最低限……20~30分の時間は稼ぐ。そのためには、ゲオルグを襲うのが手っ取り早い!
ダンッ
「え」
いきなり目の前に現れた俺に、兵士は変な笑いを浮かべた。
ドンッッッ!!!
大きく踏み込み、兵士を短剣の「頭」で突く。
「ぐおっっっ!!!?」
気も何も込めていないただの突きだが、それでも兵士は数メドほど一気に吹っ飛んだ。周囲の空気が、一瞬にして変わる。
「曲者ぉぉぉぉぉっっ!!!」
再び大きく跳ぶ。まだ、ゲオルグまでの距離はありそうだ。
ダッッ
「ぐえっ」
着地する際に、兵士の肩に乗った。グシャという音。肩の骨が砕けたようだが、俺は気にせず大地を蹴る。
「クソッッ!!!」
ビュッ!!
ビビュッ!!
槍が四方八方から俺に繰り出される。しかし、元の技量の差に加え、5倍に引き伸ばされた時間の中では、その突きは恐ろしく緩慢にしか見えない。
「どけ」
左の掌底で兵を突き飛ばす。間抜けな声を挙げながら、やはり数メド先まで飛んでいった。
それを何度も繰り返す。短剣は持っているが、無駄な殺しはしたくはない。無論、突き飛ばされた奴は骨の数本を折っているだろうが。
元より小柄で軽装の俺は、鎧を着込み鈍重な近衛兵では捕まえ切れない。剣と槍を交わしつつ、徐々に中核部へと迫っていく。
「陛下をお守りせよっっ!!」
突如後方に控えていたらしい魔術師10人ほどが、一斉にロッドを構えた。このマナ……大火炎結界!!
全員の魔力を連結して放つ大魔法だ。近衛騎士もろとも、俺を焼き殺すつもりか!?
「音速剣!!!!」
エスペランサを振る。ヴォンという、音速を超えた音がした。
「あ」
「え」
ザンッッ!!!
衝撃波が、魔術師3人ほどを切り裂く。間の抜けた声と共に、彼らの上半身と下半身は分かたれ、噴水のように血が噴き出した。
「ギャアアアアッッ!!!」
「何だこいつっっ!!」
魔術師たちが、仲間の死で一斉に散開する。
……こうするよりは他なかった。連結できなければ、魔法は発動しないのだ。
そして、視界が開ける。50メドほど前にあるのは……白亜の馬車。あそこかっ!!
「ハアアアッッッ!!!」
裂帛の気合いを込め、俺は「7倍速」へと速度を上げた。「10倍速」は、まだ使わない。逃げるために、取っておかねばならないからだ。
馬車が一気に迫る。俺は2発目の「音速剣」の準備に入った。あの馬車ごと斬れば、少なくとも現場は大混乱に陥るはず……
ヴォン
突然、何かが目の前に張られた気配。そして。
ゴォンッッ
「ぐおっ!!?」
俺の身体は、透明な何かに弾かれた。右肩に衝突の激しい痛みが走る。
そのまま、2メドほど転がった。「壁」を寸前に察知してなかったら、こんな程度では済まなかっただろう。俺は、「加速」を思わず切った。
……これは、一体。
「どこの小鼠であるか?」
馬車から誰か降りてきた。純白のマントに、重厚で煌びやかな朱の鎧。そして両手には、盾のような物を持っている。
でっぷりと太った腹と顎は、ナイトハルトととは似ても似つかない。しかし、恐らく……この男が。
「……皇帝ゲオルグ3世」
ゲオルグは、俺を見るなり汚物を見るような表情になった。
「誰であるか、このような穢らわしい魔族を放置したのは」
「……っっ!!!」
ヴィィィィンッッッ
とてつもなく硬い何かに、斬撃が当たる音がした。
ゲオルグは嘲笑う。
「愚かな、朕の身体に傷を付けること能わぬ。さりとて捨て置けぬな……テリオス」
「はっ」
馬車から、細身の初老の男が現れた。長い白髪に、腰に長剣を差している。目の奥に光る物が、この男が只者ではないと教えていた。
「この不届き者を切り捨てて参れ。朕は急がねばならぬ」
「御意」
テリオスと呼ばれた男は、態勢を低く構える。……ヒース流の「雷」の構えか。
ゲオルグは馬車に戻ると、「テリオスは後からついて参れ」と言い残した。馬車が再び動き始める。
……この男を相手にしても、足止めにはならない。……ならばっ!!
「加速5っっ!!」
俺はテリオスに背を向けた。馬車の中から銃が見える。邪魔くさいっっ!!
バウッッ
銃弾の軌道が見えた。俺はそれを身体を捻って交わす。
後方から、テリオスが抜刀するのが微かに見えた。
「蛟」
雷!!?
「うおっ!!?」
俺の横を、閃光が走る。
テリオスの一撃は数人の兵士に当たり、そいつらはその場に崩れ落ちた。
斬撃と雷魔法の融合か……音速剣ほどの威力はないだろうが、その速度は相当に厄介だ。
「チッ!!」
前方にいる兵士たちを突き飛ばす。馬車からの銃が、そのうちの何人かを貫いた。……どいつもこいつも敵味方お構いなしか!!
もう一度馬車に向けて刃を振るうが、障壁はかかったままだ。
外からの衝撃を遮断し、中からの攻撃は素通しする……あのゲオルグにマナは感じられなかったから、恐らくは奴が持っていた盾の効果か?
「音速剣」を使えば、あるいは破れるかもしれない。しかし、もし破れなかった場合……俺は切り札を失う。
まだ、テイタニアは向こうにいる。ナイトハルトがいるから迂闊に手は出せないはずだが、一戦交えねばならない可能性は否定できない。まだ、力は温存すべきだ。
第1層と第2層を隔てる門が見えた。ここを抜けると、プルミエールのいる公園まではもうすぐだ。
行かせるわけにはいかないが……
通り沿いに、街路樹が見えた。……これだ!!
俺は馬車を追い抜き、兵士たちの間をすり抜ける。そして街路樹の前に立つと腰を落とし、気を練った。エスペランサを鞘に納め、大きく息をする。そして、気合いと共に拳を街路樹の幹に突き立てた!!
「はぁっっっ!!!!」
ベキ
ベキベキ
ベキベキベキィッッ!!!!
ドゴオンッッ!!!という音と共に、街路樹が道を塞ぐように倒れた。これなら、馬車は通れない!
馬車はその前で止まり、不機嫌そうなゲオルグと重装備の兵士が出てきた。後方からは、テリオスが駆けてきている。
「……小癪な。朕に歩けというのか」
「これでは馬車は動けませぬ。近衛騎士が陛下をお守りします故、どうか……」
「身の守りなら我が『ケレゴルム』と『アナリオン』があれば足りる。……あの魔族、どうしてもナイトハルトの所に行かせたくないらしいの」
チャキ、とゲオルグが銃を構えた。パァンという銃声。「加速」を使うまでもなく、銃弾は大きくそれた。銃の腕は、まるでなっていないらしい。
ゲオルグは苦々し気に銃を放り投げた。テリオンが、ゲオルグの所に辿り着く。
「……不良品が。テリオン、この不埒者はお前に任せると言ったはずだが?」
「はあっ、はあっ……申し訳、ございませぬっ!!逃げ足だけは、速いものでして……」
「言い訳は無用。さあ、この者を切り捨てよ。朕は先を急ぐ」
テリオンが再び構えた。こいつを倒すことは、恐らくそこまで問題ではない。ただ、手を抜いてあっさり片付けられる相手でもない。
馬車を止めたことで多少の時間は稼げた。ただ、まだ足りない。
ぞわっ
門の向こうから、激しい殺気を感じた。
「忌々しい子供ね……今度は逃がさない」
「くっ!!」
門が開かれ、テイタニアが大斧を背負って現れた。……この挟撃は、まずい。
「『シェリル』殿、よくぞ参られた。ささ、このゴミを片付けてくだされ」
「無論ですわ。こいつには、借りがありますもの」
「10倍速」を使って逃げるか??しかし、「エオウィン」の発動に間に合うかという自信は、ない。
あるいは、「音速剣」か。しかしどちらかを斬っても、もう片方に対処できるか?
考えている時間はない。すぐに決断しないと……
パウッ
王宮方面から、光の束が放たれた。それはテリオスの横をかすめ、ゲオルグに直撃する!!
「なっ!!?」
「え」
「陛下っ!!?」
……ペキ
煙の中、ゲオルグは平然と立っている。しかし、その表情はとてつもなく険しい。
「……何じゃ、今のは……!!?『アナリオン』の障壁に、ヒビを入れるほどとは……」
「何を手間取ってるにゃ」
兵士の中から、見慣れた猫耳の少年が現れた。その後ろには、狐耳の女性。
「やっと今朝着いたら、もう出てるっていうじゃないか。全く、言付けぐらいあってもいいものだけどねえ」
その手には、以前の物より少し大振りになった魔導銃があった。
「シェイド、デボラ!!!」
「これで3対3……いや、その皇帝は戦力になりそうもないから3対2にゃ。さあ、少し『遊んで』いくかにゃ?」
武器紹介
「聖盾アナリオン」「聖盾ケレゴルム」
共に1級遺物。テルモン皇室に伝わる国宝である。発動することでアナリオンは魔法攻撃を、ケレゴルムは物理攻撃を一切遮断する障壁を作る。
障壁の範囲は対象から半径3m以内でドーム状。一定以上の衝撃を与えれば障壁は壊れるが、逆に言えば余程でないと破壊は不可能。
「音速剣」なら破壊はできたかもしれないが、余力を考えて温存したエリックの判断は正しかったとは言える。
ゲオルグ自身は鈍重で武芸は全く使えない。完全に身を護ることだけに特化した遺物である。




